NIKKEI THE PITCH GROWTH
関東ブロック予選大会リポート
午前パート
日本経済新聞社が主催するスタートアップやアトツギベンチャーを支援する「NIKKEI THE PITCH」の関東ブロックの予選大会が2025年12月9日に都内の九段会館テラスで開かれた。 関東では前回大会で、横浜市立大学発ベンチャーとして遠隔ICU技術を実用化したCROSS SYNC(横浜市)が最高賞のグランプリを獲得している。 今年も多数の応募者があり、その中から予選に登壇したのは18社だ。まずは9日午前中に登壇した前半パートの9社について紹介したい。
関東ブロック 予選出場9社
アプルール⇒アルジェカルチャーテック⇒一心助け⇒inprog⇒エイゾス⇒NIL⇒FM桐生⇒エマルションフローテクノロジーズ⇒クォンタムフラワーズ&フーズ(登壇順)
関東ブロック予選のピッチ動画は こちら から。
アプルール
介護×教育の知見で
「共生型AI」
関東ブロック予選で最初に登壇したのは、神奈川・湘南地域を中心に有料老人ホームを長年運営してきたアプルール(神奈川県藤沢市)だ。同社の有料老人ホームは愛犬とともに暮らしたり、美しいイングリッシュガーデンがあったり、入居者の高齢者の想いに寄り添う質の高いサービスで知られている。子どもの視点を尊重する幼児の教育型保育園「スコーレ」も注目されており、介護や保育で大切な「思い合う心」を大切にする介護士や保育士らの教育に加え、AIの導入を含めたDX化も進めてきた。
同社の土橋優子COOは「介護や保育は、その人らしさを支える仕事だ。ただ、現場では人材不足のために自分らしくいる時間が失われつつある。これは仕組みの限界であり、人生のあらゆる瞬間において幸せな選択ができる社会を目指したい」と指摘した。
同社ではこれまでの介護や保育での経験を生かして、「共生創AI」とする技術を開発し、介護を受ける高齢者らの気持ちに寄り添えるサービスを実現しようとしている。介護で使用されるロボットにAIを活用し、高齢者がより快適にサービスを受けられる環境を整えている。
土橋氏は今後、介護現場で培ったノウハウを外部向けサービスとして展開する方針だ。具体的には、AIによる報告書作成の自動化や、職員間のコミュニケーションを円滑にするソリューションの提供に注力していくという。こうしたシステムを社内だけでなく、外部でも提供する方針だ。同社の幼児教育でも胎内にいる時から感性を高めるメソッドが特徴であり、これもフランチャイズなどを通じて各地で展開していきたい考えだ。
アルジェカルチャーテック
海藻「ジュズモ」でバイオ燃料
浮体型養殖で低コスト化狙う
アルジェカルチャーテック(神奈川県川崎市)は、バイオ燃料用の海藻の養殖を目指している。通常、自動車や航空機などの燃料にも添加されるエタノール燃料はグルコースから精製される。主にとうもろこしなどの農作物が使われてきたが、世界的な人口増に伴う食糧不足や穀物価格の高騰も懸念されてきた。同社がエタノール燃料の原料とするのは海藻だ。ただ、一般的な海藻にはグルコースが少量しか含まれないとされていたが、「ジュズモ」という海藻には高濃度のグルコースが含まれていることが明らかになった。同社はここに着目して早期の実用化に挑んでいる。
同社の岡本優代表は「私は学生時代にオイルショックを経験し、究極のエネルギーを作りたいと思ってきた。それこそバイオ燃料だった」と指摘した。「現在も世界では大量の化石燃料が使用され、太陽光など再生エネルギーでも課題が多い。バイオ燃料も植物由来は陸地での生産であり限界もある。残された選択肢は海であり、海藻が重要になる」という。
同社が狙っているのは海藻を海において低コストで大量に養殖することだ。これにより、価格競争力のあるバイオ燃料を作ることができる。具体的には発泡ガラス製の「浮遊担体」とされる装置を開発した。岡本氏は「発泡ガラスは道路工事や農業などに幅広く使われている。浮遊担体にジュズモを付着させて養殖することで、工程の機械化により省力化できる」という。通常の養殖と比べて2桁以上のコスト低減を見込めるそうだ。
