日本経済新聞社が若き社会起業家を育成する「NIKKEI THE PITCH SOCIALBUSINESS SCHOOL」で開催された沖縄合宿で、第2期のスクール生たちの後半5人とゲスト参加の高校生起業家のプレゼンのやりとりを紹介する。
「成功して数億円なら、次の発展形も考えておかないと」
東京大学法学部4年生の中尾竜也氏は「100歳になっても健康に生を謳歌できる」という2050年ビジョン達成を掲げており、初回のプレゼンで最適な食事を見つけて栄養管理ができる開発中の栄養管理AIエージェント「BULK(バルク)」事業について説明した。飲食店やコンビニの大手からメニューや商品の栄養情報を収集して構築し、最適な食事を提案するアプリであり、すでに東大の仲間たちと一緒に市場調査や開発などに取り組んでいる。
藤野氏は「食事管理は普通の人が面倒くさいのでやらないから難しい。AIを使い食事の一部の写真を撮影して行動パターンを把握し、トレーナーを介さずに食事管理の指導ができたらよいのではないか」と語った。将来的にスマートグラスのようなデバイスが進化する可能性が大きいとし、写真も撮らずに食事のカロリーなどを解析できることを想定して事業を考えたらどうかとアドバイスした。
中尾氏の2回目のプレゼンはかなりブラッシュアップしてきた。中尾氏がまず強調したのは自らが達成したい人生のミッションだ。「人類の健康寿命を100歳にしたい。AIやロボティクスが普及していく中で、人類にとって運動は重要であり、余暇時間が増える中で、家族や友人とフィットネスを楽しんで、ずっと健康でいられるようにしたい」ということだった。
中尾氏はバルクを浸透させるために「BtoC」から「BtoB」に事業の軸足を変えてきた。トレーナーにはAIの活用で会員への食事管理をすべて自動でできるようになる。パーソナルジムやヨガやピラティスを含めてトレーナーが指導するフィットネス施設に導入してもらい、無料で食事指導が受けられ、アカウントごとに月額利用料を得ていくというモデルだ。「高度な食事は月額の料金が高く設定されており、実質無料で受けられることは顧客企業にとっても、施設の利用者にとってもメリットが大きい。しかも、食事指導があれば、施設に来ていない会員が継続する要因にもなる」としている。藤野氏は「バルクは成功しても数億円ぐらい。次の発展形も考えてほしい」と注文してきただけに、「だいぶ分かりやすくなったね。フィットネス施設を顧客とするBtoBモデルであれば、これを磨いてBtoCでも面白くなるのではないか」と語った。
「ユニークではないが、自分でたくさん挑戦しているところがいいよ」
神戸大学農学部3年生の高橋英眞氏は経営環境が厳しい寺院の経営支援ビジネスを展開しようとしている。大阪府河内長野市にある名刹、弘法大師空海ゆかりの盛松寺が実家であり、そこでの体験型ビジネスをモデルに各地で展開しようとしている。盛松寺では弘法大師が1200年程前に伝えた柚子みそで疫病を治癒させたという伝えがある。毎年12月下旬に「柚子みそ」が参拝客に配布される光景は地域の有名な風物詩だ。
高橋氏は柚子みそのほか、お香づくりや抹茶などの経験型プログラムを開催し、国内外からの集客に成功している。すでに海外の富裕層の多くが日本の感動体験を予約できるサイト「Otonami」でも高橋氏のプログラムが選ばれた。愛知県西尾市や兵庫県赤穂市でも同様のビジネスを展開できるように取り組んでいる。高橋氏は「盛松寺であれば、ゆずのキャラクター『ゆず坊』も作った。歌手のゆずのファンも来てくれており、いつか、ゆずさんに来てもらえる寺にしたい」と語った。
藤野氏は「寺院のコンサルとして実績を示せれば、社会的にも存在価値のある会社になれるかもしれない」し、「すごくイケてるデザイナーとかの力も借りてはどうか」と指摘した。寺院が体験プログラムを展開するには裏側で支えるインフラビジネスとしてはニーズがたくさんあるとしている。
高橋氏の2回目のプレゼンでは「体験プログラムの単価アップが課題であり、これには取り組んでいきたい」として様々な寺院の宿坊での取り組みも紹介した。盛松寺では宿坊は難しいとしながら、改築して人気となった寺の庫裡の空間設計などを活用し、インバウンド客を対象にした高単価なプログラムを計画している。
