同じ釜の飯を食べる仲間たちと モノづくりの未来を守りたい
町工場の「駆け込み寺」として老朽設備の課題を解決
NIKKEI THE PITCH GROWTH 2025-26 グランプリ
日本経済新聞社が主催する「NIKKEI THE PITCH GROWTH(NTPグロース)」の決勝大会で400社を超える応募企業の中からグランプリに輝いたのは日本製鉄発ベンチャーであるKAMAMESHI(東京・大田)だった。同社は日鉄で生産管理や営業などを担当していた小林俊氏が創業し、老朽設備の安定稼働に必要な補修部品をネットで購入できる「産業版メルカリ」として注目されている。「同じ釜の飯を食べる」ことを誓って小林氏の下に集結した仲間たちは日本のモノづくりの現場を支え、未来につないでいく挑戦をしている。
崩れ始めたモノづくりのピラミッド 底辺を支える「最後の挑戦」
「日本の製造業が抱える悩みはたくさんある。それを解決するために私たちの会社だけでなく、製造業全体で同じ釜の飯を食べてくれる仲間をたくさん増やしていきたい。モノづくりの現場はもちろん競争があり、常に切磋琢磨している。ただ、困った時には助け合うことが大切だ。そんな世界を実現するために私たちのビジネスを一歩ずつ前に進めていきたい」―――。NTPグロースでグランプリを受賞したKAMAMESHIの小林社長は3月8日夜、オーディエンス賞を含めて表彰された後、こう語った。
KAMAMESHIは23年10月、小林氏が日本製鉄の橋本英二社長(当時)の了解を取り付けて、同社で初めての出向起業として設立した。小林氏は10年に入社して主力の君津製鉄所や八幡製鉄所などで生産管理を担当し、東南アジアのタイにも赴任した。日本を代表する名門企業のエリート社員が出向という形で、産業版メルカリという話題性がある新規事業に取り組んでいるように見えることもある。だが、このスタートアップが担っているのは重大なミッションだ。崩れかけている日本のモノづくりのピラミッドを、底辺から支える挑戦だといえる。残されている時間も少ない。
「3万円の部品が手に入らず、10億円の設備が動かない」
小林氏はコロナ禍だった21年、老朽設備の補修部品の取引という事業案を思いついた。日鉄の業績が低迷し、コロナ禍も直撃し、危機感を抱いた日鉄グループの若手有志らとの勉強会に参加した。小林氏は自らのツテを頼り、200近い町工場を訪問してヒアリングした。深刻な課題だと改めて痛感したのは老朽設備の問題だ。「3万円の補修部品が調達できず、10億円の設備が動かせない状況だった。これを放置すれば、日本のモノづくりが強さを失いかねない」と痛感した。
小林氏は、21年9月、個人で申し込める経済産業省の若手起業家育成プログラム「始動」に選ばれ、最終的にはプレゼンで優秀賞も受賞した。このプログラムにおいて有名な起業家や投資家たちから壁打ちなどで多くを学びながら、アイデアをブラッシュアップさせた。この時期には大切な同志となる仲間たちとも出会い、事業家に向けた準備を進めていく。
現場の叩き上げが仲間に集結 補修部品のネット販売が起業の原点
まず仲間に加わったのは、KAMAMESHIで最高技術責任者(CTO)を務める松田潤樹氏だった。小林氏と同期入社で親しく、設備技術とIoTの専門家だ。地元の北海道で仕事をするために早期に日鉄を退社していた。小林氏は松田氏のことを「天才のようにすごい」として協力を求めた。当時勤めていた会社も退職し、KAMAMESHIの設立前からプラットフォームのシステム開発を一手に担ってきた。
もう一人は鋼板加工大手であり、日鉄が大株主である五十鈴グループの吉尾勇太氏だ。若くして工場長を務めた現場の叩き上げで、現在は44歳ながら生産技術の開発や外販などを担うグループの中核会社で社長を務めている。吉尾氏は「若い頃から工場で設備が故障し何度も徹夜で修理した。若い社員たちに同じ苦労をかけたくない」として「釜飯の仲間」に加わった。
吉尾氏は19年に米シリコンバレーに派遣され、新規事業の立案を任された。そこで思いついたのが偶然にも小林氏と同じ補修部品のネット取引だった。帰国後に共通の知人から紹介されて意気投合した。まず補修部品のネット取引に必要な在庫管理システムを松田氏が開発し、吉尾氏が工場長だった神奈川県内の工場で実証実験して事業化のメドをつけた。
