日本経済新聞社は7月23日、広島市内のコンベンションホールで全国の有望な起業家を応援する「NIKKEI THE PITCH(NTP)」プロジェクトの勉強会&交流会を開催した。NTPのメーンイベントであるピッチ大会の決勝に出場した若手起業家のほか、地域課題の解決で野心的に挑んで高く評価されるローカルゼブラの経営者らの論客が勢ぞろいした。第2部構成のトークセッションでは、Z世代による社会起業の実践や、地域で挑むローカルゼブラ企業のソーシャルインパクトなどをテーマについて幅広く議論し、人口減少や高齢化などの課題の解決に向けて斬新な取り組みが紹介された。
今回のイベントでは、経済産業省中国経済産業局の協力で開かれた。中国経済産業局は四国経済産業局などと連携し、有望なスタートアップを支援する「J-Startup WEST」プロジェクトを進めている。中国経済産業局の阿比留彩子地域経済部次長は「少子化や高齢化により地域課題が複雑になるなか、社会インパクトの創出という視点を大切にして支援している」と指摘した。中四国ではすでに合計で53社が支援先として選ばれ、270を超える企業などがサポート役となっており、成果が着実に出ている。
NTPでは国内最大級のピッチイベントとして、スタートアップとアトツギベンチャーを対象とした「NTP GROWTH(NTPグロース)」と、社会起業家向けの「NTP SOCIAL(NTPソーシャル)」の受付を開始(締切日は9月5日)している。今年のNTPグロースは11月26日に岡山市内で西日本地区の3ブロック予選(関西、中四国、九州・沖縄)が開催されることになり、地元である中四国では例年以上に多くの起業家のエントリーが見込まれていることもあり、NTPのイベントも会場が満員になり盛況だった。
トークセッション第一部「Z世代のソーシャルアクション~共感から価値へ」
第一部トークセッションではまず、産後鬱の解消のために赤ちゃんの泣き声で感情を把握できるアプリを開発したクロスメディスンの中井代表取締役が医学部学生時代に起業を志した理由について説明した。
医学部生として起業
「病院で患者を救う以上に大切」
この日のイベントの第一部ではNTPソーシャルなどで数多くの若手起業家を育ててきた慶應義塾大学大学院の横田浩一特任教授がモデレーターとなり、4人の若手起業家らとセッションをした。この日の冒頭では、産後鬱を解消するアプリを開発するクロスメディスン(徳島市)の中井洸我代表取締役がプレゼンした。中井氏は2000年生まれであり、Z世代のど真ん中だ。徳島大学医学部生時代の2022年にクロスメディスンを創業した。昨年開かれたNTPグロースの中四国ブロック大会でSMBCベンチャーキャピタル賞やレオスキャピタルワークス賞などを獲得し、決勝大会にも進出している。
中井氏は米スタンフォード大学留学経験もある研究者ながら起業したことについて「産後鬱での自殺という問題は病院で患者さんを救う以上に自分が取り組まなければならない大切なことだと思ったからだ」と語った。同社の主力アプリである「あわベビ」は大量に収集した赤ちゃんの泣き声データをAI(人工知能)で解析し、泣いている感情を推定し対処法も教えてくれるため、利用者が増えている。
中井氏は医学部生時代から産後鬱を解決するために中高生たちと学生団体と立ち上げて学校の授業で使える産後鬱対策の教材も開発してきた。学生時代から社会課題解決への意識が高かった。今年春に医学部卒業し今も研究者でありながら、クロスメディスンの経営にも注力するのはスタートアップを通じてこそ社会課題を効果的に解決できるとの思いからだ。
お祭りには日本を元気に
「見るよりも参加することに魅力」
中井氏と同じく大学生時代に社会課題と向き合う起業家が広島大学3年生の片桐萌絵氏だ。23年に立ち上げた地域団体、とらでぃっしゅ(東広島市)は過疎化などで減少する各地のお祭りを支援する。片桐代表は「日本全国では過疎化などで、お祭りが減っている。最近10年で26%もなくなったというデータもある。お祭りには日本を元気にする力があるのだから、私たちが専門コンサルタントとして支援していきたい」と語る。
