京都府が産業政策の目玉とする共創拠点「産業創造リーディングゾーン」の一つであり、アートとテクノロジーの融合でイノベーションを生み出す「アート&テクノロジー・ヴィレッジ京都(ATVK)」が本格的に動き出した。ATVKは大山崎町のマクセルの京都本社(大山崎町)の敷地内にあり、9月26日には入居企業10社確定後に初となる記念イベント「ビジネス交流博」が開かれた。ATVKはスタートアップの育成や連携に力を入れている。記念イベントではATVKの強みとなるオープンイノベーションをテーマにした座談会や入居企業のビジネス報告会などがあり、数多くの参加者が集まって盛況だった。
西脇府知事が掲げた京都産業活性化の目玉プロジェクト
京都府の産業創造リーディングゾーンは22年に西脇隆俊知事が再選を果たした際に公約に掲げた産業活性化策の目玉であり、脱炭素やフードテックなど8つのテーマにおいて共創拠点を整備して次代を担う企業や産業を生み出しグローバル競争に勝ち抜ける産業集積の形成を目指している。長く商工労働観光畑を歩み、副知事も務めた山下晃正参与がATVKの「村長」を務めている。冒頭で主催者として挨拶した京都府商工労働観光部産業振興課の中原真里参事は「京都府では数多くのグローバル企業がこれまで誕生し、次の世代の企業も輩出したい」とし、「(ATVKのように)地域の特性を生かしたオープンイノベーションが重要だ」と強調した。
オープンイノベーションで世界を驚かす新たな用途を開拓
ビジネス交流博では第一部としてキーノートセッション「オープンイノベーションの始め方とTIPS」が開かれ、住友金属鉱山で世界を驚かす機能性材料の新規用途開拓のミッションを担う石橋佳祐氏と、京都・大原で西陣織などに使う金糸を顔料箔として蘇らせた関西巻取箔工業の久保昇平氏が登壇した。モデレーターは日本経済新聞社でスタートアップを支援するプロジェクト「NIKKEI THE PITCH」の古山和弘編集長が務めた。
住友金属鉱山の石橋氏は機能性材料事業本部イノベーション戦略統括部チームリーダーであり、新素材「SOLAMENT」で他社を巻き込んだオープンイノベーションを進めている。SOLAMENTは太陽光の赤外線を吸収し、圧倒的な遮熱や発熱効果を期待できるため、世界のファッション業界でも「衝撃的な新素材」とされる。ダウンジャケットなどに使うと暖かく、カラーバリエーションが黒などに限定されない生地としてデザインできる。石橋氏は「SOLAMENTは2004年に開発されているが、リブランディングの効果により新素材のように様々な企業で新たに採用されるようになった」と指摘する。巧みなブランディングで認知度を高めて、商社などと商流をしっかり整えて使いやすくする努力を積み重ねてきた。
石橋氏は「素材の新規用途開発など新規事業では企業の規模などに関わらず、同じような課題や悩みを抱えていることが多い。それだけに、ATVKのような交流の場を活用してオープンイノベーションを進めることが効果的だ」と強調した。
京都・大原から伝統工芸を、先端素材に進化
関西巻取箔工業取締役の久保COO(最高執行責任者)は創業者から3代目のアトツギ起業家として注目されている。自動車のスピードメーターの針や新型コロナウイルスワクチン用注射針の塗装のほか、欧州の高級車のエンブレムや化粧品のブランドマークの装飾など、世界を舞台に新規の顧客とともに伝統工芸である顔料箔の新たな用途を開発している。
久保氏は「会社や顔料箔の素晴らしさを伝えるために様々なピッチにも出場してきた。私はアトツギだが、スタートアップの起業家との他流試合にも挑戦したから、人脈も広げられたし、一緒に顔料箔のビジネスを広げていく仲間も増やすことができた。これがオープンイノベーションを進められる原動力になっている」と強調した。
久保氏は京都の大原で伝統工芸のモノづくりを先端的な装飾アートとして成長させている。これは京都で長い歴史に育まれた文化が現代でも新たなビジネスの成長につながることを物語っているといえそうだ。
スマートシティに必要な先端技術の開発や人材育成のハブに
ビジネス交流博の第2部では入居企業によるATVKでのビジネスについてプレゼンテーションと対話セッションが開かれた。
