
高齢者に寄り添う資産管理で巨大市場を開拓
弘法大師空海のお告げを胸に、人間力を磨いて勝負する会社に
「NIKKEI THE PITCH GROWTH」の決勝大会で準グランプリと、レオスキャピタルワークス賞に輝いたのは高齢者向けの資産管理・承継領域のサービスで急成長するトリニティ・テクノロジー(東京・港)だ。同社を2020年に創業した磨和寛代表取締役は大学時代にバンド活動に没頭し、道半ばで断念しながらも、一念発起して司法書士となり国内屈指の士業事務所を育てた。そこでの経験を糧に、「ずっと安心の世界をつくる」を掲げて高齢者の資産管理という巨大市場で高齢者に寄り添うサービスを矢継ぎ早に打ち出して成功させた。「エイジテック×フィンテック」の有力ベンチャーとして世界からも注目されている。

「昨日より今日、今日より明日、少しでも不安を安心に変えたい」
「(認知症高齢者の資産凍結など)社会課題は非常に難しいが、これまでの経験や培ってきたノウハウを生かしてテクノロジーを組み合わせた新たな事業を展開されている。これからの成長をすごく期待できる」と、審査員を務めた経済産業省の菊川人吾イノベーション・環境局長はでこう指摘した。レオスキャピタルワークスの藤野英人社長も「日本でも大きな相続という社会問題の解決にも取り組んでいる。日本を代表する会社の一つになってほしい」と期待を寄せた。
トリニティの磨代表は「私たちのミッションはずっと安心の世界をつくるということです。ただ、ずっと安心の世界なんて実はつくれないこともわかっています。 それでも昨日より今日、今日よりも明日、少しでも安心してくれる人たちが増えるようにしたい。 私たちの150人の社員全員がそういう気持ちを持って仕事をしています」と、ダブル受賞の喜びと、今後の決意をこう語った。
「三方よしの仕事だから社員もやりがいがある」
東京・西新橋にあるトリニティ・テクノロジーの本社は社員数がこの1年余りで約150人に倍増し、オフィスフロアを次々に増やしている。急成長のスタートアップながら、離職率は低い。磨代表は「私たちの仕事は高齢者のためになる『三方よしの仕事』だから、社員たちはやりがいを持って働けている」と指摘する。販売などの提携先も、金融機関や不動産のほか、会計事務所、介護会社、葬儀社など700社を超えた。同社のサービスが多くの業界から支持されていることの証左だ。
同社の高齢者向け個人サービスは大きく3つある。まずは2021年6月にスタートした「おやとこ」は、高齢者向けの家族信託サービスだ。高齢者が認知症になると資産が凍結され高額な医療費の支払いが難しくなるために事前に家族信託契約を結ぶ。独自開発のスマホアプリも使い、家族信託で必要な報告書を簡単に作成したり、銀行口座の出金などの情報を家族で共有できたりする。認知症高齢者の資産管理では裁判所も関与する「成年後見制度」があるが、手続きが複雑なためにほとんど利用されていない。トリニティはスマホアプリで使い勝手を大幅に改善した割安な家族信託サービスのパイオニアであり、これを急速に普及させている。
身寄りのない「おひとりさま」にはお葬式の相談も
身寄りのない高齢者に寄り添うサービス「おひさぽ」では高齢の顧客に定期的に連絡して見守るだけでなく、資産管理、身元保証や遺言コンサルティングから葬儀やお墓の相談まで対応する。新サービス「スマホ de 相続」も人気だ。司法書士時代からの経験で、相続は資産の名義変更、不動産の処理や税金など複雑な手続きが求められる。磨氏は現在は会社の経営に専念しているので、司法書士ではないが、長く相続問題に関わった経験を生かし、ワンストップで相談を受け付けて、小さな悩みにもきめ細かく対応する。
「高齢者に関係する3つのサービスは大きな相乗効果がある。スマホの相続相談で、両親が資産凍結防止の相談をしたいなら、おやとこも紹介できる。私たちが信頼されているから、不動産も売ってもらいたいとの声も頂いている」(磨代表)う。本格的に手掛け始めた不動産事業も好調だ。

