「奇跡の村」で生まれる新たな奇跡
休耕田の鶏卵で限界集落を豊かに
NIKKEI THE PITCH SOCIAL 2025-26 準グランプリ
日本経済新聞社が3月7日に開催した「NIKKEI THE PITCH SOCIAL(NTPソーシャル)」の決勝大会で、準グランプリを獲得したのは、鳥取県境に近い岡山県西粟倉村で休耕田を活用した平飼いの鶏卵事業を手掛ける点々(てんてん)だった。西粟倉村は国内で過疎化が進む中山間地域で若者らの人口を増やして復活し、同じ課題に悩む多くの自治体から「奇跡の村」と言われてきた。移住の若手起業家として点々を創業した羽田知弘氏は「卵1個から世界を大きく変えたい」と意気込む。人口1300人と小さな西粟倉村でも南に外れた20世帯40人の限界集落から、地方の活性化という枠組みを超える社会課題の解決者として「新たな奇跡」を生み出しつつある。
「美味しい卵を作って、みんなに喜んでもらう話ではない」
「西粟倉村の小さな集落で美味しい卵を作って都会で売って喜んでもらうという話ではない。日本にとって重要な食糧安全という課題を解決したい。地域の未利用の資源を使い、高タンパク質の卵をしっかり作れるようにする。私たちは未来の食を支える小さな循環型インフラを全国展開していくから、結果として過疎地域の活性化にもつながる」。点々の羽田代表は準グランプリ受賞後の表彰式で、同社が目指すべき今後の事業計画についてこう語った。
羽田氏のプレゼンは審査員を納得させる内容だった。休耕田における平飼いでの鶏卵事業が大きな成果が出ており、他の地域でも同様に展開できると感じさせたからだ。羽田氏が住んでいるのは西粟倉の南の外れの知社という小さな集落だ。羽田氏は「コンビニも自販機もないような集落で、ほとんどが70歳を超える高齢者ばかり。それでも1億円のビジネスを生み出すことができつつある」と強調した。
集落の休耕田で平飼いの鶏、収入は100倍増も可能
羽田氏は集落内で5つの休耕田を購入して、現在は3つの鶏舎で1200羽の「後藤もみじ」という鶏を平飼いしている。毎月3万個弱の卵を首都圏などに出荷している。卵の価格は1個100円で、高級スーパーのほか、ミシュランの星付きの有名レストランなどが販路だ。1つの休耕田の広さは1反(約1000平方メートル)であり、米作なら年間出荷額は12万円程度に過ぎなかった。平飼いの鶏舎にすれば、年間収入は100倍の1200万円になっている。今年秋には2つの鶏舎を増設する。「飼育している鶏の数は現在の1200羽から3000羽に増やす計画で、年間売上高として5000万円を見込める」という。この卵を使ったマヨネーズなど加工食品も委託生産しており、人気商品になっている。
羽田氏が取り組むビジネスモデルは平飼いの卵を起点に顧客との関係を築いて、知社集落の様々な産物を提供していくことだ。羽田氏は「知社集落には山栗や自然薯など美味しい食材がたくさんある。シカも獲れるので、ジビエの肉もある。平飼いの卵を定期購入してもらう顧客には地元の産品も一緒に届けていく。知社という集落のファンを増やし、村の人たちをより豊かにすることができる」と指摘する。
知社集落では点々を共同で創業した鈴木宏平氏が重要な役割を果たしている。鈴木氏はデザイナーとして高級ブランドの仕事など多くの実績があり、点々のブランディングも手掛けている。点々のサイトのほか、加工食品や新設した販売店などのほか、現在は計画中のオーベルジュなどでも鈴木氏がデザインなどを手掛けていく。
審査員の村木氏は「中山間地のような地域を維持するには仕事が必要であり、こうした地域で暮らす意義のような価値を出すことが大切だ。羽田さんはこうした要素を考えて、実際に事業として取り組まれており、素晴らしい」と指摘した。レオス・キャピタルワークスの藤野英人社長も「羽田さんには明るいリーダーシップがある。ローカルの中の課題に光をあてて、地域と都市をつなげるサステナブルな解決策を示してくれている」と高く評価した。
地域の未利用資源を飼料で活用 輸入依存ではない鶏卵事業
羽田氏が本当に目指しているのも地域での未利用資源を活用した循環モデルだ。平飼い卵の飼料は国産であることはもちろん、徹底して地元産にこだわる。精米機に残った米ぬか、規格外の米や麦、近くの酒蔵の酒かすなど西粟倉周辺が中心だが、岡山県内各地からも調達し、それを独自ブレンドして飼料としている。
羽田氏は「点々としてどこまで平飼いの鶏舎を増やしていくかは地元の飼料をどこまで調達できるかだ。現在計画している5棟目以降はあまり増やせないのではないか。規模を拡大したいなら、普通の鶏卵であるケージ飼いをやればいいのだが、それでは意味がない」と語る。
地域での雇用拡大にも取り組んでいる。鶏卵の梱包出荷などは軽作業であり、近くのシニアや子育て中の女性でもパートで仕事ができて、収入になる。この地域で1億円の売り上げを実現すれば、パートを含めて20人ぐらいの雇用を生み出せるのではないか」という。羽田氏が移住した集落内の近くの清水薫さんは88歳で、息子の茂樹さんが実際に洗卵の仕事をしてくれている。清水さんの使わない倉庫も貸してくれ、そこで出荷が増えていく鶏卵の出荷作業ができるようになる。
