全国3万の神社が消滅の危機 日本人の心の拠り所を残したい
由緒ある海洋散骨で復活 経営コンサル事業でも実績
NIKKEI THE PITCH GROWTH 2025-26 準グランプリ・ストライク賞
日本経済新聞社が3月8日に開いた「NIKKEI THE PITCH GROWTH(NTPグロース)」の決勝大会において準グランプリとストライク賞をダブル受賞したのは、創建が弥生時代の西暦200年という北九州市の和布刈神社(めかり神社)だった。高瀬和信禰宜は経営危機に陥っていた家業の神社を再建し、神社の経営を支援するスタートアップでも実績を着実に積み重ねている。高瀬氏は「日本古来の神社は仏教伝来前から、農耕民族の日本人にとって大切な場所だった。AI時代に世の中が大きく変わっても、心の拠り所として安らげる神社を残していきたい」と強調した。
決勝でダブル受賞の快挙 高評価の理由は「地方を元気に」
NTPの決勝大会では22社が進出して、熱いプレゼンを披露した。表彰は全体で8部門あり、真っ先に発表されたのがストライク賞の和布刈神社だった。その後に準グランプリの受賞も発表され、高瀬氏は「まさか2つの賞に選ばれるとは思っていなかった。本当に驚いているし、嬉しい」と率直に喜びを語った。決勝でグランプリに輝いたKAMAMESHI(東京・大田)もオーディエンス賞とのダブル受賞だった。和布刈神社の注目度が大きかったのは前回大会の経緯があるからだ。九州ブロック大会で表彰されながら決勝大会には進出できなかったが、今回は決勝でダブル受賞の快挙を達成した。
ストライクの荒井邦彦社長は高瀬氏について「日本に数多くある神社の事業承継について素晴らしい取り組みをしている」と指摘した。荒井社長はこれまで中小企業の事業承継を数多く手掛ける中で、「地方を元気にしたい」と口癖のように語ってきた。NTPでも地方の有力企業とスタートアップを結び付けるリバースピッチを開くなどしている。高瀬氏の取り組む神社の事業承継も日本の地方の活性化にとって重要だとし、ストライク賞に選んだ。
和布刈神社で第32代となる高瀬氏はまず、「日本には神社が8万あるが、2040年には3万の神社が少子高齢化などで消えかねない」と指摘した。実家である和布刈神社に戻った2009年は年間収入が500万円に過ぎず、ほとんどの家族経営の小さな神社は現在も似たような状況にある。ただ、和布刈神社では高瀬氏の経営改革により、年間収入は海洋散骨など終活事業が大きな柱となって1億7000万円にまで増えた。最近は新たに神社の経営を支援するコンサル会社も設立してノウハウを提供している。高瀬氏は和布刈神社では禰宜として運営の責任者だ。他の神社の経営を支援するコンサルティング会社のSAISHIKI(サイシキ、北九州市)の社長も務めている。NTPグロースではこの2つの取り組みが高く評価された。
荒れ放題だった神社 希望を失わず草むしりからの復活劇
和布刈神社は関門海峡に面して鎮座している。日本書紀によれば、弥生時代の西暦200年ごろに朝鮮半島の三韓に出征した神功皇后が立ち寄って創建した。その時に授かった潮の満干の法珠「満珠・干珠(まんじゅ・かんじゅ)」が御神宝であり、潮の満ち引きを司る女神である瀬織津姫(せおりつひめ)を祀っている。旧暦の正月に執り行われるのが和布刈神事だ。父親の31代の宮司である高瀬泰信宮司と一緒に夜中の冷たい海に入ってワカメを刈って神前に供える。高瀬禰宜は長さ約3メートル、重さ30キロの松明を持って干潮の海を照らす。今年の和布刈神事は2月17日の夜中の2時から開かれ、3000人が集まりにぎわった。ただ、高瀬氏が家業を継いだ2010年には神社内は荒れ放題で、神事の継続も難しい状況だった。
高瀬氏は日本の神社の経営で共通する問題は「正月依存の経営からの脱却だ」としている。現在も非常に多くの神社は年間収入のほとんどが正月の三が日の賽銭やお守りの収入で、12か月を賄っている。高瀬氏も自らの子供時代を振り返り、「正月に雨が降ったり、雪が降ったりして参拝客が少ないと、お年玉をもらえないかもしれないから、毎年年末になると天気のことばかり気になっていた」という。
神社古来の弔いである「海洋散骨」 由緒正しき終活事業で安定収益
