起業家と有力投資家
新たな共創の舞台に~
オープンイノベーションフェスティバルEAST Day2リポート
日本経済新聞社がスタートアップやアトツギベンチャーを支援する「NIKKEI THE PITCH」プロジェクトは2年目を迎え、新たな大型イベントとして「オープンイノベーションフェスティバル」を開催した。これまでのように全国各地区でのピッチ大会だけでなく、スタートアップのアクセラレーションや地方の有力企業によるリバースピッチなどが行われた。東京では12月9日、10日の2日間に都内の九段会館テラスで「オープンフェスティバルEAST」が開かれ、有力ベンチャーキャピタル(VC)の幹部ら有力投資家も数多く参加して盛況だった。まずはオープンフェスで今年初の取り組みとして注目されたアクセラレーションについて報告したい。
今年から開催されたオープンフェスでも目玉のイベントとなるのが「公開メンタリング」だ。世界で注目される大物起業家や有力VCのキャピタリストが公開の場で、若手起業家とワンオンワンで様々な相談に乗ってアドバイスする。起業家がリアルな課題を打ち明けて、その解決策について聞くことができる。公開メンタリングは未来を担う若手起業家らにとって多くを学び、提携先を増やすこともでき、「オープンイノベーションフェスティバル」という名前通りの特別プログラムといえる。
「世界に想いを届ける」を掲げ
創業10年で上場したジグザグ
12月10日の公開メンタリングに登場したのは、メンター役が今年3月に東証グロース市場に株式上場を果たした越境EC大手、ジグザグの仲里一義代表取締役だった。メンターを受けたのは昨年のピッチ決勝大会でソーシャルインパクト部門賞を獲得した環境系スタートアップ、GYXUS(ジクサス、三重県四日市)の平田富太郎代表取締役だ。
仲里氏が2015年に創業したジグザグは日経ピッチの前身大会で21年2月に優勝している。国内企業向けに越境EC化を支援し、サイトの多言語化や決済対応、海外配送までを担ってきた。コロナ禍でインバウンド客が激減する中、国内の多くの販売店が助けられた。仲里氏は公開メンタリングで「私たちはスタートアップとして何をしたいのかという想いを仲間たちと共有することが原点であり、それを大切にしたから成長できた。日本のモノが欲しいという世界中の声にも応えたいし、それを手助けしたかった」と強調した。
生徒役であるメンティーとなったGYXUSの平田社長も注目のアトツギ経営者だ。建材などで大量に使われる石膏ボード大手の創業家一族ながら、同社を飛び出す形で石膏ボードの完全リサイクル技術を世界に先駆けて確立した。これから国内各地で工場を展開するが、すでに商工中金など金融機関の融資や政府の補助金を含めて10億円近くの資金を確保している。
石膏ボードのリサイクル
地球全体の課題を伝えられた
平田氏は「石膏ボードは原料の石膏を海外に依存し、新興国を含めて争奪戦になっている。石膏ボードの再利用は環境対策であり、国家の経済安全保障にもつながる」とし、「まず国内のリサイクルで10工場を展開したい。100億円規模の資金が必要で、人材採用やブランディングも重要だ。仲里さんにぜひ、アドバイスをお願いしたい」と話した。
ジグザグの仲里氏は「ファイナンスでは多額の資金が必要な場合、エクイティをどうするかだ。経営に介入しないような出資先をみつけたら良いのではないか。エクイティが入れば、多くの資金を融資で確保しやすくなる。ジグザグに出資してくれたVCも私たちの理念での経営に寄り添うタイプであり、本当に助けてくれた」と指摘した。人材獲得やブランディングでは「会社の未来像についてストーリーを明確に示すことが大切だ」という。
平田氏は「石膏ボードのリサイクルの大切さを伝えるのはなかなか難しい。石膏ボードは国内だけでなく、世界で需要が拡大し、リサイクルは欠かせない。途上国では放置され、硫化水素が出て健康を脅かしている。現在のように処分場に埋め立て続けることもムダだし、限界もある」と語った。
