SOCIAL BUSINESS SCHOOL 東川町合宿リポート
ファイナリスト選出 社会起業家11人の素顔
日本経済新聞社が日本から世界でも活躍できる社会起業家を育成する「NIKKEI THE PITCH SOCIAL BUSINESS SCHOOL」が2年目を迎え、最初のプログラムである北海道東川町での合宿が11月21日から4日間開かれた。今年はファイナリストとして11人のスクール生が数多くの応募者の中から選ばれて参加した。SOCIAL BUSINESS SCHOOLの総合プロデューサーである慶応義塾大学大学院の横田浩一特任教授らによる指導が始まった。スクール生は2026年3月7日、スペシャルアドバイザーであるレオス・キャピタルワークスの藤野英人社長らの前で最終プレゼンを披露する。今後は沖縄での合宿に加え、専門家によるゼミなどにも参加し、事業計画をブラッシュアップしていく。SOCIAL BUSINESS SCHOOLのキャッチフレーズは「人の歩かない道を行こう!」だ。まずはスクール生たちにとって学びの最初の一歩となる東川合宿についてリポートする。
SOCIAL BUSINESS SCHOOLはもともと、レオスの藤野社長が日本から世界で活躍できる社会起業家を育てたいとの強い想いで実現した。スペシャルアドバイザーである藤野社長は社会起業家のビジネスアイデアコンテスト「NIKKEI THE PITCH SOCIAL」(最終審査会は26年3月7日)でも審査員を務める。日本が直面する複雑な課題を解決し、持続可能なビジネスとしても成功させられる社会起業家を一人でも多く育てていきたいというのがプロジェクトの狙いだ。横田特任教授は「東川合宿ではスクール生一人ひとりが自分がどうありたいかを考える機会になったはず。仲間も見つけられたと思う。これからが楽しみだ」と語った。
横田ゼミの「自分の履歴書」こそ学びの原点
東川合宿ではまず、横田教授による指導講座、つまり横田ゼミで名物の「自分の履歴書」が2日目に開かれた。これはスクール生が自らの人生を振り返って掘り起こす。他の仲間たちがどのように生きてきたのかも知り、それによりなぜ、社会起業家を目指すことになったのかの気づきになる。合宿4日目で最終日の振り返りでもほとんどのゼミ生が合宿の思い出として「履歴書」を挙げている。
東川合宿では3日目に全員が自らの事業についてプレゼンする。レオスの関悠樹氏と三田村英弥氏のほか、バディ役となる山野広貴氏や高堰うらら氏も参加し、スクール生たちにプレゼンへの質問やアドバイスなどをした。まずプレゼンで明らかにしたスクール生たちの社会起業家としての思いを紹介したい。
佐賀の宝である有田焼を通じて、自分を大切にする人を増やす
「私は福岡県庁に入り、行政を通じて社会を良くしていきたいと思っていた。ただ、自分の故郷である佐賀で、有田焼の窯元の厳しい経営状況を知った。子供たちにつがせたくてもつがせられないという涙も見た。だから、自分ができるだけ早く起業をして、役に立ちたいと思った」。日本を代表する伝統工芸である有田焼のレンタル・サブスクサービスを手掛けるJAFANを今年8月に起業した副島希帆氏はこう語った。
有田焼は美しい絵付けの磁器で柿右衛門様式がその代表だ。江戸時代から世界で注目されてきた。戦後の高度経済成長期にも飲食店やホテルなどで高級食器などとして大量に使われていたが、最近は需要が低迷し、窯元の廃業も相次いでいる。副島氏が取り組むのも「まずは有田焼という高級食器をレンタルすることにより、その良さをより多くの人に再認識してもらう。全国の他の産地や伝統工芸業界も同じく厳しい状況にあるため、日本のシェアを取り合うのではなく、様々な産地が力を合わせて日本のものづくりを盛り上げられる事業がしたい」ということだ。
事業の柱と据えるのは高級飲食店向けの有田焼のレンタルやサブスクサービスだが、課金方法や保険の組み込みなど検討すべきことは多い。ビジネススクールを通じて、今後の成長戦略をブラッシュアップする考えだ。
現役医学部生が挑む 認知症1200万人時代への処方箋
滋賀医科大学医学部医学科5年の松山峻大氏は認知機能が低下した高齢者に対して意思疎通支援システムを開発している。「私の祖父が3年前に言葉が出てこなくなり、人と話す気もなくなってしまった。日本では2040年には65歳以上の認知症と予備軍が1200万人になると言われており、この深刻な課題の解決に挑んでみたくなった」(松山氏)という。
松山氏は認知症患者との意思疎通を支援するシステムを開発するため、国内外の高齢者施設の介護士のほか、患者本人など100人以上にヒアリングしてきた。重要になるのが、AI(人工知能)を活用して認知症患者が話したいことを思い出しやすくしたり、介護者や家族がそれを促したりすることだ。
