自分の人生を取り戻す相談室
深刻な家族問題に悩む人たちに寄り添うビジネスに挑む
NIKKEI THE PITCH SOCIAL 2025-26 ソーシャルインパクト賞
「NIKKEI THE PITCH SOCIAL」でソーシャルインパクト賞に選ばれたのは、家族問題での悩みを抱える人たちに寄り添い、自分という軸を大切にする人生を一緒に歩けるようにする相談室「絶活(ぜつかつ)」を運営する米田愛子氏だった。自らが複雑な機能不全家族で育った経験を踏まえ、臨床心理士や行政書士ら専門家とともにワンストップで最適な解決策を提供しようとしている。
殺人事件・自殺の背景にある家族問題 「声なき声を受け入れたい」
代表の米田氏はプレゼンテーションで、日本での殺人事件の半分以上が親族間で発生していること、自殺の原因の多くが家族問題によるものだと説明した。「機能不全の家族に苦しんでも、行政など相談を受け入れてくれる場所は見当たらない。長く苦しんだ自分がなんとかして、声なき声を受け入れたかった」と活動のきっかけを話した。
2025年6月にテストサイトを公開した。8月にテストモニターの受付を開始すると、9件の相談が寄せられた。アンケートなどでは350人以上が絶活への関心を示し、コラム記事は合計で6500以上閲覧されたという。2026年中にも正式なサービスを開始し、来年にも法人の設立を目指す計画だ。
米田氏は「家族問題を中心にした生きづらさを抱える人たちの問題を解決し、孤立を解消したい」と訴えた。家庭の問題では児童虐待がよく取り上げられるが、これは氷山の一角だ。中学生以降も同じように心理的・肉体的な虐待が続いたり、家族への情緒的なケアを一方的に強いられたり、マインドコントロール下に置かれたりして苦しんでいる人たちが多いという。
元厚生労働省次官で、全国社会福祉協議会会長の村木厚子氏は「日本人はなかなか苦しくても相談してくれない。深刻な悩みを相談しやすい場所を作って、解決にも取り組もうとしているのが素晴らしい」と評価した。
米田氏は「受賞は本当にびっくりした。ここに来たのは自分の名誉のためとか、目立ちたいとかいうことではなくて、ないものとされてきた方々の声を届けたいから。審査員の皆さんがそんな声を聞いてくださり、表彰の場に立つことができた」と受賞の喜びを語った。
臨床心理士やNPOと連携 専門家の知恵を生かす
米田氏は、絶活は「家族との距離感の相談室」だという。米田氏などの「専属コンシェルジュ」が、悩みを抱えた人たちの相談を受け、悩みに応じて適切な専門家を紹介するなどの対応をとる。
精神的に追い込まれている方には、連携している経験豊富な臨床心理士や公認心理師を紹介する。家族との関係で生活に困窮していれば、社会福祉士に対応してもらう。専門家への相談は60分間1万1000円程度で受け付ける。コンシェルジュへの相談は無料から可能だ。
複雑な家庭問題の場合は、米田氏との関係が深いNPO法人のUPTREE(東京都小金井市)の阿久津美栄子代表ら専門家による複数回のメンタリングを実施することで、自己理解を深め、未来への一歩を見つけ出す手助けをする。阿久津氏は機能不全家族でよく起きるヤングケアラー問題などに取り組んでいる。
絶縁の手続きから安全確保まで寄り添う
絶活とは、家族問題や絶縁について「知る・学ぶ・相談・活用」といった活動や準備であり、絶縁の推奨サービスではないという。しかし、専属コンシェルジュや専門家とのカウンセリングの結果、家族と絶縁する必要があると判断した場合は、具体的な手続きにも対応している。
行政書士による絶縁書の作成と、内容証明郵便での送付代行を支援するほか、絶縁書の作成に心理的抵抗がある層に向けて、家族へ自身の思いを伝える「こころレター」の代筆代行も行っている。
絶縁を申し出ると逆に家族からの干渉が増える可能性がある。そのため、相談者が転居した際に、新たな住所が分からないように市役所に申請できる制度の案内も実施している。米田氏は、家族の虐待から守る安全なシェルターの保護も必要だと考えており、今後連携先を確保していきたい考えだ。
自死を考えた 機能不全家族での過酷な半生
虐待、ヤングケアラー、きょうだい児(日常生活で介助が必要な障害や難病のある兄弟姉妹がいる子ども)、アダルトチルドレン――。現代の社会には多くの家族関係のトラブルがあるが、これら多様な問題に共通する根源的な要因として、家族としての機能が正常に働いていない「機能不全家族」の存在がある。絶活を立ち上げた米田氏自身が、複雑な機能不全家族で育った過去を持つ。「何度も自死を考えたし、その一歩手前だった」
米田氏は、両親と姉と兄の5人家族に育った。姉は精神疾患を抱えており、兄は身体的な難病である筋ジストロフィーだった。母親は米田氏が幼少時代から精神的に不安定で、父親もまた家族の問題に無関心だった。米田氏は日常的に家族の情緒的ケアを強いられ、精神的にも抑圧され続ける日々を送った。
