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NIKKEI THE PITCH GROWTH ブロック大会 受賞企業の横顔【3】ディープテック編
マテリアルゲートの中野氏(左)は究極の省エネ半導体の実用化には日本が強い材料の技術革新が必要だと指摘している

深刻な電力不足へ究極の省エネ半導体 日本の材料技術で未来の扉を開きたい

「AIの普及により世界的に深刻な電力不足が起きかねない。抜本的な解決策として、大幅に消費電力を減らせる次世代半導体メモリーを実用化することが必要だ。私たちが社名に込めた想いだが、日本の強みのマテリアル、つまり材料の技術を生かして未来への門を開いていきたい」。レオス・キャピタルワークス賞を獲得した広島大学発ベンチャー、マテリアルゲート(広島県東広島市)の創業者である中野佑紀代表取締役はこう強調した。

中野氏は半導体メモリーの常識を変える「単分子誘電体」という材料を発明した広島大学の西原禎文教授の研究室出身だ。2013年に大学卒業後に関西の化学メーカーの研究者となったが、23年にマテリアルゲートを創業した。単分子誘電体という材料が世界を大きく変える可能性があることを強く感じたからだ。

AIの普及で巨大なデータセンターの建設ラッシュが起きており、2050年に向けて電力需要が4000倍ぐらいになるとされる。データセンターでは心臓部のCPUと複数のメモリーでの演算やデータのやり取りのほか、冷却に膨大な電力が使われる。究極の半導体の材料の1つとして単分子誘電体が注目されている。

単分子誘電体で1000倍の微細化が可能 データセンターの消費電力削減

現在の半導体メモリーではデータを蓄えるキャパシターという中核部分にシリコン酸化膜などの無機質の強誘電体が用いられている。一方、西原教授の単分子誘電体はリンやタングステンなどから構成される分子で、低消費電力効果の高い強誘電性を示し、かつ従来の強誘電体の1000倍も微細化できるという。CPUと、大量のデータ格納ができるメモリーをワンチップにして高速処理かつ低消費電力につながる「インメモリーコンピューティング」という新たな世界の扉を開く技術になる可能性がある。

中野氏は「日本の半導体産業は1990年代まで世界を席巻していたが、その後は競争力を失った。ただ、半導体の材料と装置は世界で依然として強さを維持している。材料は日本が技術立国であり続けるために絶対に負けられない分野で、一角を担っていきたい」と語った。

マテリアルゲートの研究拠点には半導体産業で経験豊富な技術者や若手の研究者らがそろっている。COOの伊勢氏(中央右)は銀行出身で、資金調達などで奔走している
マテリアルゲートの研究拠点には半導体産業で経験豊富な技術者や若手の研究者らがそろっている。COOの伊勢氏(中央右)は銀行出身で、資金調達などで奔走している

マテリアルゲートは現在、東広島市にある広大の産学研究施設にある。半導体産業の黄金期を支えたベテランの技術者らを含めて20人程度が集結し、単分子誘電体の試作チップを26年に投入する準備を進めている。単分子誘電体はスマホなどに使われる微細なコンデンサーを一挙に1000分の1程度にまで小型化できる技術でもあり、ここでも事業化を進めている。中野氏は「昨年、京都大学の北川進先生(特別教授)がノーベル化学賞を受賞され、日本の材料の技術力のすごさが改めて世界から評価された。日本のスタートアップでは材料でいかに大きな成果を出せるかが重要だ」と指摘する。

シードラウンドで9億円超の資金確保、レオス賞は大きな励みに

マテリアルゲートでは銀行出身で最高執行責任者(COO)である伊勢賢太郎氏が同社の資本政策に奔走している。2月17日にはシードラウンドとして9億円を超える資金の調達に成功したと発表した。試作チップの実用化に必要な原資は確保できた。「半導体ビジネスは材料の供給でも新規参入が極めて難しい世界だ。着実に成果を出し、この分野で提携先としっかり組むことが欠かせない」(中野氏)という。

伊勢氏は「レオスの藤野英人社長は地域の小さな企業の成長性を見抜いて投資信託に組み込んでいて、目利き力がすごいと銀行員時代から思っていた。レオス賞は大きな励みになるし、会社がしっかり成長できるように取り組みたい」と語った。

グローバル研究チームで挑む光学革命 カテーテルで体内からがん細胞を壊死

ANAXでは桐野氏が超精密加工の専門家で、マイクロレンズアレイに必要な金型などものづくりを強みとしている
ANAXでは桐野氏が超精密加工の専門家で、マイクロレンズアレイに必要な金型などものづくりを強みとしている

