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TOKYO SUTEAM DEMO DAY 2026 成長部門最優秀賞 DiveRadGel

東京都が推進するスタートアップ支援事業「TOKYO SUTEAM」において、協定事業者やスタートアップ・起業家同士のネットワーク構築を目的としたイベント「TOKYO SUTEAM DEMO DAY 2026」が3月10日に開催された。イベントで注目されたピッチコンテストでは「創業」「成長」「海外」の3部門にそれぞれ5社ずつエントリーしてプレゼンを披露し、数多くの協定事業者がこれを表彰した。この中で成長部門の最優秀賞に選ばれたのが旭化成のスピンアウトベンチャーであるDiveRadGel(ダイブラッドジェル、東京・中央)だった。難治性固形がんの治療に道を開く世界初のワクチンを開発している。

創業したばかりで受賞
 経産省が促す出向起業のモデルに

黒澤氏は難治性固形がんを治療する革新的なワクチンの研究に取り組むために代表の中井氏と共に旭化成から出向起業した
黒澤氏は難治性固形がんを治療する革新的なワクチンの研究に取り組むために代表の中井氏と共に旭化成から出向起業した

DiveRadGel(DRG)の共同創業者である黒澤丈朗COO(最高執行責任者)は最優秀賞の表彰式で「私たちの会社はまだ生まれたばかり。医薬品の開発にはこれから非常に多くの時間と資金と努力が必要になる。今回のピッチコンテストに出場して最優秀賞を受けられたことは本当にうれしい。会社の知名度を高めて仲間も増やしながら、がんのない世界を目指して頑張っていきたい」と笑顔で語った。

DRGを黒澤氏(左)と共同で創業したCEOの中井氏(右)は大学在学中に画期的なナノジェル素材を発明した
DRGを黒澤氏(左)と共同で創業したCEOの中井氏(右)は大学在学中に画期的なナノジェル素材を発明した

DRGでは黒澤氏ともに共同創業者である旭化成の研究者だった中井貴士氏がCEO(最高経営責任者)を務めている。中井氏は東京医科歯科大学(現東京科学大学)在学中に、がん治療の独創的な基盤技術となるヒアルロン酸ナノゲル「ソナノス(TM)」を発明し、その後に旭化成に入社して研究を進めてきた。このスタートアップが注目されるのはがん治療で新たな地平線を切り拓く可能性があるだけではない。経済産業省が大企業の出向起業を促進する制度も活用して旭化成グループの非連結会社として24年6月に創業され、日本の有力企業内に数多くある有望なシーズを迅速に事業化するモデルとなっていることだ。

ナノ粒子技術を使い、
がんの腫瘍を的確に攻撃

DRGのがんワクチンは旭化成のナノ粒子DDS技術が使われており、腫瘍部の免疫細胞を活性化させて治療効果を高められる
DRGのがんワクチンは旭化成のナノ粒子DDS技術が使われており、腫瘍部の免疫細胞を活性化させて治療効果を高められる

黒澤氏は「私たちのがんワクチンはどんな治療法でも太刀打ちできなかった難治性固形がんを治したり、がん患者が再発リスクに怯えないようにしたりできる」と語る。同社が強みとする「ソナノス(TM)」というナノゲルは「ナノ粒子DDS(ドラッグ・デリバリー・システム)」という医薬品の材料になる。がん特異的な免疫を惹起(じゃっき)するがん抗原を、ナノ粒子のナノゲルに封入する。中井CEOが取り組んできたナノ粒子技術があるから、がん特異的な細胞傷害性T細胞を効率的に体内で作りだし、がんを安全かつ効果的に治療できる。

DRGが注力する難治性固形がんの治療では現在、世界的に研究が進んでいるTCR-T細胞療法と組み合わせようとしている。まず、患者から採取したリンパ球に、がんの抗原を認識するT細胞受容体(TCR)を導入する。この人工リンパ球を使い、細胞の免疫力でがん細胞を攻撃できるわけだ。この人工リンパ球が、DRGのがんワクチンによって患者の体内でその数と質が活性化され、難治性の固形がんの殺傷能を飛躍的に高めることができるメカニズムである。DRGのがんワクチンはヒアルロン酸をベースとしているため、優れた生体適合性を持ち、副作用が少ないことも特徴の1つになっている。

