
日本経済新聞社が主催する全国の有望スタートアップ・アトツギベンチャーを支援する「NIKKEI THE PITCH」プロジェクトでは初めての試みとして、若手のソーシャル起業家を育成する「SOCIALBUSINESS SCHOOL」を開校した。全国から選ばれた7人の若手起業家は総合プロデューサーである慶應義塾大学大学院の横田浩一特任教授らが作成した合宿やゼミなどの特別プログラムで多くを学ぶことができた。2025年2月24日には卒業テストとして、スペシャルアドバイザーであるレオスキャピタルワークスの藤野英人社長と、東京大学の鈴木寛教授らの前で最終プレゼンテーションをした。日本からソーシャルビジネスの起業家を育てる新たな取り組みとして注目を集めている。
ビジネススクールのプログラムは24年10月に北海道東川町で開かれた合宿からスタートした。その後にはかパックジャパン代表の深井喜翔代表、ユーグレナの植村弘子代表執行役員や千葉大学大学院の片桐大輔教授(国際教養学部)らが講師を務めたゼミに参加した。12月に開かれた香川県小豆郡の豊島で最終合宿を経て、それぞれがビジネスプランをまとめて、1月末にはレオスの藤野社長らを前に事前に発表して、最終テストにのぞんだ。それぞれのゼミ生は経験豊富なサポーターらに相談し、ビジネスプランを磨き上げた。レオスの藤野社長と東大の鈴木寛教授らの評価を交えながら、それぞれ成長した姿を紹介したい。
国内外の歯科医人脈が強み、デンタルツーリズムで新市場開拓
「ビジネススクールに参加していなかったら、起業しなかった。周りのメンバーは高くて大きな刺激を受けた」というのはデンタルツーリズムを事業化するHOKIPAの高本侑立子CEO(最高経営者)だ。九州大学歯学部時代に、国内では29ある国立・私立の歯学部の垣根を超えて若い学生たちが交流する日本歯学学生連盟(JDSA)を立ち上げた実績がある。すぐに300人程度の学生が参加し、最新の歯科治療を紹介するなど様々な活動を展開中だ。アジア太平洋歯科学生会議(APDSA)でも幹部を務めて海外でも知己を増やした。こうした経験と人脈を生かし、日本の高いレベルの歯科治療を外国人に受けてもらうデンタルツーリズム事業に乗り出す。

「ビジネススクールではアドバイスだけでなく、提携先も紹介してもらえた」(高本CEO)。横田特任教授が最初の北海道合宿で高本CEOの話を聞いて、すぐに大手旅行会社の人とつないでくれた。医療ツーリズムではビザのほか、ホテルの宿泊予約等は旅行業法があり、専門的知識が豊富な旅行会社との提携が欠かせないからだ。
現在は中央アジアのキルギス、ドバイと中国の3か国における独自の人脈を生かして顧客を獲得する戦略だ。観光はもちろん、人間ドックなども組み合わせる。「現時点では現地の歯科医ら専門家が日本の治療を見てみたいというニーズが多い」。日本ではインプラントなど高度な技能が求められるものだけでなく、根の治療や被せ物の技術のレベルが高く、ホワイトニングも安価で質が良い。そして「おもてなしの心があり治療が丁寧であり、その良さを世界にアピールしたい」としている。
職場鬱は予防が大切を 医療と企業の視点で研修を実施
もう一人、スクールに参加していなかったら起業していなかったのが、らしくの石神愛奈氏だ。名古屋大学を卒業して国家資格の作業療法士の資格を取得し、精神科病院に就職しても働いている。職場でメンタルに苦しむ患者をケアし、職場復帰を後押しする仕事をしている。「病院では職場鬱の治療をするが、予防的に職場鬱にならないようにする研修をしたい」というのが起業への思いだ。

石神氏が得意とする「アサーション研修」は集団でも自己表現をうまくできるスキルを支援することだ。ワークショップは、実際に職場で起こりうる対人場面を再現した環境で、実践的にアサーションを学ぶ機会を提供する。石神氏は横田教授が壁打ちに付き合って起業や経営について詳しく学ぶことができた。25年1月には横田教授の紹介で、国内の食品大手で実際にアサーション研修をできる機会も作ってくれた。
石神氏は「職場鬱が回復するということと、職場で働けることにはギャップがある。これを埋めるために医療の視点と企業の視点の2つを理解して効果的な研修をしていきたい」と強調する。
自らの性被害を糧に起業 「加害者、被害者と、傍観者も減らしたい」
シスターズの鈴木彩衣音社長は自らが高校生時代に性被害を受けた経験から起業し、学習塾などで企業向けに性犯罪の加害者を防ぐ研修やガイドライン作りを請け負っている。加害者心理などに詳しい専門家の監修を受けた研修が強みだ。鈴木社長は「ビジネススクールでは価値がある研修だから料金設定や営業のやり方へのアドバイスを頂いた。横田先生には講師として登壇できる場所のアイディアも教えていただき、素晴らしい経験になった」と語る。

