NIKKEI THE PITCH

何を守り、何を変えるか 家業を「つなぐ」アトツギの葛藤と挑戦

2026年7月22日、横浜市のスタートアップ交流施設TECH HUB YOKOHAMAで「YOKOHAMA CONNÉCT」が開催された。この日最後に行われたセッションのテーマは「アトツギベンチャーの未来像」。地方から日本、そして世界の変革を目指す3人の若きアトツギたちが、家業を受け継ぎながら挑戦を続ける立場としての葛藤や、事業への思いを語り合った。

黒酢、顔料箔、防災天井——個性際立つ3人のアトツギ

会場には業種も背景も異なる、個性豊かなアトツギたちが顔をそろえた。

伊達醸造の富澤英里子氏は、今年6月に代表取締役に就任したばかりの6代目のアトツギ経営者だ。同社は鹿児島県霧島市福山町の海辺の街で、200年以上にわたり醸造業を営んできた。薩摩焼の壺で仕込む黒酢を看板に、味噌や醤油などの調味料を取りそろえている。

東京で働いていた富澤氏が本格的に家業に関わるようになったのは2023年のことだった。「気軽に調味料の味を知ってもらいたい」との思いから、鹿児島の祖父母の店を一部改修して古民家風のラーメン店を開業。今年5月には東京・神田に2号店をオープンした。「壺ごと黒酢を買いたい」という顧客の声に応えた「壺オーナー」制度を立ち上げるなど、若い感性を生かした新規事業の創出にも積極的だ。

京都・大原で創業した関西巻取箔工業(カンマキ)は、「顔料箔」と呼ばれる転写箔の製造・販売を手掛ける。西陣織の金糸をルーツにもつ同社の顔料箔は、世界で製造される自動車の10台に1台の割合でエンブレムやナンバープレートなどに使用されているという。しかし、「そもそも箔とは何か、というところがなかなか知られていない」と久保昇平氏は課題感を語った。誰でも気軽に箔押しを体験できるようにと、ボールペンでなぞるだけで箔転写ができる商品を開発したり、ワークショップを開催するなど対外発信にも力を入れている。

マクライフの牛垣希彩(まい)氏は、大学で心理学を学んだ後、地元・岡山県の百貨店での勤務を経て4年前に家業に入った。本業である商業用のテントの製造加工業は、今年で50年目を迎える。

マクライフの設立は2017年のことだ。きっかけは、創業者である同氏の父が東日本大震災で避難所の多くの天井が崩落したことに心を痛め、災害から人を守る防災天井「マクテン」の製造・販売を新規事業として立ち上げたことにさかのぼる。本業で培った「膜を貼る」技術を生かし、一般的な天井材の約10分の1の軽さを実現したマクテンは、学校施設や公共施設、工場などで導入が進んでいる。

(左から)伊達醸造 富澤氏・関西巻取箔工業 久保氏・マクライフ 牛垣氏
(左から)伊達醸造 富澤氏・関西巻取箔工業 久保氏・マクライフ 牛垣氏

何を残し、何を手放すか 家業との向き合い方

ゼロイチで事業を立ち上げるスタートアップとは異なり、アトツギには歴史がある。歴史の長さは違えど、創業以来積み重ねてきたものを守りながら、次の一手に挑むという視点を持っているのはアトツギならではだろう。

伊達醸造の富澤氏は、「最近、外的要因や時代の流れの中で、本業がなくなるのではないかという怖さを抱くときがある。そんななかで、本業を守ることが正義なのか考えてしまう」と胸の内を明かした。久保氏は「長い歴史の中でやってきたことの中には、良いものも悪いものもあって玉石混交だ。守ったほうがよいと思っていたことが逆に足かせになっていることもある」とし、まず何を守るべきかを時間をかけて選別することから始める重要性を強調した。

牛垣氏は、「マクテンは父の思いの受け売りで、そこに自分の色がないのではないか」と悩んできたことを打ち明けた。さまざまな葛藤を抱く中、「社会に何の価値を提供しているかという部分さえ守り続けていれば、その表現の形は変わっても良いという結論に、今のところたどり着いている」と話した。

これを受けて久保氏が語ったのが、自社の技術を言語化して「続ける・やめる・変える・作る」の四象限で捉え直すフレームだ。「思いの部分は大事だが、邪魔になる時もある。父親が心血を注いでつくった商品だから続けるという発想は、時代との整合性がずれることがある。だからこそ一度、あえて思いを取り去って、時代に即した形で続ける・やめる・変える・作るを判断する。そんな作業を試みてきた」と実践知を共有した。

