3月8日に都内で開かれた全国ピッチコンテスト「NIKKEI THE PITCH GROWTH(NTPグロース)」の決勝大会では全国から400社を超える応募の中から22社が進出した。グランプリに輝いたのは、日本製鉄発スタートアップとして日本の町工場の支援などで斬新なビジネスを展開するKAMAMESHI(東京・大田)だった。そして準グランプリを獲得したのは、日本で7万8000社ありながら経営が厳しい神社の再生への道を示した宗教法人、和布刈神社(福岡県北九州市)だった。審査員の間からは今年のNTPグロースは前回と同じくレベルが高くて例年以上に激戦だったとの声が相次いだ。まず、受賞企業について決勝の模様をリポートする。
(受賞企業などについては後日、特集記事を掲載します)
最大の課題は設備老朽化 町工場にも安心のサービスを提供
「決勝大会に出場した皆さんに共通するはずだが、日本を変えてやろう、世界を変えてやろうという志や情熱を持ってビジネスに取り組んでいる。日本のモノづくりの現場で頑張っている目の前のお客さんの役に少しでも立ちたくて、地に足のついた仕事をしたい。高く評価していただけたのはすごくうれしいことで、仲間たちと喜び、これからも頑張っていきたい」―――。グランプリを獲得したKAMAMESHIの小林俊社長はこう強調した。同社はライブ配信もされた決勝大会で、会場の参加者や視聴者の投票で選ぶ「オーディエンス賞」にも輝き、ダブル受賞となった。
小林氏は2010年に日本製鉄に入社し、23年10月に同社の新制度である出向起業でKAMAMESHIを起業し、現在も日鉄社員だ。主力の君津製鉄所(千葉県木更津市)などで生産管理などを担当してきた。起業家意識が高く経済産業省の起業家育成プログラム「始動」メンバーにも選ばれ、シリコンバレーにも派遣されたことがある。コロナ前から日本の製造業を支える町工場が老朽設備の更新投資も難しい現状を痛感し、設備の補修部品を取引できるメルカリのようなサービスや補修部品の在庫管理システムなどを主力事業として起業を決めた。
小林氏は「KAMAMESHIの社名には『同じ釜の飯を食べよう』という思いを込めた。日鉄OBなど鉄鋼業界における設備のプロのほか、浜松フォトニクスやキーエンスなどの出身者で起業経験のあるメンバーが集まった。町工場の生命線である製造設備をしっかり守り、次の時代にも生かせる仕事をしていきたい」と語った。
「3万円の部品がなくて、10億円の設備が動かないのは大きな損失だ」
プレゼンの段階から審査員の間でも高く評価する声が出ていた。東京大学の各務茂夫特命教授は「小林さんが説明したように、3万円の部品がないから、10億円の設備が動かなくなるというのはすごく大きな損失であることが分かる。補修部品の在庫管理などのシステムで月額利用料が3万円というのは割安に設定されていて、もっと高く設定してもいいぐらいではないか」と指摘した。経済産業省の石川浩イノベーション創出新事業推進課長も「日本のモノづくりの現場にとってすごく重要な仕事をしている」とし、KAMAMESHIが多くの設備メーカーとの連携に動いていることも高く評価した。日本の製造業で最重要の課題であるモノづくりを支えるピラミッドの底辺が崩れかねないとの危機感が広がっている。小林氏の熱量のあふれるプレゼンで解決策を明確に示していたがゆえ、オーディエンス賞というダブル受賞につながったといえそうだ。
前回決勝に進出できなかった和布刈神社 ダブル受賞の快挙
今回のNTPグロースでグランプリのKAMAMESHIと同じようにダブル受賞して注目されたのが宗教法人和布刈(めかり)神社(福岡県北九州市)だ。準グランプリとストライク賞に輝いた。同社は国内で7万8000社ある神社の多くが厳しい経営状況に陥る中で、10年にアトツギとして神社を引き継いだ高瀬和信禰宜(ねぎ)が様々な改革に取り組み、年間収入を30倍以上の1億5000万円を超える規模に拡大した。
高瀬禰宜は「まさかダブル受賞のようなことになるとは思わなかった。仏教伝来より前から日本人にとって重要な場所だった神社がこれからの時代にも日本各地で残り、存在感を高められるように努力していきたい」と語った。新たに起業したコンサル会社では10の神社の経営支援もしており、アトツギベンチャーとしても注目される。座右の銘は経営の師である中川正七商店の経営者だった中川淳氏から学んだ「変わらないためには変わり続けなければならない」だった。
