
御曹司の座に未練なく起業 世界初のリサイクルに挑戦
建材の王様・石膏ボードの安定調達に活路
「NIKKEI THE PITCH GROWTH」の決勝大会でソーシャルインパクト賞に輝いたのは、建材として大量に使われる石膏ボードを100%完全にリサイクルする事業を手掛けるGYXUS(三重県四日市市、ジクサス)だ。原料である石膏は世界的な人口増に伴う住宅の建設増に伴い原料の天然石膏の争奪戦が激しく、国内で調達してきた金属精錬や石炭火力発電などの副産物としての確保が難しくなり、安定供給にはリサイクル技術の確立が必要だった。GYXUSを24年に起業したのは国内石膏ボード大手、チヨダウーテの創業者一族の平田富太郎氏だった。「地産地消型リサイクル」で廃棄ボードを埋めない世界をつくるという理想を掲げ、世界初の技術を実用化し、各地の有力産業廃棄物処理会社と連携を巧みに進めているところが高く評価された。

「石膏ボードは日の当たる製品ではないが、いのちを守り救ってくれる」
GYXUSの平田社長は表彰式の壇上で「石膏ボードのことを知らない人も多いが、誰もが石膏ボードに囲まれて暮らしている。日の当たる商品でないかもしれないが、多くの人たちが協力してくれてリサイクルができるようになった。いのちを守る製品であり、しっかり事業に取り組んでいきたい」と受賞の喜びと今後の抱負をこう語った。
石膏ボードは住宅や工場などの建物の壁や天井などに大量に使われる建材であるが、特に注目されるような製品ではないかもしれない。ただ、最大の特徴は耐火性だ。割安で使いやすい石膏ボードがあるから、火事が起きても被害を抑え、人々の命を守り救うことにもつながっているという。
日本でも年間約5億平方メートル、つまり50万平方キロメートルであり、日本の国土面積(37万8000平方キロメートル)より大きいほどだ。地味な製品に見られるが、木材の代わりの壁材としても有効で、実は「建材の隠れた王様」といえる存在だ。販売価格は標準品の寸法「三尺×六尺」、つまり「サブロク」と呼ばれる汎用品(厚み12.5ミリ)で1枚1000円程度と安い。最大の問題は原料である石膏の安定調達が難しくなりつつあることだ。

創業者一族の御曹司だが、外資による買収で起業を決断
平田社長は大学卒業してから20年余り、廃石膏ボードを埋め立てるのではなく、完全に新品と同じ品質で販売する「100%水平リサイクル」に挑んできた。長年の努力が実り、今年末からコスト競争力のある工場を稼働させる計画だ。廃石膏ボードは現在、国内で年間200万トンも出ている。バブル期に一挙に増えた住宅の解体時期を迎える2030年代半ばには350万トンにまで増える見通しで、ほとんどを埋め立てている現状を放置すれば、廃石膏ボードだけで埋め立て処分場をどんどん満杯にしてしまう可能性がある。
平田社長は石膏ボード大手で上場会社だったチヨダウーテの経営メンバーだった。チヨダウーテは富太郎社長の祖父である平田富久氏が1948年に創業した。69年に建築基準法が一部改正され、石膏ボードが不燃材料として認定され、需要が一挙に急拡大する。86年には当時として最新鋭のコンピューター制御を活用した千葉工場(千葉県袖ケ浦市)を建設して事業を拡大した。2006年には建材世界大手の独クナウフ社と資本業務提携したり、11年には化学大手のトクヤマと共同出資のトクヤマ・チヨダジプサムを設立して廃石膏をリサイクルする事業も進めたり、攻めの経営を続けてきた。最終的には21年にチヨダウーテはクナクフがほぼ全株式を買収して傘下に入ることになった。国内の石膏ボード市場はシェア8割とされる吉野石膏と、チヨダウーテの2社体制が続いている。
富太郎氏は創業者の富久氏の長男の長男という直系の「御曹司」だった。創業者の期待も大きく、大学卒業して入社してから2年後の2002年には最大の生産拠点である千葉工場長を任された。大手製紙会社と提携し、石膏ボードの表面に張り合わせる段ボールを再利用したり、不良品で出てきた石膏ボードから石膏を取り出して増量材として使えたりするように技術開発をした。その後、トクヤマとの共同出資会社でも代表取締役を務めて、廃石膏をリサイクルする技術の開発や工場の立ち上げなどを担った。その後にクナウフによる買収では親族の間でも独立路線を主張するが、それが通らず、自らが理想とした完全リサイクル構想も実現できないと判断し、御曹司の座をあっさり捨てることを決めて23年10月に退社する。その翌年にGYXUSを設立した。

