日本経済新聞社は全国の有望スタートアップ・アトツギベンチャーを支援する「NIKKEI THE PITCH」プロジェクトの一環として、若手の社会起業家を育成する「SOCIAL BUSINESS SCHOOL」を開いている。3月7日午前中には都内の九段会館テラスで、全国から選ばれた11人の若手起業家がスペシャルアドバイザーであるレオス・キャピタルワークスの藤野英人社長と東京大学の鈴木寛教授の前で最終プレゼンテーションを披露した。スクール生は総合プロデューサーである慶應義塾大学大学院の横田浩一特任教授が作成した特別プログラムで多くを学んだ。藤野社長が25年12月末に開かれた沖縄合宿に参加し、直接指導を受けられる特別な体験もできた。確かな成長を感じさせた最終プレゼンの模様を詳しく報告したい。
地方の高校生の「どうせ、無理」がない社会に
内野そら氏
最終プレゼンのトップバッターとして登壇したのは早稲田大学社会科学部の学生である内野そら氏だった。昨年11月の北海道合宿から、解決したい課題は高校生が後悔なくキャリアを選べる手助けをしたいということだった。最終プレゼンでは「自分の可能性を最大限に解き放てる社会を目指している。特に地方の高校生が『どうせ、自分は無理』なんて思わない社会にしたい」と強調した。具体的な事業としては大学生による地方の高校生のためのオンライン伴走型のキャリア支援だ。地方の高校生は進路などの情報へのアクセスも限られがちだからだ。これからマンツーマンでの個別メンタリングや、地方の高校生らが参加できるキャリアトークイベントを開催する準備を進めている。特に自分と出身地域など境遇が似ている大学生が伴走することがポイントだ。
鈴木教授は「内野さんとは問題意識を共有していて、自分のゼミでもやっている」とし、「重要なのは実装する際の具体的な取り組みであり、このためのソリューションをもっと踏み込んで考えてもらいたい。それにより共感者が増えるはず」と指摘した。藤野社長は「内野さんのプログラムで結構重要なのは参加する大学生がメンターとして成長できるということだ。活動に参加することが学びになるというメリットを強調したらよい」とアドバイスした。
兄弟で取り組む高野山での新たな街づくり
浦井祐次郎氏
浦井祐次郎氏は外資系コンサルに勤務している。当初は多くの課題を抱える山岳医療をテーマにしていたが、沖縄合宿で大きくピボットした。地元である和歌山県の高野山を舞台に、兄の亮太郎氏とともに街づくりのあり方を考えて、地方をより良くしていくビジネスを打ち出した。亮太郎氏は東大の先端科学技術研究センターの客員研究員であり、近畿大学建築学部の助教であり、都市共生デザインの専門家だ。
高野山は弘法大師空海によって開かれた世界的な観光地だが、宿泊客は少なく滞在時間も短くて経済的に厳しく、少子高齢化も深刻だ。浦井氏は「1200年の歴史があり、世界から人が訪れる高野山で、これからの都市、社会そして建築のあり方について深く議論したい。建築家と協働で滞在型ワークショップなどにも力を入れていきたい。私のスキルであるコンサル力と、都市デザインの専門家である兄と一緒に様々な提案ができるはず」と語った。
レオスの藤野社長は「高野山には特殊性があり、唯一無二なだけに、深堀りしがいがある。兄弟で新たな街づくりに取り組むのもとてもユニークで付加価値がある。それをうまくブランド化しながら、地方創生のプロとして活躍してほしい」と激励した。
ジムでの最適なトレーニングをスマホアプリで提供
中尾竜也氏
東京大学法学部4年生だった中尾竜也氏は就職せずに卒業し、起業家の道を歩む。取り組むのはフィットネスジム向けのアプリ。ただ、沖縄合宿時の内容からさらにブラッシュアップしてきた。以前はジムの会員向けの食事提案が中心だったが、最適なトレーニングが学べるアプリを柱に据えた。中尾氏は「ジムでのパーソナルトレーニングは料金が高い。このアプリを使えば、割安な料金で指導を受けられ、ジムにとっては会員の退会を抑えられる」と指摘した。都内で独立系無人ジムでの導入を目指して実証実験を進めていく方針だ。
鈴木教授は「ジムで続けられずに三日坊主になってしまうことは多い。トレーナーや仲間と一緒にやることが重要ではないか。中尾さんが取り組むトレーニングのガイダンスもいいと思うが、それだけにフォーカスせずにソリューションを広げていけばよい」と指摘した。
レオスの藤野社長は「中尾さんはやる気と根性に満ち溢れた人なので、それを前提にしたモデルになっていた。スマホを使ったトレーニングの指導は継続しやすくなっており、ビジネスモデルとして変化率が大きい。非常に期待している」と語った。
中国の優秀なお墨付き人材を日本企業に紹介
高橋嘉陽氏
