
「洋上風力で国産ジェットの轍を踏まない」
英国の奇跡を再現へエネルギー大国の礎を築く
「NIKKEI THE PITCH GROWTH」の決勝大会でスタートアップ部門賞を獲得したのは、日本がすでに敗北したとされる洋上風力発電技術で世界に再び挑むアルバトロス・テクノロジー(東京・中央)だ。年間30兆円以上の化石燃料を輸入する日本にとって陸からすぐに海が深くなる日本の地勢に対応したコスト競争力の高い浮体型洋上風力が重要なことは間違いない。アルバトロスの長壁一寿最高執行責任者(COO)は「洋上風力発電技術は我々が最後の砦として成功させたい。日本から技術の灯が消えないようにしたい」と強調する。同社の技術は確かに世界大手にない独創性があることが高く評価され、今回の受賞につながった。

東日本大震災で必要性を痛感 独りぼっちの創業で苦節十年余
アルバトロスの長壁一寿最高執行責任者(COO)は表彰式で「私たちの研究開発中の技術について期待して頂けたことに感謝したい。(日本は資源が乏しい国であるという)日本の常識を変えたい。何年かして、あの技術はどうなったのかと言われないように、社会実装を急ぎ、日本のエネルギー問題の解決に尽くしたい」と強調した。
アルバトロスの創業者で、現在の代表取締役は、東京大学で船舶海洋工学の博士号を取得した秋元博路氏だ。2011年の東日本大震災に衝撃を受けて、国産の再生エネルギー開発の必要性を痛感し、自らの知見を生かせる独自の浮体式風力発電技術を事業化しようとした。12年に合同会社を設立し、たった一人で構想を温め、開発をしてきた。15年から4年間は大阪大学特任教授として基礎研究も続けられた。

本格的にスタートアップ企業として動き出したのは有力投資ベンチャーキャピタルであり、大阪大学工学部出身の田島聡一代表取締役が率いるジェネシア・ベンチャーズが2022年7月に1億円を出資してくれてからだ。シードレベルの出資によりアルバトロスは株式会社となった。コンサルティング会社などで事業開発の経験が豊富な長壁氏らが経営陣に加わった。「第二の創業からまだ3年。短い期間でも金融や電力などの大手が出資や共同研究に参画してくれ、政府の支援もあり、研究開発を急ピッチで進められている」という。
世界の常識を覆す「浮遊軸型風車」 日本の深い海でも簡単設置
アルバトロスが取り組む技術は「浮遊軸型風車(FAWT)」という洋上発電技術だ。風車の回転を電力にする発電機を海面から15メートル程度のところに設置できる設計により、大型の風力発電設備としても低重心で安定し、建設費や修理などメンテナンス費も大幅に削減できる。現在の大型洋上風車は3枚あるブレードの長さは1枚120メートルを超える。海面から150メートル程度の支柱の上でブレードを回転させ、中心部に低層マンション程のサイズのナセルが大型発電機を収納する。これが世界でも普及している「水平軸型」とされる風力発電設備だ。

だが、アルバトロスの秋元代表取締役に言わせれば、「洋上での水平軸型は工学的に不自然」という。船舶海洋工学の専門家として、洋上の構造物は重心を低くして安定させることが自然であり、最も重い発電機を海面から空高くまで持っていけば、それを支える構造物が巨大になり、技術的にもコスト的にも難しくなる。欧州や中国のように沿岸部が遠浅なら海底に直接、支柱で設置する着床式で安定させられる。
一方、日本や東南アジアのような多くの地域では「浮体式型こそ唯一の解」という。アルバトロスの浮体式風車FAWTは、発電機が海面から約15メートルの高さであり、模型にあるように支柱部分に海水を入れれば、釣りで使う浮きのように立ち上がり、海底とは係留索でつなぎ比較的に簡単に設置できる。重要なのは、30年とされるライフタイムコストの4割を占めるブレードや発電機などのメンテナンスコストも抑制できることだ。ブレードは3本同時にメンテナンスが可能で、水平軸型では必ずある機械系設備が不要で壊れやすい部品が少ない。小型の発電機を複数基搭載するため、部分的な修理が可能で、稼働しない時間を最小限にできる。
洋上風力発電で大きな課題は設置工事のメドが立ちにくいことだ。専用の設置作業船が圧倒的に不足しており、いつ傭船できるかわからない。1日の利用料金は5000万円程度と高い。浮遊軸型なら3隻のタグボートで傘のようにたたんで引っ張っていって、浮体部分に海水を入れて立ち上がる。ワイヤーの設置も特別な作業船は必要がない。
年内に長崎県壱岐市で最初の実証実験、30年以降の実用化に照準
長壁COOは「まず年内に長崎県壱岐市の湾内で高さ30メートル程度の浮遊軸型設備を設置する」という。これまでは室内での研究だったが、壱岐市から本格的な実証実験がスタートする。今後3~4年で、発電出力1~2メガワット級を実用化し、30年以降に普及機として3~5メガワット級設備を販売する計画だ。世界では現在、20メガワットという大型機の開発が進んでいるが、長壁COOは「必ずしも出力が大きい設備が市場に求められているわけではない」と指摘する。

