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ゲームの力で世界の教育を変えていく 慶応の学生たち、新たなコンテンツビジネスを創造

ゲームの力で世界の教育を変えていく
慶応の学生たち、新たなコンテンツビジネスを創造

NIKKEI THE PITCH SOCIAL 2025-26 グランプリ

「NIKKEI THE PITCH SOCIAL(NTPソーシャル)」でグランプリに輝いたのは、高校生ら若者たちが闇バイトや偽情報に翻弄されないようにゲームを使った学習プログラムを提供するClassroom Adventure(クラスルームアドベンチャー、東京・中央)だ。慶応義塾大学の3人の同級生たちが1年半前に創業したばかりだが、すでに海外12カ国を含めて合計で5万人以上にプログラムが提供され、2030年までに1億人へ届けるという目標に向け、次々と手を打っている。このスタートアップの魅力は気の合う大学の友人たちが楽しみながらも、本当に重大な若者の教育で新たな地平線を切り拓いていることだ。ゲームやアニメが持つ人々をワクワクさせる魔法のような力に着目し、世界を大きく変えようとしている。

グランプリ受賞企業として鈴木教授から表彰された今井氏(右)は、ゲームの持つ力を生かし、世界での若者教育に新たな可能性を示している
グランプリ受賞企業として鈴木教授から表彰された今井氏(右)は、ゲームの持つ力を生かし、世界での若者教育に新たな可能性を示している

「ゲームやアニメの力で、伝わらないことを伝えていく」

「僕たちはゲームを使って様々な社会課題を解決していきたい。日本の学生だけでなく、海外の若者たちが犯罪などに巻き込まれないようにするには、楽しく学んで知識を身に着けることが大切だ。日本の強みであるゲームやアニメにはすごい力がある。これらを組み合わせて、伝わらなかったことを伝えていきたい」。クラスルームアドベンチャーの共同創業者である今井善太郎代表取締役CEOは3月7日夜、NTPソーシャルでのグランプリを獲得した表彰式で喜びをこう語った。

クラスルームアドベンチャーは創業2年目には売上で1億5000万円を達成し、すでに結果も出していることが審査員からも評価された
クラスルームアドベンチャーは創業2年目には売上で1億5000万円を達成し、すでに結果も出していることが審査員からも評価された

今井氏のNTPソーシャルのプレゼンも目指すべき世界観がしっかり伝わっていた。創業2年目でも高校など200校で使われ、売上高も1億5000万円と明確な結果も出ている。東京大学の鈴木寛教授は「大学生として身近な高校生の問題をリアルに感じられるから、これだけ素晴らしいソリューションを提供できている」と指摘した。厚生労働省元次官であり、全国福祉協議会会長の村木厚子氏も「行政で福祉を担当してきた人間として、悩みが相談されやすくなり、それを解決する手段を示しているという意味で本当に素晴らしい取り組みをしている」と強調した。

今井氏は「グランプリを獲得できるとは思っていなかったが、僕たちは自分たちが提供しているゲームのプログラムで学生たちが楽しんでくれるのを見て、それに感動している。常に学んでほしいこと、伝えたいことは出てくるのでこれからも魅力的なプログラムを提供していきたい」と語った。

ルフィ連続強盗事件の若い実行犯の悔悟 ゲームに込めた若者たちへの想い

闇バイトのリスクを学生たちに伝えて注目された「レイの失踪」を生み出した3人の共同創業者。今井氏(右)、堀口氏(中央)、古堅氏(左)は友人のレイが闇バイトに巻き込まれた過程を追体験できるゲームを短期間で開発した
闇バイトのリスクを学生たちに伝えて注目された「レイの失踪」を生み出した3人の共同創業者。今井氏(右)、堀口氏(中央)、古堅氏(左)は友人のレイが闇バイトに巻き込まれた過程を追体験できるゲームを短期間で開発した

クラスルームアドベンチャーは慶應大学の湘南藤沢キャンパスで同級生だった堀口野明氏、古堅陽向氏を含めた3人が24年9月に創業した学生ベンチャーだ。ただ、起業前からネットの偽・誤情報を見抜くスキルを学ぶ教育プログラム「レイのブログ」などのサービスを提供しており、大学2年生から本格的にソーシャルビジネスに取り組んでいたことになる。