「神社の事業承継は日本の地方創生に欠かせない」
和布刈神社を高く評価したのはまず、ストライクの荒井邦彦社長だった。荒井社長は「神社は日本文化の伝統を象徴していく尊い仕事をされている。全国の神社が本当に後継者不在で困っていて、その深刻な状況を解決するという点で私たちの仕事にも非常に近い。プレゼンテーションも本当に素晴らしかった」と指摘した。ストライクは様々な業界で中小企業の事業承継を主力事業としており、荒井社長は「日本の地方を元気にしたい」と口癖のように語っており、神社の継承に奔走する高瀬氏の姿に感銘を受けていた。
準グランプリのプレゼンテーターを務めた経産省の石川課長は「日本の神社を新しい知恵と大きな熱意で変えようとしている。これは地方創生につながる取り組みであり、行政でも難しいようなこともされている。高瀬さんには非常に勇気づけられた」と語った。
NTPグロースの良さは何度でも挑戦できること
和布刈神社は前回大会では決勝には進出できなかったが、九州・沖縄のブロック大会では表彰されていた。高瀬氏も当時、「決勝大会には出られなかったが、地区の予選大会での表彰は嬉しかったし、励みになった」と語っていた。NTPグロースでは前身の大会で決勝に進出できなかった昆虫ベンチャーのトムシ(秋田県大館市)が25年3月に開かれた前回の決勝大会ではSMBCVC賞に輝いている。SMBCVCの佐伯社長は「今年も地区のブロック大会では素晴らしい会社がたくさんあって表彰させていただいた。来年の決勝にはぜひ、進出してほしい」と語った。チャンスは何度でもあることがNTPの良さともいえそうだ。
都心の賃貸住宅で斬新なビジネスモデル 地方創生にも寄与
レオス・キャピタルワークス賞を獲得したのは「暮らしの最適化」を掲げて、賃貸と宿泊を組み合わせた「リレント」という新たな不動産ビジネスを生み出したUnito(東京・目黒)の近藤佑太朗社長だった。近藤氏は「東京など大都市圏での賃貸住宅について借主が不在の日はホテルのように貸し出すことで、生活コストを下げることができる。地方との二拠点生活を容易にしている。現在は直営だけで1500室あり、稼働率は90%を超えている」と語った。
レオスの藤野英人社長は「Unitoという会社は前から知っていて、コロナ禍の時期にスタートして非常に経営環境が厳しい中でも新たなビジネスを確立して大きく成長している。首都圏における人口集中という課題を解決し地方創生にもつなげていく中で、近藤さんのビジネスにはアップサイドを期待できる夢のあるスタートアップだと考えている」と語った。
近藤氏は2050年という未来に向けて様々な社会や働き方の変化が起きるはず。そこで住宅のあり方も大きく進化させる必要があり、暮らしのイノベーションを引っ張っていきたい」と受賞の喜びを語った。
鹿児島大発ベンチャー 漁協の現場を守り、水産物で流通革命
SMBCベンチャーキャピタル(SMBCVC)賞では鹿児島大学発ベンチャーであり、AI技術で日本の水産業の流通を進化させるビジネスに取り組むZIFISH(鹿児島市)が選ばれた。同社の江幡恵吾代表取締役CEOは鹿児島大学水産学部の准教授であり、鹿児島など各地の漁業協同組合の現場に深くかかわってきた。江幡氏は「漁協の職員が休みを取れるようにしたい」として業務効率の負担を軽減するほか、より美味しい魚を消費者に届けるサービスを実用化してきた。
SMBCVCの佐伯社長は「これから日本の産業を守っていくために大事なことは現場を守ることだ。ZIFISHは漁協という私たちに魚を届けてくれる現場の最初のところを守るという強い意志がある。水産物の流通に革命を起こして新鮮な魚を届けてくれることも期待でき、高く評価させていただいた」と指摘した。
江幡氏は「素晴らしい賞を頂いて感謝したい。日本の水産業を復活させ、皆さんにたっぷり魚を食べていただける、そんな幸せな日本を作っていきたい」と強調した。
繊細な手作業の受託ビジネス 日本のモノづくりを未来に残す