もう一つ重要なのは、知社集落での循環型農業だ。養鶏で出てくる大量の糞を肥料にして、周辺地域の米作で使ってもらうことだ。すでに集落内の米作農家の高木宣美さんが取り組んでいる。羽田氏は「知社集落の平飼いの卵と、鶏の糞の堆肥で作ったお米を使い、卵かけご飯を食べてもらえるようにしたい」という。
現在は外部に委託しているマヨネーズなど加工食品の生産や、シカなどジビエ肉の処理なども内製化し、知社集落内か周辺で取り組みたい考えだ。点々を共同で創業した羽田氏と鈴木氏は会社のメッセージとして「半径1キロメートルの風景をつくる」にしている。知社という小さな集落の美しい里山を残していきたいという想いを込めている。
西粟倉村で森林資源を軸に活性化 移住の若手起業家が活躍
移住者である羽田代表がなぜ、ここで地方創生のモデルのようなソーシャルビジネスに取り組んでいるのか。もともとは愛知県出身で、三重大学生物資源学部で森林計画などを専攻した。学生時代だった2009年に、地域の森林資源を生かして地方再生に取り組んでいた西粟倉村を訪れて、この村との縁ができた。大学卒業後には、住友林業グループの商社に入社するも1年で退社した。
西粟倉村は林業の6次産業化を軸にした「百年の森林構想」を掲げて若い起業家を誘致、支援していた。もともと起業家志望が強かった羽田氏も15年に移住した。西粟倉村の活性化の立役者として木材加工など幅広い事業に取り組んだエーゼログループの牧大介代表取締役CEOに誘われたからだ。
羽田氏はエーゼロで事業開発部長などとして重要なプロジェクトを担っていた。西粟倉村の観光拠点である飲食・イチゴ狩りの複合施設「BASE101%」の企画・立ち上げを主導した。現在も数多くの観光客を集める目玉施設で、名物のジビエ料理などが人気であり、その貢献度は大きい。羽田氏は「複合施設では地域の魅力ある産品を提供する施設の企画を任せてもらうことで、多くのことを学ぶことができた」と振り返る。
西粟倉村で産業振興策を担ってきた上山隆浩副村長は「エーゼログループの牧さんらが村の地域資源を生かした活性化をしてくれて、羽田さんのように次の若い世代も出てきた。今年春から、村の観光地として発信力を高めていく。羽田さんらが取り組むビジネスをもっと多くの人に知ってもらったり、村内の起業家らがより連携したりしていけるようにしたい」と語った。
羽田氏は今後の事業として他地域での平飼い養鶏を展開していく考えだ。羽田氏が多くを学んだエーゼロの牧氏は西粟倉の活性化モデルを横展開し、北海道厚真町や滋賀県高島市などでも魅力ある里山づくりに関わっている。羽田氏のところにも他の地域から平飼いの鶏卵事業について経営の指導や支援を求められている。羽田氏は「他の地域でも平飼いの鶏卵事業が広がれば、平飼いの良さを多くの人たちに知ってもらえる」と指摘する。
もともと、羽田氏が平飼いの鶏卵事業を始めたのは自宅で一羽の鶏を飼って米ぬかなどを与えていたら、美味しい卵を産むし、ゴミも出なくなったことに感動し、地域循環で食糧自給につながるビジネスだと感じたからだ。決勝大会のプレゼンで日本の食糧安全保障問題の解決策になることを強調した。鶏卵は日本の自給率は97%だが、飼料の大半が輸入であることを考慮すると、12%になってしまうという。「緊迫する国際情勢や円安など様々な要素を考えた場合、日本にとって非常に重大な問題は食の安定だ。限界集落のようなところで高タンパク質の卵を自給し、収益も稼げれば、大きな意義がある」としている。
小さな集落の平飼い養鶏を増やす 「スイミー」のような存在感
羽田氏は自分が取り組んでいる鶏卵ビジネスを世界的な絵本「スイミー」のキャラクターに例えている。これは大きな魚に仲間を襲われて1匹だけになった小さな魚スイミーが仲間たちを集めて巨大な魚のように海を泳いで強く生きていくというストーリーだ。羽田氏は「点々はまだ小さなスイミーのような存在だが、仲間をたくさん集めて団結し、食の安定と限界集落の未来を切り開いていきたい」としている。
プレゼン後にレオスの藤野社長から、社名の意味を聞かれた羽田氏はこう答えた。「私たちの集落は20世帯40人という最小単位のコミュニティだ。この小さな点の取り組みが増えて、横につながっていく。100年先、200年先、未来にもつながっていくことを目指して、点々という名前をつけた」。藤野氏は「いい名前じゃないですか」とうなずいた。
卵1個から地域に仕事を作り、美しい里山を守れる
羽田氏は「私は今でこそ鶏卵事業をしているが、もともとは素人で、農家でもなく、お金もなかった。何もないところから始めたが、自分の住んでいる小さな集落が鶏を中心に循環モデルがぐるぐる周り始めた、私たちの知社集落は休耕田と空き家が増えて存続の危機にあった。草刈りや雪かきもままならなかった。それでも、この美しい風景を私たちの代で終わらせたくない。人が暮らしを作るための仕事を作っていく。それをここで証明して、全国に広がってほしい」と強調した。
羽田氏は「卵1個から地域を変えられる」と口癖のように語る。それが実際にできつつあり、西粟倉という奇跡の村で新しい奇跡が生まれつつある。地方創生における「新たな命」として各地で育むことができれば、食糧安全保障と疲弊する過疎の活性化という2つの深刻な課題を同時に解決するモデルとして期待できそうだ。
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