
2月24日に開催されたソーシャルビジネスの全国ピッチコンテスト「NIKKEI THE PITCH SOCIAL」の決勝大会では、不登校オルタナティブスクール小中一貫校を展開するNIJIN(東京・江東)がグランプリを、休職や一時的な離職の際にキャリアアップを支援する一般社団法人キャリアブレイク研究所が準グランプリをそれぞれ受賞した。合計で400を超える応募者の中から、決勝大会に進出した企業は10社と「狭き門」だった。ピッチコンテストは特別パートナーであるレオスキャピタルワークスの藤野英人社長による「日本から世界に通用する若いソーシャル起業家を育てたい」との思いから、決勝進出者たちはビジネスプランを競うだけでなく、経験豊富な専門家がメンターとして寄り添いきめ細かく支援することが最大の特徴だった。参加した起業家たちがこの機会をどのように活用して何を学んだのかについて報告したい。
ファイナリストに受賞結果は今日のスナップショットだ

レオスの藤野社長は受賞企業を発表する表彰式で「受賞できなかった企業でも、ファイナリストに選ばれることはとてもすごいことであり、誇っていい。表彰の結果は今日のスナップショットであり、来週やったら順位も変わっているかもしれないほど接戦だった。来年、再来年とかになると、さらに大きく変わってくる。勝負は今だけでなく、10年後、20年後、そして30年後になるので、長い目で走り抜けてもらいたい」と語った。
同じく審査員を務めた東京大学の鈴木寛教授も「決勝大会に勝ち進まれたことだけでも素晴らしい。いろいろな分野で、社会課題を解決するロールモデルができつつあることが分かった」とし、「(決勝に進出した起業家を丁寧に支援してくれた)メンターの皆さんらにもお礼を言いたい」と語った。
日経のソーシャルピッチでは400を超える応募者を書類審査し、24年10月から一次審査通過者にはブラッシュアップミーティングとして幅広い知見を持った専門家がメンターとなり、より実現性の高いビジネスプランに磨き上げるように後押ししてきた。これこそが他のピッチと違う良さであり、決勝に進出した起業家たちには大きなモチベーションになっていた。
タンザニアで「妊婦の安心」を支援 初めてのピッチで自信
東アフリカのタンザニアで妊婦の安全な出産を支援するアプリを開発するMomNestの鈴木南美代表理事は「私はビジネスピッチには参加するのが初めてで、本番でも手がぶるぶる震えるほど緊張した。それでもメンターの渡邉さんのおかげで何とか自分の思いを伝えることができた」と語る。

鈴木代表理事が感謝するのは毎月、相談にのってくれたアジア女性社会起業家ネットワークの渡邉さやか代表理事のことだ。「社会的なインパクトの大きさや収益性など説明で重要なポイントについて細かくアドバイスしてもらえた。ビジネスプランも精査できた」という。アプリでは提供する情報も充実させ、数年以内の目標として毎日1万人が利用されるようにして広告収入も確保したり、ケニアなど周辺国でも事業展開をしたりしていきたい考えだ。
鈴木代表理事の背中を押してくれたのは審査員であり、厚生労働省元次官の村木厚子津田塾大学局員教授の一言だった。それはアフリカの医療支援では医療機器のハードが目立つが、それ以上に情報ネットワークというソフト面で取り組まれていることが素晴らしいという指摘だった。「ピッチに参加して自分のビジネスに自信を持つことができた」(鈴木代表理事)という。
「社会課題の解決を深堀するより、目指すべき楽しい未来を示せ」
リアルタイムで水族館の動画を配信サービスを手掛けるAqzooの創業者である堀内涼太郎氏もメンターである矢田明子氏のアドバイスでビジネスの方向性を大きく変えた一人だ。矢田氏は看護師ら医療人材が外で地域の住民と触れある「コミュニティナース」構想で有名な社会起業家だ。堀内氏が気づかされたのは「水族館の課題を深堀するばかりではなく、水族館で描ける未来をしっかり考えて、事業を進めることが大切」ということだった。

