NIKKEI THE PITCH

  • ホーム>
  • ライブラリー>
  • 地方から100億円企業へ 東北を強くする経営者たち DATERISE!との連携イベント 仙台で開催(下)
地方から100億円企業へ 東北を強くする経営者たち DATERISE!との連携イベント 仙台で開催(下)

NIKKEI THE PITCHは9月5日、仙台市で開催されたイノベーションイベント「DATERISE!」と連携したセミナーを開催した。地方の経営人材力の強化に取り組む山形県鶴岡市のスタートアップ、XLOCAL(クロスローカル)の山中大介社長や、八芳園グループの矢内加奈氏などが登壇。東北をさらに成長させるために何が必要かを議論した。

イベントリポート(上)はこちらから

印刷一本足からの脱却 周辺事業で売上4倍

今野印刷の橋浦隆一社長はもともと第一生命経済研究所のアナリストだった。妻の実家の家業である今野印刷から社長就任を打診され、経営者への道を歩み始めた。「当初は一度やってみるかなぐらいの気持ちだった」

今野印刷の橋浦隆一社長(中央)は、大手金融機関のシンクタンクのアナリストからアトツギ経営者になった
今野印刷の橋浦隆一社長(中央)は、大手金融機関のシンクタンクのアナリストからアトツギ経営者になった

1908年(明治41年)創業の今野印刷。社長就任当時は、インターネットの普及などで印刷需要の減少が見込まれていた。売上高も7億円程度と業績は低迷し、先行きは厳しかった。それでも橋浦氏は、「本業のダイレクトメール(DM)の印刷だけでは厳しいが、周辺のサービスを取り込めば、業容を拡大できるのではないか」と考え、金融機関からの借り入れなどで5億円を投資する決断をした。

橋浦氏は「じゃんけんで言うならグー、チョキ、パーをそろえて、顧客ニーズにすべて対応できるようにした」と当時を振り返る。印刷設備やデジタル機器を最新モデルに切り替え、新たにネット事業部も立ち上げた。DM印刷に加え、送付先などのデータベース整備、ウェブサイト構築、コールセンター業務などマーケティング事業全般を引き受ける体制を整えた。関連企業を矢継ぎ早に買収し、現在の売上高は30億円を超えるまでに成長した。「変わらないためには変わり続けなければならない。何も手を打たなければ、この会社は今、なかったかもしれない」

山形愛が原動力 技術力で世界に挑む

1914年(大正3年)創業のスズキハイテックは、110年以上の歴史をもつ老舗のめっき加工(表面処理)会社だ。5代目の鈴木一徳社長の就任後、約10年で売上高を3倍超の52億円に伸ばし、この分野での世界的なプレーヤーへと躍り出た。外国人技術者を積極的に採用して、自動車部品の下請けから研究開発型企業に会社を転換。同社にしかできない高難度のめっき加工技術を武器に、自動車や半導体などの分野で顧客を広げてきた。

鈴木氏は「下請け業務だけだったら、2億、3億円の会社だったはず。地元・山形で開発した先端技術を世界に発信したい思いもあった」と話す。2019年には売上高が11億円にまで減少したが、25億円の大型投資を決断した。研究開発体制を強化し、金属のめっき処理で先駆的な全自動ラインを実現して生産効率を高めた。

同社には約270人の従業員がいるが、このうち約4割はバングラデシュやミャンマーなどの外国人だ。山形大学などの留学生の技術者や技能実習生が多く働く。役職者に占める外国人比率も4割にのぼり、中堅企業のダイバーシティ経営のモデルとして注目されてきた。

「外国人を含めた社員全員が『地元の山形のために成長したい』と言っている。山形の発展に貢献するために仕事をしている。めっきの世界で革命を起こしたい」(鈴木氏)。同社は、2035年度に売上高150億円という目標を掲げる。ただし、その先に見据えるのはあくまで山形経済への貢献だ。この理念こそが、社員の結束力とモチベーションの源泉になっている。

スズキハイテックの鈴木一徳社長は、山形愛が経営者としての原点であり、社員の士気を高める原動力になっているという
スズキハイテックの鈴木一徳社長は、山形愛が経営者としての原点であり、社員の士気を高める原動力になっているという

