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手加工・手作業の受託事業に勝機 「ママさん軍団」と挑む製造業の手加工変革

手加工・手作業の受託事業に勝機
「ママさん軍団」と挑む製造業の手加工変革

NIKKEI THE PITCH GROWTH 2025-26 アトツギベンチャー部門賞

日本経済新聞社が主催する「NIKKEI THE PITCH GROWTH」の決勝大会で「アトツギベンチャー部門賞」に選ばれたのは、プリント基板などの手加工・手作業が必要な作業の受託事業を手掛ける樋口電子(大阪府高槻市)だった。樋口真士氏は、「必要だが誰もやりたがらない」少量多品種の手加工作業を専門で請け負う。パートタイムで働く母親が働きやすい職場環境の整備や従業員教育にも力を入れている。「人が減る時代に人が活きる製造を」を掲げ、日本の手加工改革に挑む同社の事業を取材した。

少量多品種の手加工に再び光を
 新型コロナウイルス禍危機を機に家業へ

樋口氏は、アトツギベンチャー部門賞に選ばれた表彰式で「私は、新型コロナウイルス禍(コロナ禍)で売り上げが半分以下になる危機的な状況の時に家業に戻ってきた。その前に働いていた工作機械業界では工場の自動化設備を提案する仕事をしていたが、実家の工場は手作業のはんだ付けがメインで、大きなギャップを感じた。そんな中目に映ったのが、生き生きと働くパートタイムの女性たちだった。多くの会社がやりたがらない手加工・手作業の仕事を一括で受託できるなら大きなビジネスになるし、日本のモノづくりを支えることができると感じた」と語った。

審査員のレッドキャピタル 井上智子代表取締役(左)から表彰された樋口電子 専務取締役の樋口真士氏(右)
審査員のレッドキャピタル 井上智子代表取締役(左)から表彰された樋口電子 専務取締役の樋口真士氏(右)

同社は産業機械などのプリント基板の製造を主力事業としている。電子部品商社に入社後、グループ会社でプリント基板の営業を長く務めた実父の樋口明夫氏が1996年に創業した。1999年には親戚の家の小さな倉庫を使ってプリント基板実装を始めた。

日本の製造業大手は1990年代以降、中国など海外に生産を移管していった。一方で、少量多品種の製品についてはプリント基板実装の国内生産の需要が残っており、従業員がほんの数人の町工場が担っていた。

樋口電子もそんな会社の1つだった。最大の納入先は警察で、「ここから通行止め」「この先 渋滞中」といった表示装置のプリント基板と組立を請け負った。しかしコロナ禍で人流が減り、表示装置の注文が激減したことで明夫氏は会社をたたむことを決断したという。

樋口氏は決勝大会のピッチで「日本の製造業は多くの会社が収益を確保しやすい自動化ばかり注目し、手間のかかる手作業の必要性を感じながらも人材を育てず、人材派遣で延命をしている」と指摘した
樋口氏は決勝大会のピッチで「日本の製造業は多くの会社が収益を確保しやすい自動化ばかり注目し、手間のかかる手作業の必要性を感じながらも人材を育てず、人材派遣で延命をしている」と指摘した

自動化ラインを担い海外赴任候補に
 それでも家業再建を選んだ理由

樋口氏は1991年生まれで、関西大学システム理工学部で電気電子情報工学を学んだ後に村田機械(京都市)に入社した。自動車関連の顧客に自動化ラインを提案する犬山事業所(愛知県犬山市)で、ホンダ系部品メーカーを担当した。犬山事業所は工場のほか、開発や営業などを含めて従業員が1000人規模という会社の中核拠点だった。事業所での仕事が評価され海外赴任の候補に選出されたが、コロナ禍で赴任は延期となった。

当時、家業である樋口電子の経営は火の車だった。2020年11月、次男の樋口真士氏は会社の再建のために家業に戻ることを決めた。「会社の立て直しは無理だからやめた方がいい。すごい会社で働いているのだからもったいない」と、両親から猛反対されたという。

「当時、樋口電子は社長の父を含めて社員6人の小さな町工場だった。それでも昔からモノづくりに真摯に取り組んできた父のことを尊敬していたし、何よりも自分の名前がついた会社で働きたかった」と当時の心境を振り返る。

樋口氏は小学校6年生の卒業文集に「将来の夢は樋口電子の社長になること」と書いたという。兄が別会社の社長になったため、自分がアトツギになることを決めた。

わずかだが、勝算も感じていた。自動車部品工場が最先端の生産ラインを作る一方で、実家の工場ではパートタイム勤務の女性従業員たちが熟練技能を求められる手作業をしている。これは樋口電子の仕事が日本のモノづくりで欠かせない役割を担っていることを物語っていた。多くの会社がやりたがらない手加工や手作業を一括で引き受けることは大きなビジネスになると確信し、2023年から手加工に特化した「TESHIGOTOでんき+」の名称で受託事業に本格的に乗り出した。

小ロットの依頼にも対応
 会社を支える「ママさん軍団」

その後、手加工の受託事業は急速に拡大する。現在では80社近い顧客を抱え、年間売上高は1億円を超えた。売り上げを支えるのは「ママさん軍団」だ。従業員の大半がパートタイムで働く主婦や子育て中の母親であり、当時の3倍以上の22人が働いている。

