日本経済新聞社が主催する若い社会起業家の育成プログラム「NIKKEI THE PITCH SOCIALBUSINESS SCHOOL」は2025年12月26日から4日間、沖縄合宿が開かれ、第2期生として11人が参加した。このビジネススクールは投資ファンドのレオス・キャピタルワークス社長であり、数多くの起業家を育ててきた藤野英人社長の発案で24年から開催されていた。今回の沖縄合宿には藤野社長がフル参加して、スクール生1人ひとりを厳しくても温かく熱血指導した。藤野氏は「みんなすごく成長してくれて、すごく楽しかった」と語った。沖縄合宿を詳細ルポで報告する。
ソーシャルビジネススクールは、日経新聞が次世代のスタートアップやアトツギベンチャーを育成するプロジェクト「NIKKEI THE PITCH」で社会起業家の発掘や育成を担っており、注目されている。全国から数多く名乗りを上げた応募者から選抜し、26年3月7日に都内でレオスの藤野氏や東京大学の鈴木寛教授らの前で最終プレゼンテーションを披露する。日経新聞も特集記事で報じ、こうした若い起業家が世界で羽ばたけるように応援する。
今回のビジネススクールで最大の目玉が藤野氏から直接指導を受けられる沖縄合宿だった。沖縄県北部で、美ら海水族館にも近い国頭郡のホテルで開かれた。スクールの総合プロデューサーである慶応義塾大学大学院の横田浩一特任教授、プログラムディレクターで連続起業家の安田光希氏らが参加した。合宿2日目と3日目にスクール生のプレゼンと藤野氏らの講評という真剣勝負がある。スクール生は11月下旬に開かれた北海道東川町での第1回合宿で横田氏らからアドバイスを受けており、それぞれのプランを磨き上げて沖縄で発表した。合宿3日目に開かれた2回目プレゼン登壇順にスクール生たちが何を語り、どのように成長したのかを紹介する。
「石油を掘りたいなら、まずはつるはしを打ち込まなければならない」
最初に登壇した高橋嘉陽氏は日本企業と中国など中華圏の人材マッチングプラットフォームを開発するスタートアップ、Orwood(東京・渋谷)を起業している。すでに顧客も獲得しており、スクール生の中では経験値や実績ではピカイチの存在だ。藤野氏は「高橋さんのビジネスは日本の少子化という社会課題のど真ん中のテーマに取り組んでおり、爆発的に伸びる可能性があるね」と指摘した。藤野氏は成功する起業家の要素として「石油を掘りたいならまずつるはしを打ち込まなければならない」ことを挙げているが、高橋氏はこれができているところが素晴らしいとの評価だった。
高橋氏は中国の理工系大学の最高峰、清華大学大学院の現役学生であり、日本人と中国人のハーフだ。中国テック大手のアリババグループに新卒で入社し、マーケティングを担当していた。そこから独立して、日本の化粧品や食品などの中国での事業を支援してきた。ここでも何度もつるはしを打ち込んでいる。そんな中で、多くの日本企業から頼まれたのが現地での優秀な人材の採用だった。
高橋氏は清華大学の友人らを紹介し、有力スタートアップの幹部などとして採用されて、どちらからも喜ばれた。「中国の若者は猛勉強して、それこそ人生をかけて清華大学に入っても就職難で苦しんでいる。一方、日本では多額の費用をかけて新卒を採用してもすぐに辞める人が多い。人材供給のバランスを補えるようにしたかった」という。同社の人材マッチングプラットフォーム「Third hire」も今春のサービス開始を目指して開発中だ。高橋氏がリアルでやっていた「信頼できる人物からの紹介」があれば会員登録できることが特徴だ。
高橋氏は中国のテック大手がAIの普及でリストラした優秀なエンジニア200人を囲い込み、日本語を含めて日本企業で働けるスキルを身に着けさせる研修も加えた人材紹介ビジネスに取り組んでいる。藤野氏は「教育型の人材紹介なら、日本企業の人事担当者の期待のコメントを顔写真で入れたらいい。採用したい日本企業と一緒に研修プログラムを提供するアイデアも面白いね」とアドバイスした。