大きな注目を集めたのは、闇バイトのリスクを学べるプログラム「レイの失踪」が24年12月にリリースしてからのことだ。直前にはルフィ広域強盗事件の裁判が開かれ、普通の若者たちが巧みに闇バイトで誘われ凶悪事件の実行犯になった過程が赤裸々となり、世間を騒然とさせていた。若い実行犯は闇バイトに簡単に巻き込まれたことを悔悟しながら、「もはや償うことはできない。極刑にしてほしい」とまで語った。レイの失踪はこの事件が騒がれ、高校などから問い合わせがあったことから、ほぼ1カ月で充実した内容のゲームを開発して提供できた。

レイの失踪はスマホやタブレットでログインして、失踪した友人のレイがSNSなどで闇バイトに勧誘されて犯罪グループに引き込まれていく過程を追体験できる。最終的には警察などに相談してレイを救い出すのだが、リアリティの高いストーリーには学校の教材として各地で採用されるようになった。「ホワイト案件」などとSNSで誘われたルフィ事件で起きたことも盛り込まれている。高校生や中学生は1時間かけてゲームをして、その後に今井氏らが授業で最新の手口などを解説する。

今井氏は「闇バイトの勧誘も最近は知り合いから誘われたり、SNSもツイッターではなく、インスタグラムが増えたりしている。こうした動きをプログラムに反映させる。犯罪の手口は巧妙になっていく。常に高いリアリティを追求していきたい」と強調する。

仲の良い5人の学生たち 国内外で注目される課題解決プログラムを制作

東京・茅場町にある本社では5人のメンバーがシリアスな課題解決に向き合い、プログラムのストーリー作りをしている。共同創業者3人以外では古堅氏の友人である石川氏(左)と、竹ノ内氏(左から2人目)も社員として加わった
東京・茅場町にある本社では5人のメンバーがシリアスな課題解決に向き合い、プログラムのストーリー作りをしている。共同創業者3人以外では古堅氏の友人である石川氏(左)と、竹ノ内氏(左から2人目)も社員として加わった

クラスルームアドベンチャーは現在、5人の社員がいる。仲の良い友人同志だ。共同創業者の3人以外では、石川勘十郎氏と、竹ノ内尊行氏の2人の取締役だ。いずれも古堅氏の昔からの友人であり、起業前からクラスルームアドベンチャーの仕事に関わってきた。5人はそれぞれの強みのスキルを生かし、大切なプログラム作りではアイデアを持ち寄っている。東京・茅場町にある本社オフィスでイベントサークルのように活発に議論しており、一見すると学生サークルのようにも見える。ただ、取り組んでいるのは深刻な社会課題の解決であり、必死にアイデアを出して作り込むために寝食をともにするほど忙しい。

5人のメンバーの役割ではまず、今井氏はCEOであり、教育問題に関心が強く、高校などの授業にも頻繁に参加する。堀口氏は米国生まれ、米国育ちであり、大学入学後に本格的に学んだプログラミングスキルが卓越している。レイの失踪でもほぼ1カ月で生成AIを使ってプログラムを完成させ、英語版もすぐに作った。古堅氏は動画編集などコンテンツの責任者として、キャラクターデザインなどストーリーの取りまとめ担う。石川氏は総務省や自治体などの折衝や財務・総務の仕事を担当する。竹ノ内氏は高校などの営業の責任者としてほとんどの学校での授業にも参加する。

グーグルのファクトチェック大会で世界4位 偽情報を見抜くレイシリーズの原点に

グーグルのファクトチェックの世界大会にも23年に3人は招待された
グーグルのファクトチェックの世界大会にも23年に3人は招待された

クラスルームアドベンチャーという会社が面白いのは、仲の良い友人たちが肩ひじを張らずに「楽しくて、社会に少しで役立つことをしたい」と思って趣味のように始めたことが、世界にも大きなインパクトを与えるビジネスになりつつあることだ。今井氏、堀口氏、古堅氏の3人は21年春に慶応大学に入学。湘南藤沢キャンパスのドイツ語クラスで知り合い、仲良くなった。いずれもITリテラシーが高かった。22年8月に参加した米グーグルが主催する「ファクトチェック選手権」で優勝し、同年11月にシンガポールで開かれた世界大会で4位になった。