がんの免疫療法の効果を高める
 32年の市販化を視野に

黒澤氏によれば、現在主流のがん免疫療法で、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)を使っても、腫瘍の縮小など成果の指標である「奏効率」は15~35%程度と低く、再発リスクも大きい。TCR-T細胞療法と組み合わせたナノ粒子DDS医薬品を実用化すれば、進行性・転移性の難治性固形がんでも治療効果が見込めるという。今後の事業計画では28年から臨床試験を始める。30年からワクチンの有効性を確認する。

「フェーズ2」に入って、最終的にはFDA(米国食品医薬品局)のブレークスルー指定の取得を目指す。これは重篤な疾患に対する画期的な治療薬などへの審査を迅速に進める制度だ。ブレークスルー指定を受けられれば、2032年に市販できるとみている。

東京都の手厚い支援
 英国で共同研究先を確保

DRGの黒澤氏によれば、東京都のスタートアップ支援事業で協定を結ぶLINK-J の担当者である安賀博子氏(右)らの熱心な後押しを受けて、英国で共同研究をできる提携先を見つけた
DRGの黒澤氏によれば、東京都のスタートアップ支援事業で協定を結ぶLINK-J の担当者である安賀博子氏(右)らの熱心な後押しを受けて、英国で共同研究をできる提携先を見つけた

DRGは世界初とされる画期的ながん治療薬の開発を目指しており、研究開発体制の強化や資金調達など多くのハードルがある。こうした中で、東京都のスタートアップ支援展開事業「TOKYO SUTEAM」が事業化を進める重要な役割を果たした。都の協定事業者であるライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(東京・中央、LINK-J)が進める英国などでの事業支援プログラム「UNIKORN」に選ばれた。黒澤氏は「欧州の様々な研究機関や製薬大手とつながるLINK-J のプログラムに参加したことで、共同研究する候補企業を見つけることができた」という。

黒澤氏は「がんの免疫治療薬の開発はマウスで良い結果が出ても、ヒトでの臨床結果で同じように良い結果がでるかどうかは分からない。資金調達が非常に難しいだけに事業モデルを転換して、開発を継続できる体制を整える必要があった」と指摘する。英国での共同研究などを受けて、現在組成中のシードラウンドでは従来と比べて大規模な資金調達を見込めるようになった。これも東京都の支援を受けるLINK-J のプログラムに参加したことが大きいという。

健康な人にも打てるがんワクチン
 世界初の臨床試験に挑む

黒澤氏は表彰式でも、健康な人にもワクチンを打って免疫力を高めてがんにならない世界を作りたいという創業の思いを語った
黒澤氏は表彰式でも、健康な人にもワクチンを打って免疫力を高めてがんにならない世界を作りたいという創業の思いを語った

黒澤氏は「私たちの技術ではがん患者の治療だけでなく、健康な人にもワクチンを打って免疫力を高めて、がんにならない世界を作りたい。おそらく世界で初めてとなる臨床試験を進めていく。これを投資家や製薬会社など様々な事業会社の皆さんと一丸となって、この道のりを一緒に進んでいきたい」と強調した。DRGは旭化成からスピンアウトして創業したのは、中井氏と黒澤氏らがこの独創技術を何とか実用化したいという強い思いがあったからだ。日本発の創薬ベンチャーとして飛躍するには、黒澤氏が指摘するように国内外で困難な道のりを一緒に乗り越えてくれる仲間をどれだけ集められるかにかかっているといえそうだ。

表彰式では協定事業者の表彰を含めて多くの登壇企業が受賞した。前列中央がDRGの黒澤氏は成長部門の最優秀賞と協定事業者賞を喜んだ
表彰式では協定事業者の表彰を含めて多くの登壇企業が受賞した。前列中央がDRGの黒澤氏は成長部門の最優秀賞と協定事業者賞を喜んだ