会社の理念を1行のキャッチコピーで明確に
プレゼンなら最初に語る
仲里氏は「顧客にどんな価値を提供できるのか。それをコピー1行で考え抜いて伝えるようにしたらいい」とし、「ジグザグでは日本のものを海外に送っているというより、欲しいモノを送っており、お客様の願いにこたえることを掲げて事業を進めてきた。これが顧客にも取引する小売店などにも伝わった」と指摘した。ジグザグの企業理念は「世界中の欲しいに応える、世界中に想いも届ける」サービスをすることであり、「世界中のワクワクを当たり前に」していこうとしてきた。
平田氏は「日経のピッチのプレゼンでも最後に『地球に埋めない世界を作る』という言葉で締めてきた。これは私たちが大切にしている会社のメッセージであり、目指している世界観だ」としている。仲里氏は「そんな明確で素晴らしいメッセージがあるなら、絶対にプレゼンでも最初に持ってくるべきだ」とアドバイスした。
平田氏は最後に「仲里さんのアドバイスは本当にありがたかった。特に企業としての理念をまず伝えよというのは心に響いた。すぐに実行していきたい」と語った。
▼「公開メンタリング」のアーカイブ動画はこちら
日経ピッチの受賞者たちが語る「私たちの現在地」
日経の全国ピッチは前身の全国大会「スタ★アトピッチ」を含めて、今回で7回目になる。東日本フェスでは12月9日と10日には東日本の地区大会が開かれ、70社近くの起業家が熱いプレゼンをした。前回の決勝大会に進出できたのは22社だけで、ほんの一握りの会社だけが受賞する。アクセラプログラムでは「AFTER NIKKEI THE PITCH~私達のこれから~」という新たなプログラムも開かれ、受賞した起業家たちが自分たちの現在地について語り合った。東日本フェスの10日のプログラムでは3人の受賞者が登壇した。ASTERの鈴木正臣代表取締役CEO、世界を驚かす光学技術のシンクロアの綾部華織代表取締役、そして公開メンタリングを受けたGYXUSの平田代表取締役だ。
世界で地震の犠牲者をゼロにしたい
アトツギの想いが起業の原点
ASTER(東京・中央)は「世界の地震犠牲者をゼロにする」を掲げて、レンガ造りの建築部の耐震性を高める塗料などを開発し、世界で事業展開している。日経ピッチの前身大会、ジグザグの翌年の22年決勝で優勝した。同社の鈴木氏は「地震が人々を死なせてしまうというより、地震で崩壊する建物の下敷きになってたくさんの人たちが亡くなってしまう。こうした世界を変えたかった。日経のピッチで優勝し、私たちの思いを伝えれたのが良かった」と強調した。
鈴木氏はもともと、米国の名門大学で宇宙工学の研究者だったが、建物改修の建設会社を経営していた父親が病に倒れて、家業を継ぐことになった。ただ、アトツギベンチャーとして、東京大学との共同研究で耐震塗料を開発し、東南アジアなど海外で事業を急拡大している。その原動力になるのが経営チームであり、同社の経営メンバーには東大大学院で博士号を取得した山本憲二郎氏らがいる。
鈴木氏は「課題が難しければ難しいほど、優秀な研究者ほど面白がって取り組んでくれる。耐震塗料も未知の世界なので難しいから、素晴らしいメンバーがそろっている」と語った。耐震塗料の進化に加え、インドネシアや台湾など地震が多い国での販売強化に取り組んでいる。
鈴木氏は数多く集まった起業家たちへのメッセージとして「仕事には食べていくための『ライスワーク』と、使命感で取り組む『ライフワーク』がある。私は自分が人生を終えるときに満足できたと思えるように、自らが理想を掲げて立ち上げた会社で世界を良くし、ライフワークを果たせたと思えるようにしたいね」と語った。
ハレーションを消す光学技術を実用化
苦節10年で世界の注目企業に