ミュージシャンの夢は挫折 「社会に役立つ仕事」として司法書士に
トリニティが高齢者向けサービスを次々に生み出し、成功させているのは磨氏の「行動派司法書士」として培ってきた経験と、持ち前の発想力がある。
磨代表はもともとミュージシャンになることが夢だった。中学時代に出会ったザ・ブルーハーツの甲本ヒロトの音楽に共鳴してバンド活動にのめり込み、立教大学時代も2年間も休んで音楽活動に没頭した。米国のアンダーグラウンドとされ、ラップとヒップポップを融合させた「ミクスチャー」という音楽であり、磨氏のお気に入りだったのは米国の人気バンド、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンだった。革命家のチェ・ゲバラや黒人解放指導者のマルコムXら「反逆のカリスマ」たちの政治的なメッセージを歌詞としていた。日本でもこうした新しいジャンルで勝負しようとした。
ただ、東京・渋谷を中心として各地のライブハウスで演奏を続けるも、客席はいつもがらがらだった。「自分には音楽の才能はなく、自己満足でしかなかった」とし、「これからは自分のためではなく他人のために、社会のために生きていく」。就職は無理だとあきらめて、2004年の卒業から3年間の猛勉強で、国家資格の司法書士を取得した。司法書士事務所に1年半勤めて独立した。
税理士や葬儀会社と連携、国内屈指の司法書士事務所に
磨氏の強みは持ち前の行動力だ。他人が考えつかないことを思いつく勘所と、底抜けに明るい笑顔で周囲を引き付ける魅力もある。東京・渋谷で司法書士事務所「トリニティオフィス」を開いても仕事はないが、すぐに思いついて動いたのが税理士事務所との連携だ。当時、司法書士として異例だったが、会社設立や定款見直しなど企業法務関係の仕事を引き受けまくった。税理士は税金で企業と付き合うが、それ以外の多くの相談を回してもらって、た。弁護士事務所は敷居が高い。磨氏は「会社設立は司法書士の仕事で、トラブルが起きれば弁護士に」として顧客を増やして事務所経営を安定させた。
次に思いついたのが葬儀会社との提携だ。司法書士は相続では不動産の名義変更などを請け負うが、この仕事を増やすために東京や神奈川の葬儀会社に飛び込み営業をしまくり提携先を増やした。突然、配偶者らが亡くなって途方に暮れる家族らの相談を引き受ける。磨氏は遺族に寄り添うために葬儀会社の制服を着て葬式の手伝いまでしていた。葬儀会社にとっても顧客から喜ばれるサービスであり、20社以上と提携できた。
実はこの時に、配偶者を亡くして身寄りのない高齢者が「私が死ぬ時にはどうしたらよいのか」と葬儀会社に相談した。この葬儀会社で懇意にしていた担当者は「磨さんという面白くて、親切な人がいる」と紹介した。磨氏にとって身寄りのない高齢者の見守りや死後の事務手続きなどを含めて請け負う最初の顧客になった。これが、おひさぽサービスの原型となる。
2016年には高齢者の家族信託サービスを最初に請け負う。これも認知症の心配がある高齢者の子供からの相談がきっかけだった。多額の医療費が必要だが、残されたのは所有する駐車場しかなかった。磨氏はすぐに家族信託契約を整え、駐車場を売れることになった。「磨さんがいなければ、本当に大変なことになっていた」とすごく感謝された。「こんなに喜んでもらえる仕事があるのか」と思い、「家族信託の伝道師」になることを決意する。

磨氏は2019年までに税理士らを対象に合計200回以上も家族信託セミナーを開いた。この教育事業が2019年に「TRINITY LABO.(トリニティラボ)」になった。セミナーのほか、動画の講座もたくさんあり、月額1万5000円で学び放題だ。家族信託契約書の見本や説明資料などもダウンロードできる。「家族信託サービスは自分の会社で抱え込むのではなく、業界全体で健全に育てていきたい」。
「お前はちっぽけな人間でいいのか」 枕元に立った弘法大師空海のお告げ
磨氏が率いたトリニティグループはコロナ禍前の2019年には弁護士や行政書士も入れ、国内屈指の士業事務所になっていた。ただ、本人は「本当にこれでいいのか。自分も40歳になり、残されたのは20年しかない。このまま安定した人生を過ごすだけでいいのか」と自問し、コロナ禍の真っただ中だった2020年8月に高野山にこもった。護摩行修行などをして、自らこれからの人生を考えた。
ある夜、宿坊で寝ている磨き氏の枕元に弘法大師空海が現れたという。「お前はそんなちっぽけな人間なのか。本当にこれでいいのか」というのが、弘法大使空海のお告げだった。「みんな冗談だと受け取ってくれないが、本当にその通りだと思った。もっと大きな、社会にもっと役立つことをやりたい」。それから2か月後に、司法書士事務所のトリニティグループは従業員に譲ることを決め、トリニティ・テクノロジーという新会社を創業した。家族信託サービスを使いやすいアプリで提供するアイデアはあったが、完全に別会社として起業することまで考えていなかった。弘法大師空海のお告げを受けて背中を押され、挑戦することを決めた。
カリスマ投資家のアドバイスで方針転換
ここからは磨氏らしく猪突猛進で突っ走る。知り合いの公認会計士から「もっともイケている投資家」として名前を聞いた独立系投資会社、ANRIグループの佐俣アンリ代表パートナーにサイトから面談を申し入れて時間をもらう。2020年12月末のことだ。自らのビジネスプランとして家族信託サービスのアプリを外注すると説明したが、「佐俣さんからケチョンケチョンに言われて目が覚めた」。佐俣氏の指摘は「磨さんは司法書士でしょう。司法書士が司法書士の仕事を外注しますか」だった。