洋上風力発電の出力が大きくなれば、風車の調達リスク、港湾設備のインフラ整備や設置コストなどの問題が深刻化する。「技術的にはまだ大型化が可能だが、ある程度のサイズの風車を数多く設置した方が発電コストで競争力を確保でき、入札でも評価が高くなる可能性がある」(長壁COO)という。
オールジャパンで国産風車に再挑戦 三菱重工や日立のOBも結集
アルバトロスには国内で注目され、期待が集まっている。同社には出資や技術提携などで多くのパートナーがいる。三菱ガス化学が出資し、住友重機械が共同研究に参画したのは浮遊軸型で必要なブレードや浮体設備に活用できる技術があるからだ。電力業界でも脱炭素化を進める必要があり、Jパワーや東京電力ホールディングスが共同研究に参画している。政府支援も手厚い。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の採択事業として5億円近い助成も受けられている。
さらに、アルバトロスには三菱重工業や日立製作所など風力発電事業に関わってきた優秀な技術者たちが集まっている。正社員のほか、業務委託を含めれば、30人程度で開発を進めている。アルバトロスはブレードから、発電システム、海洋構造物まですべてを設計するため、機械、電気、造船など幅広い専門人材を集めている。電力会社や自治体など洋上風力発電に関わる顧客に対して風力発電システム一式をワンストップで引き受けることができるわけだ。
洋上風車市場は世界で7兆円規模に 欧米大手に対抗できる最後のチャンス
世界的に洋上風力発電設備の建設ラッシュが起きている。これは脱炭素対応で、化石燃料に依存した発電を減らすためだ。2033年には世界で80ギガワットを超える設備が導入され、市場規模は7兆円との予想が出ている。これは8000万キロワットであり、原子力発電所80ヶ所分に相当する。ただ、「80ギガワットの予想は東南アジアの主要国の計画が出ておらず、かなりコンサバな数字だ。日本を含めて、もっと増える可能性がある」という。
特に日本のほか、インドネシア、フィリピンやベトナムなどは日本のようにすぐ海が深くなり、浮遊軸型のような技術が実用化されれば、発電量が大幅に増える。島も多いために独立分散電源としてもニーズが大きい。アルバトロスとしても日本でまず成功させ、東南アジア市場にも参入したい考えだ。
世界の風力発電設備市場ではドイツのシーメンス、デンマークのべスタス、米国のゼネラル・エレクトリック(GE)が3強だ。日本企業が敗北したのはまず、洋上より10倍の市場規模があった陸上で日本には建設できる場所が少なく、量産に伴うコスト競争力を確保できなかったことがある。洋上にしても欧米には遠浅の海が多く、陸上風力の技術をそのまま持ち込めた。日本でも洋上風力設備があるが、大半は海外製だ。これからの設置するにしても、海外企業からブレ―ドや発電機などを輸入する必要がある。

アルバトロスが目指しているのはサプライチェーンに関わるすべてで国内の有力企業に数多く参加してもらい、オールジャパンで浮遊軸型を実用化することだ。
海洋大国ゆえ英国以上の奇跡を 日の丸風車は負けられない
英国政府は2000年代初めから、洋上風力発電を徹底的に支援し、現在では発電量の3割が風力で占めるという奇跡が起きている。巨大な北海油田を抱えながらも、脱炭素社会の実現を目指して緻密に支援策を続けてきた結果だ。長壁COOは「日本でも政府が明確な設置目標を打ち出してくれれば、確実に洋上風力発電が伸びていく」と指摘する。最近では、総合商社などで風力発電に伴い多額の損失も出ているが、政府として補填というより、事業者が安心して風力発電に取り組める施策の整備に動き出している。
長壁COOは「海洋大国である日本は海域面積が世界6位であり、浮体式であれば、英国のように発電の多くを風力でまかなうことは十分に可能だ。技術を実用化する人材もそろっているし、風車人材の育成も使命だと思っている」と指摘する。というより、日本では北海道や太平洋沖など本当に風が強い海域が多く、英国以上に奇跡を起こせる環境に恵まれている。

三菱重工が挑んだ国産ジェットも現場の技術者の熱意と、事業化を決断した経営者の覚悟はあったが、やはり航空機の開発は認証を含めて非常に難しく、結局は「立ち止まった」末にあきらめてしまった。防衛など収益性の高い事業にシフトするのは上場企業としては当然の選択かもしれない。
ただ、資源小国である日本にとってエネルギー問題は「永遠の課題」とされており、風力発電の成否は日本の未来を大きく左右することは間違いなく、国産ジェットの轍を踏むわけにはいかない。アルバトロスの浮遊軸型が成功するかは未知数だが、日本を代表する企業が断念した「日の丸風車」でもう一度勝負する最後のチャンスといえそうだ。
NIKKEI THE PITCH GROWTH 2024-2025
スタートアップ部門賞受賞 株式会社アルバトロス・テクノロジー

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