従業員の多くが工場の近くに住んでおり自転車で通勤する。平均の労働時間は5~6時間程度だ。仕事はプリント基板の製造がメインだが、海外から輸入したホビー家電の検査や手作業が必要な業務も請け負っている。

プリント基板の製造には、はんだ付けを含めて約20の工程がある。その中でもはんだ付けの作業はさらに細分化されていて、プリント基板への電子部品の加工・挿入から実際のはんだ付け、そして検査に至るまで多くの工程を踏む。同社はプリント基板1枚からの小ロット受託にも対応している。顧客の切実な困りごとに丁寧に応えることで受注を増やした。粗利益率は業界平均の約2倍となる70%近くに達した。

柔軟な勤務形態を認め離職防ぐ

樋口氏は「こうした手作業の受託ビジネスは国内だけで1兆円規模の市場がある。町工場は高齢化で廃業が相次いでいる。団塊ジュニア世代が70歳を迎える2040年代には、こうしたニーズを引き受けられる担い手がほとんどいなくなってしまうのではないか」と危機感を示す。

従業員が柔軟に働ける環境も整備している。子供の体調が悪いときは、LINEで連絡して簡単に休むことができる。勤務時間も自由に選択でき、有休も1時間単位で取得できる。やむを得ない場合は、職場に子供を連れてきて、目が届く場所で遊ばせることもできるようになっている。今後は、保育園との連携も検討しているという。こうした環境づくりが、パートタイム従業員の離職率5%以下という高い定着率につながっている。

職場の片隅でパート従業員の子供たちがお絵描きをしていることもある
職場の片隅でパート従業員の子供たちがお絵描きをしていることもある

学び合う風土で技能を向上
 デジタル化で作業の質を平準化

従業員が学び合う教育の仕組みと、デジタル技術を活用した業務平準化・効率化にも取り組んでいる。従業員全員が、手作業の工程のほとんどができるように教育を受けるため、従業員の1人が突然休んでもチームで穴埋めができる仕組みが整っている。

毎週、勉強会も開催している。はんだ付けの温度や設定、電子部品の知識を含めたノウハウについて仕事で気づいたことを共有する場だ。小さなことでも従業員たちが自発的に発言し、気づきを他の従業員と共有する。

樋口電子ではパートの女性社員が熟練技能を身につけている
樋口電子ではパートの女性社員が熟練技能を身につけている

生産現場のデジタル化に精通した樋口氏の知見は、従業員教育や業務改善にも大きく寄与している。同社では、従業員一人ひとりの手仕事のデータを画像などで蓄積している。どのような条件ではんだ付けをして、その結果がどうなったかといった情報だ。これにより、従業員が苦手で失敗しがちな作業が分かる。従業員は、熟練者の作業動画で見てコツを理解し、技術を高めている。

AIを使った生産管理システムも開発した。工場内の工程の進捗状況をリアルタイムで把握し、品質と納期を担保している。工場内の大型ディスプレーには品質の不具合が起きた案件とその理由を画像付きで表示し、再発防止を図っている。

はんだの付け忘れや、電子部品を基板に入れる方向を間違えるというヒューマンエラーに対しては、独自開発の生成AI検査ツールを導入。これにより、目視検査の工数を15%削減することに成功した。

職場の大型ディスプレーには不良の理由などを表示。従業員が情報を共有できるようにしている
職場の大型ディスプレーには不良の理由などを表示。従業員が情報を共有できるようにしている

受託製造拠点を全国へ
 手加工データ提供も

同社は今後、「樋口電子流」を各地で展開していく。まずは、同じようにプリント基板の町工場が数多く集積する愛知県や神奈川県などに直営の受託製造拠点を開設する。同社のノウハウを提供し、他の地域でもパートナー企業を増やしていく。はんだ付け以外にも、手加工や手作業が必要な領域は多い。現在同社には、多くの相談が舞い込んでいるという。

手加工の細かいデータの蓄積に注力していることが、手作業の受託ビジネスの枠を超えた新たなビジネス創出につながっている。蓄積したデータは、ロボットの動作を学ばせる「教師データ」としても活用できるため、高い市場価値を持つ。実際に工場自動化(FA)大手からの要望も来ており、データ提供が同社の新たな収益源となり得る可能性を秘めている。

日本の手加工改革へ
 人口減少時代の製造インフラの実証基盤に

淀川に近い国道沿いにある樋口電子の本社工場を訪れた。中古車店の居抜きの本社には、樋口電子の小さな看板が立っている。樋口氏は、7人しか従業員がいなかった時代に工場の前を子育て中の母親たちが自転車で走っている姿を見て、こうした女性の力を活用できないかと考えたという。これが新たなビジネスを始める出発点だった。

それから数年あまり。着実に事業を拡大させてきた同社が見据えるのは、日本の手加工改革だ。手加工を単なる下請けの仕事ではなく、製造資産とすることで、日本のモノづくりの重要な基盤にすることを目指している。同社の取り組みは、日本のモノづくりで大きな存在感を発揮しつつある。

同社が目指す世界観を「人が減る時代に、人が活きる製造を」と語った
同社が目指す世界観を「人が減る時代に、人が活きる製造を」と語った