鈴木社長は「加害者を責めるだけでなく、被害者に声を上げさせるだけでもない。社会の一人ひとりがセクハラのような行為を傍観者として見逃すのでなく、声をかける。そんな小さな積み重ねが当たり前になり社会を変えていくようにしたい」と強調する。東大の鈴木教授は「シスターズのビジネスはソーシャルの中のソーシャルビジネスであり、売上とか利益もよいが、性犯罪に関わる被害者や加害者を減らすKPIを明確に打ちだし、存在感を発揮してほしい」とエールを送った。
「家族の幸せを増やす」ことが揺らがないビジネスの柱
Pietyの加治木基洋代表取締役は「家族の幸せを増やすことをモットーに様々なサービスを展開している」と語る。具体的には両親など家族への感謝を伝えるようなビデオレター「テレチャウ」であり、これは星野リゾートの宿泊施設でもサービスが導入されている。サービスを拡大するために宿泊施設向けサービスで大手のイヴレスと提携した。遺言書をショートブービーで製作するために日本リレーションサポート協会(大阪市)とも手を組んだ。臨床心理士ら全国で30人程度の専門家がインタビューして完成度の高い動画を提供することを強みにしている。

加治木代表取締役は大学在学中に起業し、動画スクールやシェアハウスなどいくつもビジネスを立ち上げると同時に、さまざまな起業家育成のアクセラレーションプログラムに採択されてきた。その中でも日経のソーシャルビジネススクールは非常に有効だったという。「大切なのは資金ではなく、自分がやりたいビジネスを最後まで信じて揺らがず貫けることだと改めて認識できた。同じ志を持つ仲間とも知り合えたことで大きな財産になった」という。レオスの藤野社長は「スピード勝負で多くの人に喜んでもらう経験をして起業家として成長してほしい」と指摘した。
「売り方にこそ知恵を絞れ」 藤野社長が推薦する映画の教訓
早稲田大学の学生である佐藤大稀代表取締役が起業したKosmosはまず、保育園で保育士のプライバシーを守れる「プライバブルカメラ」を事業化しようとしている。保育園では園児虐待事件もあるから、園長らはカメラで監視したいのだが、保育士はそれを嫌がり辞めてしまうこともある。佐藤氏は「AIとブロックチェーといった技術を使い、撮影した映像が特別な状況でしか見られないようにする。介護施設や学校でもニーズがあり、すでに3件の導入先が決まっている」と語る。

プログラムディレクターであり、連続起業家として知られる安田光希氏からは「保育園での自分の営業トークについて細かく見直すように細かく指導してもらえた。これが最近の受注につながっている」という。レオスの藤野社長からはある米国の映画を見るようにアドバイスされた。米マクドナルドの創業者であるマクドナルド兄弟が腹心で敏腕セールスマンのレイ・クロック氏に会社を乗っ取られる姿を描いた「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」だった。
佐藤代表取締役は「藤野社長が教えてくれたのは良いものを作っても、それは3分の1以下に過ぎず、どのように売り込むかが重要ということだ。有名な起業家の方々から直接、自らの体験も踏まえて教えてくれる。起業家育成プログラムにたくさん参加したが、これほど勉強になることはなかった」と振り返る。
連続起業家から学んだ「毎日5アポ」を実践
ビジネススクールの受講者ではモビスペースの片山将代表取締役CEOは、早稲田大学在学中に位置情報の共有SNS「NauNau」を立ち上げから3か月で300万人のユーザーを獲得した実績がある。日経のピッチコンテスト「NIKKEI THE PITCH GROWTH」でも東京Bブロック区で野村不動産賞を獲得した。同社の事業は駐車場1台分以下の「マイクロスペース」の取引をDX化して巨大市場を掘り起こすことであり、電動キックボードシェア大手のLuupなど有力企業とも相次いで提携している。こんな実績がある片山CEOでも、「ビジネススクールで多くの気づきがあった」という。

片山代表取締役CEOは「企業から3年以内の上場」を目標にしており、それを実現した数少ない存在がプログラムディレクターの安田氏であり、12月の合宿で細かくアドバイスをしてもらった。安田流をまねして「毎日5つのアポを入れて自ら売り上げを作る」ことに取り組んでいる。ビジネスモデルも大きく変えた。地権者との交渉も含めてマイクロスペースの取引事業がメーンだったが、「(東大の)鈴木教授がアドバイスしてくれたように強みのマイクロスペースを見つける技術で勝負し、法人に売っていく」ことにした。
「好かれる泥棒になれ」 ソーシャルビジネス成功のカギ
今回のビジネススクールはもともと、レオスの藤野社長が日本から世界に通用するソーシャル起業家を発掘し、育てたいという思いから始まった。合宿やゼミを通じて、参加者はいずれも成長し、ビジネスを推進していく力をつけ、自ら足りないことも理解したといえそうだ。
2月24日の発表会における藤野社長による贈る言葉は「好かれる泥棒になれ」だった。ソーシャルビジネスとして持続的に成長させ、世界を変えていくにはやはり、しっかり稼げるようにお金の匂いを感じて、良い意味でかすめ取ってでも原資にする知恵が必要ではないかという指摘だ。「モビスペースの片山さんにはそれがあるが、他の人にはそれをあまり感じない。それでも大丈夫。なぜなら、ビジネスは一人でやるものではなく、パートナーとしてやってくれる人を探せばいい」からだ。
今回が初めてとなるビジネススクールはこれからもより多くの新しい起業家の卵を迎えて、日本を代表する投資家や専門家がその成長を後押ししていく。世界で成長するビジネスは世界が直面する社会課題を解決するものであり、それはあらゆるグローバル企業が取り組んでいることである。日本経済新聞社としても、日本から世界で羽ばたけるソーシャル起業家の成功を後押ししていきたい。
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