100億円企業を生む カギは組織力

今後の課題は「組織力の強化」だと2人は口をそろえる。後継者やその候補を支えるチーム全体の力をどう維持していくか。ここに難しさがある。

XLOCAL(クロスローカル)の山中大介社長は長年、地方の中堅企業を支援してきた経験から「地方企業が成長できない要因は、経営者を支える経営チームにある」と指摘する。長期的な成長には、強い組織を築くための経営人材の育成と、外部人材の登用が欠かせないと語った。

山中氏は新卒で三井不動産に入社した後、地方創生に関わりたいという思いから退社。2014年に鶴岡市へ移住した。「地方企業が成長し、連帯し、地域を動かす」を地方創生のビジョンとして掲げる。起業家としてホテル経営や農業に加え、都市部の優秀な人材を地方の中堅企業へ紹介する事業でも実績を上げてきた。

2026年、山中氏は地方の中堅企業が売上高100億円を目指して学び合うコミュニティ「100億ThinkTank(シンクタンク)」を立ち上げた。会員企業はすでに100社を突破。3年以内には1000社超えを見込む。「売上高100億円を超える企業は、日本企業全体のわずか1%。この壁に挑む地方企業が増えることこそ、日本を強くする原動力になる」と力を込めた。

モデレーターを務めたXLOCAL(クロスローカル)の山中大介社長。地域企業の経営人材支援などに取り組んできた
モデレーターを務めたXLOCAL(クロスローカル)の山中大介社長。地域企業の経営人材支援などに取り組んできた

橋浦氏もこうした取り組みを評価する。「鈴木社長や山中さんとの議論は刺激になった。成長しなければ、先はない。成長すれば、次の選択肢が生まれる。地方企業の経営者にとって、こうした機会を持てることこそが大切ではないか」

妥協なき酒造りが生んだ「究極の食中酒」

最後のセッションのテーマは「三者三様の谷~酒・ワイン・米、東北が世界へ出るまで」。東京・白金台で高級結婚式場などを運営する八芳園グループの矢内加奈氏がモデレーターを務めた。登壇したのは、日本酒、ワイン、米のそれぞれで世界的に高く評価される生産者であり、東北ならではの強さを発揮し、他の地方でも参考になる取り組みをしているトップランナーだ。

新澤醸造店(宮城県大崎市)の新澤巖夫代表取締役は、「品質に妥協しない姿勢を貫くことで世界から高い評価をいただけている。ただ、現状の品質でもまだまだ満足できていない」と話した。同社の創業は1873年(明治6年)。新澤氏は5代目としてプレミアム日本酒の世界市場を切り開いてきた先駆者だ。世界的な品評会であるインターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)では5年連続で日本酒部門の最優秀蔵元賞を受賞している。

新澤氏が地方の食関連の企業からお手本とされる理由は、「品質向上への飽くなき挑戦心」であり、それを支える大胆かつ柔軟な経営にある。同社の代表的な銘柄「伯楽星」は、日本航空国際線のファーストクラスで20年以上提供されてきた。「航空機や、高層ビルの上層階にあるような寿司屋などで出される日本酒は、気圧によって味が変わってしまう。どこで飲まれるかまで考えて、最も美味しくなるように工夫をしてきた」(新澤氏)

新澤巖夫代表取締役(右)はプレミアム日本酒を世界で広げてきた先駆者だ
新澤巖夫代表取締役(右)はプレミアム日本酒を世界で広げてきた先駆者だ

同社が追い求めるのが「究極の食中酒」だ。同社の主力銘柄では、精米歩合を業界の常識を超えるほど下げることで、雑味となる成分をそぎ落としている。日本酒の特徴である甘みを抑え、切れの良い辛口に仕上げて食中酒として料理との相性を高めているという。

新澤醸造店は東日本大震災で酒蔵が全壊したが、その後移転して再建。高性能な精米機に加え、成分分析装置なども活用し、科学的な酒造りに挑んでいる。若手の女性杜氏(とうじ)を抜てきするなど、オープンな経営を心掛けてきた。新澤氏の経営手法には、地方名産の食を世界で広げるヒントがあるといえそうだ。