日経のピッチ全国決勝大会で24年に「スタートアップ部門賞」を獲得したシンクロア(川崎市)の綾部華織代表取締役も、日本が強い光学分野での有力スタートアップの経営者だ。東芝グループの医療機器会社の研究者だったが、ソニー出身の光学技術者らと2011年にシンクロアを設立した。ハレーションを消す世界唯一の光学技術「フェーズレイ」を実用化し、医療・製薬、半導体、自動車などで革新を起こしている。半導体のシリコンウエハー向け検査や医療向けでは手術中の照明器具など幅広い業界で活用されてきた。
綾部氏は「(日経のピッチ参加は)金融機関から紹介されて知った。スタートアップ部門賞を獲得できたことで、多くの企業から引き合いがあった。私たちの技術を世の中に広げていくために本当にありがたかった」と指摘した。創業以来、10年間は苦節の連続だった。最大の課題は多額の研究開発費をどのように確保するかだった。そこで役に立ったのは川崎市や日経などのピッチ大会で相次ぎ受賞できたことだ。「同社が取り組む技術が知られ、優秀な技術者の採用もやりやすくなった」という。
綾部氏は「光学は古くて、新しい技術であり、すごく大切な技術であり、起業で多くの若い技術者らも集めることができて、社会に役立つ仕事ができている」と強調した。綾部氏は患者の命を救うためにたくさんの手術をしている医師たちが照明により目を傷めていることを知り、それを改善したいという強い想いが起業の原動力になった。
シンクロアは今では日本を代表する光学技術会社として世界から高く評価されている。綾部氏は「原子炉でもロケットの燃料タンクでも、ハレーションをなくすことで、本当に微細な傷などをみつけることができる。現在は半導体分野で本当に大きなプロジェクトに取り組むことを決めた」という。日経ピッチの受賞企業の中でも、日本らしいテクノロジーで世界での飛躍を期待できそうな会社となっている。
GYXUSの平田氏も公開メンタリングに引き続いて登壇して、日経のピッチ参加について「石膏ボードのリサイクルは社会課題であることを多くの人たちに知ってもらいたかったし、それができたのではないか」と指摘する。受賞したことは同社のビジネスとしての潜在力と社会的な意義も認められることにもつながり、その後の資金調達にもしやすくなったという。
平田氏は「日経の役員の方も、日ごろはお会いできないような(スタートアップの)皆さんとお会いできたと交流会のあいさつで話されていた。日経のピッチでは新聞社である日経がスタートアップにリスペクトを持って接してくれており、出場を考えている会社であれば、ぜひ挑戦されることをお勧めしたい」と指摘した。
▼「After NIKKEI THE PITCH ~私たちのこれから~」のアーカイブ動画はこちら
若い社会起業家育成のビジネススクール
公開授業で足元の課題に具体的なアドバイス
アクセラプログラムでは「NIKKEI THE PITCH」でも大きな柱であるソーシャル起業家を対象にしたピッチについても紹介された。その一環として若い社会起業家を育成する「SOCIAL BUSINESS SCHOOL(SBS)」があり、レオス・キャピタルワークスの藤野英人社長が世界に羽ばたける若い社会起業家を育てたいという提案で開催されている。慶應義塾大学大学院の横田浩一特任教授が総合プロデューサーを務めている。
当イベントで10日午後に開かれた特別公開授業では横田特任教授がモデレーターとなった。講師はKIBOW社会投資ファンドのプリンシパルであり、グロービス経営大学院の松井孝憲准教授、受講者は今年11人のスクール生の一人で中国最高峰の理工系大学、清華大学大学院の学生でもある若手起業家の高橋嘉陽氏だった。
ビジネススクールは11月下旬、北海道東川町での合宿からスタートして、12月末の沖縄合宿、国内第一線の専門家による複数回のゼミを経て、26年3月7日にレオスの藤野社長や東京大学の鈴木寛教授らの前で磨き上げた最終プレゼンテーションを披露する。バディ役を務める先輩起業家らに日夜、指導も受けられ、短い期間で社会起業家として多くの学びを受けてきた。
