日本経済新聞社が3月6日に開催した「NIKKEI THE PITCH Challenger(NTPチャレンジャー)」に、SMBCベンチャーキャピタル(SMBCVC)の荒井隆志常務取締役らが登壇した。メイン会場のセッションには、同社の出資先であり対話型音声AIサービスを提供するIVRy(アイブリー、東京・港)と共に登場。大企業とスタートアップのマッチングを成功させるためのポイントについて議論を交わした。別会場ではJERA Ventures代表を交え、スタートアップ投資の転換点をテーマにした意見交換が行われた。
年間300件を超えるマッチングで見えてきた成功の鉄則
SMBCベンチャーキャピタル(SMBCVC)は、スタートアップとその営業先や協業先となる大企業とのマッチングを年間300件以上実施している。マッチングの現場には必ず担当者が立ち会うようにしており、成果を出せるように手厚く支援している。
SMBCVCは、大企業との関係を構築して成長を続けるスタートアップのモデルとして、対話型音声AIサービスを提供するIVRy(アイブリー)を紹介した。セッションでは、マッチングの成功のための3つのキーワードが示された。
顧客となる大企業に驚きを与える
まず挙がったのは、顧客の大企業を驚かせることの重要性だ。SMBCVCの荒井氏は「アイブリーのサービスでは、あたかも人と話しているように対話を進められ、最終的な回答にまで到達できる。実際に担当者がそれに驚いていた。スタートアップはまず、驚きを与えられることが必要だ」と話した。
アイブリーの田井氏は「対話型音声AIサービスは競合会社も多く、大手のエンタープライズのお客さまもこうしたサービスのことをよく知っている。このサービスで課題をどこまで解決できるのか。他社との違いをしっかり見せて、驚いてもらうことが初手として重要だ」と語った。
顧客の課題に寄り添う 営業はユーザーインの発想
マッチングを成功させる2つ目のキーワードは「営業は相手に分かる言葉で」。荒井氏は「スタートアップには技術的に驚きがあるのは良いとしても、大企業の営業ではプロダクトアウトではなく、マーケットインの話し方で対応した方がいい」と語った。
田井氏も「お客様に時間を頂いたら、何を課題にしているのかを徹底的に理解して解決策を提示するようにする。サービスの機能は最後の枝葉の話に過ぎない」と指摘した。
荒井氏は銀行で法人営業を30年以上担当した経歴を持つ。尊敬する経営者から学んだことは「マーケットインではなく、ユーザーインが大切」という教えだという。顧客が抱える細かな課題を掘り起こし、寄り添うこと。アイブリーが重視していることと一致する姿勢だと述べた。
スタートアップの世界観を尊重 ゼロイチから1を100にする連携を実現
3つめのキーワードは、「両者の相互理解」だ。荒井氏は「大企業とスタートアップは異次元空間の住民のように感じられることもあった」としながら、「両者が相互理解で強い関係を築いてこそ、大きな成果を出せる」と指摘した。「スタートアップは決まったサービスをパッケージで提供する業者ではなく、実現したい世界観やミッションがある。大企業にはそこに思いをはせる必要がある。一緒に課題を解決するパートナーとして付き合うと、新しい世界が見えてきます」(荒井氏)
アイブリーのビジョンは「“働くことは、楽しい”を常識に変えていく」。AIなどテクノロジーの力で人の価値を最大限発揮できる環境を創り出し、「働くことは楽しい」を当たり前にしようとしている。田井氏は会社のビジョンを実現するため、短いサイクルでサービスをアップデートし、顧客の小さな課題にも寄り添う機能を増やしている。
モデレーターを務めたSMBCVCの髙橋氏は「大企業にはゼロイチをやっているスタートアップをぜひ見てもらいたい。ゼロイチから、1を100にする連携を一緒に進めることができるはずだ」と締めくくった。
転換点迎えるスタートアップ投資 CVCが進むべき道は
NTPチャレンジャーでは「スタートアップ投資の転換点、IPO市場のルール変更がもたらすリアル」をテーマにしたトークセッションも開かれた。
インパクト・キャピタル(東京・渋谷)の黄春梅代表取締役がモデレーターとなり、SMBCVCの松下克俊執行役員とJERA Venturesの小玉丈代表が議論した。