堀口氏が「偽情報を見抜く力を身に着けられる謎解きゲームのような教育プログラムを作ったら面白いのではないか」と提案して開発に取り組んだ。それからすぐ、23年3月にフェイクニュースを見抜くためのレイのブログをリリースできた。グーグルには世界4位になったことから、翌年にはシンガポールの大会に招待され、そこでレイのブログを紹介した。

ただ、当初はビジネスとしては鳴かず飛ばずの状態が続いた。今井氏のほか、石川氏や竹ノ内氏らが全国の学校に電話してもまったく相手にされなかった。高知の高校では「無料なら」ということで、深夜バスで出かけてプログラムを体験学習してもらった。それが大きな転機となった。今井氏は「高校生たちが本当に楽しそうにやってくれているので、自分たちがやっていることが正しいことだと実感できた」という。

創業メンバーらが年100校訪問 学生の楽しむ姿を見ることが創作の原動力

今井氏らのメンバーは教育プログラムを採用する学校を訪れて、ゲーム体験後に授業をして、偽情報や闇バイトなどの課題について分かりやすく解説する
今井氏らのメンバーは教育プログラムを採用する学校を訪れて、ゲーム体験後に授業をして、偽情報や闇バイトなどの課題について分かりやすく解説する

レイの失踪が大ヒットしたことで、レイのブログも同じように採用する学校が増えた。25年には500校以上で使われた。兵庫県のように県庁の特殊詐欺対策部署の担当者が高校を回って授業をしてくれるようになった。今井氏や竹ノ内氏らは年100校以上を実際に訪問して、分かりやすい授業もする。「高校生たちが楽しんでやってくれる姿を見ていると、プログラムの制作に取り組む意欲がもっと出てくる。いつまでも現場で学生たちには接し続けていきたい」(今井氏)という。

海外でもレイシリーズはすでに英語や中国語などの多言語に対応し、12カ国でプログラムが利用されている。最近では企業の研修用などとして提供するプログラムも経営の大きな柱に育ってきた。金融リテラシーやサイバーセキュリティなどの課題に対して分かりやすく学べるコンテンツの受注が増えている。薬物乱用やオンラインカジノなど社会的な課題は数多いことから、これからもプログラムを着実に増やしていく計画だ。

中高生が注目するレイシリーズ第3弾 SNSのいじめをテーマに

米国育ちの堀口氏(右)は最新AIを使ったプログラミングや多言語対応のプログラム開発などを担う。石川氏(中央)は総務省など政府や自治体の案件などを取りまとめている
米国育ちの堀口氏(右)は最新AIを使ったプログラミングや多言語対応のプログラム開発などを担う。石川氏(中央)は総務省など政府や自治体の案件などを取りまとめている

同社は中期的な事業目標としては2030年をメドに国内外でプログラム学習者を累計1億人にまで増やす計画だ。今年は導入する学校が大幅に増えることがすでに確定しているほか、中高生たちが「いつ次が出るのか」と注目しているレイシリーズの第3弾がついにリリースされる。これはSNSなどネットでのいじめをテーマにしている。陰湿ないじめで自殺者も出ており、若者たちに深刻な問題に向き合ってもらう内容になる。

堀口氏は「レイの失踪で大きなインパクトを出すことができた。第3弾もまだ開発しているところだが、レイシリーズの完結編といえるようなものにしたい」としている。堀口氏は米国のロス生まれで、高校卒業後に初めて日本で生活し、自由な雰囲気のある慶応の湘南藤沢キャンパスで学ぶことを決めた。高校時代には数学と物理が得意で、名門のカリフォルニア大学サンタバーバラ校に入学したが、魅力を感じられずにすぐに辞めた。父親が起業家であることから、「自分も普通の会社に就職するのではなく、新しいビジネスを生み出したかった。仲間たちに出会って、それができるのがうれしい」という。最新AI技術を使ったコンテンツ開発などのスキルを生かし、魅力的な教育プログラムの制作に取り組んでいく。

「憧れるのは冨樫さん。教室で持ち切りの話題になる存在になりたい」

古堅氏(中央)は動画編集を含めたクリエイティブの専門家だ。幼馴染である竹ノ内氏(右)は古堅氏の幼馴染であり、営業を担当している
古堅氏(中央)は動画編集を含めたクリエイティブの専門家だ。幼馴染である竹ノ内氏(右)は古堅氏の幼馴染であり、営業を担当している