10日の特別公開授業でも、高橋氏が数多くの悩みを打ち明け、松井氏が他の若い起業家にも参考になるアドバイスをしていた。高橋氏が具体的に進めているソーシャルビジネスは日本企業と、中国など中華圏の人材マッチングだ。現在は日中で政治的な問題が起きている。ただ、高橋氏は「日本企業と、中華圏の人材で橋渡しをすることは重要であり、多くの人たちを幸せにできる」と語った。
高橋氏は日本人と中国人のハーフであり、大学卒業後は中国のIT大手であるアリババグループに入社し、マーケティングなどを担当した。日本の有力企業から中国進出へのマーケティング施策などのコンサルを求められることが増えた。アリババを退職して清華大学の大学院に進学しながら、様々な事業を進めている。「日本企業からは中国などでビジネスを進めるために優秀な現地の人材を採用したいとの要望が多かった。一方、名門とされる清華大学の学生でも就職に困っており、日本企業で働きたい人も多い。このマッチングができるプラットフォームを作り、社会的にも意義のあるビジネスとして成長させていきたい」と指摘した。
松井氏は高橋氏が取り組む日本と中華圏の人材マッチングのプラットフォームは「真似しようとすれば、真似ができるビジネスだ。運用レベルに落とし込み、真似できないようなものを作ることが大切だ」とし、「高橋さんの(清華大学の大学院生などとしての)知見を生かせば、日本の会社や文化の良さをしっかり伝えられるような仕組みを作れるはず。他社のできないものではないか」と指摘した。
松井氏が高橋氏へのアドバイスとして強く語ったのは「経営チーム作りをしっかりやる」ことだった。「現在は高橋さんだけが会社の役員だが、これから成長するには経営チームが必要だ。自分より優秀で、自分よりも高い給料を払いたいような人を探し出す。そこを妥協すべきではない。資金の調達など取り組むことは多いが、まずは理念を共有してくれるナンバー2、ナンバー3の仲間を見つけ出してほしい」という。
高橋氏は「横田先生からは、『努力は夢中に勝てない』というアドバイスをいただき、それが心に刺さっている。社会を本当に良くしたいと思うので、やはり自分のやりたいことを信頼できる仲間とともに夢中で取り組んでいきたい」と強調した。
松井氏の最後のアドバイスは「現在、ソーシャル投資はすごく拡大している。高橋さんに言いたいのは自分が選ぶ立場にあるということだ。これからの経営での選択について私を含めて相談してもらえれば、いいので、変な投資家を入れる必要などない」という。
モデレーターを務めた横田特任教授は「ソーシャルビジネススクールでは今年は11人がこれから成長していくはず。3月7日の最終プレゼンにはぜひ多くの人たちに参加してほしいですし、来年も募集するはずなので、ぜひ挑戦してほしい」と語った。
▼「SOCIAL BUSINESS SCHOOL特別公開授業」のアーカイブ動画はこちら
東京の九段会館テラスで開催されたオープンイノベーションフェスティバルEASTではアクセラレーションプログラムではSMBCベンチャーキャピタルの佐伯友史社長ら有力投資家らが数多く参加した。佐伯社長は日経のピッチで審査員も務めており、アクセラプログラム終了後には公開メンタリングに登壇したGYXUSの平田社長らに気軽に声をかけていた。受賞企業が順調に資金調達していることなど近況を聞いて喜んでいた。
NIKKEI THE PITCHはスタートアップやアトツギベンチャーでは全国でも屈指の大規模なピッチ大会だった。今年も全国から400社以上の応募があり、地区大会では書類審査を通過した103社が登壇し、熱いプレゼンを披露した。3月8日に開かれる決勝大会進出企業は1月末に発表される。ただ、今年3月に開かれるイベントはピッチの決勝大会にとどまらず、有力な投資家や大企業の経営幹部らも参加し、日本の経済成長の新たな時代を切り開く共創の場となる。
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