高橋氏は藤野氏から学んだことで最も響いたのは、自分が事業で何をしたいのかを改めて問い直し、動詞で表すことの大切さだったという。「私がやりたいのは、動詞なら啓蒙することだ。中国の優秀なエンジニアが日本で働き、それが国境を越えてお互いに助け合えることを知ってもらうことも啓蒙することだ。改めて自分のやりたい事業を見つめ直して、3月の最終プレゼンに向けて事業プランをブラッシュアップしていきたい」と強調した。
「ほたてちゃんと名乗ってみたらどうだろう」
弘前大学農学生命科学部の学生であり、昨年1月に合同会社MintAndを設立した牧方咲良氏は出身の青森県などで大量に廃棄される養殖ホタテの貝殻を、生分解性プラスチックに転換して食器などとして販売する事業を計画している。牧方氏は初回のプレゼンで「廃棄されるホタテの貝殻を地域の資源としたい。ホタテの貝殻を100%利用すれば、最終的に土にかえることができるし、抗菌性などの優れた特徴もある」と強調した。
ただ、環境素材系のスタートアップは大学が支援するディープテック系に多く、初期投資が重く、実用化まで長い時間がかかる。スクール2期生でもディープテック系は牧方氏だけであり、藤野氏からは割高になるコストなどについて課題も指摘された。「製品にする際は貝殻再利用部分を全体の3分の1とか、4分の1にしても価値が出るのではないか」ということだった。
藤野氏が「起業家に必要なことは柔軟な発想であり、難しいなら新たな切り口を見つけて事業の中心をずらしていく」ことだ。貝殻のリサイクルなら高い価格で販売できるアート作品にしたり、有名な建築家と組んで建材にしたりするようなことだった。
牧方氏は翌日の2回目のプレゼンで事業モデルを修正してきた。具体的にはお腹でホタテなどの貝を割って食べるラッコをキャラクターにした「Re:Mark」というポイントサービスだ。再利用した貝殻素材を使った商品を最終消費者が購入するとポイントがついて、このマークを使う関係企業から利用料をもらうというビジネスモデルだ。
これを聞いていた藤野氏は「牧方さん、あなたほたてちゃんと名乗ったらどうだろうか。インパクトのあることをやって、まずはみんなに知ってもらうことが大事だよ」とアドバイスした。藤野氏の知り合いの女性は、昔から滝が大好きで、「滝ガール」と勝手に名乗って、すごく有名になったという。「ラッコのイラストも動物っぽすぎるから、お腹と貝殻のシルエットだけで分かるし、かわいくした方がいい」として、自らデザインし直したものまで見せた。
藤野氏が提案したのは「ほたてちゃんとして地元の青森から仲間を集めて、県内を説得して始められないと、全国でやることなんてできない。まずは小さくてもトライすれば、必要なことも分かるはず」ことだ。牧方氏は「藤野さんからはまずは小さな雪の玉を転がして雪だるまのように大きくしていけばいいと激励してもらった。そうなるように頑張りたい」と語った。
「医療界のエジソンになりたいなら、メディソンがいいんじゃないか」
次に登壇したのは滋賀医科大学5年生の松山峻太氏だった。医学部生であるだけでなく、データサイエンスにも強いスキルを生かして、認知症患者が家族や介護士らとの会話をAIで支援するシステムの事業化することだった。松山氏は「私の祖父が3年前に認知症になり、言葉が出てこなくなった。周りの人が誰かも分からなくなった。これから認知症の患者が急増し、護者の負担が非常に重くなる。こうした課題を解決したかった」と強調した。
