NIKKEI THE PITCHスタートアップ/アトツギベンチャー/
ソーシャルビジネス起業家/学生
支援プロジェクト

  • ホーム
  • ライブラリー
  • 「遠隔ICU」の世界展開に弾み 経営人材獲得も グロース受賞企業 それからの物語(下)
「遠隔ICU」の世界展開に弾み 経営人材獲得も グロース受賞企業 それからの物語(下)

日本経済新聞社が全国の有望なスタートアップやアトツギベンチャーなどを支援する「NIKKEI THE PITCH GROWTH(NTPグロース)」では今年3月の決勝大会で数多くの受賞企業が決まった。第1回大会でグランプリに輝いた横浜市立大学発ベンチャーのCROSS SYNC(クロスシンク、横浜市)など受賞企業では経営人材の採用などにつながり、今後の事業展開に弾みがついたケースも多かった。NTPグロースは来年3月に2回目となる全国大会が開かれ、現在エントリーを受け付けている。大会出場を考えているスタートアップやアトツギベンチャーに向けて、グロース受賞企業の「それからの物語」を紹介する。

お申し込みはこちら ※2025年9⽉5日(金)応募締切
グロース受賞企業

グランプリのクロスシンク CFOなど幹部人材の採用に弾み

「グランプリを受賞したことで必要だった人材の採用ができ、社内のモチベーションもすごく高まった」―――。グランプリを獲得したクロスシンクの高木俊介代表取締役はこう指摘した。同社は遠隔集中治療室(ICU)技術で世界から注目されている。創業者の高木氏は横浜市立大学附属病院で集中治療部長を務めており、過酷とされるICUの現場で長く奮闘してきた。こうした経験を生かして開発した遠隔ICUシステム「iBSEN DX(イプセン ディーエックス)」は青森県などで導入が進んでいる。医療の世界を大きく進化させつつあり、それがグランプリに輝いた理由だった。

高木氏がグランプリ獲得の効果としてまず指摘したのは「経営の中枢を担えるCFO(最高財務責任者)のほか、営業などでも優秀な人材の採用ができた」ことだった。

JSTの文部科学大臣賞でもNTP効果

また、文部科学省所管の科学技術振興機構(JST)の「大学発ベンチャー表彰2025」でも8月21日に文部科学大臣賞の受賞が発表された。これもディープテック関連のスタートアップとして高く評価される賞だ。高木氏は「日経の(NTPグロースの)決勝大会でのプレゼン資料をさらにブラッシュアップして発表できたことで、ここでも素晴らしい賞を頂くことができた」と振り返る。

高木氏がNTPグロースやJSTにエントリーしたのは、クロスシンクの世界展開を見据えて何よりも重要な人材の確保につなげたいとの思いからだ。経済産業省の「グローバルサウス未来志向型共創等事業」として支援を受け、まずベトナムでの遠隔ICUシステムの導入に動いている。高木氏は現地に飛んで、ハノイ医科大学など有力医療機関を訪れて交渉してきた。早ければ、10月にも導入が決まる見通しだ。インドからの引き合いもきている。

高木氏にとって創業の原点は「防ぐことのできる死をゼロにしたい」という思いだった。「超高齢化社会で医師不足に直面する日本で作り上げた遠隔ICUというテクノロジーを海外でも使ってもらい、救える命を確実に救ってほしい」という。高木氏の思いを実現していくカギこそ「熱量のある人材をどれだけたくさん仲間にできるか」だった。この意味で、グランプリ獲得が非常に効果的だった。

準グランプリのトリニティ 会社の知名度向上に寄与

準グランプリと、「レオス・キャピタルワークス賞」に輝いたのは高齢者向けの資産管理・承継領域のサービスで急成長するトリニティ・テクノロジー(東京・港)だった。同社を2020年に創業した磨和寛代表取締役は今回の受賞の効果について「日経新聞のピッチでの受賞は価値が高い。金融機関が主催するイベントなどにも参加でき、知名度向上などにつながっている」と語った。

磨代表取締役は7月9日に東京・羽田で開かれたきらぼし銀行などのビジネスイベントにも登壇した。NTPグロースでも注目された首都圏の12社が選ばれて登壇でき、金融機関など投資関係者が数多く集まった。磨代表は「日本における超高齢社会の課題を解決し、ずっと安心の世界を作っていきたい」と語った。同社は業績が好調であり、NTPでの準グランプリ獲得による知名度向上もあり、優秀な人材の採用も容易になっているという。