片桐氏はまず、広島県内で4つのお祭りを支援している。地元でなくても、お祭りの準備から関わる担い手になりたい人に参加費を支払ってもらったり、企業の協賛金を集めたりしている。例えば、7月に開かれた三津祇園祭(東広島市安芸津町)では地域以外から60人程度を集めて、担い手が120人と2倍に増やした。このお祭りは江戸時代から継承され、疫病退散を願ってまちを練り歩く大名行列が有名で、槍を持ったりして行列に加わって盛り上げた。「海外のインバウンドの方も含めて、お祭りは見るだけでなく、地域の一員として参加することに魅力がある。全国で活動の輪を広げていきたい」(片桐代表)という。
NTPで起業を決意
「後悔しない人生の決断ができた」
今回の登壇者で異彩を放ったのは、ビジネスマンの職場うつを防ぐアサーション研修などを手掛ける株式会社らしく(愛知県北名古屋市)を7月に創業したばかりの石神愛奈代表取締役だ。名古屋大学卒業後に国家資格の作業療法士として精神科の病院で働いていたが、「職場うつの治療より、予防こそ必要だ」として起業を決めた。自己表現をうまくできるようになる「アサーション研修」が評価され、すでに食品大手などでも採用されている。
石神代表は24年8月、日経新聞主催の「NIKKEI THE PITCH」プロジェクトで若い社会起業家を育てる「ソーシャルビジネススクール」があることを知り、すぐに申し込んで選ばれた。ビジネススクールはレオスキャピタルワークスの藤野英人社長や東京大学の鈴木寛教授がスペシャルアドバイザーであり、横田特任教授が合宿を含めたプログラムを組んで、数多くのメンターたちが受講生に接して的確なアドバイスや実際に起業の後押しをしている。石神代表も横田教授に壁打ちを手伝ってもらい、企業向けにアサーション研修をする経験を積むこともできた。
石神氏はZ世代の26歳であり、若いビジネスパーソンの気持ちに寄り添った研修やコンサルを目指している。「SNSで自分を常に表現してきたZ世代は職場で適切に意見をし、管理職はZ世代が発言しやすい環境を用意して耳を傾けることが大切だ。お互いを思いやる心をもって、コミュニケーションをとることが、職場うつを予防する風土づくりにつながる」という。
石神氏は「自分が本当に起業するとは1年前には夢にも思わなかった。横田先生ら多くの出会いがなければ、結婚して子供を産んで、若いころには社会を変えたいと起業したかったなあと振り返ったかもしれない。ただ、自分の人生で後悔しない決断ができた。迷っているなら、日経のソーシャルビジネススクールに応募したりして、挑戦してみてほしい」と語る。
離島の高校で課題解決
若者の政治参加こそ必要
もう一人の登壇者は、長崎大学1年生の中島陽菜氏だ。今年5月に全国の大学生・高校生5人と若者の政治参加を促す学生団体「政治のはじめ場所」を立ち上げ、7月の参議院選挙でもインスタグラムを通じて各政党の政策などを若者目線でまとめて発信している。中島氏は「政治を堅苦しいものととらえず、友達と気軽に話せるような社会にしていきたい」と語る。
中島氏は福岡県出身ながら、瀬戸内海の離島である大崎上島の広島県立大崎海星高校に進学し、様々な地域課題解決プロジェクトに関わってきた。大学進学後に若者の政治参画をテーマにしたのも、「将来的に大崎上島の町政に携わりたい」という目標を見据えていることと、高校時代に経験したように若者が社会を変える大きな力を持っていることを痛感したからだ。
人生100年時代
学生時代の起業を成長のステップに
モデレーターを務めた横田特任教授はZ世代の若者による社会課題の解決を目指した起業を強く後押ししている。全国の起業家志望で意識の高い大学生らが参加する勉強会、通称「横田ゼミ」を主宰しており、実は中島氏も横田ゼミ生の一人だ。中田氏が横田ゼミを知ったきっかけは、高校生の時に「トビタテ!留学JAPAN」の高校生コースに参加し、スウェーデンに留学した。その研修会で出会った高校生に横田特任教授の高校生版ゼミを紹介してもらったからだ。「横田ゼミではメンバーのスキルが高く、刺激を受ける。自分も負けてられない、自分の得意をもっと磨こうと思える」という。
