
沖縄・糸満の海人スピリットで、海ぶどうを世界の食材に
亡父の復興への想いを胸に6次産業化の新たなモデル
「NIKKEI THE PITCH GROWTH」の決勝大会でオーディエンス賞を獲得したのが沖縄県産の海ぶどうを世界の食材として広げて、地域経済を再生する6次産業モデルで新風を吹き込んでいる日本バイオテック(沖縄県糸満市)の山城由希社長だ。慶応義塾大学卒業後にソニーに入社しながら退職し、亡き父の夢だった故郷の復興のために海ぶどうの普及に奔走し、最近では欧州などへの輸出が急拡大し、観光客もたくさん押し寄せて事業は順風満帆になった。由希社長はかつて南太平洋で勇躍した糸満の漁民たちの開拓者精神「海人スピリット」を受け継ぎたいとしており、「地元のためにもっと役立てるように世界で事業を展開していきたい」と強調する。

「オーディエンス賞は、長い間、本当にたくさんの方々に応援していただき、その力で受賞できたと思っており、とても光栄なことで、本当に感謝しています」。日本バイオテックの山城社長はこう語った。決勝大会に進出した22人のうち、女性経営者は2人だけだった。もう一人のマクライフ(岡山県津山市)の牛垣希彩氏は安全な膜天井を事業として拡大し、「アトツギベンチャー賞」を獲得した。実は由希氏も創業者であり父親である幸松氏(故人)の沖縄復興の想いを引継いだアトツギ経営者であり、世界で海ぶどう事業を拡大していることが高く評価された。海ぶどうは、沖縄・宮古島近くの海底の岩で育つ天然物が有名だった。春先に収穫されて地元では食べられていた。独特のプチプチな食感を特徴とし、海藻ゆえヘルシーでアミノ酸など健康に良い栄養素も豊富だ。天然ゆえ収穫量が限られていた。1990年代に入り、沖縄屈指のリゾート地、万座ビーチで有名な恩納村の漁業協同組合が養殖技術に本格的に取り組んで確立した。現在でも技術的な難しさもあり、大量に養殖できている事業者は少ない。
「ちゅらさん」ブーム前に直感 「海ぶどうってすごい」
海ぶどうに魅力を感じたのが由希社長の父親である山城幸松・元社長(故人)だった。1947年生まれで、実家は「那覇市民の台所」とされる牧志公設市場で有名な人気店「山城こんぶ店」だ。幸松氏の母親であるノブ氏の商才で繁盛した。幸松氏も起業志望が強かった。本復帰前にパスポートを持って明治大学で学び、1982年にエアコンのメンテナンスを手掛ける空気清浄機サービスと、その後に沖縄の商材などを扱う日本バイオテックも東京で設立した。エアコン関連は順調に成長する一方、沖縄そばの店など故郷に関連したビジネスは失敗続きだった。
幸松氏が50歳を過ぎてから新宿三丁目に開いた沖縄物産店が大きな転機となる。直後にNHK朝ドラで放映された「ちゅらさん」が大ヒットして沖縄ブームとなり、幸松氏の物産店は好調だった。ただ、ブームの前から幸松氏は海ぶどうの売れ行きの良さに驚いていた。「こんなにお客さんから喜んでもらえるのか。海ぶどうってすごいな」と思い立ち、日本バイオテックの本業として自ら海ぶどうの養殖・販売事業に乗り出すことにした。

台風や停電が頻発 海ぶどう養殖は「いばらの道」
幸松氏は2002年に漁業の町として有名であり、那覇空港にも近い糸満市でビーチ沿っの雑草だらけの敷地を購入し、由希氏の兄らと土地の開墾から始めた。由希社長が慶應義塾大学を卒業しソニーに入社した2005年に18槽の養殖場として「海ん道(うみんち)」が完成する。最初はビニールハウスに18の養殖水槽があるだけだった。それでも、この時に幸松氏が直筆で書き留めた「創業者の想い」は「緑に囲まれた美ら島作りを目指して~海ん道から海ぶどうを世界の食材へ~」だった。
ただ、海ぶどうの養殖技術確立は「いばらの道」だった。台風直撃や停電など次から次へと壊滅的な被害を受けた。安定生産が可能になる前年の19年5月には幸松氏は亡くなってしまう。病床で何度も繰り返したのは「私はビジネスの基盤は作った。あとは由希に任せれば、大丈夫。いいものができてきている」と語り、由希氏がしょうひんかした子供向け「海ぶどうの簡易育成キット」を嬉しそうに手に持っていたという。

