
「カブトムシは子供たちだけでなく、
地球を救うヒーローにしたい」
未利用資源活用や養殖飼料事業を世界展開

「NIKKEI THE PITCH GROWTH」の決勝大会で特別パートナーであるSMBCベンチャーキャピタル賞に輝いたのは、カブトムシの驚くべき能力を使い循環経済型ビジネスの世界展開に挑むトムシ(秋田県大館市)だった。国内では数多くの昆虫ベンチャーが経営不振に陥る中で、トムシは有力な地方自治体や有力企業とがっちり手を組み、生ごみなど有機廃棄物の処理など幅広い事業を着実に進めて、地方の環境対策や雇用創造にも貢献している。創業者である石田陽佑最高経営責任者(CEO)を支える経営陣でも有力メンバーがそろい、今年から「攻めの経営」が本格的に動き出す。
「カブトムシが地球を救うヒーローになる」
SMBCベンチャーキャピタルの佐伯友史社長は表彰式で「私もカブトムシは好きでしたし、今でも子供たちの身近な愛すべき存在だ。環境問題を解決するヒーローに変身させるという着眼点のユニークさにも感心した。SMBCグループとして環境課題を重要なテーマとして考えており、受賞企業に選定させていただいた」と語った。
トムシの宮内聖取締役COO(最高執行責任者)は「カブトムシはペットとして認識されているが、(佐伯社長が指摘してくれたように)地球を救うヒーローになることができる。SMBCベンチャーキャピタル賞を頂きたことで、一人でも多くの人たちにカブトムシの魅力を知ってもらえることを感謝したい」と語った。

そんな宮内COOを恐縮させたのは、佐伯社長から直筆の手紙も頂いたことだ。そこではトムシの取り組みは理想的であり、ぜひサポートしたいということだった。宮内COOは昨年夏に野村證券から転職してきた。野村證券時代はスタートアップ支援が仕事であり、150社を担当していた。数多くの企業から誘われたが、選んだのはトムシだった。それだけに「SMBCグループは金融業界でもSDGsの取り組みで先行している。そんな金融機関のトップから激励の手紙をもうらえたのは本当にうれしかった」という。
ムシキングに憧れた双子の石田兄弟 カブトムシの秘めた力を発見
トムシはスタートアップの世界でも数多くの受賞をしており、非常に有名な存在だ。今年春からはこれまで準備してきたビジネスが一挙に動き出す第2フェーズに入り、大きな飛躍の年にしようとしている。
会社の顔は双子の石田兄弟だ。東京で起業に挫折して故郷の秋田県大館市に戻った二人は当初、ニートのような生活をしていた。カードゲームで大ブームとなった「ムシキング」世代としてカブトムシに興味を持っていたおり、近くの山に入ってカブトムシを採集することから異色の昆虫ベンチャーとしての物語が始まる。
祖父母から借りた500万円を元手に、ヘラクレスオオカブトなど高価な外国産カブトムシを繁殖させて販売する事業を立ち上げた。カブトムシの生態を研究する中で、きのこを育てた後の廃菌床など木質の廃棄物を餌にすると成長が早くなり、高たんぱくの幼虫を生み出すことが分かった。喫茶チェーンで大量に出てくるコーヒーかすや、ビールかすでも同じで、生ごみを混ぜても食べて分解し、糞は窒素分の多い肥料となる。カブトムシの品種改良も進めて、従来の3倍程度の速さ、つまり4か月で幼虫に育てられることも同社の大きな強みになっている。双子の兄である健佑氏は大館市議を経て2024年に全国最年少の同市市長になった。

各地の提携先でカブトムシ工場、未利用資源の生ごみの処理で収益確保
カブトの石田CEOは「これまで準備してきた各地での循環経済事業がこれから本格化する。数多くの信頼できるパートナーと協力できる。今は手ごたえしか感じていない」と強調する。これまでは各地でのキノコ業者など提携先が運営するカブトムシ飼育プラントでヘラクレスカブトムシのような高く売れる昆虫を育ててもらい、トムシで買い取ってペットショップなどに販売することが主力事業だった。提携工場はすでに80ヶ所近くまで増えている。昆虫の販売の7割程度は提携先の取り分となっており、安定して収益を出せる。25年3月期の売上高は4億円程度で、昆虫の販売やイベントが大半を占めていた。
ただ、25年度からはまず、同社が「未利用資源」とする生ごみなどを引き受けて、日本の在来種であるヤマトカブトムシに食べさせて処理する事業が主力になる。トムシも現在、繁殖や研究開発の本拠とする福岡県大木町や、福島県田村市という提携する自治体から未利用資源の処理を請け負っており、年間5000万円程度の売り上げを確保できている。
特に24年に連携協定を結んだ福岡県大木町は全国屈指の「きのこの町」であり、大量の廃菌床の確保が容易になった。大木町にとっても、カブトムシを使ったきのこ資源の活用により、新たな産業育成や環境対応の推進が見込める。カブトムシの幼虫が生ごみを分解した土壌は糞を含めて肥料としても販売できる。実際に大木町のイチゴ農家では試験的に利用して成果を出している。
さなぎになる前に30グラム程度まで成長したカブトムシの幼虫は乾燥させて粉末にして養殖魚の餌に混ぜる事業も進めている。石田CEOによれば、「(商社などから)すでに300トン程度、つまり数億円規模の受注も頂いている」という。
外食チェーンや食品会社など顧客も多い 自前主義にこだわらず成長