横田特任教授は、大学に入ってきた1年生にも、まず起業を考えたらどうかとアドバイスしているという。それは「人生は100年。このうちキャリア人生が80年なら、学生時代の起業は一つのステップであり、大きく成長できるチャンスになるからだ」という。横田特任教授はNTPのソーシャルビジネススクールについて「今年は受講者をもっと増やし、より多くの若手起業家の育成につなげたいので、ぜひ応募してほしい」と語っている。
トークセッション第二部「ローカルゼブラの時代~地域で挑む社会起業家たち」
トークセッションの第二部では地域に根差した課題を解決するローカルゼブラ企業の役割が議論の中心となった。政府も地方創生の担い手としてユニコーンだけでなく、ローカルゼブラの支援を強く打ち出している。この分野で屈指の論客たちが語り合った。
地域の人材を生かすのは地元の中小企業の強み
本社(京都市)の岡村充泰社長は「地方の活性化には地域で社会的な使命を担う中小企業がより重要だ。人材の個性や多様性を活用し、地元に根付いた事業を長期的な視野で展開できるからだ」と強調した。
岡村社長はローカルゼブラの先駆的な経営者として知られる。22年には京都府北部丹後エリアの与謝野町にあった老舗料亭をイノベーション拠点「ATARIYA」に整備した。ウエダ本社の強みであるオフィスづくりのノウハウを生かし、地元の中小企業と、他の地域の起業家らが交流し、丹後ちりめんなど伝統産業を生かした様々な事業を生み出している。こうした取り組みが評価され、北海道厚真町など数多くの自治体からの要請を受けて地域のローカルベンチャーを育成する支援事業も展開している。
世界遺産の街でも危機感
暮らしやすさで外部人材の力も活用
石見銀山群言堂グループの松場忠社長も、ローカルゼブラの経営者として手腕が高く評価されてきた。世界遺産の石見銀山のある島根県大田市大森町は人口400人の過疎の村ながら、オーバーツーリズムなどの課題にも直面してきた。松場社長は婿養子の二代目経営者として、地域の伝統工芸の力を生かした魅力ある衣料品や生活雑貨を「群言堂」ブランドで販売拡大している。地元では地域一体型経営をテーマに社団法人を立ち上げて、行政などとともに暮らしやすい街づくりを進めている。
松場社長は「世界遺産のある大田市とはいえきちんと手を打たなければ、人口が減少して財政が成り立たなくなりかねない。こうした地方に共通する課題を解決するには地域の事業者が地元の強みを生かしてしっかり稼ぐとともに、行政とも連携して魅力ある街づくりをして移住者を呼び込むことが欠かせない」と強調する。松場社長は大森町の古民家などを改修し 武家屋敷などを改修し、中長期の滞在が可能な宿泊施設を開業するなどして、地域外の有望な人材を集められるようにしており、ローカルゼブラによる地域活性化のモデルになっている。
訪問看護師不足を解消
在宅療養者に幸せな暮らしを
訪問看護師不足を解消するためのアプリサービス「chokowa(チョコワ)」を開発、運営する岡山市のCone・Xi(コネクシー)の創業者である髙木大地代表取締役も地域の課題を地域で解決するモデルを示してきた。髙木氏は看護師として、「最期を在宅で迎えたい」という想いのある方の終末医療の課題を目の当たりにした。日本は海外と比べて訪問看護師が患者1000人に対して0.4人と極めて少ない。出産や育児で働けない看護師が、自由に時間を選んで近くで働けるようにマッチングしたのがチョコワのサービスであり、全国に広がっている。
髙木氏の取り組みとして注目されるのが、地域で一丸となり、高齢者ら在宅療養者をより幸せにすることだ。訪問看護師を増やすことで、在宅療養者の様々なニーズが分かるようになる。髙木氏は「久しぶりに海に行ってみたいとかいう声があれば、地元の企業や、学生の力を借りて介護における一時的な休息であるレスパイトに繋げることが可能だ。ソーシャルなビジネスとして起業のチャンスも生まれる」と指摘した。
モデレーターを務めた経済産業省中国経済産業局の仲田亮早期企画部企画調査課係長は「経済産業省として経済成長だけでなく、社会がより豊かになり、課題が解決されたりすることも重要な仕事になっている」とし、「経済性と社会性をきちんと両立させ、地域の力を合わせて、課題解決からビジネスを見出せるように支援していきたい」と締めくくった。
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