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不登校生に寄り添う教育こそ、多様な人材を育てる 日本の教師力も高めて「新しい学校」を創る

不登校生に寄り添う教育こそ、多様な人材を育てる
日本の教師力も高めて「新しい学校」を創る

2月24日に開催されたソーシャルビジネスの全国コンテスト「NIKKEI THE PITCH SOCIAL」において400を超える応募者の中からグランプリに輝いたのは、不登校オルタナティブスクール小中一貫校を展開するNIJIN(東京・江東)の星野達郎代表取締役だった。国内で35万人とされる不登校生徒の受け皿として、子供たちの可能性を引き出す斬新な教育を実践し、生徒を急速に増やしている。ほんの3年前まで青森県八戸市の小学校で生徒たちと向き合うことに喜びを感じていた一人の熱血教師がソーシャル起業家に転身し、日本の義務教育のあり方を大きく変えようとしている。

最終審査会の様子

不登校400人のうち130人が復学、生徒数3万人が目標

「安定した教職を捨てて起業家になることには周囲から本当に猛反対された。それでも、子供たち一人ひとりと向き合って幸せにし、この国の未来を明るく照らしていけるようにしたかった。グランプリを獲得できたことは私たちの取り組みが認められたことであり、これからの力になる」。星野代表はグランプリ受賞が決まった後、こう喜びを語った。審査員を務めた鈴木寛・東京大学教授は「学校はコンサバ(保守)の代表例ともされるが、実は未来を先取りし、イノベーターであるはず。NIJINには日本の教育改革の先頭に立ってもらいたい」とエールを送った。

NIJINは2023年9月に不登校オルタナティブスクールで小中一貫の「NIJINアカデミー(ニジアカ)」を開校し、これまで400人を超える不登校の生徒が入学し、130人は元気を取り戻し、復学した。現在は生徒数が300人程度だ。ニジアカでは学習指導要領に沿った授業をオンラインで受けられる「メタバース通学」コースと、リアルの教室でも学べる「ハイブリッド通学」コースの2つがある。リアル校は現在、全国で13校だが、今後1年間で100校以上に増えて、生徒数も1000人を超える見通しだ。星野代表は「2033年に全国のリアル校を2000とし、生徒数も3万人を目指しているが、前倒しで実現できそうだ」と強調する。

プロ教師による授業の質が強み 通学しなくても卒業できる

ニジアカの強みはまず授業の質の高さだ。国立や私立の小中学校で高く評価される多くプロ教師らがオンラインで授業を担当している。生徒たちはライブ配信やアーカイブで、毎月60コマ程度と通常の学校の2倍の中から受講する授業を選ぶことができる。音楽や体育の授業もある。毎朝10時にはメタバース校舎の各クラスでホームルームが開かれる。鉄道研究や将棋など11の部活がある。学園祭や夏キャンプはもちろん、入学式、卒業式、修学旅行もある。毎週、生徒ごとに学習した実績をリポートで作成し、それを保護者が学校に提出する。学校からの出席認定率は97%だから、学校に行かなくても卒業できる。

星野代表は「不登校の生徒が最も安心できるのは自分の家であり、そこで最も質の高い教育を受けられる環境を整えている」と強調する。現在、不登校の生徒は文部科学省の方針もあり、通学を強制するのではなく、多くの自治体にある地域教育センターやフリースクールに通って元気を取り戻すようにしている。星野代表の考え方は違う。「学校で過ごす時間の8割は授業だ。この授業を魅力的なものにすることこそが不登校を減らすために重要だ」とし、様々な学力や性格の生徒たちに響く授業ができる先生を集めている。

最終審査会の様子

レアルマドリードのサッカー教室とも提携、子供の可能性広げる

星野代表の取り組みとしてやはり斬新なのが、週に1~2日は教室に通うハイブリッド通学コースだろう。実はリアル校とされるのは、習い事教室だ。スポーツ、ダンス、音楽、絵画、プログラミングなど様々な習い事教室をリアル校として通学し、リモートで算数などの授業も受けながら、ピアノなど自分が学びたい習い事ができる。星野代表は「これまで学校で過ごしてきた平日の午前と午後の時間を、自分のために使うことができる。子供たちの可能性を広げられる」と指摘する。