アトツギベンチャー賞に輝いたのは樋口電子(大阪府高槻市)だった。同社の樋口真士専務取締役もアトツギだ。主力は電子基板など電子部品だが、他社から手作業での仕事を引き受ける事業が大きく成長しており、多くの顧客から頼られている。
プレゼンテーターを務めたRed Capitalの井上智子代表取締役は「ピッチを聞いて、日本の強みであるモノづくりでは本当に繊細な手作業が必要なことが分かった。樋口さんはそこにフォーカスされ、これまで築いてきた事業基盤もうまく活用し、アトツギとして日本の製造業を救うような取り組みをしている。次の世代にも、その次の世代にもつないでいくビジネスとして頑張ってほしい」と激励した。
樋口氏は「私はコロナ禍の時に売り上げが大きく減少する中で家業の電子部品会社に戻ってきた。現場は昔の時代にタイムスリップしたように、パートの女性を含めて従業員が手作業の仕事をたくさんしている。この大切な仕事が光をもっと浴びるように取り組んできた。社員のみんなに、こんな素晴らしい賞をもらえたぞとお礼を言いたい」と喜びを語った。
「当たり前の健康を守れるようにしたい」 京大内科医の決意
スタートアップ部門賞を獲得したのはディープテック系の医療系スタートアップ、AOI Biosciences(大阪府茨木市)だった。同社の創業者である末田伸一代表取締役CEOは京都大学医学部出身の腎臓内科医であり、京大発iPSベンチャーのCEOを務めたこともある。世界で3億5000万人の人々が苦しんでいる自己免疫疾患に対して「ネオセルフ理論」という新たな技術で早期診断を可能にしたり、副作用の少ない治療を可能にする創薬技術に取り組んだりしている。
審査員の東大の各務特命教授は「末田さんは内科医としての経験で臨床の現場を深く理解している。大阪大学の先進技術も生かし、自己免疫疾患という初期の検査が非常に難しい領域に取り組まれている。技術は革新的だが、事業化には時間がかかるはず。それでも末田さんには一つひとつの道のりを着実に進んでいただき、ぜひ成功してほしい」と語った。
末田氏は「医師として救えなかった患者をたくさん見てきた。無力さを感じることもあった。まだスタートしたばかりだが、多くの仲間もいる。人々にとって当たり前の健康が守られるようにしたい。そのために頑張っていきたい」と語った。
「ピッチは通過点。社会を大きく変える原動力として期待」
今回のNTPグロース全体を振り返って総評をしたRed Capitalの井上氏は「決勝に進出した22社の皆さんは素晴らしい熱量で、幅広い領域に取り組まれていることを感じた」とし、「それぞれの技術や事業基盤のアセットを使い、独自の視点やソリューションで取り組まれている姿が印象的だった。ビジネスの現場で知見や経験を一つ一つ積み上げて社会課題を解決されれば、社会を変えていく大きな原動力になる。このピッチを通過点として、さらに大きく事業を、産業を創っていただき、より良い未来を作っていただきたい」と語った。
「受賞を逃した企業も世の中を超えるポテンシャルを感じた」
東大の各務特命教授は「KAMAMESHIさんがいて、和布刈神社さんがいて、AOIバイオさんのような会社がある。NTPグロースは異種格闘技のような要素があり、成功の定義も、その時間軸も、リスクの大きさも基本条件が違っていて、審査で順位をつけるのは難しかった」と振り返った。
各務氏が、このピッチの良さとして実感したのは受賞できなかった会社のレベルの高さだった。「受賞を逃された方もいるが、『もっと話を聞いてみたい』『こんなアイデアがあるんだ』と思ったし、世の中を変えそうなポテンシャルを強く感じた」としている。
各務氏は最後の締めくくりとして「審査員室でも話題になったのは、日本がユニコーンの数とか資金流入額の規模とかで米国や中国と比べて桁違いに少ないと悲観することはやめるべきだということだ。日本には課題先進国として、それを克服するアイデア、知恵、熱量を持っている起業家がたくさんいる。NIKKEI THE PITCHをきっかけに5年後、10年後に、日本や世界を動かしていく企業が生まれてくるのではないか」と語った。
NTPグロースの受賞企業などについては今後、サイトで特集記事を掲載します。
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