
医薬品の製造プロセス開発を最適化
新薬をより早く、安価に世の中へ
多様な主体によるスタートアップ支援展開事業「TOKYO SUTEAM」は、協定事業者やスタートアップ・起業家同士のネットワーク構築を目的としたイベント「TOKYO SUTEAM DEMO DAY 2025」を開催した。イベント内で実施されたスタートアップコンテストでは、「成長部門」「海外部門」「創業部門」の最優秀賞が選出された。海外部門で最優秀賞を受賞したオキシルアートの金俊佑(キム・ジュンウ)氏は、医薬品開発において膨大なコストと時間を要する「製造プロセス開発」の効率化に挑んでいる。これまでの実績や、製造プロセス開発の課題について話を聞いた。
――創業の経緯を教えてください。
大阪大学で有機化学を学び、現在は東京大学大学院の「杉山・Badr研究室」に在籍中です。専門は化学システム工学で、化学反応や分離などのプロセスをモデル化し、シミュレーションする研究をしています。その成果を医薬品の製造プロセス開発に応用するために「オキシルアート」を創業しました。
――医薬品の製造プロセスにはどのような課題があるのでしょうか。
新薬を世に出すには、候補物質を医薬品として大量生産できるよう、製造プロセスを確立する必要があります。その製造プロセスの開発に、製薬企業は莫大な費用と時間を投資しています。なぜなら、製造工程の確立には試薬量や温度、pH(ペーハー)など多岐にわたるパラメーター(変数)の検討が必要で、選択肢は理論上、数百万通り存在するためです。経験からある程度絞り込めますが、それでも数百回から数千回の実験が必要で、長期にわたる場合には6年以上の期間と100億円超のコストがかかるケースもあります。
日本では、薬価の算定に製造コストが反映されるため、製造プロセスの開発費が膨らむと、医療費の高騰に直結します。また、採算性の低下により、薬の供給が停止される可能性も考えられます。
――その問題の解決にオキシルアートはどのような貢献ができるのでしょうか。
私たちのソリューションを利用することで、そうした実験をモデルによるシミュレーションに置き換え、試行回数を大幅に削減することができます。
モデリング手法には、「データ駆動モデル」と「物理モデル」という主に2種類の方法がありますが、私たちの強みは「物理モデル」を重視している点にあります。
機械学習などに使用されるデータ駆動モデルでは、実験に基づいたデータを数百から数千件ほど学習させてモデルを構築します。正確性は高まりますが、データ収集に時間とコストがかかる製造プロセス開発のモデル構築には不向きです。
一方、物理モデルの場合は、体系化された自然科学の法則を用いてモデリングを行います。必要なデータは数十件程度で、ここから数理モデルを構築します。これにデータ駆動モデルを組み合わせた「ハイブリッドモデル」を構築することで、少ないデータ量で正確なシミュレーションを実現しています。
――これまでの実績について教えてください。
2023年7月の創業以来、アメリカの大手製薬企業や、国内の大手製薬企業などの約10社とプロジェクトを進めてきました。そのうち、あるクライアントからは製造プロセス開発コストを4割削減できたという評価を得ています。
現在は、個別のプロジェクトごとに数理モデルを構築するコンサルティングサービスを提供していますが、それに加えて、少量のデータセットからモデルを構築し、シミュレーションを行う自動化プラットフォームを開発しています。完成すれば、実験回数やコストの削減率を90%まで引き上げることができるでしょう。

――オキシルアートは、「TOKYO SUTEAM」の協定事業者LINK-Jによるスタートアップ支援プログラム「UNIKORN(ユニコーン)」に参加しています。役立った支援内容はありますか?
複数のアクセラレーションに関する取り組みに参加してきましたが、ユニコーンは、ビジネスに直結する優れたプログラムでした。私は過去にシリコンバレーでの事業開発の経験もあり、創業当初から海外進出を意識していました。ヨーロッパへの渡航に向けて、事前にイギリス在住のメンターと面談し、有望な顧客ともミーティングを繰り返しました。渡航後はスムーズに商談を進められて、あるイギリス企業との契約が決まりました。「TOKYO SUTEAM」の取り組みを通じ、東京に集積するスタートアップの仲間とつながることができたのも意義が大きいと感じています。
私たちは「デジタル技術によって世界のR&D(研究開発)を加速させる」ことをミッションに掲げています。現在注力しているは、製薬企業の製造プロセス最適化ですが、将来的に、食品業界や化学業界をはじめとする産業全体の研究開発スピードを高め、社会全体のイノベーションの加速に貢献したいと考えています。そのためにはパートナーが必要です。今後、化学工学や製薬、AIなどの、さまざまな領域で専門性を持つ人材と出会えることを願っています。
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