堀内氏は水族館と提携交渉する際も、収入減や人手不足といった課題ばかりを指摘して動画配信などを提案していた。だが、「多くの人たちに水族館を好きになってもらうために何ができるか」を前提に様々なアイデアを打ち出して話すようにした。水族館との飼育員との交流や没入感のあるVR映像など水族館にとって魅力的なオファーをしている。
堀内氏のピッチでのプレゼンを聞いて、サンゴ礁など海の生物の研究会社から声もかかった。研究室には水槽もあり、サンゴ礁の生態などもしっかり学ぶことができ、コンテンツとしては魅力的だ。堀内氏は「病院でもレストランでもどこでも水族館のように楽しめて学べるようなサービスを提供していきたい」と強調する。
実は準グランプリを獲得したキャリアブレイク研究所の北野貴大代表理事もメンターの矢田氏に感謝している。「矢田さんからは素晴らしい活動をされているのだから、企業側としっかり契約を結んで収益を確保すべきだと強く言われた」と語る。ソーシャルビジネスは持続可能でなければならず、価値に見合った当然の報酬を受け取り、全国で活動をもっと積極的に広げていくべきだとのアドバイスだった。
北野代理事の元には数多くの大企業から社員の士気を高めるキャリアブレイク制度の導入で相談が舞い込んでいる。こうしたニーズに対応するには自らが「伝道師」を務めるだけでは限界があり、組織として対応できる体制を整えていこうとしている。
大学生を孫ではなくても友達に 高齢者の精神的な老いを和らげる
高齢者と若い学生を結び付ける「まごとも」サービスを展開するwhicker(ウィッカー)の代表取締役である山本智一氏も堀内氏と同じく京都大学大学院で学ぶ学生起業家だ。現在は、京大本部の吉田キャンパスの国際科学イノベーション棟西館で事業を進めている。「高齢者にとって老いとは肉体的なものと、精神的なものがある。私たちは高齢者が精神的に老いを抑えるようななサービスとして、孫のような友達との時間を過ごせるようにしている」と語る。
すでに京大など100人程度の学生が登録し、高齢者の自宅に伺って話を聞いたり、一緒に外出して美術館に行ったりしている。鈴木氏のメンターは山形市の井上貴至副市長だった。総務省出身であり、高齢者問題には詳しく、まごともサービスのブラッシュアップなどで参考になるアドバイスを受けた。

もともと、山本氏は介護施設を主な顧客として想定していたが、それよりも離れた高齢の独り身の親が心配だという家族からの引き合いが多いためにこちらにシフトしている。同社は「まごとも」サービスを申し込んであり、学生の評価もわかるアプリを開発している。基本的に時間単位で報酬を支払う。基本料金は1時間2500円。月間1万5000円から2万円程度を支払うケースが多い。京都市のふるさと納税のメニューにもなっている。経済産業省が主催する高齢者介護を幅広い世代が担う「OPEN CARE PROJECT」の参加企業にも選ばれた。
高齢者が若者と触れ合うことでストレスが減少するという成果が学術的に証明されている。ただ、山本代表取締役は「若者が高齢者と寄り添うことで精神的にプラスになるようなデビデンスも出し、社会として世代間の交流の良さを示していきたい」と強調する。
「キャッシュポイントは全国に広げて考えよ」アイデアを利益に変える秘訣とは
OYSTARの鈴木祐太氏は立教大学大学院で学ぶ学生起業家の卵だ。牡蠣の養殖で副産物として発生する「偽糞」を浄化してバイオ燃料や肥料にしたり、の殻は水質浄化材や建設資材として再利用したりする循環型環境事業に取り組んでいる。特に偽糞は海底にヘドロのようにたまることが課題だった。宮崎大学の研究チームなど産学連携を進めている。

今回のピッチに参加して学んだのは、審査員を務めたレオスの藤野社長のアドバイスだった。「牡蠣の養殖だけだと地域が限定されるので、キャッシュポイントを全国に広げられるようにしたらどうか」。鈴木氏はホタテや二枚貝など他の貝類でも偽糞が出ることから、牡蠣以外での事業についても検討を始めた。鈴木氏は来年、立教大学大学院で生物多様性の研究で修士をとり、その後は博士課程に進む予定だ。「専門家としての知見を増やしながら、宮崎大学を中心に起業する新会社と連携して事業を拡大させていきたい」という。
シングルマザーの強みを生かし 自立するインディペンデントマザーに
シングルマザーの自立を支援するルータスワークの大原康子代表取締役もレオスの藤野社長からの指摘でビジネスプランを再考している。大原代表取締役は夫が突然の事故死で他界してシングルマザーとなった。その後は編集者などとしての経験を生かして、シングルマザーにコンテンツ制作などを教え、仕事も引き受けて自立を促す事業をしてきた。「シングルマザーではなく、インディペンデントマザーを増やす」ことをミッションに掲げ、ピッチでも法人向けの人材育成研修として若手社員がシングルマザーを相手にティーチングする講座などを提案した。

藤野社長は「インディペンデントマザーというのは素晴らしい問いかけだ。サービスの幅をもっと広げて考えると、独特で面白いものがでてくるはずだ」と指摘した。
同社ではこれまで本拠地とする東京世田谷区の施設で母親の家事負担を軽減するために食事などを提供する実験的なカフェの運営もしてきた。大原代表取締役は「シングルマザーは子供を育てる経験があり、粘り強くて責任感がある。こうした強みを生かして法人向けでサービスの幅をさらに広げていきたい」としている。
日経のソーシャル起業家が競うピッチコンテストでは社会課題を解決するインパクトの大きさが評価される。レオスの藤野社長が指摘するように、ソーシャルビジネスは遠い未来を見据えて続けていくことで、社会を大きく変えていくことができる。それゆえ、これからも日本経済新聞社のピッチでは自らの現在地をしっかり見定めて、難しい時代でも未来への希望の扉を開いていけるような起業家の育成に力を入れていくつもりだ。
NIKKEI THE PITCH SOCIAL 2024-2025
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