今年春からは提携先のカブトムシ育成プラントを手掛ける業者で、地域ごとに生ごみなど未利用資源を引き受けて処理する事業を始める。自治体にとって燃やしたり、埋め立てたりせずにすむためにメリットが大きい。地元の雇用にも貢献できる。自治体だけでなく、外食チェーンや食品会社など法人顧客からの依頼も多く、事業として高い収益性も見込める。
宮内COOは「数多くの昆虫ベンチャーが失敗したのはすべてを自分たちが丸抱えしようとしたためだ。トムシは各地の自治体を含めてパートナーと連携を重視しており、地域に根差したビジネスを迅速に展開でき、しかも投資リスクも抑えられる」と指摘する。日本はきのこの栽培業者がたくさんある。ホクトや雪国まいたけが大手企業だが、各地に栽培事業者がいて、経営者が高齢化して後継者もいないために会社の事業承継を頼まれるケースも増えている。これにより、餌の廃菌床の安定調達にもつなげられる。
カブトムシで博士号を取得、研究開発で世界をリードする人材を採用
トムシの強みはカブトムシに関する世界屈指の研究開発力だ。もともと、石田CEOが研究でもリードしていたが、昨年春には千葉大学で農学博士号を取得した浅野風斗氏が新卒で入社し、CTO(最高技術責任者)に就任した。浅野氏はカブトムシの腸内細菌などの研究で博士号を取得した。カブトムシの最適な育成環境から乾燥幼虫の粉末化など幅広い技術を研究している。

特に養殖の餌となる粉末化はまだ研究の余地が大きい。カブトムシの幼虫は同社の技術により、栄養価を高くでき、アミノ酸ではチーズの2倍以上も含まれている。木質材料を食べて動物性タンパク質に変えるというのはカブトムシの得意技であり、将来的には育てやすい幼虫が魚の養殖で重要になる可能性がある。養殖の餌に混ぜる魚粉の主原料はペルー沖で採れるカタクチイワシであり、これは争奪戦により価格が高騰している。宮内COOによれば、「2027年にはカブトムシの大量育成でコスト的に対抗できるようになる」という。
電力事業者とも連携 東南アジアでも環境ビジネスに布石
トムシは今後、幅広い業界と連携して、資源循環ビジネスを広げていく。資金調達はそれほど必要としていないが、出資の申し出は数多くあり、提携関係を強化するために自治体関連やインフラ企業などからも出資を受けていく考えだ。例えば、電力事業者からも提携も進めていく。水力発電用ダムでは流木の残差が多く、燃やすよりカブトムシに食べてもらえれば、脱炭素につながる。太陽光発電所は農地に建設されていることも多い。農業をする必要があるが、パネルの下で暗くてもカブトムシの幼虫を育てられるし、収入にもなる。
さらに、グローバル事業も今年から進めていく。これを担うのは宮内COOであり、東南アジアでプロジェクトを計画中だ。具体的にはカブトムシを使い、現地で大きな課題になっているココナッツやパーム油などの生産に伴い大量に発生するやしの殻などを食べさせて処理する。東南アジアではこれに伴って生み出される肥料で収益を確保することができるとみている。さらに大量に飼育する幼虫は現地で乾燥粉末にして魚粉として輸入する。現地での事業交渉に近く乗り出す計画だ。
「日本のカブトムシは喧嘩に弱いけど、生命力は強いから世界で戦える」

もう一つ日本の強みといえるのが在来種であるヤマトカブトムシの存在だ。日本にはペットショップやお祭りの屋台でも売っているヤマトカブトムシがたくさんいる。寒くても暑くても放っておいても、地中の中で元気にすくすく育つことが特徴だ。東南アジアなど海外に輸出できれば、現地で大量に有機廃棄物を食べて肥料となる糞を出したり、たくさん幼虫を増やせたりする。石田CEOは「ヘラクレスオオカブトと喧嘩させれば、弱いけど、厚さにも寒さにも強くて世界で最も環境対応力がある」と指摘する。繁殖力も高いために、年間数十万匹レベルで育成が可能だ。大規模の育成は外国産カブトムシでは極めて難しく、これも日本にとって強みになる。
平安時代からのカブトムシ文化を、日本発の環境技術の切り札に
石田CEOは「カブトムシは平安時代から日本人に愛されてきたとされる。外国では害虫扱いされることもあるが、日本はカブトムシを大切に育ててきた文化があるからこそ、その力を引き出した独自の環境ビジネスを展開できる」と強調する。
日本人は世界でも最もカブトムシが好きな民族だといえる。戦後の高度成長期以降、日本の愛好家は世界各地で珍しい品種を採集し、日本に持ち帰って育てきた。最近の生物多様性に関する国際的な法規制が強化される前に、日本でほぼすべての種がそろい、それを購入することができる。日本ではプロの飼育家も多く、品種の交配などで知恵を絞り、数百万円の値が付くカブトムシもいる。石田CEOのお気に入りはヘラクレスオオカブトでも角が非常に太い「メテオ」と呼ばれる品種であり、自ら大切に育てている。

トムシは現在、29年をメドに1000億円以上のIPOを目指している。営業利益としてまず、30億~40億円を安定して稼げることを目指している。石田CEOが強調するのは「私たちは地域社会や、農業など一次産業にとって役立つ良いことをやろうとしている」という。同社がこれから本当に世界で飛躍できるかどうかは、こうした理念に共鳴する仲間をどれだけ増やせるかにかかっているといえそうだ
NIKKEI THE PITCH GROWTH 2024-2025
SMBCベンチャーキャピタル賞受賞 株式会社TOMUSHI

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