冒頭で登壇したKPMGコンサルティングの三村雄介アソシエイトパートナーは「スマートシティの実現にはイノベーション人材の育成が重要だ。柔軟なアート思考でビジネスを生み出せる人材を育てていくにはATVKは魅力的な場所だ」と強調した。同社では年内をメドに自治体や企業の中堅幹部らを対象とした人材育成プログラムを開始する予定だ。三村氏はもともと、国内通信大手出身で、外資系企業などでも経験を積んできた。「ATVKはさまざまなバックグラウンドを持った人たちが集まる場所。スマートシティの実現に必要なイノベーションを起こせる仲間を増やし、日本のまちを変えていけるようにしていきたい」とも語った。
ATVKではスタートアップのように新たなイノベーションに挑む会社がそろっている。それは実証実験などの施設を建設し、しかも異業種などのパートナー探しのための交流も容易だからだ。
まず、電力変換器を強みとするヘッドスプリング(東京・品川区)の星野脩社長は「私たちは再生可能エネルギーや電気自動車(EV)などのインフラで必要とされる電力変換器で小型かつ高効率の製品で評価していただいてきた。来年初めにもATVKの実証施設を稼働させ、開発を加速していきたい」と強調した。
電力変換器は太陽光などで生み出される直流の電気を交流に変換するなど用途が幅広く、電力ロスを最小限に抑えることが求められている。ヘッドスプリングは2014年創業以来、パワー半導体などデバイスを含めた幅広い強みがあり、400以上のプロジェクトを実施した。経済産業省のグローバルサウス補助事業で、インドにおける蓄電システムの実証実験も進めている。
星野社長がATVKへの入居を決めたのは「村長の山下参与らが協力してくれて設備が整い、系統連系を必要とせず小規模な系統容量でも大きな電力を利用できる仕組みを検証し、脱炭素に寄与するソリューションが開発できるからだ」という。
着られるデジタルサイネージ、NYファッションショーで話題
濱田プレス工藝も創業80年の金属加工会社であり、成長事業として新たなものづくりに挑戦する会社として知られている。東大阪市を本社とするが、山下参与が京都府で企業誘致などを担当している際に、お茶の名産地として有名な宇治田原町に工場と研究開発拠点を開いた。そこで斬新な発想の製品を次々に生み出しており、その発表の場などとしてATVKを活用している。
アートとテクノロジーの融合では、人が着ることができるデジタルサイネージが注目されている。京都大学の防災研究所との産学連携で開発しており、今年2月には米ニューヨーク市のファッションショーでも披露された。大幅な軽量化で実用化に近づけた。奈良県立大学との産学連携で開発した星がきれいに見えるLED照明器具や、東京大学発ベンチャーと金属加工をしないで薄くした太陽光パネルといった技術も開発している。
同社の田嶋裕治営業部部長は「新規の成長分野としてゼロから自分たちで新しい製品を生み出したい。ATVKで発信したり、他社とも連携したりしていくつもりで、ATVKで建設する濱田パビリオンを活用したい」と語った。
HESTA大倉グループはマンションなど不動産開発を本業とするが、最近では新エネルギーやスマートホームなどの事業拡大にも動いており、ATVKを活用しようとしている。特に曲がりやすく軽くてうすい太陽光パネルの開発を新たな柱に育てようとしている。HESTAオークラハウジングの角谷晶大阪本社主任は「太陽光パネルや医療など未来の住宅はどうあるべきかを考えて、実現していくにはATVKの施設が重要だ」と強調した。
同社はATVKでスマートホームの実証施設を建設中であり、そこでは持続可能性を考慮して、京都の古い町家の木材なども使っている。京都工芸繊維大学の魚谷繁礼教授らと連携し、水や電気などの既存の社会インフラトを使わないオフグリッド型住宅などで新たなテクノロジーを生み出していこうとしている。角谷氏は「一生涯、楽しく暮らせるマイホームを目指して他の企業とも連携して様々な新技術を取り入れて、未来の住宅を形にしていきたい」という。
日本テレネット(京都市)は、高齢者と地域コミュニティのウェルビーイングを高めるサービス「eコンシェルジュ」サービスを展開している。これはタブレット端末を使い、人工知能(AI)を使って高齢者と会話などができるシステムであり、すでに京都市で約170人のモニターに使ってもらっている。同社の古市寛治執行役員は「様々な会話を通じて、高齢者の暮らしぶりと健康状況を把握などができる。健康寿命をのばしていくために、様々な企業と連携して、このサービスのプラットフォームを進化させていきたい」と指摘した。
