NIKKEI THE PITCH挑戦者と支援者をつなぐ
イノベーション推進プロジェクト

11人のスクール生 その後の物語(上)

NIKKEI THE PITCH SOCIAL BUSINESS SCHOOL最終リポート

11人のスクール生 その後の物語(上)

NIKKEI THE PITCHが取り組む、若手のソーシャル起業家育成プログラム「NIKKEI THE PITCH SOCIAL BUSINESS SCHOOL」。2026年3月7日に都内で開かれた最終プレゼンテーションの舞台には、「社会をよくしたい」という強い思いでビジネスアイデアを磨き続けてきた11人の挑戦者が集まった。スペシャルアドバイザーを務めたレオス・キャピタルワークスの藤野英人代表取締役社長(当時)らから厳しくも温かな助言を受け取った参加者たちは、それぞれの現場で次なる一歩を踏み出している。参加者のその後の挑戦を追った。

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「君でなければできないことは何か」 AIフィットネスへの挑戦
中尾竜也氏

「君でなければできないことは何か」 AIフィットネスへの挑戦 中尾竜也氏

「自分が本当に何をやりたいのか真剣に向き合えたことで、今のビジネスに集中でき、本気で取り組めるようになった。それがスクールに参加して最もよかったことだ」。フィットネスジム向けにAI(人工知能)を活用したトレーニング指導アプリを開発する、バルク・テクノロジーズの中尾竜也代表取締役は、東京大学の本郷キャンパスにあるオフィスでこう語った。

中尾氏は3月に東大法学部を卒業したばかりだが、就職はせずに2月に起業し、今はバルクの経営に専念している。当初は北海道や沖縄での2度の合宿を通じ、最適な栄養管理ができる「食事AIエージェント事業」を考えていた。しかし、藤野氏のアドバイスを受けてプランを抜本的に見直し、3月の最終プレゼンテーションでは、24時間ジムの会員にトレーニング方法をアドバイスするAIアプリ「BULK(バルク)」の事業化に取り組むことを明らかにした。

中尾氏は、「沖縄合宿で藤野さんから『君は本当に何がやりたいのか、君でなければできないことは何かをもっと突き詰めて考えるべきだ』と言われたアドバイスが心に刺さった。それから何冊ものノートに自分の思いを書き込んで考え抜いた結果、誰もが健康であり続けるために体を鍛える、フィットネスを支援したいという核心に行き着いた。おかげで迷いがなくなった」と振り返る。

東大大学院に進学した同級生の友人と共に開発を進めている。ジムに無償で貸し出す専用の三脚にスマートフォンを設置し、トレーニング中の姿を撮影すると、骨格の動きを3次元的にトラッキングしてさまざまなアドバイスが得られる仕組みだ。「『腰を10センチほど落として』『ランニングでは腕の振りをもう少し小さく』といった具体的な指示が出る。ダンベルをたくさん持ち上げたら花火のアニメーションが出るようにするなど、ゲーム要素を取り入れていくこともの強みになると考えている」と話す。

中尾氏は現在、都内の一部のジムで実証実験を進めており、今年夏にもサービスを正式に開始する計画だ。マネタイズはジムの会員に利用料を支払ってもらう形を想定している。ジム側の費用負担はなく、会員の継続率維持につながれば、一挙に顧客を拡大できると見込んでいる。

中尾氏のビジネスは社会的な価値もある。これまでになかったジムでのトレーニングのビッグデータを集積できれば、健康長寿などに寄与する提案ができる可能性があるからだ。中尾氏は「高齢者の方に聞くと、運動はしたいけれどケガが怖いという声が多い。バルクで膨大なデータを集めて科学的に分析すれば、高齢者が運動機能を維持するための提案ができ、それが新たなビジネスになる可能性がある」と展望を語った。

資金調達後も続く学び 事業成長に必要な「チーム」の力
高橋嘉陽氏

金調達後も続く学び 事業成長に必要な「チーム」の力 高橋嘉陽氏

スクール生の中で起業家としてすでに資金調達にも成功し、事業で実績を出しているのが高橋嘉陽氏だ。グローバルで人材採用のマッチングアプリサービス「OSUMI!」を展開するOrwoodの創業者であり、中国の名門・清華大学の大学院生でもある。高橋氏は「3月の最終プレゼン後にも、レオスの関さんらから数多くの重要なアドバイスをもらい、本当にありがたかった」と語る。