ビジネスモデルとしては当然、養殖したジュズモを販売することだ。ただ、そこでは工夫がされていて、エタノールをジュズモから製造するだけでは採算性の確保が難しいが、「火力発電所の排熱をエタノール生産や残さ乾燥に利用することで収益を確保できる」(岡本氏)という。再生可能エネルギーの普及が進まないなか、「究極のエネルギー」として環境負荷の低いバイオ燃料は有望であり、海藻に取り組む会社は多い。ジュズモがそこでどのような存在感を発揮できるかが注目されそうだ。
一心助け
交通安全に新たな解決策を
立体ポールで違法駐輪など抑制
一心助け(千葉県柏市)は、平面の画像が立体的に認識できる「立体視」という独創技術を活用して、交通安全などにつなげようとしているスタートアップだ。国内では交差点で車が左折したりするときに、重大な巻き込み事故などが起きることが多い。道路にポールのようなものが描かれているシートがあれば、ドライバーが認知して注意を促すことになり、事故の抑制にもつながる。同社はこうした技術を開発し、様々な用途で展開しようとしている。
同社の鈴木英雄代表取締役は「私たちが開発した技術により、狭い通学路の安全走行などに貢献できている」と強調した。鈴木氏がこうした技術の開発に挑もうとしたのは実際に交差点で自動車に巻き込まれそうになり、事故の怖さを痛感したからだ。
鈴木氏は様々な自治体と同社のシートを使った実証実験をしている。例えば、東京都三鷹市の駐輪場においては実物のポールを設置しても絶えなかった違法駐輪が、同シートを設置した結果、駐輪場所以外が使われることがほとんどなくなったという。千葉県流山市では狭い通学路にシートを敷くことで、幹線道路への抜け道に使う車を大幅に減らし、子供たちが事故に巻き込まれないようにした。
同社の技術は交通安全分野での引き合いが増えている。鈴木氏は今後、自治体や商業施設などの販売チャネルを開拓しながら、施工を外注することで普及を急ぎ、地域の安全や活性化に貢献したい考えだ。
inprog
トイレの掃除ロボットを開発
清掃員の高度スキルをAIで学習
inprog(神奈川県藤沢市)は、完全自律トイレ掃除ロボットを開発している。日本でもロボットのスタートアップは数多く生まれており、独創的な発想で新たなロボットの用途を見つけ出し、それが「ロボット王国・日本」の強みとも言われてきた。同社のトイレ掃除ロボットにしても、日本での清掃員の人手不足などの大きな社会課題を解決する新たな提案であり、その優れた技術力によって国内外で注目されている。
同社を起業した宗清直人代表取締役社長は「トイレの清掃では人手不足と清掃の質という2つの大きな問題がある。私たちのロボットで解決していきたい」と語った。公的施設を含めてトイレは数えきれないほどあり、清掃作業は基本的に人手が必要だ。ただ、清掃員は高齢化しており、専門的なスキルが求められ、人材採用が一段と難しくなっているという、厳しい現状がある。私たちのロボットでこうした問題を解決したい」と指摘した。
宗清氏はもともと、大阪大学大学院でAIモデルを研究しており、清掃会社向けロボットベンチャーに事業を転換した。「私も1000台以上の便器を磨いて研究した」とし、その経験を生かし、トイレで、便器、床やシンクといったすべてを清掃できる特化型ロボット「CleanK」を開発した。
「CleanK」は高度なスキルを持った清掃員のデータを収集して学習し、その技術をアームの動きで再現することができる。同社には世界的な大会であるロボカップ優勝の日本代表メンバーらのほか、ディープテック分野について研究者がそろっており、それが世界でも需要を見込めるトイレ清掃ロボで先行できる理由だ。
同社のビジネスモデルは「RaaS(Robot as a Service)」だ。宗清氏は「日本のトイレ清掃は、国内だけで1.4兆円の市場がある」として早期の事業化に向けて開発を急いでいる。
エイゾス
データ価値を最大化
説明可能AIで研究開発を効率化