SFCスピリッツで決断 「ソニーより、そっちでしょ」
由希氏は最初から冷静に海ぶどうの将来性を見据えて、戦略的に動いていた。慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で、経営イノベーション論の大家である故榊原清則教授に師事し、芸術家を世に送り出す「アートマネジメント」を研究した。そして、SFCで身についたのは「自我作古」という大学の信条だ。これは「我より古を作す(われよりいにしえをなす)」と訓み、前人未踏の新しい分野に挑戦し、たとえ困難や試練が待ち受けていても、それに耐えて開拓に当たる勇気と使命感を表した言葉だ。ソニーに入社し、海外とのビジネスを学び、充実していた。
それでもSFCで学んだスピリッツがあるから、由希社長は「父親が失敗ばかりしても楽しそうにやっている海ぶどうに大きな魅力を感じた」と振り返る。大学時代の友達からも、「やっぱりそっちでしょ」と言われた。「せっかくソニーに入社したのにもったいない」と幸松氏から反対されたが、入社3年目に辞表を出した。当時は東京・板橋にあった空気清浄機サービス本社の一角で、海ブドウの営業から始めた。まずは東京のフレンチレストランなどに飛び込み営業を続けた。海ぶどうの知名度向上には高級店で使われることが必要だと考えたからだ。「なんで、ソニーをやめて、海ぶどうなの?」と面白がられ、当時のシェフたちとは今も付き合いがあり、海ぶどうスイーツの開発でも協力してくれている。

由希社長が取り組んだのはまず、「海ぶどうを世界の食材に」することと、海ぶどうの収穫などを体験できる観光事業の強化だ。2009年には東京から糸満に移住した。本社であり、宿泊施設やカフェのある建屋が完成したからだ。乳飲み子を抱えてのスタートだった。
養殖場のビニールハウスは毎年のように襲来する大型台風で壊滅的な被害を受ける。海ぶどうの水槽は適正な塩分濃度が3%だ。台風で屋根が飛ばされ雨水が入ると、塩分濃度が下がり、ドロドロになる。頻発する停電時には海ぶどうを生かすために手でかき混ぜて空気を水槽に入れ続ける必要があるから、眠ることもできない。海ぶどうの養殖は水質、水温、日照など様々な要素を最適にすることが必要で、試行錯誤を繰り返した。ずっと赤字続きで、社員の定着率も低い。生産が安定したのは台風に耐えられる軽量鉄骨の養殖ハウスが本格稼働した2020年だった。養殖用水槽は最初の18槽から100槽に増え、年間出荷量が45トンに増えた。
世界の食材にパリで高評価が寄与 賞味期限2年で輸出拡大
由希社長は海外市場の拡大も着実に進めてきた。2018年からのフランスへの輸出だ。その前年にパリの食材卸会社から「ぜひ、うちで扱わせて欲しい」という依頼が舞い込んだ。この会社はフランスだけでなく、欧州で日本食ブームの立役者の1つとされるUMAMI PARISだった。ミシュランの星付きレストランも顧客とする。日本人シェフがオーナーである有名フレンチ「Sola」などのメニューでも「グリーンキャビア」として使われている。