「レオスの関さん」とは、レオス・キャピタルワークスの関英恵シニア・ポートフォリオマネージャーのことだ。25年12月末の沖縄合宿では藤野氏に同行し、スクール生らの相談に乗っていた。高橋氏は3月の最終プレゼンで、信頼できる推薦人の紹介を通じて優秀な人材を企業にマッチングするサービスを春には開始する計画を発表していた。すでに20社程度の顧客企業があり、売り上げも立っていたが、「組織づくりや新規事業など、まだ検討すべき課題が多いと気づかされた。関さんには必要な人材の紹介も含めてサポートしてもらい、今年夏には正式にサービスを開始できる見込みだ」と明かす。

高橋氏が取り組むビジネスは、公式推薦人の推薦文をベースにした人材紹介が最大の特徴だ。日本と中国にルーツを持つ同氏は、清華大学の優秀な学生が就職に苦労している姿を見て「日本企業に紹介したい」と考え起業を決意した。まずは日本でビジネスの基盤を固めることが必要だと考えている。現在は日本企業で働く中国人ら50人程度である推薦人を、まずは10倍の500人程度に増やす計画だ。「企業が本当に求めているのは、履歴書や職務経歴書では分からない人柄や人間性。これが伝わる人材紹介には大きなニーズがある。メルカリのようにグローバルで通用するサービスにしたい」と意気込む。

高橋氏ら参加者は、藤野氏からのアドバイスを経営に生かしている
高橋氏ら参加者は、藤野氏からのアドバイスを経営に生かしている

高橋氏の心に残ったレオスの藤野氏のアドバイスは、「戦争が起きたり、AIが飛躍的に進化したりと、取り巻く環境が激変する中では変化への対応力が何よりも重要」ということだ。それゆえ、高橋氏は「ビジネスが成功して売り上げが増えれば良いというわけではない。大切なのは強いチームを作ること。それができれば、仮に今のビジネスがうまくいかなくなっても、新しい挑戦をまた一緒にできる」と前を見据えている。

「子ども食堂」のイメージを覆す 大学生・子どもが地域で交わる居場所づくり
古川陽登氏

「子ども食堂」のイメージを覆す 大学生・子どもが地域で交わる居場所づくり 古川陽登氏

「ビジネススクールに参加したことで、子ども食堂という従来のイメージを覆すことが重要だと思った。中高生も集まれる居心地の良い場所をつくりたい。子ども食堂ではなく、『ゆーすぽっと』という名前で展開することにした」。大学のキャンパスで子どもの居場所を運営するNPO法人「OIKOS(オイコス)」の代表であり、慶應義塾大学経済学部4年の古川陽登氏はこう語った。

古川氏は今回のスクールに参加する前から、OIKOSの代表として東大や慶應など複数の大学のキャンパスを使い、子ども食堂を定期的に開催してきた。こうした実績もあり、当初より事業プランの完成度は高かった。しかし、沖縄合宿で藤野氏から、さらに視座を高めて子どもの居場所はどうあるべきかを考えるように促されたことが、大きな気づきとなったという。

藤野氏が具体例として挙げたのが、長野県小布施町の図書館だった。古川氏はアドバイスを受けてすぐに現地へ足を運んだ。そこは子どもたちがにぎやかに過ごし、高齢者との交流も生まれる空間だった。「大学生と子ども、そして地域の人たちも交えた居場所という考え方が重要だと思った。リラックスして過ごせるようにソファが置かれるなど、さまざまな工夫が施されていた」と振り返る。

さらに藤野氏は「キャンパスの子ども食堂に参加する大学生自身も、人間として成長できる」という価値も提示した。これを受け「ゆーすぽっと」には、子どもの居場所であると同時に、「子どもと関わる若い担い手(大学生)の居場所」でもあるという2つの意義を持たせた。

大学1年時にアフリカをバックパッカーとして旅し、現地で社会課題に挑む日本のソーシャル起業家たちに憧れたという古川氏。今年は大学を休学し、キャンパス内の拠点を年内に20カ所、将来的には300キャンパスへと拡大することを目指し、一気に勝負をかける構えだ。

日本にない「イケてる塾」で子どもの自立心を育む
遠矢勇輝氏

遠矢氏(左)は小川氏(右)とともに子どもたちの自立心を養える塾を運営する
遠矢氏(左)は小川氏(右)とともに子どもたちの自立心を養える塾を運営する

「誰もが生き生きと働くための土台となる学びを提供していきたい。これが社会的に大きな意義のあることだと、スクールに参加して強く実感できた」。発達障害のグレーゾーンとされる子どもたちの学習支援塾「Michibikiゼミ」を主力事業とするHazama(ハザマ)を今年7月に設立した遠矢勇輝氏はこう強調した。