レアルマドリードの東京晴海校と連携した星野代表
レアルマドリードの東京晴海校と連携した星野代表

4月からはプロサッカーの名門、スペインのレアルマドリードのライセンスをもつ東京晴海校がニジアカのリアル校に加わった。日本に6か所ある同チームのサッカー校でも最も大規模な教室であるが、これまでは平日は午後3時までは子供たちが通学できなかった。ニジアカのリアル校の生徒になれば、平日朝8時には通学してサッカーを指導経験が豊富なコーチたちから学び、そこでオンラインで算数や国語などの授業も受けて放課後もサッカーの練習ができる。

リアル教室は料理やダンスも、日本の習い事市場を活性化

星野代表は「九州のプログラミング教室大手や、ネイティブが自宅で開く英会話教室など非常に多くの方々がリアル校の開校を申し出てくれている。日本は子供たちの習い事が非常に充実していてレベルが高い。茶道や日本舞踏のような伝統文化の教室も含めて、子供たちが本当に学びたいことを学べるようにする」という。東京の港区三田校は料理教室がリアル校であり、シェフを目指すような子供たちからも人気で、平日の開校日を増やしてより多くの生徒を受け入れようとしている。

東京の港区三田校では料理好きな子供たちがリアル教室に通学する
東京の港区三田校では料理好きな子供たちがリアル教室に通学する

日本の習い事市場は通常、平日の放課後である午後4時以降にある。ニジアカであれば、「学校の時間」として不可侵だった平日朝から午後3時ぐらいの時間帯で生徒を教えられるために、習い事の先生にとってもメリットが大きい。ハイブリッド通学コースでは通常の授業を含めて教育費用が月4万円程度と、比較的に割安な料金で利用できる。ニジアカのリアル校は世界でも質と量で屈指とされる子供たちの習い事市場を活性化でき、多様な人材を育てる場にもなる。

引きこもり生徒がピッチで受賞 部活も盛んで小学生棋士

星野代表が起業したのは不登校生徒を大量に生み出す日本の学校教育の3つの問題点を憂いたからだ。それは「同質性」「基準性」「非選択性」だ。生徒は同じ地域と同じ年齢の子供たちのクラスで学び、この評価もテストなどの基準があり、学びの選択に自由がないことだ。真逆なのがニジアカの教育であり、「多様性」「主体性」「選択制」をモットーとする。1クラス8人学級で、年齢も地域も違う生徒を集め、「なりたい姿」「ありたい姿」から授業などを選ぶ。経験豊富な担任の先生が生徒たちの相談にのるが、強制はしない。テストはなくても、英検や数研などの資格取得を目指す。小学生で英検準1級を取得する生徒も出ており、将棋部に所属する2人は小学生棋士3段を取得した。

生徒たちの主体性を約束するために、修学旅行なども生徒が提案して行く先を民主的な投票で決める。2月には福岡で開かれた有名なビジネスピッチコンテストに参加し、5年間引きこもりだった子供を含めて6人がニジアカの個性的な教育についてプレゼンして2つの部門賞を獲得した。6月に開かれる次の修学旅行でも、札幌市の生徒は祖父が住み、アイヌ人口が国内で最も多い北海道白老町を提案した。生徒の提案でディベート授業を立ち上げたり、地域のマラソン大会に参加したりするかも決まる。

大切なのは日本の教師力向上 パナソニックや花王と授業で連携

星野代表は不登校問題だけでなく、日本の教師たちが直面する課題解決にも取り組んでいる。NIJINでは現在、13の事業を手掛けているが注目されているのが教師たちのコミュニティ「授業てらす」だ。現在は会員が約500人で、月額2200円の会費を支払うと、プロ教師の講義を受けたり、自分の授業を公開してアドバイスを受けたり、様々なセミナーに参加できたりできる。同じ学年を受け持つ先生たちと悩みを打ち明けて相談もできる。星野代表は「子供たちが不登校にならないためにも日本の教師力を高めることが重要だ。授業てらすを通じて、公立から有名な国立や私立の小中学校にキャリアアップし、ニジアカで教えてくれる先生も出てきている」と語る。ニジアカが全国で2000校の展開を目指す中で、生徒たちをひきつける魅力的な先生を数多く育ててようとしている。

産学連携で実践的な授業も開催している。すでに50を超える企業や自治体と連携している。パナソニックとはアントレプレナー教育で連携。花王とは家庭科授業を共に創り、不登校の自己肯定感回復を目指す「家事名付け親プロジェクト」を開催。不登校問題には企業側も解決に協力したいという申し出も多く、森永乳業のヨーグルト工場を訪問する社会見学も開かれた。星野代表は「ニジアカでは起業家を目指している子供たちも多く、こうしたニーズに対応していきたい」と語る。