スクール生の中で、すでに起業家として本格的に事業を進めており、資金調達に加えて、国内の有力顧客も獲得しているのが清華大学の大学院生である高橋嘉陽氏だ。日本企業の中国市場でのマーケティング支援で実績があり、こうした顧客から要望の大きかった中国など海外での人材採用をマッチング事業に本格的に乗り出した。
高橋氏は「紹介を前提として信頼できるお墨付き人材の採用がしやすい」とし、「清華大学の同級生たちでも就職に苦労していることから、中国の優秀な人材を日本企業に橋渡ししたい」と語った。
鈴木教授は「中国の人材を採用する日本企業の人たちにも心理的なバリアもある。ここをうまく突破するにはお試しができたりして成功の体験を積んでもらえるようにすることだ。口コミで広がっていくはず」と指摘した。藤野社長は「高橋さんは起業家として必要な特性である純粋さとずるさを持っていて、ここぞというときに目が光っていて、成功できるのではと期待している」と語った。
養殖ホタテの貝殻を海の恵みとして活用
牧方咲良氏
弘前大学農学生命科学部3年生だった牧方咲良氏は青森県の特産品である養殖ホタテの廃棄品を使ってアップサイクルに取り組んでいる。貝殻由来の生分解性プラスチックとして再利用して、食器などとして販売していくことだった。最終プレゼンでは廃棄する貝殻を堆肥として利用することも想定し、従来以上に幅広く再利用する方針を打ち出した。
牧方氏は「堆肥化については『捨てる』から『育てる』という循環につなげていきたい」と語った。廃棄される貝殻のアップサイクルはコストが大きな壁だ。機能性に加え、デザイン性など循環ビジネスに向けて地元の青森などでネットワークを築いていく考えだ。
鈴木教授は「廃棄される貝殻を再利用して生分解性プラスチックにするというアイデアはよいとしても、製品としてギリギリの採用のところではコストがやはり課題になる。それを乗り越えるところが牧方さんのプロジェクトのポイントだし、堆肥化のサプライチェーンもどうするのかもっと詰めたらよいのではないか」と指摘した。
藤野社長は沖縄合宿で牧方氏に対して「ホタテガールとか、ホタテちゃんとか名乗って、この貝殻の問題をより幅広く知ってもらうようにしたらどうか」と提案していた。最終プレゼンでも「ホタテの素材を使い、ゴミの山をどうするのか柔軟に考えて取り組んでほしい」と指摘した。
伝統工芸の有田焼をオシャレな骨壺に
副島希帆氏
福岡県庁を辞めて地元・佐賀県の伝統工芸品である有田焼を支援するスタートアップを立ち上げたのが副島希帆氏だ。最終プレゼンでは沖縄合宿でも説明した有田焼をおしゃれな骨壺にしたり、おしゃれな終活ノートを作ったり、死とどう向き合うかについての事業について詳しく説明した。副島氏は「私の人生にとって15歳の春に大切な人を事故で亡くし、死ぬことをリアルに感じた」としており、それが起業家としての基盤になっている。
鈴木教授は「私も62歳になり、大切な仲間も亡くなったりしている。生きる意味を考えるようになり、副島さんの取り組んでいるテーマには共感する」とし、「骨壺のようなものも生きる意味を考えるきっかけになると思うので、いろいろ挑戦してみてほしい」と語った。藤野社長は「AIの時代にはつながりが重要になり、葬儀のあり方も変わったりするかもしれない。そこでイノベーションが起きるかもしれず、カッコイイ骨壺の需要が出てくるかもしれない」と語った。
お寺の活性化で地方を元気にする
高橋英眞氏
神戸大学の農学部の学生で、実家が大阪府河内長野市の盛松寺である高橋英眞氏は各地で経営が厳しい寺を支援するビジネスを計画している。盛松寺はかつて弘法大師が訪れて柚子みそを配り、蔓延した疫病を抑えたという由緒がある。名物の柚子みそに加え、天然香木のお香づくりなどの体験型プログラムでインバウンドの顧客獲得にも成功しつつある。同じく寺院が多く、抹茶が名物の愛知県西尾市などで自らが得たノウハウを横展開している。
藤野社長は「最近、久しぶりに川崎大師に行った時に、名物のトントコ飴を売っていた。トントコトントコって言いながら切っていると、楽しくなるから買いたくなる。お寺に行くことはかつてエンターテイメントだった。高橋さんには寺の価値を元に復元するというだけでなく、アップサイドを狙っていってほしい」と指摘した。
認知症患者との意思疎通を支援
松山峻大氏
認知症の患者と家族による意思疎通を支援するツールを開発しているのが滋賀医科大学の医学生である松山峻大氏だ。自らの祖父が認知症になったことがきっかけだ。松山氏はデータサイエンス分野に詳しく、認知症患者の発する言葉をAIで解析し、本当の意図を把握しやすいようにする。認知症の家族を含めて介護する人に寄り添うサービスであることが特徴だ。すでにプロトタイプを開発し、これから本格的な実証実験を始める。