NTPグロースで準グランプリのトリニティの磨代表はNTPグロースに協賛する金融機関のイベントなどにも登壇して、事業拡大につなげている。
NTPグロースで準グランプリのトリニティの磨代表はNTPグロースに協賛する金融機関のイベントなどにも登壇して、事業拡大につなげている。

トムシ 自治体と連携強化 海外展開も加速

カブトムシの驚くべき能力を使い循環経済型ビジネスの世界展開に挑むトムシ(秋田県大館市)も決勝大会で「SMBCベンチャーキャピタル賞」に輝き、ビジネス面で追い風になったという。トムシの宮内聖取締役COO(最高執行責任者)は「カブトムシを水産物の飼料に加工する工場の建設に加え、海外展開でも具体的な案件が進み始めている」と語る。

受賞を聞いてすぐに動いたのは企業誘致に熱心な北九州市であり、武内和久市長だった。トムシはカブトムシを乾燥させ水産物の飼料用に加工する工場の建設を検討しているが、北九州市が工場建設の支援を申し出て交渉が進んでいる。武内市長は宮内COOをタイのバンコク市で6月末に開かれた大型ビジネスイベントにも誘った。北九州市の産業振興に向けてタイ市場の開拓などのためだ。宮内COOはプレゼンでカブトムシに生ごみなどを食べてもらい処理する循環型ビジネスなどを紹介したところ、現地の小売大手などから提携の申し出が相次いだ。

京都市で7月初めに開かれたスタートアップイベント「IVS2025」でも宮内COO(左)が説明役を務めたトムシのブースは賑わった。
京都市で7月初めに開かれたスタートアップイベント「IVS2025」でも宮内COO(左)が説明役を務めたトムシのブースは賑わった。

トムシは石田陽佑最高経営責任者(CEO)が故郷の秋田県大館市で祖父母に借りたわずかな資金を元手に起業し、順調に事業を拡大している。生ごみ処理なども各地の農家などとの連携を巧みに進めて、地方での雇用創出などにもつなげている。野村證券出身で国内外での事業開発を担う宮内氏は7月初めに京都市で開かれたスタートアップイベント「IVS2025」でも説明役となりブースは大賑わいだった。「ピッチへの登壇はNTPグロースの受賞で一つの区切り。すでに事業は本格的に拡大しており、営業利益で20億円~30億円を稼げるような会社を目指したい」と指摘する。

サリバテック 社員の士気向上効果大きく 世界のピッチ大会には進出

決勝大会に進出していなくても世界で注目されている企業も多い。例えば、唾液でがんのリスクを評価できる「サリバチェッカー」を実用化したサリバテック(山形県鶴岡市)だ。創業者の砂村眞琴代表取締役は東北大学医学部ですい臓がんの専門家として長く活躍した。東北ブロックはトムシなど有力企業も多く激戦区の一つであり、決勝には進出していないが、プレゼンの視聴者が選ぶ「オーディエンス賞」を獲得した。砂村氏はNTPのメディアパートナーだった河北新報社から誘われて出場した。砂村氏は「今回の受賞で社員の士気が高まった。私たちがやっていることが本当に社会から認められていることに改めて気づくことができた」と語る。

砂村氏は唾液でがんのリスクを評価できるサリバチェッカーを海外にも普及させようとしている。
砂村氏は唾液でがんのリスクを評価できるサリバチェッカーを海外にも普及させようとしている。

砂村氏は今年2月末に東京で開かれた世界的なスタートアップのコンテストである「Extreme Tech Challenge(XTC)」の日本大会で優勝し、11月に米サンフランシスコで開かれる世界大会に進出する。「サリバチェッカーは26年初めにはヒトの唾液を常温で運んで、がんのリスクを把握できるようになる。海外展開も容易になるだけに、世界大会への出場は米国の投資家や事業提携先と協議する機会にしたい」という。

現在は、インドやスリランカでもサリバチェッカーの市場調査を商社とともに進めている。アジアで実績を出して、米国での事業展開に乗り出す考えだ。提携先は砂村氏と関係の深いMDアンダーソンを将来的な一つの可能性として見据え、研究を計画している。MDアンダーソンはテキサス州ヒューストン市にあり、世界屈指のがん治療の研究・臨床拠点だ。

砂村氏はすい臓がんで亡くなった数多くの患者たちを目の当たりにして、「もっと早く発見できれば、救える命があった」と思い、サリバテックを創業し慶応義塾大学先端生命科学研究所とともに開発を進めてきた。検体の唾液を冷凍ではなく、常温で輸送できれば、薬局など多くの拠点で使ってもらえるようになるし、海外でも早期発見で完治を目指せるようになる。砂村氏が描いたがんの早期発見を世界で広げていくことになる。

