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鹿児島から全国、そして世界へ  産地のデジタル化で目指す水産物流通革命

鹿児島から全国、そして世界へ
産地のデジタル化で目指す水産物流通革命

NIKKEI THE PITCH GROWTH 2025-26 SMBCベンチャーキャピタル賞

日本経済新聞社が主催する「NIKKEI THE PITCH GROWTH(NTPグロース)」の決勝大会でSMBCベンチャーキャピタル賞を受賞したのは、日本の水産業のDXを推進する鹿児島大学発のスタートアップZIFISH(鹿児島市)だった。同社は、漁業従事者の高齢化・気候変動に伴う生態系の変化などの課題に直面する日本の水産業の変革に挑んでいる。すでに鹿児島県の漁業協同組合でのスマート計量システムの実証実験で成果を上げており、全国の漁協での展開を目指している。水産業のプラットフォーマーとしての基盤構築・普及に取り組む同社の挑戦を追った。

水産業の現場を支える デジタル情報プラットフォーム

鹿児島大学水産学部准教授の江幡恵吾氏は、2025年1月に大学発ベンチャーZIFISHを創業した。研究室の学生とともに水産資源についての学術的な研究に取り組む一方で、漁業協同組合(漁協)の関係者の悩みに耳を傾け、水産業の変革に取り組んでいる。

江幡氏は決勝大会のピッチで、「日本の水産物の最大の魅力は多様性にある。しかし水産業の現場の労働力不足は深刻で、水揚げされた魚の流通を担う漁協が仕事を続けることがますます難しくなっている」と業界の課題を語った。

同社が手掛けるのは、産地から消費者を一気通貫につなぐ「水産物流通デジタル情報プラットフォーム」だ。漁協に水揚げされた魚を自動計量・デジタル化し、そのデータを仲買人など流通関係者に提供する。これは水産物流通を大きく変える取り組みだ。「漁協のDXは現場の労働負担の軽減だけでなく、魚の販売価格を高めることにもつながる。漁師の収入増への貢献も期待できる」(江幡氏)

審査員のSMBCベンチャーキャピタル代表取締役社長の佐伯友史氏(左)とZIFISHの江幡恵吾代表取締役CEO
審査員のSMBCベンチャーキャピタル代表取締役社長の佐伯友史氏(左)とZIFISHの江幡恵吾代表取締役CEO

決勝大会の受賞式で江幡氏は「素敵な賞を頂くことができて本当にうれしい。これを励みに鹿児島の仲間たちとさらに頑張りたい。水産業を再生し、皆さんにたっぷりおいしい地魚を食べてもらい、幸せになってもらいたい」と笑顔で語った。

審査員であるSMBCベンチャーキャピタルの佐伯氏は「日本の産業を守っていくためには、現場を守ることが何よりも大切だ。ZIFISHは魚を届ける現場の最前線で働く人たちを支援している。流通改革で革命を起こしてもらいたい」と同社を評価した。

水産物の産地では、同社のシステムはどのように活用されているのだろうか。「水産物流通デジタル情報プラットフォーム」の実証実験が進む鹿児島県の漁協を取材した。

漁協での実証実験開始 スマート計量システムで作業時間が3分の1に

鹿児島市内から車で約2時間――。鹿児島県の高山(こうやま)漁業協同組合(高山漁協)は、鹿児島県東部の志布志湾に面する漁協だ。年間200種類もの魚が水揚げされている。2025年11月から、高山漁協で「水産物流通デジタル情報プラットフォーム」の実証実験が行われている。

日本の漁協では紙の伝票やファクスを使った業務が大半を占め、事務所は注文票など紙の書類の山であふれている。漁協の職員は早朝から、漁師が漁獲した魚の種類や重さなどの記録を手作業で行う。紙の伝票に競り落とした値段を書いた後、データをパソコンに入力。その後も請求や支払いなどの業務に追われる。