「向き合う」のではなく「同じ側を向く」

先代との関係性についても率直な議論が交わされた。自分の代で何かを変える決断をすることは、ともすれば前任否定と受け止められてしまう可能性がある。久保氏が意識していたのは、「先代と同じ方向を向き、共に将来を考える姿勢」だという。親子の対立として考えるのではなく、次の世代や親族以外の承継者が就く可能性も見据えて、時代に即した事業転換をしていく必要があるとした。

3人はアトツギやスタートアップ関連のピッチでの受賞歴を持ち、対外発信にも積極的だ。しかし、富澤氏は、メディア出演やSNS発信など外部での活動が増えるほど、その評価が親や社内にはうまく伝わらないという難しさを口にした。

久保氏は、業界の外に「違う価値軸」を持つことの意義を語った。ピッチやメディアに出ることで、業界内では得られない評価を得ることができ、それが自分の発言権にもつながるという。牛垣氏も同様の実感を語った。「祖業のテント屋と建築業界は、似て非なるもの。マクテンで建築業界に挑戦し、そこで評価をもらえたことが、逆に社内で話を聞いてもらいやすくなった」

会場の様子

「助けて」と言えるリーダーでありたい

話題はそれぞれが目指すリーダー像に移った。牛垣氏は、「完璧である必要はないと思っている。苦手なことを『助けて』『お願い』と言い続けられるリーダーでありたい」としたうえで、「チームワークの輪を自社だけでなく地域・日本全体に広げていきながら、お客さまに価値を届けていきたい」と、ありたい姿を語った。

久保氏は、「何より大切なのは事業そのものであり、毎日顔を合わせる家族や従業員だ。ピッチやメディア登壇の時も、いかにその機会を事業に還元するかを考え、日常に根を張った発信をするように心がけている」と語る。外部への発信の際にも、社員に話していないことは言わないように意識しているという。

一方、富澤氏は「背中で語る」リーダー像への憧れを語った。「現場の第一線に立ち、自分の思いをお客さまにも社内にも伝えていく。『新しいリーダー』と言っていただくことも多いが、まだまだ知らないことも多い。学びを続けていきたい」と意気込んだ。また、「継ぐものがあるということは幸せなこと。今あるものに魅力を感じて継いでいくことができるのは尊いことだ。それが新しい形で発展していくことに貢献していきたい」とも述べた。

久保氏は「変革は辺境から来る」という言葉を大切にしているという。ニッチな場所(辺境)から面白いものを生み出せば、ピラミッド型の産業構造の上下関係を超えてそれが中心になる瞬間が生まれる。「当社の顔料箔もニッチな商材。強みを磨くことで、その価値を広く認めてもらうことができる」とした。

牛垣氏は、「挑戦し続けるアイコン」であることの重要性を語った。地域ではまだアトツギという言葉自体が浸透していない。アトツギやスタートアップといった枠組みを超え、フラットな挑戦者としてのあり方を発信し続けていくことが、地域や顧客に新しい価値をもたらす一歩になるとした。

会場の様子2

変革は辺境から ニッチを磨くアトツギの未来

中小企業庁が2026年に公表した「中小企業白書」によれば、2025年の中小企業における後継者不在率は50.8%。改善傾向にあるものの、経営者の年齢構成では60歳以上が依然として過半数を占め、高齢化そのものは解消されていない。

その中にあっても、「守るもの」と「変えるもの」を見極めながら次の一手を模索する若きアトツギたちの姿には、地方発の確かな変革の息吹を感じた。3人の描くリーダー像はそれぞれ異なるが、根底にあるのは「継ぐ・つなぐ」思いだろう。受け継いだものへの敬意と、自らの色でアップデートしようとする意志。その狭間で葛藤し、悩み抜くことこそが、アトツギが地域・日本、そして世界を変える原動力になるはずだ。

YOKOHAMA CONNÉCT

世界を変えるイノベーションは、
偶然の出会いから生まれる。

YOKOHAMA CONNÉCTは、毎月第2・第4水曜日にTECH HUB YOKOHAMAで開催される、約150名の挑戦者が集うコミュニティだ。世界18拠点でイノベーション・コミュニティを展開するVenture Café Networkの東京拠点、Venture Café Tokyoが運営を担う。スタートアップや新規事業担当者、学生、行政、投資家など多様なバックグラウンドを持つ人々がテクノロジーとグローバルをテーマに集結し、セッションや展示、交流を通じて知見を深めている。海外からの参加者も多く、日本と世界をつなぐオープンなコミュニティとして挑戦を後押ししている。

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