藤野氏は松山氏のプレゼンを聞くやいなや、「素晴らしい事業なのだが、この市場はマーケットがあまりに大きく、米国のアップルのような巨大な競合企業も多いレッドオーシャンだ。事業の軸をずらしたらどうだろうか」と指摘した。そして、「事業をずらすには徹底的なヒヤリングが必要で、物事の表と裏を見て、逆からも考える必要があることが重要だ」とした。具体的なアイデアとして、認知症患者ではなく、介護者のストレスを晴らしてあげるグループセラピーのようなサービスも可能性があるとしている。
松山氏は2回目のプレゼンで、「昔はブラックジャックのような名医に憧れたが、開発者として事業に取り組んでいきたい。医療界のエジソンのように発明をしていきたい」と語った。藤野氏は「その通りで、自分がやりたいことをやるのがいい。医療界、メディカルの世界のエジソンなら、メディソンと名乗ったらどうか。最初の2文字は大文字で、MEdisonがいいかもしれないね」とアドバイスした。
松山氏が今後の事業でずらした案として説明したのは、独居老人を含めた認知症患者とコミュニケーションをして感情を和らげるアニマルロボットだった。ここで会話などの膨大なデータを収集し、認知症患者をケアするシステムも開発することだ。
藤野氏は「中国では癒しのコミュニケーションロボット『Fuzozo(フゾゾ)』が話題になっており、日本市場でも近く販売され、ヒットする可能性がある。フゾゾのことを今から調べておいて、違う形とか機能とかも考えておくと、チャンスがあるかもしれない」と具体的にアドバイスした。
「まずは東大でも、図書館でも、どっちでも、すぐやってみることが大事」
早稲田大学社会学部3年生の内野そら氏が目指すのは「自分の可能性を最大限に解き放てる社会を実現する」ことだ。まずは「高校生たちが自らの進路を後悔することなく選べるようにしたい。いろんな学生と、いろんな学びと出会って視野を広げるカフェを作りたい」という。高校生は無料で大学生らと交流でき、カフェを訪れて大学生から学び直しができる社会人が料金を支払って大学生の報酬とするビジネスモデルだ。
藤野氏は「内野さんは早稲田の学生なのだから、早稲田ですぐやれそう。学部も多いし、あまりお金もかからないはず。高校生は最初から無料にせず200円でも、300円でも払ってもらう。無料イベントはドタキャンされがちだ。社会人でもきちんとした人に来てもらわないと問題が起きかねない」と指摘した。内野氏に何度も強調したのは「すぐにやってみることが大切。手を動かし、活動量の多い人が成功するのだから」だった。
内野氏の2回目のプレゼンも大きく進化した。まずはオンラインとリアルで2月、3月に開催する計画を打ち出した。リアル開催は自ら所属する教育系NPOのメンバーが在学する東京大学の会議室か、母親が勤務する図書館での開催という2つの案で検討するとした。学生と社会人はオンラインで登録して会員にするかを決め、高校生には大学生と気軽に話せる「自習室&カフェ」としてサブスク課金も検討する。
藤野氏は「東大でも図書館でも早くやれる方からやってみたら。どっちもやってもいい。まずはやってみて、高校生とのつながりなど多くの発見があるはずだから」と指摘した。藤野さんはカフェの名前も提案した。「内野そらさんという名前はこのビジネスをするためにつけてもらったような名前だね。心の内の空を解き放て、という意味でしょう。だから、『そらカフェ』にしたらどうか」だった。
「起業家にとって大切なペグってなにか知っている?」
副島希帆氏は昨年1月末で福岡県庁を退職し、すぐにJAFAN(ジャファン)を起業した。昨年11月下旬の北海道東川町の第1次合宿では地元の佐賀県の工芸品である有田焼のレンタル事業を打ち出した。高級磁器の需要の減少し、後継者がいなくて、廃業に追い込まれていた苦境を改善するためだった。沖縄合宿では高級な有田焼をフルオーダーの骨壺として販売する事業を柱に据えてきた。副島氏は「大切な人の手紙や遺品を入れる器としてデザインや耐久性の優れた有田焼が求められるのではないか」とし、「骨壺を購入した人が死と向き合い、生きる意味を考えるきっかけになる」と強調した。