江幡氏は「多くの漁協の職員は、朝5時に出勤して競りの準備に忙殺され、退勤できるのは夕方5時ごろだ。休みもほとんどとれずに辞めてしまう職員も多く、採用も難しい。こうした現状を変えたかったし、高山漁協を今後の水産物流通の新たなモデルにしたいと考えた」と振り返る。

高山漁協の谷山浩貴参事(右から2人目)や木原徳彦管理課長(中央)は、ZIFISHの中村氏(右)の支援を受けて現場作業のデジタル化を進めている
高山漁協の谷山浩貴参事(右から2人目)や木原徳彦管理課長(中央)は、ZIFISHの中村氏(右)の支援を受けて現場作業のデジタル化を進めている

高山漁協の谷山氏は「ZIFISHのシステムを活用することで、現場での作業がデジタル化され仕事がしやすくなった」と話す。現在3人の職員が中心となり、競りなどの業務を担っているが、この2年間で2人が定年などで退職した。ZIFISHのシステムがなければ、業務の継続が難しい状況だったという。実際に、魚の計量・伝票作成からデータ入力まで3時間以上かかっていた作業時間を3分の1以下に削減できた。

システム導入を江幡氏や研究室の学生たちと推進しているのが、ZIFISHの取締役COO(最高執行責任者)である中村元氏だ。ソニー出身の中村氏は、デジタルカメラの設計者として大型の開発プロジェクトを担ってきた経験を生かし、ZIFISHのシステムの改善に取り組んでいる。

高山漁協では、谷山氏や木原氏が水揚げされた魚の計量を行う。「魚を専用の計量台に載せると、すぐに画面に重量などが表示される。誰が水揚げしたかはもちろん、タイやタチウオなど全ての魚種を画像データ含めて記録できる。以前は鉛筆で記入していたので、寒い時には書くだけでも大変だった」(木原氏)

自動計量システムで魚を次々と計量し、デジタルデータにしていく
自動計量システムで魚を次々と計量し、デジタルデータにしていく
漁業者が船上で活け締めし、鮮度に徹底的にこだわった極上のアオリイカの情報をタブレットに入力する
漁業者が船上で活け締めし、鮮度に徹底的にこだわった極上のアオリイカの情報をタブレットに入力する

計量が終わった魚は水揚げ順に陳列される。仲買人はそれぞれの魚の競り値を提出して、受付終了後に落札者が決まる。現在は専用タブレットで魚種名を入力しているが、これからはAI画像認識で魚種が自動判別される機能が付加されるため、その判定精度が高まれば、こうした作業すらなくなるという。

木原氏は「豊漁の日は700箱以上の魚が水揚げされるため、手作業は本当に大変だった。漁師や生産者には翌日には代金を振り込んであげたいので、事務作業をその日のうちに終えるように何とかやりきっていた。このシステムはAIが学習してさらに進化するので、これからも使い勝手が良くなるのではないか」と期待を込める。

「黄金のタチウオ」など地魚情報を発信 遠隔地の顧客獲得も

高山漁協では、背びれの部分が金色の「黄金のタチウオ」という人気の魚がよく獲れるという。歯ごたえがあり、高級料亭でも取り扱われるおいしい魚だ。ZIFISHのシステムを使うことで、仲買人の顧客に対しても「黄金のタチウオ」をはじめ水揚げされた魚の情報を朝一番で提供できるようになった。

「仲買人の顧客に対しても水揚げされた魚の情報を朝一番で提供できるため、遠隔地から高値で買いたいという顧客を獲得することができる。高山漁協の良さをアピールしやすくなったし、より消費地のニーズに対応しやすくなった」(江幡氏)

漁協を利用する仲買人は約20人。流通を担う仲買人にとってもDXは多くのメリットがある
漁協を利用する仲買人は約20人。流通を担う仲買人にとってもDXは多くのメリットがある