マテリアルゲートと同じくレオス賞を獲得したANAX Optics(滋賀県大津市)も日本の先端技術で強みである光学分野で世界を変えるスタートアップとして注目されている。小型で制御性の高い光照射カテーテルを開発し、レーザー光で体深部のがんの腫瘍だけを壊死させる研究も進めている。桐野宙治代表取締役は「こうした夢のような光学技術を実用化するために必要なのは、光を自在に操るマイクロレンズアレイ(MLA)の開発という基盤技術であり、私たちの最大の強みだ」と強調する。MLAとはトンボの複眼のように、小さなレンズを数多く組み合わせた複眼構造の光学素子だ。通常のカメラなら2次元だが、MLAを搭載するライトフィールドカメラではたくさん焦点があるために3次元の画像としてデータを記録できる。

EUで巨大天体望遠鏡を手掛けたフランス人研究者 光学先進国の日本で起業

MLAには高度な光学設計のほか、量産には金型となる超硬素材の超精密加工が必要だ。金型加工では半導体装置の精密部品などを手掛けてきた桐野氏が多くの知見を持つ。光学設計では数多くの論文を発表してきたフランス人研究者で、慶應義塾大学のアンソニー・ブカン准教授が担う。ブカン氏はANAXの共同創業者で、最高技術責任者(CTO)を務めている。ブカン氏は「ライトフィールドカメラは医療だけでなく、災害や農業などで使われるドローンに搭載したり、航空機エンジンの検査をしたり、様々な新市場を切り開ける」と語った。

ANAXのブカン氏(右)は光学設計分野で多くの研究成果を出しており、現在は慶応大学准教授として次世代の医療機器など新たな用途の開発に取り組んでいる
ANAXのブカン氏(右)は光学設計分野で多くの研究成果を出しており、現在は慶応大学准教授として次世代の医療機器など新たな用途の開発に取り組んでいる

ブカン氏は欧州連合(EU)が進める世界最大規模の天体望遠鏡プロジェクトにも関わった。その後は中部大学で超精密加工の権威だった難波義治教授(当時)に師事し、京大の特任准教授時代に発表した光学設計技術で起業を薦められた。大阪大学と医療機器ベンチャーの経営に関わっていた桐野氏とは旧知の中で、京大で一緒に創業した。慶応大学に移ってからベルギーからの留学生ら海外の研究者も加わっている。

ANAXが手掛けるMLA搭載のライトフィールドカメラは様々な用途で開発が進んでいる。まず実用化が見込めるのは、NEDO(エネルギー・産業技術総合開発機構)から支援を受けている鋳物部品の検査用だ。小さなライトフィールドカメラをロボットアームに取り付けて撮影し、AIも活用して亀裂などの異常を調べる。鋳物は発電用ガスタービンや航空機エンジンのブレードとして使われている。桐野氏は「内視鏡のようにライトフィールドカメラをエンジン中に入れて、破損などをその場でチェックできれば、安全検査もより容易になる」という。

ライトフィールドカメラ搭載のドローン 災害や農業など巨大市場を創造

ドローン搭載のカメラとしても有望だ。カメラのレンズを光学革命とも言われるフィルム状の「メタレンズ」に置き換える開発が進んでいる。桐野氏は「MLAとメタレンズを組み合わせれば、ドローンに搭載するカメラが現在の1キログラムぐらいから、わずか1グラムまで軽量化できる。長い時間の撮影を可能とし、災害現場の状況把握などで役立つ」と指摘する。ライトフィールドカメラで検出する波長を変えることによって、マンゴーの熟れ具合や橋梁の内部の破損なども分かるという。

ブカン氏は慶應義塾大学で理工学部の満倉靖恵教授とも共同で研究している。満倉教授は脳機能の研究で世界から注目される。ブカン氏とは脳深部の海馬に直接光を照射し、うつ病や認知症の治療につなげるオプトジェネティクスの研究を始めている。無限の可能性があるとされる光学分野ではANAXのようなディープテック系のスタートアップが飛躍すれば、新たな未来を切り開ける可能性がある。

「鉄腕アトムより、ドラえもんのひみつ道具を作りたい」

眞部氏は建築現場への深い洞察で、省力化につながる便利なロボットを相次ぎ開発してきた
眞部氏は建築現場への深い洞察で、省力化につながる便利なロボットを相次ぎ開発してきた