このシステムは、京都大学の内田由紀子教授(人と社会の未来研究院長)のチームと共同開発しており、ウェルビーイングの数値化などでも重要な取り組みをしている。古市執行役員は「私たちのサービスではアンケートでとったデータではなく、日常の会話でデータを集めていく。それにより、より良いサービスが実現できる」という。ATVKではこうしたデータをもとに、今年初めに開所した研究施設「栄遊館(えいゆうかん) 」を活用し、様々なテクノロジーの実証実験などを進めていく考えだ。
ATVKでは海外企業も入居している。香港で効率的な水耕栽培を開発するKANAYAであり、京都市に日本の拠点を置いて、ATVKで最先端の栽培技術を展示し、事業拡大につなげようとしている。同社のトミー・ジョ営業マネージャーは「私たちの会社は長年の経験があり、精密な栽培機械や環境整備の技術を組み合わせて、効率的で安定した水耕栽培を実現してきた。こうしたソリューションを日本でも広げていきたい」と語った。
地域との共存へインクルーシブな施設を運営
ATVKでは船舶投資ファンド大手のアンカー・シップ・パートナーズ(東京・中央)も入居している。この会社は主に大型貨物船を所有して船舶会社に貸している。最近では日本郵船とともに豪華客船「飛鳥Ⅲ」にも携わっていることでも知られている。ただ、ATVKでは本業ではなく、障害者就労に関する新しい形を目指した施設を運営する。新設する2階建ての建物ではテーマは福祉であり、 障害を持った方々を中心にカフェやアートスペースを運営し、2階では農園としてバニラを作ろうとしている。京都の社会福祉法人などと連携していく。
もともと、同社の経営者が福祉に本格的に関わりたいという強い想いがあり、飛鳥Ⅲでも公募展にて授賞/入選した障がい者のアートを展示している。知己のある山下参与からATVKへの入居を進められて、それが実現した。同社の山田ディレクターは「(日本では障がい者の雇用を増やすことが求められるなかで)障がいを持った方々の就労における『やりがいと経済面』も両立する新たなモデルをATVKから提示していきたい。カフェや企画展示、バニラ農園などにより、地域の方にも知ってもらい、利用してもらえる地域コミュニティ拠点にしたい」と語った。
日本サルベージサービス(京都市)は物流関連設備のリースなどを主力としているが、アンカー・シップ・パートナーズのようにATVKでは新たなビジネスに挑む。シネマトラックなどを活用して各地でアートに関係するイベントの事業に乗り出している。例えば、韓国の現代自動車のイベントを浜松市で開催したりしている。同社は2022年に、一般社団法人「Style KYOTO(スタイル京都)」を設立し、音楽などアートを通じて様々な文化的な活動にも取り組んでいる。例えば、電気自動車世界大手である中国のBYDはブランド力強化に向けて中国の有力オーケストラの日本公演をスポンサーとしている。その京都公演はスタイル京都が主催者となっている。
同社の大崎康弘代表取締役は「京都企業としてアートに関わってきてきた。最新のテクノロジーも活用し、海外企業などが効果的にイベントを開催できるように手伝っていきたい」と語る。
ATVK村長が描く未来図 100社を超える企業との連携で新産業創造
ATVKの村長である山下参与はアートとテクノロジーの融合によるイノベーション、そして新たな産業の育成に向けて誘致に力を入れてきた。大阪・関西万博もあり、海外からの視察者も来ており、これからも産業観光の拠点としても存在感を高めていく考えだ。山下参与は「新産業の育成もあるが、やはり地域の人たちに愛してもらう、大事に思っていただけるような場所にしていきたい」と強調した。
山下参与が描いており、すでに動いているのはATVKを軸にオープンイノベーションの輪を広げて、京都らしい新たな産業集積を構築することだ。「ATVKでは入居企業10社に加え、100社を超える企業が様々な部会に所属しており、アートとテクノロジーを融合したイノベーションを幅広い分野で進めている」という。
世界的に京都のアートの人気がすごく高まっている。これとテクノロジーを組み合わせたATVKの取り組みは日本の新たな経済成長のけん引役として注目されそうだ。
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