和布刈神社では本業では生活できないから、30代宮司の祖父は神社の裏で胡蝶蘭を栽培して販売した。昭和30年代、40年代の高度成長期だったから2万円もする胡蝶蘭が飛ぶように売れたが、それも長くは続かなかった。31代宮司の父親は古物商を本業として古い刀や壺を取り扱っていた。32代目となる高瀬氏も09年に和布刈神社に戻り、すぐに父親から運営を任された。ただ、資金も人もなく、境内の草をむしり、昼飯を抜いて貯金して駐車場をやっと整備できたような状況だった。様々な試行錯誤をして思いを巡らせる中で、神社の由緒という原点に立ち戻ることに気づく。それが海洋散骨だった。
高瀬氏は、古来の日本では遺体を船に乗せて葬るという「舟葬」があり、和布刈神社であれば、関門海峡の海に遺骨を戻す海洋散骨が本来、執り行うことだったと気づいて、14年から本格的に取り組んだ。これはお墓の維持に頭を悩ます人たちが増えていることもあり、着実に利用者が増えていった。17年には神社の年間収入が当初の10倍の5000万円にまで増えた。高瀬氏は海洋散骨の相談に来た人たちに弔いの由緒をしっかり説明して納得してもらった。現在では北九州市で亡くなる1.4%程度が和布刈神社での海洋散骨を選んでくれるようになった。神社内にはお葬式を執り行う施設も建設しており、これまでは寺院が請け負うことの多い終活事業で経営を大きく立て直すことができた。ここで弔われ、海洋散骨された人の名前は神社の碑に刻まれている。
中川政七商店の経営の神髄 「変わらないための覚悟」
和布刈神社の再建で多くを学んだのは、中川政七商店の経営者として長く日本の伝統工芸などを支援するビジネスを展開してきた中川淳氏だった。中川政七商店は1716年(享保元年)に奈良で高級麻織物「奈良晒(ならさらし)」の商いを始めた老舗だが、旧態依然の家業を続けていた。13代目の淳氏は京大法学部を卒業して富士通に入社した後に家業に戻って、工芸メーカーへの経営コンサルなどで事業を大幅に拡大した。
高瀬氏は淳氏の著書「経営とデザインの幸せな関係」を擦り切れるほど読み込んで、福岡県での神社会の講演に招いてもらい、自ら経営指導を受けられるように直談判した。18年から損益計算書作成など経営のイロハからブランディングまで多くを学んだ。中川氏の教えは、神社の由緒という原点を大切にし、それを分かりやすく伝えることが大切ということだった。和布刈神社のブランディングを打ち出して、お守りや御朱印などの商品の刷新のほか、これらを販売する授与所や神前葬を執り行う葬儀会館なども建て直した。お守りにしても、古来の由緒に則って、ご神体の一部の上で鈴を振りながら渡している。
高瀬氏が中川氏からの教えとして肝に銘じているのは「経営者としての覚悟」だった。「経営者は良いものを残して変わらないために、変わり続ける覚悟を持つべきだ」ということだった。様々な取り組みにより、和布刈神社の年間収入は1億7000万円にまで増えたが、高瀬氏はこれに満足せずに変わり続けようとしている。
神社経営支援のベンチャー設立 日峯神社こそ再建のモデル
高瀬氏は和布刈神社の再建だけでなく、同じ悩みを抱える他の神社への経営支援についても取り組むことにした。それは経営の師である中川淳氏が多くの伝統的な工芸会社を支援していることから影響を受けていることもあるが、高瀬氏の下には多くの神社から相談が数多く舞い込んだからだ。2022年には神社の経営をコンサル会社としてSAISHIKIを設立し、中川氏は顧問に迎えた。
これまでに青森市の廣田神社や埼玉県朝霞市の出雲大社埼玉分院など7つの神社に対してコンサルしている。多くは海洋散骨だが、出雲大社埼玉分院は海がない埼玉県にあり、近くの山を古来の霊場として整備している。高瀬氏は「海洋散骨が多いが、海がなければ、古墳型合葬墓もある。いずれにしても神社として由緒ある弔いができることが大切だ」という。コンサルを申し込まれると、まずは最低限必要なサイトの修正や霊場の整備などの見積もり費用を出して、その投資をすることを条件にコンサルを引き受ける。最初は50万円で経営指導に取り掛かる。契約期間は7年間だ。海洋散骨などで売り上げの15%がSAISHIKIの成功報酬となる。