「スタートアップではディープテックが注目されているが、大切なのはすごいか、すごくないかではなく、使えるか使えないかだ。技術というものは深く考えて、簡単に使えて便利であるべきだ。鉄腕アトムではなくて、ドラえもんのひみつ道具のようなものを作りたい」。ストライク賞を受賞した建ロボテック(香川県三木町)の眞部達也社長兼最高経営責任者(CEO)はこう強調する。

同社は建設業界向けに現場の負担を大幅に軽減できるロボットを相次ぎ実用化してきた。建築現場で最も過酷とされる鉄筋工事で鉄筋を針金で結束したり、重たい資材などを運搬したりする「トモロボ」シリーズを開発し、国内の建設業界で売り上げ上位50社のほぼすべての現場で使われてきた。現在は、JR東日本など鉄道会社とも保線作業の負担を軽減する新型ロボットの開発をしている。

イタリアンの一流シェフではなく、鉄筋工を選んだ異色経営者

眞部社長は異色の経営者だ。家業は全国に8000社以上ある鉄筋工事会社の一つだが、本人は料理人に憧れて大阪のあべの辻調理学校に入学し、西洋料理を学んで首席で卒業した。イタリアンの一流シェフへの道を歩み始めたが、店を辞めて実家の仕事を手伝い始めた。鉄筋工として2013年まで10年以上も現場で日々、1日2トンの鉄筋を運んで針金で結束する重労働の仕事を続けた。鉄筋は1回で40キロぐらいを肩に担いで現場に持っていき、田植えのように腰を屈めて針金で結びつける作業が多かった。「鉄筋は建築物の要であり、やりがいのある仕事だ。それでも多くの若手がすぐに辞めたり、40歳代の職人が身体を壊して仕事ができなくなったりするのを見るのがつらかった」という。

眞部氏は社長就任後の16年から、鉄筋工事の省力化につながるロボットの開発に取り組み、20年に鉄筋結束ができるロボットの初号機の開発に成功した。自動で走行し、センサーで位置を確認して2秒ぐらいで次々に結束していく。重たい資材などを運ぶための「運搬トモロボ」シリーズも好評であり、いずれも改良を続けている。

眞部氏は「鉄道の保線も夜中に作業をする過酷な仕事であり、現場のヒトに優しいロボットを実用化したい」と語る。鉄道では、電車が走る軌道のレールを安定させるためにバラスト(砕石)がたくさん圧縮して積まれている。新幹線ならほとんどが高架であり、約1キロ間隔で線路に登る階段がある。バラストに圧力をかけて固定するような重たい機械やバラストは現在、作業者たちが人力で持ち上げている。建ロボテックは高架の線路まで階段を上れる運搬ロボットを開発して実証実験を始めている。

残したいのは日本の建設業の熟練技術 中小事業者を大切にしたい

建ロボテックの鉄筋結束トモロボはシンガポールなど海外でも使われている
建ロボテックの鉄筋結束トモロボはシンガポールなど海外でも使われている

眞部氏が最も大切にしているのは「世界から認められる日本の建設技術力を次の時代にも残していく」ことだ。トモロボシリーズを開発して、大手の建設会社から数十台の購入意向があったが、販売しなかった。元請け業者に販売すれば、鉄筋工事を請け負うサブサブコンのような小さな会社の受注額が減りかねないからだ。現在は、改良を重ねている機器を中小の事業者が導入しやすいように必要な時に使えるレンタルモデルにしている。海外からの引き合いも多いが、シンガポールなど人手不足の国での販売にとどめている。

建設業界は深刻な人手不足であり、外国人の技能実習生への依存度が3割と言われている。外国人は定期的に入れ替わるので、日本の建設現場の技能が流出する。一方、日本人の熟練した職人は高齢化で大幅に減っている。眞部氏は「インフラを作る建設業は魅力的な仕事であるはずだ。若い職人が希望を持って働き、手取りも増やすには『現場で使えるロボット』がもっと必要だ。ドラえもんでいえば、タケコプターのようにのび太君でも簡単に使えて便利な道具を増やしていきたい」と語る。

建築物の要である鉄筋の工事はプロの職人なら図面を見て、3次元でイメージして最適な組み合わせ(配筋)をすぐに決めて作業を円滑に進める指示ができる。建設の現場にはこうした熟練技能が数多くあり、日本の職人が継承して磨きをかけていく必要がある。建ロボテックが取り組むロボット技術は、これを可能にするために現場への深い洞察に基づいたディープなテクノロジーだといえそうだ。

NIKKEI THE PITCH GROWTH(グロース)の決勝大会は3月8日に都内で開催される。世界を大きく様変わりさせるディープテック系スタートアップのプレゼンが今年も注目されそうだ。

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