東日本震災の悲劇を糧に「落ちない膜天井」を展開
老舗テント屋のアトツギ、揺るがぬ信念で安全を世界に
「NIKKEI THE PITCH GROWTH」の決勝大会でアトツギベンチャー部門賞を獲得したのは、軽くて軽量な独自の強化ファイバーシートの膜天井「マクテン」を設計、販売するマクライフ(岡山県津山市)の牛垣希彩氏だ。老舗のテント会社の2代目社長で、実父の和弘氏が東日本大震災で公民館や体育館などの天井崩壊事故が相次いだことに心を痛めて「テント屋」として安全な天井を作りたいとして2017年に創業した。知名度の低さなどからほとんど売れずに苦労する父親の姿をみて、大手百貨店での充実したキャリアを辞めて戻った。昨年1月に発生した能登半島大震災でも大型案件も舞い込んでいる。「大地震でも落ちない天井を作りたい」という揺るがないアトツギの覚悟で、全国のパートナー企業とともに日本発の新たな防災技術として普及させようとしている。
「私もアトツギ経営者だが、落ちない天井という自社の製品を使って社会解決策を生み出しているのは素晴らしい。これからもデザインを工夫して夢が広がるようにできる。この事業では着眼点も優れている」。審査員を務めたダイヤ精機の諏訪貴子社長はこう指摘した。マクライフの牛垣氏は「この製品は私が作ったものではなく、会社で培ってきた。多くの人たちが関わってくれて事業として形になってきたから、受賞することができた。これを励みにもっと自信をもって、安全な製品として広げていきたい」と笑顔で語った。
能登半島地震で天井落下の工場で、過去最大案件を受注
「今年夏には能登半島の地震で天井が崩壊した工場で、これまでで最も大きなマクテンを設置できることになった。10年前に落下して落ちないようにしたはずの天井が落ちて1年以上も工場が稼働できていない。私たちの製品なら安心だと言ってもらえて、本当にうれしかった」と、マクライフの牛垣氏はこう強調する。
2024年1月1日に発生した大地震では多くの家屋が倒壊したが、多くの工場が被災した。通常、工場の天井は石膏ボードを金具で吊り上げてできているが、天井自体が補強金具もあり重いために落下して生産設備などに被害を与えることが多い。マクライフが石川県七尾市で受注した工場向けは天井面積が1200平方メートルと、これまでで最も大きい。体育館や公民館などでは500平方メートル程度の案件が多くて、工場でも800平方メートルが過去最高だった。マクテンでは天井から金具で吊り下げるのではなく、4方の壁面に取り付けた独自金具で膜材を引っ張って固定し、通常の天井と見た目が変わらない。膜自体は1平方メートル当たり700グラムと軽いために、揺れにも強い。万が一に落下しても柔らかいから下で働いている作業者や設備への被害も軽微ですむことが最大の特徴だ。
百貨店でのマーケの経験 広告塔として知名度を向上
マクライフは2017年に牛垣氏の家業である老舗テント会社、ファインアートかわばたの2代目社長の和弘氏が創業した。希彩氏はもともと、2017年の大学卒業後に岡山市の老舗百貨店、天満屋に就職してマーケティングを担当していた。バレンタインフェアの企画など充実して楽しい仕事をしていたが、実家でマクテンの普及に苦闘する父親の姿をみて、アトツギとしてマクライフの事業に挑戦したくなった。もともと、社会の役に立つような仕事をしたいという思いも強かった。家業のテント会社は弟が引継ぐことになっており、マクライフを引き受けた。
希彩氏は2022年春に入社し、マクライフの製品は自らが中心となり、広告塔も務めて、全国規模のビジネスピッチに参加したり、製品の認知度を高めるためにデジタルマーケティングも導入したりして知名度を着実に高めてきた。2023年度には中小企業庁主催の「アトツギ甲子園」で優秀賞も獲得したことも大きかった。
全国各地の施工業者と連携を拡大 50社体制で年商8億円を目指す