松下氏は通算で18年間、スタートアップへの投資や経営支援などに関わってきた。小玉氏は三井不動産でコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の立ち上げや運営に関わった後、25年に発電大手JERAに入社。同社CVC事業の代表を務めている。
迅速な意思決定は「多数決」 経営層の関与より権限移譲が重要
SMBCVCの松下氏は「VCの数が増えて案件の獲得競争が激しくなっている。意思決定までの期間を短縮することが必要だ」と指摘した。小玉氏は、迅速な投資決定に向けた具体的な取り組みを説明した。JERAベンチャーズでは小玉氏の入社後、5人の投資委員会による多数決制を採用したという。小玉氏は「(代表である)私に拒否権はなく、3票取ったら勝ちにしている」とし、「仕組みの作り方には各社の文化があり正解はない。意思決定プロセスに経営層を直接関与させるのではなく、権限を委譲してもらうことが必要だ」と指摘した。
投資家としての評価は件数より活動量
投資の成功を判断する基準についても議論が交わされた。小玉氏は三井不動産時代に70社程度に出資し、IPO(新規株式公開)を成功させた実績を持つ。現在は、JERAの奥田久栄社長とも議論しながらCVCの成功の定義の見直しなども検討していると話した。「CVCで仮に利益を上げても、JERAグループ全体の当期純利益への影響は限定的だ。事業部門や関連部門を巻き込み、イノベーションハブとしての役割を模索している」(小玉氏)
SMBCVCの松下氏は「キャピタルゲインの獲得が基本だが、投資件数をKPIに置くのは良くない。投資担当者にやりたい案件に集中してもらう。担当企業のために自発的にどれだけ活動しているかは見ていれば分かるし、それを評価として重視している」と語った。
投資委員会には人事部長 CVCこそ人づくりの戦略拠点
業界でも重要なキャピタリスト育成について、松下氏は「SMBCVCは銀行出身が多い。育成というより自由を与えて、この仕事を好きになってもらうことが大切だ」とし、「社外で輝いているキャピタリストとも付き合いが多くなる。放牧のように背中を押して外に出すことで、刺激を受けて成長できるようにしている」と話した。
小玉氏は、投資委員会のメンバーを自ら説得し、人事部長を委員会に招き入れたという。「社内ではCVCの存在はマイナーだ。人事担当者にも委員会に参加してもらうことで、出資の意思決定プロセスだけでなく、ここが人材育成の場として重要であることを知ってもらえる」と語った。実際に、昨年10月の経営会議でJERAベンチャーズは人材育成組織として定義されたという。「今年から人事ローテーションの対象となり、実際に配属が始まっています」(小玉氏)
大企業のディープテックこそユニコーン創出の原動力
日本の国際的な競争力を高めるうえで、スタートアップの支援が今後一段と重要になるとの点でも両者の見解は一致した。松下氏は「若い世代の起業家は優秀であり、日本の未来を真剣に考え、多くの課題にまっすぐに取り組んでいる。投資環境に波があったとしても、頑張っている起業家にも資金をしっかり出し、支援していく」と強調した。
小玉氏は「大企業の一定の資金を、オープンイノベーションに投入していく。この資金循環が重要だ」と指摘した。以前ならほとんど資金が集まらなかった宇宙ベンチャーが上場して高く評価されていることに触れ、大企業が得意なディープテックの分野ではCVCの戦略的な投資がユニコーンを増やす原動力になると述べた。
CVCに向け革新技術を提案 スタートアップピッチ
イベントではCVC担当者に向けたスタートアップによるピッチも行われた。企業の生産性向上やガバナンス構築に資するプロダクト・サービスの提案に、事業会社の担当者は熱心に耳を傾けていた。
特許技術でAI向けにデータを最適化
XAION DATA(ザイオンデータ、東京・千代田)は、AI時代に重要性が高まるデータを構造化し、AIの精度を高めるプラットフォームを提供する企業だ。登壇した佐藤泰秀氏は「ウェブ上に公開されているデータや社内で蓄積されたクローズドデータを、特許技術『データオントロジー技術』で分析し、AIが扱いやすい形に整形する」と語った。具体的なプロダクトは、公開データをもとに求める人材の検索などのアプローチを支援する「AUTOHUNT」や、SNSやメディア情報を収集しキーパーソンへのアクセスを効率化する「AUTOBOOST」。同社が保有するデータと企業側のデータを掛け合わせることで、キャリア開発や人材配置の最適化など、各社が抱える課題の解決を支援するAIソリューションの開発にも取り組んでいる。