藤野社長は「テクノロジーを利用した新しい介護のあり方であり、伸びしろが大きい。認知症の介護ではアップサイドのあるビジネスがたくさん眠っており、自分でやりたいぐらい。介護する人の痛みを解決するようなビジネスを探して取り組んでほしい」と語った。
多くのアイデアを成功に導く最初の一歩
多田晏梨氏
慶応義塾大学1年生だった多田晏梨氏は高齢化する中小企業の経営者の事業承継の問題など様々な事業案を検討して合計で7回もピボットした。最終プレゼンではこうした経験を踏まえて、多くのアイデアを実現するために何が必要なのかについて考察し、その成果を発表した。「ビジネスの設計の最初の入り口を整えることで成果を出せる割合が増える。そこから検証、改善、協力、社会接続へとつなげて、価値を生み出すことが大切だ」としている。
鈴木教授は「自分の苦しみをテーマにするというのは良かった。私のゼミでも、まずは最初に何を変えたいのか、ファーストターゲットは自分ということでやっている。多田さんが学んでいる慶応の湘南藤沢キャンパスでは設計の空白を埋めようとするコミュニティもある。まだ1年生なので、いろいろな学問の手法を身につけて挑戦してほしい」と指摘した。
大学のキャンパスで子ども食堂を展開
古川陽登氏
慶応義塾大学経済学部の古川陽登氏は大学のキャンパスを活用した子ども食堂をすでにソーシャルビジネスとして展開している。代表を務める株式会社OIKOSは東京大学や東洋大学などがある文京区周辺をモデル地域として子どもたちが集まり、学びの機会になるイベントも開催している。最終プレゼンではビジネスプランの内容をより濃くしている。大学生と子供が集まる場所を「ゆーすぽっと」と名付けた。大学生にとっては「若者のスポット」で、子供たちにとっては「あなたたちの居場所」という思いを込めた。
藤野社長は「内野さんにも指摘したが、子供たちに接することは大学生にとって大きな学びになる。古川さんの取り組みは子供を救うように見えて、同時に大学生の人間力を引き上げることができ、すごく価値がある」と指摘した。
発達障害のグレーゾーンの子供たちに最良の教育を提供
遠矢勇輝氏
最後に登壇したのは、発達障害のグレーゾーンの子供たちの教育に取り組むのが遠矢勇輝氏だった。早稲田大学を卒業後、自分の妹が発達障害のグレーゾーンだったこともあり、こうした子供たちを教える塾を都内で経営している。発達障害でなくても、それに近いグレーゾーンだと、真面目に勉強しても成績がなかなか上がらない。遠矢氏はこうした子供たちを効果的に教えるためアセスメントツールも開発している。
鈴木教授は文部科学副大臣も務めており、遠矢氏が説明した発達障害のグレーゾーンの問題にも詳しい。「遠矢さんは現在の塾で30人の子供たちを教えている。これを300人、3000人にスケールアップするために何をしていくかが重要だ。社会的ニーズが大きいだけに、行政とコラボするなどして対応してほしい」と評価した。
藤野社長は「プレゼンで心に残ったのは『支援感のない支援』というキーワードだ。グレーゾーンの子供たちが受け入れやすいように、ふわっとした感じで上手に支えることが大切というのは素晴らしい。そのスキルセットを教える側にどう身に付けさせるのかが問われている。本質的な課題に切り込めており、そこをぜひ実現してほしい」と語った。
「7合目より先が急峻で、登るのが難しい」
最後に全体の総括として鈴木教授は「スクール生の皆さんはみんな7合目ぐらいまでは来ている。目指している価値観、世界観、それから注目している切り口が良く分かり、フレームもしっかりして進化した。ただ、7合目からが角度が急峻になって登るのが難しい。どうアプローチするのかが大切なので、さらなる高みを目指して引き続き頑張ってほしい」と語った。
藤野社長は「沖縄ではスクール生と4日も話をしたり、いろんな体験ができたりしたので、これで終わっちゃうのが僕自身寂しいなという感じだ。あと半年ぐらいしてからも話を聞いてみたいので、焼き肉でも食べに行きたい。7合目から上の8合目、9合目に行くのがすごく大変なことだ。まず半年間で7.5合目までいった後にぜひ、進化した姿をまた見せてほしい」と語った。
最後には藤野社長からスクール生全員にビジネススクール第2期生の認定証が授与された。藤野社長と鈴木教授が指摘したように第2期のスクール生は多くを学び、ソーシャル起業家として未来を切り開いていく覚悟を一段と強くしたといえそうだ。日本経済新聞社ではこれからもスクール生たちの想いに寄り添って成長を後押ししていく。
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