もともと、創業時から、マクテンの良さは各地の建設会社から認められていた。愛知県豊田市の太啓建設などが参加して製品を普及させる一般社団法人ファイバーシート天井システム協会(FSCSA)を立ち上げ、各地で販路を開拓している。現在は参加企業が13社だが、「早期に50社程度まで増やして年間8億円の売り上げを目指したい。ピッチでの受賞も追い風になり注目度も高まり、製品を販売したい会社が増えている」。各地での普及に弾みがつきそうだ」という。
これまでマクテン施工実績は合計で30件程度だ。特に小中学校のエントランスや食堂などが多い。生徒たちが集まる場所では、耐震対応として置き換える動きが出ている。昨年の能登半島地震もあり、改めて天井落下問題への関心が高まっているからだ。和弘社長が東日本大震災を受けて落ちない天井の研究に没頭したのは「テント屋として培った技術を役立てたい」からだった。特に公民館や学校の体育館で多くの天井が落下すると、避難所の確保も難しくなる。国交省は「特定天井」への対策を求めている。これは高さ6メートル以上で、面積が200平方メートル以上などの条件を決めて、安全対策を促している。
マクテンの施工期間は標準的な500平方メートルクラスの大きさで半分程度にまで短縮できる。施工のための足場も最低限ですむので、施工費も大幅に下げられるという。
省エネ対策でも膜天井は有効 デザインでも新たな魅力を
マクテンは震災対応だけでなく、大きな可能性がある。最近舞い込んだ案件は省エネにつながる膜天井の使い方だ。大型倉庫では天井が10メートルと高いことも多く、多額の冷暖房費がかかっている。3~4メートルの高さに膜の天井を張ることで空間を区切れば、省エネにつなげられる。
牛垣氏は「マクテンでは専用のLED照明を開発して簡単に取り付けられるようにした。間仕切りとしてもすぐに施工できる」という。石膏ボードの天井なら、照明の吊り下げ工事も必要になる。実は本業のテントでも、大口案件は工場向けだ。間仕切りになるような空間をテントでつくる工事がたくさんある。「マクテンには様々なデザインも印刷で可能だ。防災以外でも新たな魅力をつけくわえられる」という。
東京ドームの屋根だって膜 地震大国・日本の技術を世界に
牛垣氏がマクライフに戻ってから、力を入れたのは産学連携だった。日本大学理工学部建築学科で、建築構造力学の専門家である宮里直也教授との共同研究により、マクテンの良さを学術的に分析して改良したり、新たな用途や施工方法などを開発したり、様々なことに取り組んでいる。地震大国日本の新たな防災技術として世界で展開していくことが長期的な目標だ。
牛垣氏は「マクテンには無限の可能性がある」と語る。日本で最も有名な膜構造は東京ドームであり、テント業界のリーディングカンパニーである太陽工業が手掛けた。同社のビジョンは「膜にこだわり、膜を超える」だ。つまり、「膜の無限の可能性を引き出し、顧客に感動と快適な環境を届けることを経営の柱に据えている。国内外でサッカースタジアムなどスポーツ施設に加え、商業施設や万博のパビリオンなど世界でも高く評価される施工実績がある。
膜は軽くて様々なデザインにでき、何よりも安全性が高く、太陽光も通せるために環境にも優しい。マクライフが手掛ける案件は太陽工業と比べれば、はるかに規模が小さい。それでも、各地に根差した施工業者と連携し、小さな案件から掘り起こす取り組みが安心・安全な社会に着実につながっていくといえそうだ。牛垣氏は「私も昨年、出産して母親になった。4月からは保育園に預けて、仕事に没頭していきたい。マクテンは大切な人を守る製品であり、これを広げることはテント屋のアトツギとしての生きがいだ」と語る。マクライフ本社では岡山県県北の津山市でたんぼに囲まれたのどかな地域にある。社員数は本業のテントを含めて10人余りと小さな会社だが、ここで生み出された技術は多くの同じ志を持つ仲間を着実に増やしており、世界でも注目される防災技術として注目される可能性がありそうだ。
NIKKEI THE PITCH GROWTH 2024-2025
アトツギベンチャー部門賞受賞 株式会社マクライフ
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