
流体力学×金属3Dプリンターで挑む
社会課題を解決する船舶用プロペラ
東京都が推進するスタートアップ支援事業「TOKYO SUTEAM」において、協定事業者やスタートアップ・起業家同士のネットワーク構築を目的としたイベント「TOKYO SUTEAM DEMO DAY 2025」が開催された。イベント内で実施されたピッチコンテストでは、「成長部門」「海外部門」「創業部門」の最優秀賞が選出。創業部門では船舶向けの「トロイダルプロペラ」の研究開発と製造に取り組む、中村 ユセフ 健氏が最優秀賞を受賞した。従来のプロペラと異なる点や、経済的な効果、環境面でのインパクトを踏まえ、トロイダルプロペラの商用化に向けた道筋について聞いた。
――起業に向けて準備中とのことですが、事業内容について教えてください。
船舶用のプロペラにイノベーションをもたらし、海運産業が抱える環境問題や、燃料費の高騰といった課題の解決を目指しています。これを実現するための手段として、中型・大型船舶向けの「トロイダルプロペラ」の開発に取り組んでいます。
――トロイダルプロペラについて、詳しく教えていただけますか。
現在主流のスクリュープロペラには、ブレードの先端から「キャビテーション」と呼ばれる気泡が発生する欠点があります。気泡によって水流が不安定になり、抵抗の増大、推進効率の低下、プロペラの摩耗、さらには振動や騒音を招きます。
トロイダルプロペラは、その名の由来である「Toroid(環状体)」のとおり、ブレードが環状に組み合わさった形状です。スクリュープロペラのような先端がないため、気泡の発生を大幅に抑制できます。その結果、推進効率の向上、プロペラの長寿命化、騒音や振動の抑制が可能になります。
――どれくらい効率化されるのでしょうか。
大型水槽試験で検証したところ、平均20%、最大26%の燃費向上効果を確認できました。世界の物流の約9割を担う船舶からは、2018年時点で約10億トンの二酸化炭素が排出されています。これに対し、国際海事機関(IMO)は50年までに温暖化ガス排出量を実質ゼロにすることを掲げています。その達成に、トロイダルプロペラが大きく貢献できると考えています。
――燃費向上による経済効果はどれほどでしょうか。
3年間で試算したところ、1億7000万円の費用対効果を見込める結果が出ました。初期費用として、トロイダルプロペラの価格はスクリュープロペラ(約8000万円)に比べて1億円ほど高くなります。一方、燃料費はスクリュープロペラの船舶が13億5000万円であるのに対し、トロイダルプロペラを搭載した船舶では10億8000万円に抑えられ、2億7000万円の削減が可能です。プロペラの本体価格差を差し引くと、3年で1億7000万円の経済効果を得られます。

――トロイダルプロペラの普及が進まなかった理由は何でしょうか。
流体力学の関係者の間では、トロイダルプロペラの効率性は10年以上前から広く知られていました。実用化が進まなかったのは、形状が複雑で大型化や量産ができなかったためです。スクリュープロペラのように鋳造では製造することがほぼ不可能です。特に中型・大型船舶向けはコストが高く、従来の方法ではスクリュープロペラの10倍以上となることが分かりました。
――その課題をどのように解決するのですか。
設計と製造の両面からアプローチしました。設計面では、船舶流体力学の権威である広島大学・陸田秀実教授と共同で、トロイダルプロペラの形状解析に特化した専用プログラムを開発中です。AIの「強化学習」を取り入れることで、最適形状を短時間で設計できる仕組みを構築することを目指しています。
製造面では、ワイヤー式金属3Dプリンターの活用によって、トロイダルプロペラの製造を実現しました。じつは3Dプリンターといっても、金属素材での製造においては、温度管理や素材供給制御など多くのパラメーター設定が必要です。トロイダルプロペラに最適な製造プロセスを開発するため、溶接・接合関連の世界的研究者である広島大学の山本元道教授の協力を得ています。
――TOKYO SUTEAMの協定事業者として採択された日本総合研究所のアクセラレーションプログラム「Tokyo Technology Commercialization Program」(TTCP)に参加した感想を教えてください。
助成金を活用し、試作品製作や実証実験、特許取得を進めることがきました。また、日本総合研究所のメンターと事業化について議論を重ねられたことは大変有意義な経験になりました。
現在は25年夏の創業に向けて準備を進めています。26年には実船での検証、27年には中型船舶向けにトロイダルプロペラの商用化を予定しています。製造は私の故郷である広島を拠点に自社プラントで行う予定です。瀬戸内海の産業を活性化させるためにも、自分がポジティブなインパクトを残せればと考えています。環境問題への対応や製造業の復興など、日本が直面する社会課題の解決に貢献していきたいと思っています。
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