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TOKYO SUTEAM DEMO DAY 2026 海外部門最優秀賞 FerroptoCure

東京都が推進するスタートアップ支援事業「TOKYO SUTEAM」において、協定事業者やスタートアップ・起業家同士のネットワーク構築を目的としたイベント「TOKYO SUTEAM DEMO DAY 2026」が3月10日に開催された。イベントで注目されたピッチコンテストは「創業」「成長」「海外」の3部門あり、海外部門で最優秀賞に輝いたのは慶応義塾大学発ベンチャーのFerroptoCure(フェロトキュア)だった。細胞死のメカニズムを利用した画期的な抗がん剤の開発で世界から注目されている。

大槻氏は呼吸器外科の臨床医として肺がん治療の難しさを実感し、研究者に転身した。最終的に起業家としてがんで苦しまない世界の実現を目指している
大槻氏は呼吸器外科の臨床医として肺がん治療の難しさを実感し、研究者に転身した。最終的に起業家としてがんで苦しまない世界の実現を目指している

臨床医から研究者に転身
 まず難治性の乳がん治療に挑む

フェロトキュアの創業者である大槻雄士代表取締役CEO(最高経営責任者)は「抗がん剤の治療がかなり速いスピードで進歩していても、残念ながら薬剤抵抗性が原因で年間に世界で900万人ぐらいの患者さんが亡くなっている。私たちはまず、薬が効きにくく予後が非常に悪い『トリプルネガティブ乳がん』でフェロトーシスを活用した新たな治療薬を開発している。この分野では米国のスタートアップなどもあるが、私たちはかなり先行できている」と強調する。

フェロトキュアは北海道大学医学部を卒業し、呼吸器外科に勤めていた大槻氏が肺がん治療の難しさを目の当たりにして臨床医から慶応義塾大学の研究者となり、研究室の同僚たちと22年に創業した。大槻氏らが注目した「フェロトーシス」という細胞死現象を使った抗がん剤は画期的な治療方法として期待されている。ピッチで成長部門最優秀賞は旭化成のスピンアウトベンチャー、DiveRadGel(東京・中央)であり、同じく難治性がんの治療薬を開発している。両社ともに全く異なるアプローチで世界の医療界における最も難しい課題の解決に挑んでいる。

大槻氏は、がん細胞を死滅させるメカニズムで治療する新たなアプローチの有効性について詳しく説明した
大槻氏は、がん細胞を死滅させるメカニズムで治療する新たなアプローチの有効性について詳しく説明した

通常、古くなった細胞や損傷した細胞は、酸化ストレスなどによるダメージをきっかけに体内の仕組みで除去され、新たな細胞に置き換わる。一方、がん細胞ではこのバランスが崩れ、本来除去されるべき細胞が増殖を続ける。その背景には、がん細胞が防御メカニズムの抗酸化システムを強化し、酸化ストレスによる細胞死(フェロトーシス)を回避していることがある。

大槻氏らは、このフェロトーシスを誘導することで、この防御機構を破綻させ、がん細胞を選択的に死滅させる治療法の開発を進めている。大槻氏は「多くのがんで抗酸化システムが亢進(こうしん)しており、フェロトーシスを利用することで副作用を抑えた治療が期待できる」としている。経口薬としての実用化も目指している。従来の抗がん剤と併用することも可能で、製薬大手とも連携しやすいことも強みだ。

米国のスタートアップにも先行
 豪州など海外治験も急ぐ

フェロトーシスというメカニズムは10年余り前に解明されたばかりで、新しい研究領域だ。大槻氏らは早期に研究に取り組んだことから、このメカニズムに関する重要な2つの分子を発見し特許を出願するなど優位に開発を進められている。大槻氏は「米国でも同様にフェロトーシスのメカニズムを使った抗がん剤を開発しているスタートアップが4社はあるが、いずれも肺がんや膵がんといった特定のがん種のみを対象とし、治験はできておらず、私たちが先行できている」と指摘する。

大槻氏は豪州や米国など海外での治験も早期に着手し、グローバル市場で新たな抗がん剤を提供したい考えだ
大槻氏は豪州や米国など海外での治験も早期に着手し、グローバル市場で新たな抗がん剤を提供したい考えだ

フェロトキュアではすでに共同研究も含めて合計19億円程度の資金を調達し、国内での臨床試験(治験)も始めている。最初に取り組んでいるトリプルネガティブ乳がんの進行例では生存率が10%と極めて低く、従来の抗がん剤が効きにくいことで知られる。国立がん研究センターの治験では、がん患者たちに薬を飲んでもらい、有効性を確認している。