今後は、仲買人が水揚げされた魚の画像を見ながら競り値を入れることができるシステム開発に取り組む。現地で競りに参加しなくてもリモートで競り落とすことができるようになるため、複数の漁協を担当している仲買人の利便性が高まる。

江幡研究室の大学院生の竹内渓さん(右)と田中寿樹さんは高山漁港でのシステム導入に一緒に取り組んでいる。名物の「黄金のタチウオ」に荷札をつけて、仲買人に競り値を決めてもらう
江幡研究室の大学院生の竹内渓さん(右)と田中寿樹さんは高山漁港でのシステム導入に一緒に取り組んでいる。名物の「黄金のタチウオ」に荷札をつけて、仲買人に競り値を決めてもらう

ZIFISHのシステムは、三重県の外湾漁協や静岡県の南駿河漁協などで試験導入が始まった。大分県や沖縄県などの漁協でも導入に向けた商談が進んでおり、東京・豊洲市場の水産会社も江幡氏のシステムへの関心を高めているという。

魚の状況を全国で把握 資源管理に生かす

地球の温暖化による海水の温度上昇で、世界的な水産物の生態系変化が起きている。「海水の温度上昇により、南方に生息する魚が北上している。私たちのシステムが全国の漁協に広がっていけば、リアルタイムで魚の状況を把握できる」(江幡氏)これにより、漁師は最適な漁法を検討でき、漁協も資源管理にビジネスとして取り組みやすくなる。

ZIFISHはグローバル展開にも動き出している。東南アジア諸国の多くは、水揚げデータ自体が取れていないため資源管理ができないという課題を抱えている。江幡氏は2025年11月にタイ・バンコクで開催された国際会議で同社のシステムを紹介。プーケット漁港での実証実験が始まった。

江幡氏は「世界で水産業の水揚げ金額は60兆円もある。今後ますます資源管理や産地証明が重要になるだろう。世界の水産業の本当の意味でのDXを実現していきたい」と意気込む。

江幡氏(右)はタイのプーケット漁協でも実証実験をしており、海外での事業展開に乗り出している
江幡氏(右)はタイのプーケット漁協でも実証実験をしており、海外での事業展開に乗り出している

100年後も食卓に地魚を 水産業を強くする基盤の構築目指す

ZIFISHという社名には、日本各地で水揚げされる旬の魅力にあふれた多種多様な「地魚」のへの思いが込められている。日本には約900の漁協があるが、千葉県の銚子漁協などのマグロやカツオといった遠洋漁業を手掛ける大規模な漁協は一部に過ぎない。ほとんどは漁港の近くで漁獲される地魚を取り扱う小規模な組織であり、少子高齢化による人手不足で合併・再編が進んだり、業務の継続が難しくなっている。

とりわけ、地魚の目利きで流通のキーマンである仲買人のDXが重要だという。中村氏は、「多様性こそが日本の漁業の強さで、和食の文化の奥深さを生み出している。若い人たちが、地元の魚を皆さんに届ける漁協や仲買人の仕事にやりがいを持って働ける職場にしていきたい」と話す。

江幡氏や中村氏のもとには、離島の漁協からの協力要請が相次いでいるそうだ。こうした漁協は消費地から遠く、顧客の確保が難しい。離島ならではの珍しくておいしい魚も買い手がなかなか見つからず、安い浜値で販売するしかなくなる。高山漁協での実証実験の成果は、こうした多くの漁協にとって解決への光明となるだろう。

「100年後の日本の食卓にも当たり前のようにおいしい地魚が並ぶように、システムの改善と普及に取り組んでいきたい。私たちが目指しているのは、水産業全体に関わるプラットフォームの基盤となるOSの構築だ。その上に新たなサービスを加えていき、もっと水産業を強くしていきたい」(江幡氏)

産地発の水産物流通革命に向けた同社の取り組みは、国内外で確かな広がりを見せている。

Open Innovation Festivalのステージで、ZIFISHの水産物流通DXについてピッチをする江幡代表取締役CEO