日本のお祭りを地方創生の原動力に
大学生起業家が挑む祭りの担い手不足
NIKKEI THE PITCH SOCIAL 2025-26 学生部門賞
NIKKEI THE PITCH SOCIAL(NTPソーシャル)で学生部門賞に輝いたのは、お祭りなどの民俗芸能の保存に関するコンサルティング会社、とらでぃっしゅ(広島県東広島市)だった。創業者は広島大学総合科学部の学生である片桐萌絵氏だ。日本では、全国に30万あるとされるお祭りが地域の疲弊や少子高齢化などで次々に消滅している。片桐氏は「日本のお祭りには長い歴史や文化があり、誰もが主役として熱狂できる魅力がある。ディズニーを超えるようなエンターテイメント性も実現できるのではないか」と語る。お祭りの担い手を増やし、地方創生に挑む新たなソーシャルビジネスとして着実に実績を積んでいる。
700年続くお祭りの担い手の家系 人口減少で認められた女性初の舞い
片桐氏は表彰式で、「私たちの事業は、地域の方々が長い間生きてきた証を次世代に残すものだと考えている。NTPソーシャルで半年間メンターの方にアドバイスをいただき、ビジネスプランをブラッシュアップさせることができた。受賞をゴールとするのではなく、スタートとして地域の方々と一緒にお祭りを盛り上げ、地方を活気づけたい」と語った。
片桐氏が日本のお祭りの活性化をビジネスとしたのは偶然の思いつきではなく、血筋ゆえの必然だった。実家は奥三河地方で、長野県にも近い愛知県東栄町にある。ここには、1976年に国の重要無形民俗文化財に指定された「花祭」がある。室町時代から700年続く歴史を持ち、民俗学者の柳田国男も花祭に魅せられ、研究対象としたという。
片桐家は、古戸という集落で山岳信仰の神事でもある花祭の担い手を務めてきた。歴史的に女性が舞うことは許されていなかったが、集落の人口減少に直面するなか、片桐氏が女性として初めて舞うことを許された。3歳の時だったという。ただ、花祭でも成人の儀のような重要な舞いは担えなかった。コロナ禍で花祭が中止になった3年間、時習館高校(愛知県豊橋市)に1時間かけて電車通学しながら、日本の祭りについて個人的に研究を続けた。
検事を目指して京都大学法学部を志望したが、浪人に反対した両親の意をくんで広島大学総合科学部に入学した。最初は大学を辞めたいとも思ったが、構内に張り出された岡山県西粟倉村での大学生の研修プログラムのチラシが目に留まった。この研修プログラムへの参加が、大きな人生の転機になった。
「奇跡の村」で再認識したお祭りの素晴らしさ 起業の原点に
西粟倉村は山間地の過疎の村ながら、森林資源を軸に6次産業化や若手起業家の誘致に成功し「奇跡の村」と呼ばれる。23年9月に西粟倉村を訪れた片桐氏は、他の大学生の前向きな姿勢に刺激を受けたという。「村の人たちが10月の粟倉神社の祭りに向けて楽しそうに獅子舞の練習をしていた。練習の仲間に入れてもらった時、自分が熱中してやりたかったのはお祭りだと気づいた。西粟倉村に行かなければ、大学を辞めていた。ビジネスをやろうとは思っていなかった」と振り返る。
2カ月後には、1人で学生団体を立ち上げ、広島県内でのお祭り支援と事業化の可能性に向けて動き出した。各地で存続が難しくなっているお祭りの運営団体の人たちに悩みや要望を聞いたところ、大学生らが担い手を派遣したり、SNSマーケティングで観光客を増やしたりすることが重要だと気付いた。お祭りの運営会社は資金が乏しく、担い手の参加料やお祭りを地域振興につなげたい自治体の補助金で収益を確保している。最初の大型案件は、東広島市に合併された海沿いの旧安芸津町で江戸時代から続く三津祇園祭だった。
江戸時代から続く三津祇園祭 名物の大名行列に大学生らを派遣
三津祇園祭は、安芸津町の人たちが江戸時代に京都の御所の改修工事に参加したことから「祇園祭」を名乗ることを許され、「やっこ」と呼ばれる長い槍を贈られたことに由来する。200人を超える大名行列が最大の見せ場で、4メートルほどある長い槍をきれいにそろえて投げ、受け取りながら2時間かけて素鵞(そが)神社まで町内を練り歩く。ただ、24年7月の祭りでは行列に参加する人数が50人程度まで減少し、長い槍を投げ合う若い担い手はほとんどいなくなっていた。
そこで、安芸津町のお祭りの保存に関わる住井正美氏と山口恵美子氏に頼まれ、片桐氏が若い担い手を集めることにした。ベテランの住井氏が広島大学の学生ら若手を3日間特訓し、やっこをきれいに投げられるようにした。24年7月の三津祇園祭は、片桐氏が外部から集めた広島大学の学生ら34人を加えて120人が集まり、開催できた。物販など地域経済への波及効果は740万円にのぼった。住井氏は「この祭りがなくなれば、この町が本当にだめになってしまう。若い人たちにはこの祭りも、この町の良さも知ってもらうことができた。以前からここに住んでいる町の人たちも、祭りに真剣に取り組むようになった」と話す。