エイゾス(茨城県つくば市)は「AIを活用し、持続可能でスマートな社会を創る」を掲げ、研究開発の現場などで顧客ニーズに対応したAI活用のサポートをしている。同社が常に強調してきたのは「AIを用いて、データを価値に変える手段を提供したい。AIを限られた人たちだけでなく、多くの人々にとって活用できる手段にする」ということだ。現在、最も注力している戦略製品の一つが、データの価値を最大化することを目指す「Multi-Sigma(マルチシグマ)」だ。顧客の所有するデータを分析し、研究開発をより効率化できるAIソリューションだ。
同社の金井龍一事業部長は「普通のAIのソフトウェアだと、質問を投げかけると答えが返ってくるようなものを考えるかもしれない。だが、私たちは顧客のデータだけからAIモデルを構築するので、顧客にとって世界で最も精度が高いものができる。
だから、他社には真似できないレベルにできている」と強調した。
また、金井事業部長によると、「結果を出力するだけでなく、なぜそうした結果をAIが出力したのかを説明できる『説明可能なAI』を搭載している」ことも強みだという。顧客データから導き出された結果が、なぜそうなったのか分かるため、顧客の納得が得られ、サービスの信頼性向上につながる。
マルチシグマはリリースから約5年が過ぎたが、累計ユーザー数で300社に導入されている。基本的に研究開発で利用されており、同社としては200億円規模の事業に育てたい考えだ。今後は研究開発分野以外でも、マーケティング分野などでの利用を働きかけていく方針だ。
NIL
酸化制御を“技術プラットフォーム”に
アジア展開も視野
NIL(神奈川県秦野市)は、化粧品のディープテック系スタートアップだ。人間の老化などで起きて体に影響を与える酸化をコントロールし、エイジングケアにつながる様々な製品を開発している。酸化には紫外線やストレスなどが影響しているが、こうした状況に対して有効な商品を相次いで導入している。現在はヘアケア領域に注力している。
同社の佐藤正晃代表取締役CEOは「2030年には約5兆円に成長するヘアカラー市場で良い製品をだして成長していきたい」と指摘した。へアカラーでは白髪を染めるなど酸化作用を使っている。佐藤氏によれば、「こうしたヘアカラーと、写真の現像液は成分がほぼ同じであり、ここでの研究成果を生かしていきたい」という。具体的には毛髪や頭皮に優しい製品が作っていくということだ。
酸化のコントロールによるヘアケア製品を開発しているが、そこでは南米ペルー原産のマメ科植物「タラ」のさやに含まれる高い抗酸化作用に着目し、毛髪内部からダメージケアするシャンプーも開発し提供している。こうした植物由来の原料でも多くの研究をして製品化につなげている。
同社の強みは、酸化などに関する研究開発力であり、そこで生み出される知的財産であり、それを最終製品にする企画力だ。佐藤氏は「酸化を制御する技術のプラットフォーム企業として、成長市場のアジア地域に対して商品を展開していきたい」と語った。
FM桐生
地域密着のコミュニティFMを
全国のリスナーに届けたい
群馬県桐生市のコミュニティFM局であるFM桐生は、ラジオ番組配信アプリ「Shelf」に注力している。コミュニティFMは、市町村など狭い地域に限定して、地域に密着した様々な情報を発信する小規模なFMラジオ局であり、地域で愛される存在だ。ただ、オンラインラジオアプリとして多くの利用者を抱える「radiko(ラジコ)」に参加できず、ラジオ番組をアーカイブできないという課題に直面してきた。
同社の小保方貴之事業本部長は「音声配信という手段もあるが、ラジオ番組としてリスナーとの関係性を大切にしたい」と指摘した。ラジオのライブ感を感じてもらえる配信アプリを成功させ、同じ悩みを抱えるコミュニティFM局としての存在感を高めようとしている。