古堅氏はコンテンツの責任者としてストーリーの取りまとめのほか、キャラクターデザインや音響を含めた動画編集などを担っている。「レイの失踪でも、SNSのようなものがゲームになって学校に届けられて、学生たちにすごく響いたし、本当にすごいことだと思う。ただ、クリエイターとして同じようなゲームを続けていたら飽きられてしまう。常に新しい伝え方をしていく必要があり、仲間たちと考えて取り組んでいきたい」と語った。

竹ノ内氏は古堅氏の幼馴染であり、慶応大学では文学部で学んできた。「金融やコンサルとかへの就職活動もしたが、自分が働くイメージがわかなかった」という。竹ノ内氏は起業前から営業を担当しており、23年には毎日100ぐらいの学校に電話して断られまくっていた。ただ、今は営業担当としてほとんど授業に講師役として参加して、学生たちと接することに大きなやりがいを感じている。「この仕事は生きている感じがすごくする。メンバーの5人にはそれぞれ役割があり、誰かのワンマンではなく、支え合って面白いビジネスに取り組めることがいい」という。

石川氏も古堅氏の高校時代からの友人で、明治大学はすでに卒業している。23年から手伝っており、竹ノ内氏と一緒に電話をかけまくった。現在は総務省に採択された偽・誤情報への対策技術の開発・実証事業の折衝など政府や自治体案件の取りまとめをしている。石川氏が就職せずに、この会社を選んだのも学生たちに良い影響を与えられていると実感したからだ。「授業を受けた学生が文化祭でレイシリーズをモチーフにした教材を発表してくれたりして嬉しかった。うちの会社のメンバーはみんながファンの冨樫さんになりたいという思いがある。学生たちが話題にしてくれるようなものを作りたい」という。

冨樫さんとは、週刊少年ジャンプで連載する冒険漫画「HUNTER×HUNTER(ハンターハンター)」の作者である冨樫義博氏のことだ。1998年の連載開始以来、たびたび休載になるが、連載再開されたり漫画が掲載されたりするたびに高校生らの間で持ち切りの話題になる。石川氏は「うちのメンバーも誰もがハンターハンターが大好きだった。クラスルームアドベンチャーでも新作が出たら、いつか教室の誰もが『新しいレイどうだった?』とか言ってもらえるようになりたい」と語る。

「避難訓練だってゲームで真剣に学び、もっと怖さを知ってもらいたい」

レオスの藤野社長(右)と懇談する今井氏(中央)らNTPソーシャルのファイナリストたちは社会課題の解決に取り組む意義について多くを学んだ
レオスの藤野社長(右)と懇談する今井氏(中央)らNTPソーシャルのファイナリストたちは社会課題の解決に取り組む意義について多くを学んだ

レオス・キャピタルワークスの藤野英人社長は「今年のファイナリストたちは誰も社会課題に対して素晴らしい取り組みをしていた。受賞した会社は確かにトラクションが出ている」とし、「今井さんの取り組みはすごく意義があり、これからもすごく期待している」と語った。

今井氏はこうした強い期待を受けて、すでに将来への決意を固めている。「ゲームの力を使うことで、日本だけでなく、世界でも、若者や子供だけでなく、高齢者にも数多くの課題を伝えて楽しく学んでもらえるようにしたい」。闇バイトや薬物乱用といった深刻な社会課題だけではなく、防災の避難訓練なども対象になるという。「津波が来るので、避難地域に逃げましょうという訓練にしても形式的になりがちだ。ゲームを使って、もっと真剣に取り組んで、津波の怖さを感じてもらえるはず」だからだ。

クラスルームアドベンチャーは社名の通りに「教室の大冒険」を目指している。つまらないと思われがちな授業をワクワクするようなものとして届けたいという3人の同級生が思いついたアイデアから始まった事業だった。

今井氏が指摘した本当に楽しく学べる避難訓練ではないが、クラスルームアドベンチャーはゲームの持つ無尽蔵の力を生かしで学びの世界をどんどん広げている。テーマでも多岐にわたり、国境も超えていく。日本のお家芸であるゲームやアニメの強みを生かし、日本発の「ソーシャル・コンテンツ・ビジネス」の新たな源流として大きな波を起こす存在になる可能性があるといえそうだ。