松山氏は「介護歴20年ぐらいのベテランの人なら、経験則で認知症患者への対応ができる。私は経験のない若手看護師や家族にとって役立つようなシステムを実用化したい」と語る。来年から研究開発を本格的に開始する計画であり、今回のビジネススクールで起業に向けて多くを学び、準備を進めたい考えだ。
弘法大師ゆかりの寺 感動体験を横展開
神戸大学農学部3年生の髙橋英眞氏は名刹でも経営が厳しい寺院の再建につながるビジネスを展開しようとしている。実家は大阪府河内長野市にある弘法大師空海ゆかりの盛松寺だ。1200年前に当地ではやった疫病を、弘法大師が伝えた「柚子みそ」で治癒させたという伝えがある。
髙橋氏は「私たちは柚子みそだけでなく、お香づくりやお抹茶を組み合わせた独自の体験型プログラムを開催しており、国内外から数多くのお客さんに来てもらっている。こうしたノウハウを他の寺院にも提供していきたい」と語った。24年には寺にあった築100年を超える庫裡を改修しており、魅力あふれる日本の姿を感動体験として届ける予約サイト「Otonami(おとなみ)」でも採用されるという。
髙橋氏は「柚子顧客単価の向上など課題も多い」とし、インバウンドを効果的に取り込むためのマーケティング施策などを学びたいとしている。
中国名門大学生も就職難 優秀な人材を日本企業に
高橋嘉陽氏は主に中華圏の人材と日本企業をつなぐマッチングプラットフォームを運営している。高橋氏は両親が日本人と中国人で、現在は中国理工系大学の最高学府、清華大学の大学院生だ。中国のアリババグループに入社してマーケティングの仕事をしていた。起業後には日本企業が中国に進出する際のマーケティング施策も支援してきた。
ただ、高橋氏は「日本企業の相談で最も多かったのは中国などでビジネスをする際に必要な人材の採用が難しいことだ」という。その支援に社会的な意義を見出した。
高橋氏は「中国では名門の清華大学でも学生たちは就職が難しい。こうした優秀な若い人材を日本企業で働いてもらえるようにしたい。受け入れる側の日本企業にも海外人材が活躍しやすいように手伝いたい」とも語る。26年からは本格的に事業拡大に乗り出す計画だ。
青森から挑む環境ビジネス ホタテ貝殻に商機
弘前大学農学生命科学部の学生であり、今年1月に合同会社MintAndを設立した牧方咲良氏は「社名にあるミントは廃棄されるホタテ貝殻のアップサイクルにより、環境をミントのように爽やかにしたいと思ったから」と語った。国内で年間20万トンも大量廃棄されるホタテの貝殻の再利用は大きな課題とされる。牧方氏はホタテの貝殻を配合した樹脂製の日用品のほか、農作物の土壌肥料として幅広く提供しようとしている。
牧方氏は弘前大学で土壌微生物の研究室に所属している。「青森県では若者の流出など深刻な地域課題を抱えている。ホタテの貝殻という廃棄物も地域の恵みであり、それを循環させることで新たな産業を創っていきたい」という。
牧方氏は「貝殻のアップサイクルはホタテ以外でも牡蠣もあり、日本だけでなく海外にも市場がある」と指摘する。こうした世界を見据えた環境ビジネスを展開するには多くのノウハウが必要であり、それをビジネススクールで学んでいくことになる。
安全な登山で高齢者に元気を
浦井祐次郎氏は北海道大学を卒業し、現在は大手コンサルティング企業に勤務している。山岳医の仲間らとともに進めているのは「山守Project」であり、登山を通じて心身の健康や人とのつながりを広げようとしている。登山では軽装備による遭難事故が頻発するなど課題は非常に多い。山岳医療サービスをアプリで提供できるよう事業を検討している。
浦井氏は「登山は健康に良くてすばらしいものだ。社会的に孤立しがちでもある高齢者にも人気があり、多くの仲間たちと一緒に登山を楽しめるようなネットワークを広げていきたい」と語る。高齢者は体力を数値化してどの山ならば登れるのかという提案をしたりすることも重要だという。
中小企業の後継者マッチングに新機軸
慶應義塾大学総合政策学部1年生の多田晏梨氏は日本の中小企業が直面する後継者不足という課題に着目した。多田氏は「経営者が自らのビジョンや想いを提示し、それに共鳴するような人材を探せる、つまり逆マッチングできるようなプラットフォームを事業化してみたい」と語った。
多田氏は「父親がずっと車いすでありながら、起業して経営をしていることから、(経営や起業に)興味を持った」と語る。日本の深刻な課題と考えたのが中小企業の事業承継問題だった。「中小企業がなくなってしまうことで、雇用はもちろんだが、地方の衰退につながりかねない。地域にとって大切なカフェとか小さな案件からでも取り組んでいきたい」(多田氏)という。