チャーターバスで体験ツアー 自治体の女性で中高生らが屋台を企画
片桐氏は三津祇園祭の取り組みの後、事業化への道筋をつけ、25年4月に会社を設立した。この祭りでの取り組みが話題になり、案件が相次いで持ち込まれた。広島県北広島町で300年以上の歴史がある乙九日炎の祭典では、25年9月にバスをチャーターして1人1万3000円の料金で参加できるようにした。同町の亀山八幡神社周辺で武者行列や松明の舞が厳かに行われ、参加者は松明を持って行列に加わる体験などができる。
瀬戸内の離島、大崎上島町の中野八幡神社例大祭は由緒ある秋祭りだが、採算が確保できず屋台が出ていなかった。お祭りの活性化を頼まれた片桐氏は、近くの呉市から100万円の予算を確保し、中学生や高校生らの金融教育の一環として屋台を企画した。「お祭りでは神輿を担ぐ人しかいなくて盛り上がらなかったが、屋台を出すことで参加者が10倍の300人に増えた」(片桐氏)
市場規模は1兆4000億円 地域のエンターテイメント事業として有望
とらでぃっしゅには、デザインなどに強い広島大学の学生メンバーも所属しており、お祭りのブランディングも手掛ける。SNS用の洗練された告知広告を作成したり、お祭りの良さを発信する動画コンテンツを作成したりしている。片桐氏の故郷の古戸花祭も、ブランディング施策を見直したことで、今年1月の公式SNSでは2週間で閲覧数が12万回に達した。
同社は、お祭りを盛り上げる様々なビジネスを打ち出し、地元の企業の寄付に頼るのではなく、参加者である観光客や自治体などから収益を確保しようとしている。片桐氏は「日本で30万あるとされるお祭りには1兆4000億円ぐらいの事業規模があるとされる。私たちは、人間が人間らしく輝ける瞬間であるお祭りをもっと盛り上げて、大きな市場にしていきたい。今年は広島県内のお祭りで体制を整え、来年以降は中四国地方でコンサル事業を広げていきたい」と話した。各地のお祭りはエンターテインメント事業として大きな可能性を秘めている。
お祭りを担う「渡り衆」を育成 お祭りの醍醐味は魅せる側になること
片桐氏が考えるビジネスモデルで柱となるのが、お祭りの「渡り衆」というネットワークだ。各地のお祭りに興味がある人たちに参加してもらうことで、観光客としてではなく、お祭りの準備段階から地域の人たちとつながりを築けるようにする。この渡り衆がとらでぃっしゅの事業を拡大する基盤になる。
片桐氏自身も、西粟倉村には住んでいなくても、練習を見学するために何度も村を訪れ、旧知の仲間たちと楽しい時間を過ごしている。片桐氏の持論は「お祭りは観るものではなく、参加して魅せる側になることが醍醐味だ」というものだ。多くのお祭りは年に1日しか開かれない。「お祭り日以外の364日が重要になる。祭りが開かれる町を訪れ、お祭りを盛り上げられるように一緒に考えてもらえるようにしたい」と語る。
現在の渡り衆は500人ほどだが、中長期的に10万人規模にまで拡大し、各地で存続の危機にあるお祭りを盛り上げる役割を担ってもらえるようにすることを目指す。そのために「お祭り魂育成塾」を開催していく。育成塾では実際にお祭りの練習会に参加し、本番で魅せる側に立ち、地域の人たちとの慰労会にも加わる。地域外からの参加者がお祭りの担い手として、地域の一員になっていく仕組みだ。
大学院で日本の伝統芸能を研究 「先人たちが生きてきた証を残したい」
片桐氏は今年、大学4年生だが、大学院進学を考えている。お祭りなど日本の伝統芸能についてアカデミックに研究し、自らのビジネスに役立てていくためだ。「民俗学や歴史を深く学ぶことで、お祭りの価値をさらに分かりやすく言語化できるし、ビジネスとして新たな可能性を切り開くことになる」
「お祭りで日本を元気にするという事業は片手間ではなく、フルでコミットしなければ成功させられない」と20歳で起業した理由を話す。とらでぃっしゅは、広島大学の同級生の倉松駿氏ら仲間も増え、各地で事業を展開できる体制が整いつつある。今後に向けてクラウドファンディングでも資金を集めているところだ。
「日本では祭りだけでなく、神楽など伝統芸能がたくさんあり、その多くが存在すらあまり知られていない。これらは先人たちが残してきた生きた証であり、決して途絶えさせたくない」と思いを話した。お祭りで地域を元気にすることはもちろんだが、それを通じて日本の伝統を守っていくことに社会的な意義がある。とらでぃっしゅの挑戦は、日本の地方創生にもつながる可能性を秘めているといえそうだ。
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