日鉄の橋本社長に直談判 初の出向起業で自らリスクを背負う
小林氏は日鉄に社内起業制度がない中でも諦めず、23年3月に当時の橋本英二社長に直談判を実行した。社内の多くの関係者の協力を得て初の社内起業が認められ、23年10月に出向を開始した。一般的な社内起業と違うのは、会社設立において小林氏自らが貯金を切り崩して全額出資し、きらぼし銀行から個人の連帯保証で2000万円の創業融資を取り付けるなど自らリスクを背負い覚悟を持って起業していることだ。
KAMAMESHIは起業から半年後となる24年4月からサービスを開始した。新たに強力なメンバーたちが次々に加わり、200社近い顧客の獲得に成功している。主力サービスである在庫管理システムは登録料として10万円を支払い、月額利用料は3万円と割安に設定している。補修部品の取引の20%が手数料収入となる。今期の年間売上高は1億2000万円の見込みとなり、出足は好調だ。
「拾われないボールを拾い、救われない現場を救いたい」
業界関係者の多くが「KAMAMESHIは本当にすごい」と舌を巻くのは、工場の主要設備のデータを調査・分析し、将来の故障リスクなどを予測できる仕組みを整えつつあることだ。設備調査を担当するのは小林氏の1年先輩で、君津製鉄所で電気系設備の保全技術者だった一ノ瀬敦氏だ。日鉄から独立して北九州市で設備保全会社を設立していたが、小林氏の誘いで24年春のサービス開始とともに仲間に加わった。すでに60社以上の工場で詳細な調査リポートを作成し、老朽設備のリスクを「見える化」している。これは業界で「かつてないビジネス」とされる。一ノ瀬氏は「拾われていなかったボールを拾い、救われない現場を救っていきたい」と語る。
プロジェクトXの町工場 老朽設備調査で故障リスクを提示
東京・大田区のムソー工業では、大田区が推進する実証実験・実装促進事業(HOIP)のBCP推進の取り組みで、昨年11月から一ノ瀬氏が調査に入った。同社の尾針徹治社長は小林氏が起業する前の22年に大田区のピッチで出会ってからの応援団だ。
同社は従業員数が9人という典型的な「小さな町工場」だが、製品開発の実験で欠かせない「試験片」という金属加工品で国内屈指の技術を誇る。NHKの看板番組「新プロジェクトX」で放映された世界最大のコンテナ船開発でも同社の試験片が重要な技術として紹介されている。同社の主力工場には大型マシニングセンターなど6つの大型設備があり、いずれも老朽化し、更新投資に頭を悩ませていた。
一ノ瀬氏が作成したリポートは6つの設備を構成する約320の電気部品を詳細に分析している。「製造中止で代替不能」とした電気部品は6種類12個あった。全体の4割が「製造中止」か「製造先不明」に分類され、特に稼働40年を超える最大設備の大型マシニングセンターのリスクが大きかった。精密加工用の放電加工機ではエアフィルターの目詰まりで電源装置部分が高温なことをサーマルカメラの画像で示した。設備保全業界には「10度2倍速」という有名な法則がある。温度が30度から40度に上がると、電子部品の劣化速度が2倍になり、寿命が半分になるというリスクがあった。
尾針社長は「一ノ瀬さんの詳細な分析を現場と共有して更新投資の検討を始めている。投資するなら、現在の3軸より高性能な5軸にするか、3Dプリンターにも挑戦するのかどうか。町工場にとって設備投資は事業戦略の転換という大きな決断になる。大田区の町工場は3000あるとされ、8割はうちのように従業員が10人以下だが、他ではなかなかできないモノづくり技術がある。これを残すには老朽化設備のリスクを把握して対応することが重要なことがよく分かった」と指摘する。
小林氏は「これまで調査した工場は従業員が数十人規模の中堅クラスが多い。使用する電気部品の数は5000点ぐらいで、平均で5~10%ぐらいは代替不能という結果になっている。日本のモノづくりの抱える老朽設備の課題は根が深く、顧客の現場に寄り添い様々なサービスを生み出すことが必要だ」と強調した。