グローバル市場見据えて積極的に人材採用

大槻氏はグローバル市場での事業展開を見据えて、まずは豪州で、次に米国での治験の実施を準備している。国内で安全性や初期の有効性に関するデータを確保していることが強みとなる。「世界では年間70兆円とされる抗がん剤の市場を狙っていきたい。製薬会社にライセンスアウトすることを考えており、医薬品としての承認前から売り上げを確保することで研究開発を加速できる」(大槻氏)という。

大槻氏は様々な分野で豊富な経験のあるメンバーをそろえている
大槻氏は様々な分野で豊富な経験のあるメンバーをそろえている

同社ではグローバルで事業を展開するためのチームを強化してきた。アカデミアでは共同創業者で取締役の佐谷秀行氏らがいる。佐谷氏は藤田医科大学腫瘍医学研究センター長で、日本癌学会の理事長も務めた。慶応義塾大学教授時代に大槻氏と共同でフェロトーシスのメカニズムを研究していた。花田博幸取締役はライセンスや海外治験の経験が豊富だ。CFO(最高財務責任者)である大内孝啓取締役は創薬・再生医療分野に特化した有力ベンチャーキャピタル出身だ。大槻氏は「私たちのチームでは経験がある人材がそろっており、世界初となる抗がん剤を世界に広げていくというミッションを実現していく」としている。

東京都の協定事業者のきらぼしコンサルティングの担当者(右)もフェロトキュアが世界の医療を大きく変えていく存在だと指摘した
東京都の協定事業者のきらぼしコンサルティングの担当者(右)もフェロトキュアが世界の医療を大きく変えていく存在だと指摘した

東京都の支援も手厚く
 海外でも評価高く

フェロトキュアに対しては国内の自治体や金融機関などが有望なスタートアップとして手厚く支援している。例えば、東京都のスタートアップ支援展開事業「TOKYO SUTEAM」だ。成長部門最優秀賞のDRGと同じく、都の協定事業者であるライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(東京・中央、LINK-J)が進める英国などでの事業支援プログラム「UNIKORN」に選ばれている。将来的に英国など欧州での研究開発や事業展開に向けて知見を得ることができている。

東京きらぼしフィナンシャルグループ傘下のコンサルティング会社、きらぼしコンサルティングも、この日のピッチで担当者がフェロトキュアの取り組みについて説明した。きらぼしコンサルティングも都の協定事業者であり、アクセラレータープログラムで支援している。25年は北欧最大級のスタートアップイベントにも一緒に参加している。

フェロトキュアは海外の投資家からも注目されている。例えば、米国シリコンバレーにあるカリフォルニア大学バークレー校の有力アクセラレーター、バークレースカイデックなどの海外のプログラムでも採用されている。同社の技術力が世界的に評価されている証拠でもある。

認知症の治療薬としてもフェロトーシスに期待が大きく

フェロトキュアが先行するフェロトーシスを使った治療薬は抗がん剤にとどまらない。神経変性疾患の分野でもフェロトーシスが注目されており、認知症やパーキンソン病などでも治療薬の実用化が期待されている。がんに対しては細胞死が起きるようにフェロトーシスを促進するが、認知症などでは逆に細胞死が起きないようにブロックすることが治療となる。大槻氏は「抗がん剤の研究でフェロトーシスのメカニズムで豊富なノウハウを蓄積しており、これを活用して新たな領域で治療薬を開発したい」としている。

大槻氏は海外部門最優秀賞の表彰式でも「(新たな抗がん剤の研究開発に向けて)今後の資金調達でも支援してほしい」と指摘した
大槻氏は海外部門最優秀賞の表彰式でも「(新たな抗がん剤の研究開発に向けて)今後の資金調達でも支援してほしい」と指摘した

大槻氏はピッチの表彰式で「大変、光栄な賞を頂くことができた」と笑顔を見せ、会場に集まった数多くの関係者に対して「私たちは資金調達をしてきたが、これからも支援をお願いしたい」と語った。新たな抗がん剤の実用化には海外での治験など市販化に向けた次のフェーズに進むことが必要で、多額の資金がこれからも必要になるからだ。フェロトキュアは医療の世界で新たな地平線を切り拓いている。出遅れたとされる日本の創薬系スタートアップが世界で存在感を示せるのかどうか。これからが本当に重要なフェーズになるといえそうだ。