最終審査会の様子

八戸の熱血教師の決意 グアテマラの経験も活かす

星野代表は22年まで八戸市の小学校教師だった。担任していたクラスで、成績が良いのに学校に来たがらず、休みがちな女子生徒がいた。この不登校問題に取り組みたいと学校長や教育委員会に掛け合ったが、認められずに、辞表を出して起業を決めた。ニジアカのアイデアはあったが、勝算はなく起業のノウハウなど全くなかった。

星野代表の強みは行動力と経験だ。進学校の神奈川県立多摩高校では2008年12月に、陸上部のプレイングマネージャーとして組織をまとめあげ、京都市で開かれる全国高校駅伝選手権に導いた。この年は優勝した長野県の佐久長生高校に大迫傑選手や村澤昭伸選手らのほか、他の強豪校にも箱根駅伝で大活躍するランナーが数多く参加しており、初出場で36位は下馬評を覆す大健闘だった。

大学卒業後はグアテマラで算数の授業の質向上などに取り組む
大学卒業後はグアテマラで算数の授業の質向上などに取り組む

千葉大学教育学部卒業後は国際協力機構(JICA)の海外協力隊小学校教育隊員として2年間、中米のグアテマラに赴任した。そこでは15市の教育長たちと関係を築いて、現地の6000人の教師に算数の授業の研修会を実施した。授業研究というコミュニティを作り、先生同士が学び合えるようにして、今でも星野代表は現地からアドバイスを求められている。こうした経験が授業てらすにも生きている。

「星野さんがやるべきは30万人という不登校問題の解決」

星野代表が起業してニジアカを23年9月に開校しても、自らがソーシャル起業家として何をすべきなのか迷っていた。そこで出会ったのは、東京都が主催する起業家育成プログラムの責任者だったデロイトトーマツグループの會田幸男氏だった。ニジアカの開校時には生徒数が60人とまずまずのスタートだった。會田氏から「星野さんがやるべきなのは目の前の数百人の不登校の生徒を救うことだけではなく、日本で30万人を超える不登校の問題を解決することではないのか」と指摘されて、自らの腹が決まった。日本の教育全体を大きく変える事業とするために全国でのリアル校展開などにと動き出した。26年にはニジアカの高校も開校する。

何よりも目指しているのは学校教育法の改正だ。日本国憲法や教育基本法に定められている「普通教育」を受ける場所を、学校教育法が学校に制限している。星野代表は「江戸時代の私塾のように、質の高い教育をしているところも認定してもらい、子供たちが学べる場を選べるようにしてほしい」と強調する。すでに都議会の与野党議員など50人以上の政治家がニジアカを訪問しており、ロビー活動にもこれから力を入れていく。

新1年生に選ばれた喜び レオスの藤野社長も支援

星野代表も先行きを楽観していない。教育は規模を拡大すれば、質が落ちるというトレードオフ関係にあるからだ。子ども一人ひとりの幸せになる力と人を幸せにする力を約束し、それが3万人の規模で積み重なることに価値があり、社会から本当に認められる存在になれるというのが持論だ。「これからの課題は人材育成だ。理念に向き合い、本音でぶつかり合うチームになっていかなければいけない」という。

そんな星野代表を喜ばせたことがある。実は今年4月には3人の新1年生を迎える。つまり、普通の学校で不登校になった生徒ではなく、最初からニジアカを選択する初めてのケースだ。これまでもニジアカでは口コミで不登校の生徒が増えてきたが、最初の選択肢としてなれたのは、ニジアカでの教育が少しずつ評価された証でもある。

星野代表は「日経のピッチでグランプリを獲得できたことで、より多くの人たちに認めてもらえる。審査員を務めたレオス・キャピタルワークスの藤野英人社長もアドバイザー就任を快諾してくれたのもうれしかった。責任もずっと重たくなる」と厳しい表情で語る。

最終審査会の様子

日本では不登校の生徒数が10年余りで、ほぼ3倍の35万人にまで増えるという非常事態になっている。激務ゆえ教員不足も続き、公的な教育が根本から揺らぎかねない瀬戸際にある。公教育はどうあるべきかが国民的なテーマとなり、待ったなしの課題だ。ニジアカのような多様な学びを提供できる「新しい学校」がソーシャルな存在として本当に認められ、不登校以外の生徒を含めた大きな受け皿になれるのか。星野代表の挑戦は日本の教育のあり方にも大きな影響を与えそうだ。

NIKKEI THE PITCH SOCIAL 2024-2025
グランプリ 株式会社NIJIN

最終審査会登壇時の星野氏
最終審査会登壇時の星野氏