FM桐生のShelfというアプリの特徴は、ユーザーがジャンルやテーマを基にして、番組を「書架」のように整理し、リスナーが聞きやすい構造にしていることにある。小保方事業本部長は「同じテーマについて、異なる地域の番組がどう語るか、あるいは同じ困難に対して異なる立場の人がどう立ち向かうかなど、Shelfを使うと、リスナーが多くの視点を持てるようになる」と強調した。
小保方氏によると、リスナーから多くの支持を集めており、企業の協賛にも弾みがついている。今後はリスナーの「書架」データを基に興味や関心がある広告を配信する「ShelfsAd」も提供する予定だ。小保方事業本部長は「ユーザーに関心を持ってもらえる新しい広告モデルも構築したい」と語った。
エマルションフローテクノロジーズ
原発研究で常識覆す現象を発見
リチウム電池のリサイクルも容易に
エマルションフローテクノロジーズ(茨城県東海村)は、原子力発電の研究に伴う成果を生かしたディープテックのスタートアップだ。日本では1963年に茨城県東海村で米国から輸入された原子炉で日本初の原子力発電に成功した。それ以来、東海村は原子力の研究の中核拠点であり、同社も日本原子力研究開発機構(JAEA)で生まれた革新的な溶媒抽出技術「エマルションフロー」を事業化するために設立された。
同社の鈴木裕士代表取締役CEOは「最先端の分離技術で資源や環境などの問題解決に貢献したい」と強調した。同社が開発する技術は溶媒抽出であり、混ざりにくい2種類の液体の「溶けやすさの差」を利用して分離する。鈴木氏によると、リチウムイオン電池(LIB)リサイクルや、PFAS(有機フッ素化合物)など環境汚染物質の除去など様々な用途で活用できるという。
エマルションフローは、原子力発電の研究の中で偶然見つかった現象だ。それは水と油が、きれいに混ざり、そしてきれいに分かれるという常識を覆す物理現象だった。鈴木氏は「私たちはエマルションフローについて連続処理が可能で低環境負荷を実現した。それゆえ、幅広い産業で応用できるのも強みだ」としている。
同社は、エマルションフロー装置のプロセス開発からプラント設計、そしてプラント販売に至るまで一気通貫の支援を提供する。グローバル展開を見据え、商社などの外部パートナーとの連携や海外展示会への出展を行っている。
クォンタムフラワーズ&フーズ
中性子線で強い種に変異
異常気象の食糧不足を解決
クォンタムフラワーズ&フーズ(茨城県水戸市)は、中性子線を用いて植物の種や微生物に突然変異を誘発し、品種改良(育種)を行う技術を開発している。異常気象などに伴う自然環境の変化に対しても、安定して生育できる農作物などが実用化できる可能性があり、世界から注目されている。日本は農業分野の育苗などの幅広い基礎研究で長く、世界をリードしてきた。
同社の宇留野秀一取締役は「放射線のガンマ線を使った放射線育種は日本でも1960年代から行われ、すでに3300種類以上の品種が世の中に出ている」と語った。ガンマ線も中性子線も放射線であるが、その性質が異なる。ガンマ線は画像診断など医療のほか、様々な産業で使われている。一方、中性子は原子核を構成している粒子であり、原子核の外に運動エネルギーが飛び出すような一方向に運動しているのが中性子線だ。中性子線はそれこそ、放射線治療や原子力発電などで使われる。
宇留野氏によると、中性子線のメリットは「パワーとシャープさ」にある。ガンマ線を中性子線に置き換えることによって数百倍の変異効率を達成したという。これを使うことにより、高気温など過酷な環境でも育ちやすい農作物など生物資源の開発ができる可能性があるという。宇留野氏は「植物だけでなく、微生物にも適用でき、そこでも(社会課題の解決に)活用できるのではないか」と指摘した。
同社のビジネスモデルは、中性子線の育種を核とした生物資源開発の受託だ。中性子線をコントロールすることで、「狙った変異を効率的に出現させる」ことを強みと考えている。農業・食品のほか、微生物の資源開発などバイオ分野の巨大市場で存在感を発揮していきたいとしている。
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