浜松ホトニクスやキーエンスから転職 専門スキルでチーム力を強化
KAMAMESHIでカスタマーサポートと事業開発を担当するのが浜松ホトニクス出身の酒井浩一氏だ。がん診断や検診に使われるPET(陽電子放出断層撮影)の研究開発のほか、国家プロジェクトのレーザー核融合発電の応用研究に関わった。経産省の始動プロジェクトの先輩として小林氏のメンターを務めた縁もあった。「50歳を前に新しいことに挑戦してみたくなった」として、25年4月に退職して加わった。
酒井氏は「この会社が楽しいのは、仕事をするたびにお客さんがすぐ笑顔になり、設備や部品のデータもたくさん増えていく。将来的に膨大なデータが集まってAIも含めた解析をすれば、故障の予知も可能になり、お客さんにもっと喜んでもらえる」と語る。酒井氏はレーザー加工の企業研究者としての強みを生かし、生産中止で調達不可能部品の補修・復活にも取り組みたい考えで、これは老朽設備問題の解決に役立つ可能性がある。
KAMAMESHIには酒井氏のように小林氏が口説いた仲間たちが集まり、それぞれの強みを発揮している。居酒屋で酒を酌み交わしてはモノづくりについて語り合っている。
社員第1号の浦邉冬彦氏は日本鋳造協会からの転職組だ。法務・人事の専門家で起業経験もある。小林氏が起業する前に補修部品のネット取引のアイデアを聞いて注目し、鋳造協会のイベントに招くなど応援してきた。浦邉氏は「最初から、すごいビジネスだと直感した」という。鋳物業界は下請け構造の中で設備の老朽化では最も深刻とされていたからだ。
浦邉氏は「鋳造業界は突発的な更新投資が難しい企業が多く、工場が閉鎖され跡地がマンションになっているケースも目立つ。設備が壊れて手を打てないことは最大のリスクだ。私たちのサービスなら少額でも計画的で健全な投資をすることで、最悪のリスクを避けることも可能になる」と指摘した。
営業では自動車向けの部品大手などでの新規事業や営業経験が長い星野芳徳氏であり、小林氏が熱心に口説いて仲間に入ってもらった。星野氏は「顧客の町工場からは、こんな補修部品を探してもらえないかと頼まれて、手配できた時に本当に喜んでもらえる。営業に出かけても、『本当に大切なことをしていますね』と言われる。こんなビジネスってあまりないのではないか」と語る。
今年1月にはキーエンス出身の石神創平氏が業務委託でマーケティング担当者として加わった。キーエンスでは新卒入社から10年間、営業やマーケを担当していた。キーエンスの強さは「人頼みではなく、仕組みを育てる」ことで、これにより驚異的な成長を続けている。石神氏は「KAMAMESHIは多くの製造業の顧客の課題を解決している。顧客の声が広く市場に伝わるようにマーケの仕組みを整えていきたい」と語った。「マーケはキーエンス出身者が欲しい」としてきた小林氏にとって残されたピースを埋められ、今後の成長に向けて組織の軸が固まった。
年間売上高100億円達成へグローバルでの事業展開を加速
小林氏はKAMAMESHIの中期事業目標として30年に売上高100億円達成を掲げている。これを実現するためには顧客数を2500程度にまで増やす必要がある。設備メーカーと組んで、設備保全の人員を効果的に活用し、困っている町工場にすぐに派遣し対応できるネットワークを築きたい考えだ。定期的な設備保全サービスなども請け負える。国家資格である機械保全技能士の資格を取得できるように日鉄OBによる人材育成の講座も始めている。
グローバル化にも取り組んでいる。在庫管理システムは英語だけではなく、 タイ語、中国語、ベトナム語、インドネシア語、スペイン語など多言語に対応し、 海外の工場拠点とも連携できるようにしている。日本企業の海外拠点も同じように設備の老朽化問題を抱えている。同社のサービスはまず、スマホで補修部品を撮影して登録してQRコードで簡単に管理できる使いやすさが特徴であり、海外の企業も顧客として開拓していく。
小林氏のモノづくり人生の原点 伊藤製作所のフィリピン工場での驚き