高瀬氏がコンサルに入ったところはいずれも収入を増やしているが、中川淳氏を含めて抜本的な経営改革に取り組んでモデルケースとなっているのが北九州市にある日峯神社だ。創建は1150年を超え、安産祈願といった家内安全や商売繁盛など日々の暮らしや地域の平穏を祈る神社だ。波多野総嗣宮司は「私も20年前に神社に戻ってきたが、高瀬さんと同じように最初は苦労続きだった。私たちの神社の周辺では新興住宅地としてファミリー層が増え、地域の皆さんにより親しんでもらえる神社になりたかった」と語った。
波多野氏は高瀬氏のSAISHIKIだけでなく、中川淳氏からも経営支援を受けることにした。24年7月から、中川氏には何度も直接指導を受けてきた。昨年7月にまず、同社のホームページを刷新して由緒などを詳しく説明し、同時に海洋散骨も始めた。中川氏に頼んで神社の象徴である社紋のデザインも見直した。
日峯神社には鎮座する山上に神様が降臨し、琵琶を弾いて地域を鎮め、暴風時には山上に火が現れ船を救ったという縁起がある。これを踏まえ、日と琵琶と山を表現した3色のデザインにして、お守りなどで使っている。新しい社紋となった2月から毎月1日は「朔日朝の市」も開催して地域の人たちとより強い関係を築けるようにしている。
高瀬氏は「日峯神社は中川さんの直接指導で、本質のところから見直すことができた。海洋散骨にしても最初の半年間で13件も申し込みがあって順調だ。自分も負けていられない」と語った。神社には2つの種類がある。地域の氏子に支えられる氏神神社と、広い地域の安寧を祈るような崇敬神社だ。日峯神社は氏神神社で、地域住民に支えられ安産や地鎮祭など祈願が重要になる。崇敬神社は観光客が多くてお守りなどを含めて観光的な要素が強い。和布刈神社は崇敬神社であり、終活事業とともにより広域から多くの参拝客を集める取り組みが必要になる。
コンサル事業の収入目標は3億5000万円 人材育成こそ神社を残すカギ
高瀬氏はNTPグロースの決勝で準グランプリを獲得した際に、「私は今年、本厄だが、厄払い以上に厄が落ちたかもしれない。それほど名誉なことだし、これを励みにこれからも頑張っていきたい」と語った。プレゼンでは2033年をメドに和布刈神社として年間収入は2億5000万円、SAISHIKIでは35の神社を支援して3億7000万円を目指している。これは野心的な目標というより、日本の神社を残すためには最低限、これだけ頑張りたいという高瀬氏の強い想いがある。
高瀬氏は「国内では8万の神社のうち、神職が常駐するのは2万程度。観光客を集めて不動産収入などが安定する大社は1000ぐらいあるが、それ以外は家族経営の民社であり、少子高齢化や地方経済の疲弊でどんどん消えかねない。大切なのは人材であり、神社を担える後継者や事業ができる人を育てていきたい」と語った。
和布刈神社にしても最初はたった1人で始めたが、海洋散骨などで業容を拡大して、現在は12人の職員がいる。SAISHIKIでは東京のゲーム会社などでの経験があり、営業やマーケを担う伊藤紗会氏ら外部の若いビジネス人材を採用して顧客拡大に動けている。
AI時代だからこそ神社のアセットは「大切な記憶」
審査員を務めたレオス・キャピタルワークスの藤野英人社長は「AI時代に社会と、そして神社はどう変わるのか」と質問した。高瀬氏は「神社のアセットとは記憶だと思っている。両親や祖父母が弔われ、子供たちのお宮参りや七五三とかもあり、人生で大切な思い出がある場所として価値がある。日本の神社は農耕民族として田植えや稲刈りという重要な儀式が行われた. 現代では産業の構造が変わり、最近はAIが普及して社会が大きく変わっても、心の拠り所として神社は大切だし、それを残すために神職として、事業家としても取り組んでいきたい」と語った。
和布刈神社という歴史ある神社でも、高瀬氏が草むしりからの再建に取り組まなければ、関門海峡の前に鎮座する荘厳な社は今でも荒れ果てたままかもしれない。神職ながら起業家精神で日本人にとって神社の存在意義を改めて示したということで、NTPグロースでの準グランプリ、ストライク賞のダブル受賞にふさわしいといえそうだ。
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