新会社ではチヨダウーテで専務として石膏ボード分野では国内屈指の技術者として環境大臣賞の受賞に大きく貢献した黒田豪材氏と、開発担当で博士号を持つ藤田巧氏も加わってくれた。「黒田さんや藤田さんがいなければ、起業できなかったし、これから本当に日本の廃棄物処理業界を変えるような仕事ができる」と語る。
リサイクル工程の簡素化でコスト抑制、地方でもハワイでも採算確保
廃石膏ボードのリサイクル技術は簡単に言えば、廃石膏を破砕して焼成し、水を混ぜて固形化という結晶工程を繰り返す。GYXUSはこの工程を簡素にしてエネルギーコストを抑制し、リサイクル費用を大幅に引き下げることに成功した。これにより「地産地消型リサイクル」が可能になる。
石膏ボードは1枚1000円程度と安い。ただ、大きいので輸送費が販売価格の2~3割を占める。同社の技術を活用すれば、廃ボードを地方で集めてリサイクルしても、採算を確保できる。廃ボードは現在、住宅の解体業者などは埋め立ててもらうために廃棄物処理会社に1キログラム当たり30円程度を支払う。ただ、地方でもリサイクルできれば処理費をもらえるため、採算性を十分に確保できる。平田社長は「廃ボードが大量に発生する大都市圏だけでなく、地方でもリサイクルできる。海外なら、ハワイでも十分に成り立つはず」と指摘する。

平田社長は長く石膏ボードのリサイクルに知恵を巡らせて人脈も豊富なだけに、提携戦略を着実に進めている。北海道、秋田、埼玉、神奈川、静岡、京都、大阪から沖縄まで、各地の大手産業廃棄物処理会社や住宅解体業者と提携し、廃石膏ボードのリサイクル工場の建設が進めている。埼玉県では24年11月に循環型経済のビジネスを競うコンテストで最優秀賞を受けた。サーキュラーエコノミーの実現を政策の柱に据える埼玉県の大野知裕知事から直接表彰されている。
建築物の廃棄物処理では石膏ボードが「ミッシングパーツ」
GYXUSは現在、三重県いなべ市で染色工場を買い取って独自開発の設備を導入している。年内には廃石膏ボードを受け入れて本格的にリサイクルを始める。提携先にはこの処理設備を購入してもらい、リサイクルした石膏ボードはGYXUSが買い取って住宅メーカーなどに販売する。処理能力はまず、月間500~1000トン規模を想定している。
提携先にとってもメリットは大きい。まず住宅解体業者は住宅を解体する時、石膏ボードを手で取り外す。それを廃棄物収集会社などに持っていき、埋め立て費用を支払う。自社でリサイクルすれば、この費用が不要になり、リサイクル品の販売で収益を確保できる。
産業廃棄物処理会社とってはさらにメリットが大きい。現在、建築関連の廃棄物は木材や金属のほか、コンクリートやアスファルトなどでリサイクルが確立されている。唯一、リサイクルが難しかったのが石膏ボードだ。このリサイクルができれば、廃棄物処理会社は建築関連廃棄物のすべてを請け負えて事業拡大に弾みがつく。それゆえ、GYXUSの提携先は神奈川県なら光州産業(川崎市)のほか、公清企業(札幌市)、森岡産業(沖縄県読谷村)のように業界を代表するリサイクル事業者が名を連ねている。

創業者一族でも起業家精神 海外でリサイクルに挑戦
石膏ボードのリサイクルは海外でもビジネスチャンスが大きい。昨年12月にはマレーシアなど東南アジアでの事業化に向けて現地を視察した。特にシンガポールで発生する石膏ボードを、国境に近いマレーシアでリサイクルして販売するようなビジネスを想定している。シンガポールでは石膏ボードの価格が高いために、リサイクルしても採算が確保できる。オランダなど欧州市場も有望だという。欧州でも石膏ボードは基本的に埋め立て処理され、その費用も非常に安い。日本の10分の1程度とされる。欧州では新品の石膏ボードの販売価格が高いために、リサイクルしても採算を確保できる可能性がある。
平田社長は創業者一族の御曹司だったが、本人は「トクヤマ・チヨダジプサムでのリサイクルなど次々に新しい事業を任されて、アントレプレナーのように仕事をしてきた」と語る。チヨダウーテが外資に買収された後、「富太郎さんなら、自分で新しい会社をやるんだろうな」というのが周囲の受け止め方だったという。
平田社長が始めた石膏ボードのリサイクルだが、これは建築関係の廃棄物処理で「ミッシングパーツ」を埋めるものだ。日本は深刻な人口減少時代を迎え空き家が大量に発生し建築廃材も大量に発生しており、大きな課題として欠けていた石膏ボードのリサイクルを各地で進められるようになった。日本が強い静脈産業で新たな企業として世界で存在感を発揮できる可能性もありそうだ。
NIKKEI THE PITCH GROWTH 2024-2025
ソーシャルインパクト賞受賞 株式会社GYXUS

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