世界も舞台に事業を拡大するKAMAMESHIの仲間たちには共通点がある。それはモノづくりへ熱い思いだ。小林氏にしても自らについて「エリートなんかではなく、モノづくりの大好きな泥臭い叩き上げだ」という。高校までサッカーに熱中して志望大学には入れなかった。トヨタ自動車で技術開発を担った厳格な父から許されず、中京大学経営学部に入った。ただ、中京大が打ち出した実学教育プログラムで、師と仰ぐ精密金型大手、伊藤製作所の伊藤澄夫会長に出会う。伊藤氏は金型大手でいち早くフィリピンでの海外生産を成功させ、「モノづくりは人づくり」を実践する経営者として知られる。
小林氏が大学1年生の春休みに訪問した伊藤製作所のフィリピン工場で現地のフィリピン人従業員が家族のように大切にされ、日本の熟練技術者のように活躍している姿を見て本当に驚き、そして感動したという。経営学部で多くの経営者をインタビューして多くを学んで首席で卒業した小林氏は伊藤製作所の入社を考えたが、伊藤会長は「ものづくりの現場の大切さを忘れず、大きな舞台で活躍しなさい」と言われた。小林氏の就職活動は08年秋のリーマンショック直後で日鉄の文系総合職の採用枠は45人だけだった。それでも中京大出身で初めて大卒総合職で採用された。伊藤会長から学んだモノづくりへの強い思いと行動力が評価されてのことだ。
ビジョナリーな風土と暗闇に漕ぎ出す挑戦心を受け継ぐ
同じく創業メンバーである五十鈴グループの吉尾氏も工場の叩き上げだ。薫陶を受けたのは鋼板加工業界で長年、リーダ―として活躍した2代目社長の鈴木貴士顧問だ。鈴木氏は創業40周年の92年に社長に就任してから、「気分よく働けて、業績が良く、自己成長できるビジョナリーカンパニー」を掲げ、様々な改革に取り組んで成果を出してきた。吉尾氏をシリコンバレーに送り出してくれた。吉尾氏が大切にする「現場の社員が生き生きと働ける」というのは鈴木氏が常に目指してきた姿だ。
酒井氏にしても、浜松ホトニクスの中興の祖であり、未知の技術への挑戦を大切にした晝間輝夫元社長から多くを学んだ。「闇夜の海に一人でボートを漕ぎ出せ」という至言こそが輝夫イズムであり、酒井氏も愛着のある古巣を離れて新たな挑戦をすることにした。
一ノ瀬氏が日鉄を辞めたのも、日本のモノづくりを担う技術者として新たな挑戦をしたかったからだ。「電気系設備の保全はすでにやり尽くしたと感じたし、製鉄所には少ないロボットとかをもっと勉強したかった。KAMAMESHIを通して、様々な分野で仕事の領域を広げて、自分のスキルを高めていきたい」という。一ノ瀬氏はエンジニアとして、どこまでもどん欲な姿勢を貫いている。
日鉄会長と交わした約束 日本の製造業復権への貢献
これからKAMAMESHIはどうなっていくのか。起業を後押しした日鉄の橋本社長は24年に会長兼CEOとなった。当時から小林氏が橋本氏に約束していたのは、「日本の製造業復権に貢献していくこと」である。今年1月には橋本氏からは「グローバルな視座を持ちながら、KAMAMESHIが求められる本質的な価値を磨き、追究し続けることが重要だ」というアドバイスを直に受けた。
小林氏は「日鉄はKAMAMESHIのようなボトムアップの事業アイデアを否定せずに応援し、当初は社内制度もない中で、実現に向けて尽力してもらえた。その懐の深さに心から感謝している。鉄はあらゆるモノづくりの現場で使われている。KAMAMESHIの事業を成長させることは結果的には日鉄や鉄鋼業、そして日本の製造業に大きな意味がある」と語った。
NTPグロースでは審査員から「補修部品の取引という重要なビジネスがなぜ、これまでなかったことが逆に不思議なぐらいだ」との声が出ていた。老朽設備という深刻な課題が放置されてきたのは、誰もが深刻だと思いながらも、打つ手が見いだせなかったからだ。KAMAMESHIはまさに町工場にとって駆け込み寺のような存在になっている。この生まれたばかりのスタートアップが日本の製造業の危機的な状況を変えていけるのか。小林氏が強調するように「モノづくりに情熱を持ち、同じ釜の飯を食べてくれる仲間をどれだけ増やしていけるか」にかかっているといえそうだ。
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