NTPグロースの全国大会でオーディエンス賞を獲得した日本バイオテック(沖縄県糸満市)もメディアパートナーである琉球新報から声をかけられた。沖縄県産の海ぶどうを「グリーンキャビア」として世界で市場を広げているからだ。同社の山城由希社長は「全国大会で受賞したことでメディアの取材も増え、会社の知名度が非常に高まってよかった」と語る。

地区大会での授賞でも 「いいね」が200件

at Forestの小池氏は千葉県南房総市でも循環葬を開始。近畿ブロックでSMBCVC賞を獲得した効果が事業面で大きなプラスになったと語っている。
at Forestの小池氏は千葉県南房総市でも循環葬を開始。近畿ブロックでSMBCVC賞を獲得した効果が事業面で大きなプラスになったと語っている。

各地で開催されたブロック大会での受賞もビジネス拡大の追い風になっている。例えば、近畿ブロックで「SMBCベンチャーキャピタル賞」を獲得した神戸市のat FORESTだ。同社は23年7月から、大阪府北摂にある日蓮宗の霊場、能勢妙見山の森林に「循環葬」を展開している。今年1月末に受賞が発表され、同社の代表取締役である小池友紀氏がSNSにあげたところ、すぐに200件近い「いいね」がついた。「投資家からの注目が高まったことに加え、循環葬の申し込みが2倍の100件になったのも受賞効果があった」(小池氏)という。創業当初に出資してくれた有力VCのヘッドラインアジアの西島伊佐武アソシエイトは「循環葬は観光ビジネスとしての要素もあり、新しいビジネスとして大きな可能性がある」と指摘する。

同社は8月に関東でも循環葬の事業を始める。千葉県南房総市にある創建1300年の真野寺と契約した。関東からすでに数百件の問い合わせがきている。循環葬は墓石もなく、文字通り自然に還ることができる。契約者のほとんどが生前契約だ。長年放置されていた寺院所有の森を整え、自らが埋葬される森林を生前から訪れて静かな時間を楽しむことができるようにした。

同社は契約者のインタビューに力を入れ、それを動画としてYOUTUBEに流しており、口コミで顧客が広がっている。これは創業初期に知り合ったSMBCベンチャーキャピタルの関西投資営業部の川戸啓太氏による「どんな方が興味を持つのか、顧客のことが知りたい」という言葉を受けて取り組んできたことだ。

同じく近畿ブロック大会でT&D保険グループ賞を獲得したAC Biode(エーシーバイオード、京都市)も事業拡大につながっている。同社は混合廃プラスチックや有機廃棄物を水素などに転換する触媒技術が強みだ。久保直嗣社長は「NTPの受賞により会社の注目度が一段と高まり、海外の2社と具体的な商談が進んでいる」という。

同社は独ボッシュなど世界の有力企業とリサイクルの研究を進めている。久保社長は「私たちの触媒は低温で廃棄物を分解でき、汎用のリアクターを使えば設備投資を抑えられ、多くの市場で商業化できる」と語る。日本が強みとする環境分野のディープテック企業として着実に成長している。

各地の金融機関もNTPで取引先を後押し

きらぼし銀行はNTPと協力して、スタートアップの育成に力を入れている。開催するビジネスイベントではアグロルーデンスの佐賀代表取締役がNTP決勝進出企業として登壇した。
きらぼし銀行はNTPと協力して、スタートアップの育成に力を入れている。開催するビジネスイベントではアグロルーデンスの佐賀代表取締役がNTP決勝進出企業として登壇した。

NTPでは各地の金融機関もエリアパートナーとして連携し、創業初期のスタートアップの有望株を掘り起こしにもつながっている。

例えば、きらぼし銀行が推薦したうちの一社であるアグロルーデンスはNTPの決勝大会に進出した。同社の佐賀清崇代表取締役は東京大学大学院農学生命科学研究科の助教などを務めたバイオの専門家だ。独自の発酵技術で米と麹(こうじ)菌から作った「マイコプロテイン」は代替肉としてだけでなく、航空機向けのバイオ燃料向けとして注目されている。佐賀氏は「NTPの決勝に進出したことで、社員のほか、協業先の担当者も喜んでくれた」と振り返る。

同社を支援するきらぼし銀行の星義明SS(Start-up Studio)部長は「イノベーションを追求するスタートアップがユニコーン企業へと成長するために伴走していく。それが東京圏にある地域金融グループとしての使命」と指摘し、NTPグロースと連携してアグロルーデンスのようなスタートアップ支援に一段と注力していく考えだ。