藤野氏はまず、「スノーピークってキャンプ用品の会社があるでしょう。あの会社で利益をだしているペグって知っていますか」と聞いた。ペグはテントを固定するための杭であり、同社の経営を支える高収益の量販商品だ。「起業家の皆さんに、あなたにとってのペグは何かということをよく聞いている」という。
藤野氏のアドバイスは、骨壺をペグとして売るのではなく、オシャレな終活手帳とか、写真とか、賞状とか自分が生きてきた証を入れられるものとして最終的に売れるようにしたらよいのではないかということだった。
副島氏は2回目のプレゼンで修正をしてきた。「明るく葬祭事業として認知される」ことを掲げて、インテリアとしても魅力的な有田焼の骨壺だけでなく、終活ノートから、遺品整理や自宅葬まで幅広く手掛ける方針を打ち出した。副島氏は15歳の時に大切な人を失ったことが人生に大きな影響を与えており、「死というものをあえて明るくする。そのギャップを埋めるところに私らしさが出せるのではないか」と語った。
藤野氏は「骨壺という言葉も現代風にコツボと名前を変えたらどうか。死というより、最後までしっかり生きるというイメージが大切であり、副島さんの修正はいいと思う。ただ、世界観が一挙に広がったので、キャッシュポイントをどこにするか再整理してほしい」とアドバイスした。
「大学だけにこだわらないで、小布施の図書館に行ってみたら」
慶應義塾大学経済学部3年生の古川陽登氏は大学のキャンパスを使って子ども食堂を運営するNPO法人Oikos(オイコス)を立ち上げ、東京大学や慶応義塾大学などで実施している。最初に登壇した高橋嘉陽氏と同じように、初日のプレゼンから完成度が高かった。古川氏は「大学のキャンパスでは広い場所もあり、子供たちが楽しく遊べる。大学生は社会と、大学は地域とのつながりを築くことができる」と語った。
古川氏は東大のほか、東京科学大学や東洋大学など有力大学が集まる東京文京区を「ロールモデル」として、植物園で子どもたちが食事もしながら学べるといったイベントも企画した。2030年をメドに全国展開し、30万人の子供たちを対象にしたキャンパスでのサービスを展開しようとしている。
藤野氏は古川氏の事業計画にうなずきながらも、「大学にこだわらず、子供が自ら安心できる場所をもっと広い視野で考えるべきだ」と指摘した。最近、東大のエグゼクティブ向けの特別講座で学び、「子供の自在空間」をテーマにリポートを書いたばかり。「古川さんが取り組むことは自分にとっても核心的な関心事だ」という。「子供の自在空間を物理的、精神的、時間的な観点から考えれば、新たな可能性が見えてくる」とし、「長野県小布施町にある大騒ぎできる図書館って知っている?面白いところだよ」とアドバイスした。
大騒ぎできる図書館というのは「まちとしょテラソ」のことだ。赤ちゃんから高齢者まで誰もがふらりと立ち寄れるように談笑したり、飲食したりすることもできる。館長には若いコンサル会社出身の女性を起用し、「昔の駄菓子屋のように気軽に立ち寄れる場」として注目されている。古川氏に言いたかったのは大学での開催も良いのだが、決める前に大きな視点で考えると、大学での子供食堂ももっと深いことができるのではないか」ということだった。
古川氏は「大学での子ども食堂を広げていきたいが、小布施の図書館に行ったりして発想を広げていきたい」とし、「子ども食堂には中学生や高校生が来てくれないことが悩みだった。自分がやりたいのは食事の提供ということを超えて、子供と大学生がぬくもりのある関係を作っていくことだから」と語った。
藤野氏は「良い意味で古川さんの事業計画を前に動かせたし、良い意味で混乱させたかもしれない。これからの時間を使って、一段上のレベルで磨きをかけてほしい」と指摘した。
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