藤野氏が高橋氏を評価したのは大学生ながら、実家だけでなく、他の地域でも同様に日本の文化の素晴らしさを伝えられる寺院で様々な活動を精力的に進めていることだ。藤野氏は「寺院での体験型プログラムはユニークではなく、他にもあるが、高橋さんは自分の寺などで実際に自ら取り組んでいるし、それが付加価値になる。この分野で確実に地位を得られるように、3月の最終プレゼンに向けて事業の解像度を高めてほしい」と激励した。
「起業家としてまじめで、ずるい人になりたい」
遠矢勇輝氏は早稲田大学法学部を卒業し、現在は東京都世田谷区で「発達障害に近い子供たちに学習指導する専門塾『Michibikiゼミ』を運営している。発達障害と診断されなくても「グレーゾーン」とされる子供たちは多いという。遠矢氏の妹もその一人だ。「グレーゾーンの子供たちは勉強を頑張っても、成績が上がらない。こうした子供たちの学習を支援するためのツールを開発したい」としている。
遠矢氏は「通信簿での評価が1なら、それを3に上げられれば、その子供が将来の進路が広がる。大手の個別指導の学習塾も注目している市場だ。できる限り早く支援ツールを開発し、学習塾も顧客として提供したい」という。ただ、今後の課題として、グレーゾーンの子供たちを学習指導する大学生を採用するのが難しいとして、アドバイスを求めた。
藤野氏は「発達障害に近い子供たちの学習指導は教えた子供たちをハッピーにし、教える側の大学生も人間として成長できる素晴らしいことだ」とし、「遠矢君の塾はそれこそイケてるティーチャーがいるイケてる塾だ。最高の職場になれる」とした。
藤野氏が紹介したのは世界的にも有名な米国発祥プログラム「Teach for America」だった。多くの企業が支援し、名門大学でも優秀な学生を貧困など根深い問題のある地域の学校に派遣して、教師として活動してもらう。これは派遣される大学生にとっても、人間力を磨く素晴らしいプログラムとされ、多くのグローバル企業が採用で評価するキャリアとされている。
遠矢氏は2回目のプレゼンで大きく軌道修正してきた。発達障害に近い子供たちを指導するのが素晴らしい仕事だと発信するだけでなく、幅広く課題解決をしていく決意だった。遠矢氏は「発達障害のグレーゾーンは子供たちだけでなく、社会に出た人でも多くて、すぐにやめてしまったり、受け入れる会社も対応に苦労したりしている。私たちはここでも継続して幸せに働けるように教育に関わっていきたい」と語った。
藤野氏は「全体としてやろうとしていることの格が上がった」とし、「まず発達障害の子供たちを教える大学生の満足度を高めることが重要だ。就活とかでも評価されるように頑張って取り組んでほしい」と強調した。
これに対して、最後の振り返りの場での感想で、遠矢氏は「藤野さんが言っていた起業家で成功するのはまじめで、ずるい人であることが沖縄での一番の学びになった。ずるくても賢くて、良いことを使い分けてやっていきたい」と話して、藤野氏らを笑わせた。
「力の開放度では君が一番だ。2回目は別人みたいに楽しそうだった」
浦井祐次郎氏は現在、大手コンサルティング企業に勤務している。最初のプレゼンで社会起業家として目指す事業として紹介したのは、自らが好きな登山を持続可能にするためのアイデアだ。浦井氏は「企業の研修プログラムとして山岳医が同行して登山し、多くを学べるようにしたい。これにより現在はボランティアに頼っている山岳医など山の安全を支えるインフラを維持でき、リスク対応にも優れ人材の育成などにもつながる」と指摘した。
藤野氏は「まずは冬でもいいから、やってみてはどうか」としながらも、「何をやりたいのか伝わりにくいから営業が難しい。まずは実際にすぐやってみて、ユーザー体験を集める。登山が好きな経営者が推薦してくれることがないとなかなか成り立たない」と指摘した。浦井氏からこういう経営者をどのように探すのかを聞かれて、藤野氏は「そこが君の力だ。起業家で大切なのは、しがみつく力なのだから」と指摘した。
翌日の2回目のプレゼンでは事業内容ががらりと変わり、藤野氏も「力の開放度ではスクール生で君が一番だね」と笑った。浦井氏の新たな事業案は、和歌山県高野山周辺で山岳医や猟師ら専門家が同行する「本物の山体験を提供する」ことだった。
ここで浦井氏が初めて明らかにしたのは、実家が高野山の山麓地域であり、祖父は高野山の僧侶兼実業家で、実兄は近畿大学建築学部の助教として街づくりのプロであることだった。こうした家族の助けも借りられることから、高野山に近い県内最高峰の龍神岳では山岳医同行で安全に登山し、高野山周辺の山では猟師とともに安全にジビエ料理を楽しみ、開祖・弘法大師空海からの高野山の街づくりについて学べるフィールドワークができたりする。こうしたことで過疎化する山村の活性化につなげようとしている。