量子計算×最適化で現場の課題を解決
Quanmatic(クオンマティク、東京・新宿)は、量子計算や数理最適化などの先端計算技術の社会実装に挑むスタートアップだ。早稲田大学理工学術院の戸川望教授と慶應義塾大学理工学部の田中宗教授の研究を基盤として22年に創業した。同社の強みについて、事業開発責任者の山中祐治氏は「顧客の現場課題を徹底的に理解し、量子計算や数理最適化、AIなどを適切に組み合わせたアルゴリズムを構築できる点にある」と説明。「半導体の製造工程に導入した事例では、従来はベテラン作業員の勘と経験に頼っていた生産計画を、およそ5分で立案できるようになった」と述べた。
人材マッチングからAI駆動開発コンサルまで一気通貫で支援
ファインディ(東京・品川)は、「挑戦するエンジニアのプラットフォームをつくる。」をビジョンに、エンジニアと企業をつなぐサービスを展開する。エンジニアの採用を支援する「Findy」や、企業の課題解決に資する技術を持つエキスパート人材をマッチングする「Findy Freelance」などのサービスを展開。他にも組織全体のAI利活用状況を可視化する「Findy AI+」、開発生産性の可視化やAI駆動開発のコンサルティングを行う「Findy Team+」などを提供している。同社が取り組むのは、エンジニア組織の底上げだ。末本充洋氏は「大手企業や内製化を進める企業への導入が拡大している。DXやAI開発の進め方に課題を抱える企業は、ぜひ相談してほしい」と述べた。
リアル店舗のように購買者の背中を押すマーケティングサービス
OPTEMO(オプテモ、東京・千代田)は、ECサイトに集客したユーザーの購買や申し込みなどの行動を後押しするサービスを紹介した。小池桃太郎氏は「ウェブサイトに訪問したユーザーのうち、セールス側と接点を持つのはわずか1%。AI検索の台頭により検索流入ユーザーが減少するなか、訪問ユーザー数を増やすのは難しくなっている」と現状を語った。そこで同社が打ち出すのが、これまで離脱していたユーザーの一部にアプローチするサービスだ。「ウェブサイト訪問者の閲覧行動を可視化し、『温度感』がピークに達したタイミングで、リアル店舗のようにチャットや音声で声をかけ、コンバージョンにつなげる」と小池氏は説明した。さらに、「不動産や医療などの意思決定に迷いが生じやすい商材において特に効果を発揮する」と強みを強調した。
人事SaaSの共創データベースで生産性を最大化
パトスロゴス(東京・品川)は、社内に蓄積された人材データを標準化し、人事業務の効率化と人的資本経営への移行を支援する。BI(ビジネスインテリジェンス)ツールやAIによるデータ分析、今後普及が見込まれるAIエージェントの活用が注目されている。しかし、各種データがシステムごとに分断されていると横断的な分析ができず、十分な成果を得ることが難しい。「当社が提供するのは、勤怠管理やタレントマネジメント、労務管理などの各種SaaSで利用されるデータを一元的に管理するデータ基盤だ」と矢下茂雄氏は説明。給与や勤怠、スキルなど異なるパラメータをデータベースで標準化して管理することで、BIツールやAIを活用した横断的なデータ分析を可能とし、人事の生産性向上に寄与する。
AIで守り、AIを守る デュアル・ユースのセキュリティ技術
ChillStack(チルスタック、東京・渋谷)は、AIとセキュリティ技術を軸に、国の安全保障や企業のガバナンス向上に貢献する企業だ。事業の柱は「ナショナルセキュリティ事業」と「Stena(ステナ)事業」の2つ。前者では大手企業と連携し、防衛省や総務省などの官公庁向けの特殊案件に対応している。Stena事業では、バックオフィスのデータと経費精算のデータを掛け合わせ、不正利用や異常利用を検知する「Stena Expense」を提供している。登壇した中道浩之氏は、「25年11月には、生成AIの脆弱性を狙ったリモート攻撃を検知・遮断する『Stena AI』をリリース。2025年日経優秀製品・サービス賞 スタタイムアップ部門賞を受賞した」と実績を語った。
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