遠矢氏は学生時代から、自身の妹をはじめとするグレーゾーンの子どもたちが既存の教育・福祉制度の狭間で孤立する現状に問題意識を持ち、活動を続けてきた。2025年3月に早稲田大学法学部を卒業後、コンサルティング会社に就職したが、理想の教育現場を形にするため早期に退職。新たな塾の創設へ舵(かじ)を切った。

沖縄合宿での藤野氏からのアドバイスが印象に残っている。「遠矢君が取り組んでいるのはイケてるティーチャーがいる、『イケてる塾』じゃないか。大学生の講師たちが教えることで多くのことに気づかされ、成長できるという価値を訴えるべきだ」という助言だった。この言葉に背中を押された遠矢氏は、自らの教育理念と事業の価値を1万字超の文章にまとめ、ネット上で発信。共感した講師希望者からの応募が相次ぎ、今年度は8人の志高い仲間を講師陣として迎えることに成功した。

現在は、こうした講師が発達特性のある子どもたちの学習を支援するためのアプリ開発にも取り組んでいる。遠矢氏は「アプリを活用できれば、地方でも質の高い学習支援を提供できる。秋田県や宮城県では、すでに実証試験を始めている」と明かす。

これまでの家庭教師型のサービスに加え、今年5月には子どもたちが通える場所も開設した。東京都世田谷区の成城学園前駅近くにある寺子屋スタイルの学習塾「TERAKOYA Seijo」と連携。プランターでの稲作やみそ作りなど、子どもの好奇心を刺激し、自主性を引き出す体験型プログラムを提供している。同塾代表の小川凛氏は「勉強に苦手意識のある子どもたちに寄り添う、遠矢氏の熱意に強く共感した」と語る。

この共創は、不登校問題の解決にも一石を投じる可能性を秘めている。学校で適切な理解や配慮を受けられず、登校が困難になる発達特性の子どもは少なくない。遠矢氏は「小川氏との連携を通じ、単なる成績向上にとどまらず、自分らしい学び方や生き方を見つけてもらいたい。何より大切なのは、子どもたちの自立心を育むことだ」と、事業の真の目的を見据えている。

現役医学生、認知症患者向けアプリで起業 「目の前にいない患者も救う」
松山峻大氏

松山氏(左)は経営コンサル会社出身で滋賀医科大学に編入した廣瀬大悟氏(右)らとともに事業化に取り組んでいる
松山氏(左)は経営コンサル会社出身で滋賀医科大学に編入した廣瀬大悟氏(右)らとともに事業化に取り組んでいる

「外科医として患者の命を救いながら、自分が直接診察しない患者も救える起業家でありたい」認知症の患者との意思疎通支援ツールを開発するMemorial Compass(メモリアルコンパス)の松山峻大氏はこう語った。

松山氏は現在、滋賀医科大学の6年生で、附属病院での研修など多忙な日々を過ごしている。大好きだった祖父が認知症になった経験から、認知症患者と寄り添う家族が意思疎通をスムーズに行えるアプリを開発中だ。これは、認知症患者の表情や発話などをAIで解析し、家族がどのように対応すべきかをアドバイスするツールで、27年の実用化を計画している。

スクールでのつながりは、事業の強力な推進力となった。NIKKEI THE PITCH SOCIAL BUSINESS SCHOOLの総合プロデューサー兼メンターの横田浩一氏が紹介してくれたのは、理化学研究所・認知行動支援技術チームの大武美保子ディレクターだった。同氏は、認知症患者との会話支援を学術的に研究する専門家として知られており、松山氏が取り組む支援ツールと連携できる可能性がある。さらに、横田ゼミのメンバーの紹介により、慶應義塾大学総合政策学部の篠部虹人氏もチームに加わったことで、ペットロボットへの機能搭載も選択肢に入ってきた。

ゼミで講師を務めた神戸大学大学院の栗木契教授からは、兵庫県内の有料老人ホームの紹介を受けた。「施設側から『いつでも実証実験に協力する』との心強い言葉をいただき、ツールの完成度を高める大きな足がかりができた」と松山氏は感謝を口にする。

幼少期に「ブラック・ジャック」に憧れて外科医を志した松山氏だが、同じくゼミ講師であったユーグレナの植村弘子取締役代表執行役員の一言が、もう一つの夢を決定づけた。最終プレゼン後の交流会で「松山さんは、目の前にいない患者も救える存在」と背中を押され、起業家としての決意を固めたという。医療の知見を生かして社会課題に挑む現役医師の起業事例が増える中、松山氏も医療とビジネスの両輪で認知症社会の課題解決に挑む。

松山氏はユーグレナの植村氏(右)から社会を救う起業家としての心構えの大切さを学んだ
松山氏はユーグレナの植村氏(右)から社会を救う起業家としての心構えの大切さを学んだ

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