多田氏はこれから仲間を集めて事業継承という大きな課題に取り組んでいく。若い発想でどのような新機軸を打ち出せるのか。ビジネススクールで多くを学びたいとしている。
発達障害の子供にも確かな未来を
遠矢勇輝氏は早稲田大学法学部を卒業し、現在は都内で発達障害に近い子供たちに学習指導する専門塾を運営している。実際に発達障害と診断されなくても「グレーゾーン」とされる子供たちが多い。こうした子供たちの学力を高めて、就職など進路をより幅広く選べるようにすることをミッションとして掲げている。
遠矢氏は「自分の妹が発達障害で軽度な自閉症でもあり、こうした子供たちの支援について課題意識を持った」と語る。他の子供たちのように真面目に努力しても成績があがらない。高校で特別支援学校を選べば、高卒の認定が得られない。遠矢氏が目指しているのは、こうした子供たちの成績、5段階評価で1を3にするために具体的にどのような指導が必要なのかというノウハウを確立し実践していくことだ。
遠矢氏は発達障害に近い子供たちがどの学習の段階で躓きやすいのかという可視化ツールを開発している。すでに専門塾で知見を積み重ねており、今後はアセスメントなどプロダクトにすることや、エンジニアの採用など経営者として何が必要なのかを学んでいこうとしている。
情報格差の是正で高校生に最適な進路を
早稲田大学社会学部3年生の内野そら氏は高校生が納得できる進路選択を支援するソーシャル事業を考えている。「高校生の皆さんが自己分析を通じて最適な進路を選択できるようにしたい。まだまだアイデアベースだが、高校向けとなるプログラムをブラッシュアップしていきたい」と語った。
内野氏が取り組みたいのが情報格差の是正だ。「高校生が実際に大学生と触れ合えるマッチングの機会を提供し、自分の興味や関心のある学部の大学生がどのようなことを学び、何を考えているかを知ることができるようなプログラムも考えている」という。全国の大学や専門学校のシラバスなどを分かりやすく調べられるデータベースの制作も検討している。
栄養管理アプリでAI活用 で最適な食事メニューを提案
東京大学法学部4年生の中尾竜也氏は自分にとって最適な食事を見つけて栄養管理ができる食事AIエージェントを開発している。「全国各地の飲食店のメニューを集めた独自の栄養データベースを作って、AIエージェントが最適な食事を提案し、健康な生活をサポートできるようにしたい」という。
中尾氏は大学に入り、ジムに通い始めたところ、タンパク質や脂質などの摂取量をメモしている人たちをみて、栄養管理アプリに興味を持った。栄養管理アプリは大手2社が提供しているが、実際には「記入が面倒」などとの理由から長続きしないケースが多かった。
中尾氏は「私たちは新しいソリューションとして AIが食べるものを決めてくれて AIが自動で記入してくれているようなサービスを実現したい」と語った。ここで重要になるのが独自のデータベースだ。大手の飲食店やコンビニのチェーン店のメニューなど膨大なデータを収集し、自分の位置情報から半径200メートル圏内で最適な食事が提案される仕組みを目指している。これを実現していくために、プロダクトにどのように落とし込んでいくのかなどについて学びたいとしている。
大学で子供食堂 まず「文京区」で成功モデルを
慶應義塾大学経済学部3年生の古川陽登氏は大学のキャンパスを使って子供食堂を運営する事業を展開している。日本では1万以上の子供食堂があるが、「場所が狭かったりするなどの課題も多い」(古川氏)ことから、「全国の大学×子供食堂」プロジェクトを思いついた。
古川氏は「全国には800の大学があり、キャンパスだけでも1000を超える。ここで子供食堂を運営すれば、子供にとって安心や希望の持てる居場所ができ、学生にとっては社会とかかわる実践の場になり、大学にとっては地域とのつながりの構築ができる」と指摘する。
古川氏はこれまで東京大学や慶応義塾大学などで子供食堂を実施してきた。「東大のキャンパスがある東京都文京区には他の大学もあり、ここをロールモデルとしてマニュアル的なパッケージを作り、他の地域でも横展開していきたい」という。
東川町の合宿に参加したレオスの関氏は終了後のあいさつで「皆さんのプレゼンはすごく熱意にあふれてすごく良かった。12月末には沖縄合宿もあり、それぞれの事業計画についてさらにブラッシュアップして成長する姿を見せてほしい」と語った。
※SOCIAL BUSINESS SCHOOLのファイナリストの経歴などはこちらから
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