食材としての世界展開では長年の努力が実り、23年夏には賞味期限が従来の4倍の2年にできる「ふくらむぷちぷち 海ぶどう」シリーズを発売できた。これは海外の食材卸から強く求められたことだ。24年2月にはパリで開かれた欧州最大の食品展示会「国際農業見本市」でも日本ブースで登壇したり、今年1月には米ニューヨーク市で沖縄県と現地の日本食レストランの協会が開催したフェアでも紹介したりした。「海外での高級レストランでもシーキャビアとして使ってもらっている。海外での人気が高まり、日本での事業にも弾みがついた」という。「ふくらむぷちぷち」シリーズは現在、14か国に輸出しおり好調だ。糸満市とは新たな養殖場の建設について協議しているところだ。
日本バイオテックの年間売上高は現在、2億円程度だ。コロナ禍で観光事業は打撃を受けたが、収束後は「海ぶどうすくい体験」や「養殖場のナイトツアー」などが好評で、観光事業も順調に拡大している。2030年には売上高10億円を計画し、このうち6割は観光事業を想定している。観光客に対応する社員やパートを増やせば、「実現性はかなり高い」という。ほぼ手つかずのEC事業に取り組むことで大幅な上積みも見込める。社員は現在、30人程度だが、これを100人規模に増やす方針だ。糸満市中心部から、同市東部で「沖縄戦終焉の地」である平和祈念公園地区までをつなぐ「県道平和の道線」が施設の前を通る予定で整備されている。
ひめゆり学徒隊の悲劇 「糸満をもっと知ってもらいたい」
由希社長は「私は東京生まれで、糸満の出身ではないが、この町の素晴らしさを知ってもらえるようにしたい」と強調する。糸満市は悲惨な沖縄戦の象徴でもある「ひめゆり学徒隊」で知られる。最大の犠牲者を出した陸軍病院第三外科壕に建設された「ひめゆり平和祈念資料館」には全国から多くの人たちを集める。ただ、悲劇のイメージが強く、沖縄らしい美しいビーチがありながら、リゾート開発は遅れてきた。由希社長として糸満市の魅力を高めて、沖縄戦に関連する平和記念施設を含めて集客力を高めたいと考えている。

例えば、沖縄では有名な糸満の海人文化だ。糸満は琉球王国時代から、漁業の町として知られた。1884年には漁師の玉城保太郎氏が世界初の水中メガネ「ミーカガン」を考案した。1892年には当時、画期的とされた追い込み漁「アギヤー漁」が考案される。大きな木をくりぬいた舟「サバニ」を使い、数十人の漁師がミーカガンをつけて長い網に魚を追い込む。「糸満の海人がくれば、魚がいなくなる」と言われた。大きな母船でサバニともに遠洋に繰り出し、ミクロネシア諸島など南太平洋にまで漁場を広げた。

こうした歴史は市内の「糸満 海人工房・資料館」で詳しく紹介され、観光スポットになっている。「糸満・海人文化の語り部」とされた故上原謙氏が初代理事長として開設し、現在は地元NPOのハマスーキが運営している。由希社長も海ん道の本部建屋の1階でパネル展示により歴史を紹介している。
由希社長は「ぷちぷち号」というサバニを、糸満の船大工に建造してもらっている。海ん道にあるビーチ周辺には海の神(わたつみ)が眠る無人島「エージナ島」があり、ここで体験ツアーなども企画している。「私たちも糸満の海人たちのように世界にもっと出ていきたい」という。

日本では地方の農水産林業などが疲弊し、高齢者不足で消滅する危機に直面している。世界的に日本の食材は大ブームであり、6次産業化により、大きな成長を実現できる。日本バイオテックの幸松氏はもともと、漁業にも糸満にもゆかりはなく、沖縄復興への強い思いで無鉄砲にも思える起業に挑んだ。同じく東京育ちのアトツギの由希社長が移住して花を咲かせつつある。山城親子の23年に及ぶ奮闘のストーリーは日本の新たな可能性を示しており、これが激戦の決勝大会でも最も印象的な会社として多くの投票を集めた理由といえそうだ。
NIKKEI THE PITCH GROWTH 2024-2025
オーディエンス賞受賞 株式会社日本バイオテック

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