藤野氏も「すごく楽しそうにプレゼンしていて、別人みたいだ。次々に手札が出てくる。これって隠し持っていたの。ワクワクする」と笑いながら、「山岳医という問題意識が前提にあり、閉じた感じではなく、社会の中で広げている。期待しています」と激励した。
「ユーグレナの出雲さんはネクタイがいつも緑だよ」
慶應義塾大学総合政策学部1年生の多田晏梨氏が説明したのは「Renexn」という自己啓発プログラムであり、「自分の人生をよりよく創造していくお手伝いをしたい」というキャッチフレーズを掲げた。具体的には若者、子育てを終えた「子離れ世代」と高齢者それぞれが人生の幸せを感じられるようなメニューを提供していくことだ。
多田氏は「まだ、アイデア段階に過ぎない」としながらも、「若者であれば、自己確立や起業支援などのプログラムを実施していきたい」と語った。これに対して、藤野氏は「アイデアや問題意識には共感する」としながらも、「実際に事業化する際に何ができるのかを分かりやすくする必要がある」と指摘した。
多田氏は直後から模造紙に自分のアイデアをたくさん書き込んで、2回目のプレゼンで披露した。ここで打ち出したのは、人生の節目に絵本を作るというビジネスだった。高齢者であれば、自分の経験などについて絵本として残して周囲に伝えたり、退職する人に同僚たちが絵本を作って送ってもらったりするようなこともできる。多田氏は「絵本は、世代を問わない共通言語だし、人生について真剣に考えた証として手元に残る特別感や温かみがある」と語った。
藤野氏は「具体的には自分が一番良くわかっている若者向けをやることが大切だ」と指摘した。藤野氏は最初から、多田氏についていつも一生懸命に取り組み、愛されるキャラクターがいいねとしてきた。「ピーマンを売りたい人はピーマンの帽子をかぶったりしている。ユーグレナの出雲充社長もネクタイはいつも緑色だ」としており、「多田さんは自分の魅力的なキャラクターを商品のように売り込んでいくことが大切ではないか」と指摘している。
「まだ18歳なんて若いね。30歳が成人だからたくさん失敗できるよ」
沖縄合宿では地元の今帰仁村にある北山高校3年生の平戸凰雅氏が特別に招待されて、プレゼンに参加した。平戸氏は昨年8月に大阪・関西万博の会場で開かれた高校生のビジネスコンテスト「高校生みんなの夢AWARD」で全国2464人の応募の中から優勝した実力者だ。コンテストの審査員の1人が藤野氏であり、若き起業家として注目しており合宿に呼び寄せた。
平戸氏が万博で発表したテーマは「新琉式」というビジネスだ。出身地である宮古島の宮古上布や紅型など沖縄の伝統工芸に現代的なデザインを施して世界へ発信し、地域の産業として活性化を狙うものだった。今年春から早稲田大学に入学する。まずは東京で地元の沖縄そばのチェーン展開を目指して起業する考えだ。それが故郷である沖縄の経済振興になるとの思いからだ。
平戸氏は「沖縄そばの中でも、カツオだし風味の強さが特徴の宮古そばを博多ラーメンや讃岐うどんのように全国区にしたい」と語った。宮古島にある平戸氏の実家では宮古そばの店として「新来そば」を開業し、上京する前にそこでも手伝っている。
藤野氏が感心したのは平戸氏が起業家としてすぐに動こうとする姿勢だ。藤野氏から最初のプレゼンで「まずはやってみることが大切」とされると、2回目には「早稲田で沖縄そばの立ち食いそばから始めたい。場所もすぐに早稲田で探したい。沖縄では朝から食べるし、東京でもさっと食べてもらえるようにしたい」と語った。
藤野氏は「平戸君は18歳でしょう。僕の意見だと今の成人は30歳だ。まだまだ失敗をしても大丈夫だから、どんどん挑戦してほしいね」と激励した。
「投資家として注目しているのはデルタが大きい人だ」
藤野氏は全員の2回のプレゼンすべてを聞いた後、「僕が投資家として出資を決める際に、その起業家のデルタ(変化量)を見るようにしている。いろいろ話をして、すぐに変化するような人に期待できるからだ」と指摘した。そして「この短い期間でも、皆さんのデルタはすごく大きい。思考を柔軟にして、実際に行動してほしい。3月の最終プレゼンはむちゃくちゃ期待していますよ。凸凹はあっても、この凸凹が大切で、それが自分を鍛えたり、プレゼンの質を高めたりする。頑張ってほしい」と指摘した。
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