磨氏はアプリ開発の外注をすぐ撤回し、CTO(最高技術責任者)候補として数百人にSNSで接触した。それから1か月後に、出会ったのがシステム会社などで活躍した大谷真史氏だ。現在はCOO(最高執行責任者)も兼務している。大谷氏が優れていたのは、簡単でもいいので、アプリとしてすぐに形にすることであり、4か月後の6月にはおやとこのアプリサービスをローンチした。顧客ニーズをまず把握して、より使いやすいように機能を追加していくことで、この戦略が的中し、金融機関など提携先を増やし、アプリ改善にもつなげられた。
トリニティでは大谷氏のほか、会社の成長を支える多くの多様な人材が集結している。同社のCFO(最高財務責任者)である豊嶋一平は監査法人トーマツやスタートアップで上場やM&Aを経験した。現在は株式会社の経営に専念しているので、司法書士ではない。
「いま、やらなくても」の声もあるなか、中小企業の従業員承継に挑む
磨氏は2024年10月には新たに法人向けビジネスを始めた。日本では企業の99%以上を占める中小企業の後継問題は「日本経済の時限爆弾」と危惧されている。司法書士時代から中小企業の高齢社長と付き合っており、「親族にアトツギがいないならM&Aだけでなく、従業員に承継する選択肢もある」と考えていた。ただ、中小企業の従業員にはすぐ株式を購入できる余裕はない。磨氏側が全株式を引き継いで、経営や採用の支援などで会社の収益性を高めて従業員の収入を増やして10年後をメドに株式を引き渡す。すでに多くの相談案件が舞い込んでおり、従業員20人~30人規模ぐらいの町工場や飲食店などを対象に引受先を選定しているところだ。
トリニティの主要投資家からは「おやとこも、おひさぽも好調なのだから、今は余計なことしないで、こっちに集中したらどうか」との声もあった。磨氏は「従業員への事業承継という仕事はリスクもあるが、社会的に意義がある。この難しい仕事に取り組むことで、新しい仲間たちが会社に加わってくれる。大きな財産になる」と指摘する。
「商人は水であれ」 人間力で最も信頼される会社に
磨氏が最近、社内で「商人は水であれ」と話している。これは伊藤忠商事の岡藤正広会長兼CEOが好んで使っている。伊藤忠商事の創業者の伊藤忠兵衛は三方よしで知られる近江商人として最も有名な事業家だ。「商人は水」というのは、お客さんの要望にあわせて水のようにどんな形にでも商売の姿を変えていくことが大切だということだ。トリニティでも高齢者の直面する社会課題の解決次第で、水のように新たな事業に取り組んでいくという。
磨氏が商売は水のように変わっても「変わらないのは常に社員の人間力で勝負する」ことだ。家族信託でも「秘伝のたれ」のような肝となるノウハウをすべて公開した。最終的に高齢者向けのビジネスで勝負を決めるのは社員の人間力であり、そこでは勝てるという自負があるからだ。「山でいえば、富士山のように、高齢者向けサービスの信頼では日本一だとすぐに思ってもらえる会社にしたい」という。

弘法大師空海のお告げから今年で5年。最も大きく変わったのは、磨氏本人かもしれない。かつて司法書士事務所の代表時代は、所内でも圧倒的に有能な抜きんでた存在だった。最も経験が豊富で、人脈もあり、アイデアも豊富だからだ。それでも、自ら突っ走って後ろを振り返れば誰もついてこず、「事務所が15人だった時に、1か月に4人に辞表を出されたこともあった」。
ただ、起業後には自分にない才能やスキルを持った多様なメンバーが集まり、多くを学べることが分かった。スタートアップの経営者として周囲を生かして育てることに喜びを感じられるようになった。4月からは社員の発案で、身寄りのない高齢者向けに残される財産を自らが本当に託したい遺贈寄付先の相談に乗り、寄付の実現までサポートするサービスも始める。
日本で最も信頼される会社になるのは簡単ではないが、高齢者に寄り添う三方よしのサービスを次々に思いついて実行する風土が根付いており、それが会社の強みになっていることは間違いなさそうだ。
NIKKEI THE PITCH GROWTH 2024-2025
準グランプリ / レオス賞受賞 トリニティ・テクノロジー株式会社

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