復興ボランティアから起業家へ 海が育てるワイン

佐々木氏道彦氏は、東日本大震災の復興ボランティアをきっかけに仙台に移住した
佐々木氏道彦氏は、東日本大震災の復興ボランティアをきっかけに仙台に移住した

南三陸ワイナリーの佐々木道彦代表取締役は、大阪生まれの山形育ち。大学卒業後は楽器メーカーのヤマハ(浜松市)で楽器事業に携わっていたが、東日本大震災の復興ボランティア活動をきっかけに仙台へ移住した。だが、復興が進んでも地域に人は戻らなかった。この現状を打開しようと、2020年、宮城県南三陸町でワイナリーを立ち上げた。

佐々木氏は「南三陸に根ざしたビジネスとして、特産の海産物に合うワインを作りたいと思った。ワインづくりの経験はなく不安だったが、何とか事業を広げることができた」と振り返る。ブドウ栽培などに必死に取り組む姿をみた地元の漁師ら多くの仲間が応援してくれたという。

主力のオレンジワインは、アジア最大規模のワインコンクール「サクラアワード」で、最高賞を連続受賞するなど高い評価を得ている。カキ養殖で使うかごに入れて海中で熟成させる「志津川湾海中熟成ワイン」も売れ行きが好調だ。佐々木氏が掲げる、「新たな産業を興し、雇用を生み出す」という目標は着実に成果を結び始めている。

つくる人と食べる人が支え合う米づくり

やまのてファームの上野滝人代表(右)は宮城県の鳴子温泉地域で米づくりに取り組む
やまのてファームの上野滝人代表(右)は宮城県の鳴子温泉地域で米づくりに取り組む

「鳴子温泉地域のような中山間地では、離農と耕作放棄地が増えている。この危機を食い止めるためには、地域の外からの仲間を集めて一緒においしい米づくりをすることが欠かせない。海外市場も開けるし、美しい景観を守ることもできる」。宮城県大崎市・鳴子温泉地域で400年続く農家の14代目、やまのてファーム代表の上野滝人氏は力を込めた。

上野氏はNPO法人「鳴子の米プロジェクト」も運営する。寒冷地でもおいしい品種「ゆきむすび」の米づくりに取り組み、ブランド商品に育てた。つくる人と食べる人が支えあい、みんなの力で地域の農業を守ることがプロジェクトの理念だ。ゆきむすびファンの消費者が田植えや稲刈りなどの農作業を手伝う仕組みで、水田地帯での農業体験はインバウンド観光客のニーズも掘り起こせる可能性がある。

「鳴子地区でも高齢化による離農が進んでいる。作付面積を広げたいが、課題は多い。それでも、ゆきむすびを世界に誇れる日本一の米にしたい」と上野氏は意気込む。2025年12月に開催された世界的な米のコンクールで金賞を獲得。都内のラグジュアリーホテルからの引き合いも増えている。中山間地の小さな挑戦が、世界市場と最高峰の食のシーンをつなぎ始めている。

結婚式場のノウハウを地域の食に生かす

八芳園の矢内加奈氏(左)は東北で食の生産者や事業者と連携し、地域の新たな魅力を世界に届けたいとした
八芳園の矢内加奈氏(左)は東北で食の生産者や事業者と連携し、地域の新たな魅力を世界に届けたいとした

モデレーターを務めた八芳園の矢内氏自身も、東北の食や伝統工芸などの魅力を世界に発信する事業を手掛けている。矢内氏は「東京・白金台にある結婚式場では食、花や衣装、空間のデザインや演出などでノウハウを蓄えてきた。こうしたプロデュース力を生かして、あまり知られていない地域の良さを地域の方々と一緒に磨き上げて、世界に届けていきたい」と話した。

八芳園は山形県長井市と福島県郡山市に拠点を持つ。同社の最大の強みは食だ。数多くの腕利きのシェフを抱え、地域の食材の魅力を高める斬新な発想を持つ。空間のデザインや演出にも強く、地域の伝統を魅力的に発信している。矢内氏は、「八芳園は交流・文化・創造をリードする会社でありたい。地域の生産者や事業者の皆さんとの共創を進めていく」と語った。