中学生の時には、愛犬を両親に殺されるという凄惨な経験から自殺願望を抱くようになり、自傷行為にも及んだ。奈良県内の高校に進学したものの、家族問題から不登校になった。担任の先生が両親を説得してくれたことで、徳島市内の定時制高校に転校し、どうにか卒業できた。
その後、大阪芸術大学へ進学。自ら奨学金を借りて映像制作を専攻し、卒業した。ドキュメンタリーの制作に興味を持ち、大手のテレビ局系の映像制作会社に入社してキャリアを積んだ。家族問題など社会課題をテーマにした作品を数多く手がけた。
2019年には映像とデザインの事務所として独立した。しかし、医療系の仕事をしていた両親が仕事で転勤することになり、米田氏も実家に戻ることになった。そこで再び精神的な抑圧を受けたという。かわいがっていた猫が虐待され、母親との決別も重なり、心が完全に折れた。
「当時は、自殺を決意した。荷物などを処分して準備を整えたが、当時交際していた人の励ましで踏みとどまり、家族とは完全に絶縁することを決めた。その後に結婚もして立ち直ることができた。自分の経験を生かして、同じように苦しんでいる人たちに役立つようなソーシャルビジネスをしたいと決心した」と振り返る。絶縁を決めてからも、家族からは「祖母が倒れたから戻ってきなさい」といった連絡が届くなど干渉は続いたという。最終的に米田氏は、信頼できる行政書士に依頼して内容証明郵便で絶縁書を送付。それ以降は、関係を断つことができているという。
社会制度の外からの支援 ネットワーク広げる
米田氏が取り組もうとしているのは、家族問題に悩む人たちに役立つ情報を提供できるネットワークづくりだ。「自分もそうだったが、家族なら分かりあえると言われ、真剣な悩みを理解してもらえないことが多かった。様々な家族の問題に関する信頼できる情報をサイトで展開していくことで、絶活がハブとなって、家族問題に悩む人たちが調べたり、相談したりすることがより簡単にできるようにしたい」
米田氏と連携するUPTREEの阿久津代表は「家族の中で抱える課題の多くは個別的で、複雑なもの。そのため、社会的に可視化したり、制度化して対処しにくい。絶活のように制度の枠外から当事者を支える取り組みは、多くの人たちにとって一筋の光になるはず。私たちも連携しながら、社会全体で理解と支援の輪を広げていきたい」と話した。
市場性と社会性の両立へ 寄付に頼らない事業モデル構築を
家族の問題は根が深く、あらゆる地域に存在する課題だ。だからこそ、補助金や寄付金に頼るのではなく、ソーシャル事業として収支を確保できる可能性があると米田氏は考えている。「絶活の取り組みを、NPOではなくビジネスとして軌道に乗せたい。絶活がうまくいくことで、他の地域でも同じようなサービスが生まれてさらなる課題解決につながる。悩んでいる人たちにしっかり寄り添えるようにしたい」(米田氏)
審査員を務めた、レオス・キャピタルワークス代表取締役会長兼社長の藤野英人氏は「絶活は見落とされていたけれども非常に大きな社会課題に取り組んでいる。市場性もあり、社会性もあり、ソーシャルインパクト賞にふさわしかった」と語った。ユーグレナ代表執行役員Co-CEOの植村弘子氏も「絶活の事業は米田さんが自らの経験があるからこそ、あそこまで具体的にプログラムを整えて実行できている。悩んでいる人たちは『今日を生きるか、死ぬか』の極限の状態にいるはずであり、こうしたサービスが少しでも早く届けられるようにしてほしい」とエールを送った。
2026年3月には目標金額を100万円としたクラウドファンディングも行った。米田氏はデザイン・映像事務所を起業しており、これまではその収入も使って絶活事業を進めてきたが、できるだけ早く絶活の仕事にフルで関われるようにしたいという。「家族の問題は本当に深刻で、どんどん厳しくなっていて放置はできない。悩んでいる人たちに解決プランAを提示し、だめならB、そしてC、あるいはDというようにきめ細かく対応していきたい」
これまでのテストマーケティングの結果を踏まえ、事業としての売り上げは確保できるとみている。もっとも、家族問題という領域において、どこまでマネタイズできるかは不透明な面も残る。それでもヤングケアラーは中学2年生の約17人に1人いるとされ、児童虐待などの年間相談件数が20万件を超えている。子ども時代にこうした状況に置かれた人々は、成人しても家族との縁を断ち切れず、長くトラウマに苦しんだりすることが多い。支援の手は必須だろう。
米田氏が絶活で掲げているのは「対症療法ではなく、根本治療に取り組む」ことだ。心の奥の悩みを和らげ、再び自分の人生を歩めるように伴走していく。その社会的ニーズを満たすことができれば、この事業には極めて大きな成長の余地があると言えそうだ。
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