
日本経済新聞社が主催する全国の有望スタートアップ・アトツギベンチャーが一堂に会するピッチコンテスト「NIKKEI THE PITCH GROWTH(グロース)」は3月1日に東京・日経ホールで開催される決勝大会に22社が進出を果たした。ただ、各地で開かれた予選のブロック大会で特別パートナーのSMBCベンチャーキャピタルやレオスキャピタルワークスなどから表彰された注目企業も多い。ブロック大会の連載レポートとして、まずディープテック分野で受賞企業の横顔を紹介したい。
難病の医療検査技術を確立、日本から世界を救う
アカデミアの底力を成功の原動力に

歌手・八代亜紀さんも苦しめた難病、世界初の検査技術で早期治療に活路

「日経のピッチのブロック大会では約1000の得票を頂き、この半分以上が私たちの検査サービスを活用する患者さんや臨床の先生たちでした。現場の研究員たちも喜んだし、モチベーションが高まった」ーーー。「非乾燥の網羅型タンパク質アレイ」という世界初の技術で、関節リウマチなど膠原病の検査サービス「A-Cube」を実用化したプロテオブリッジ(東京・江東)の熊谷亮代表取締役はこう語る。同社は激戦区とされる東京ブロックAに出場し、SMBCベンチャーキャピタル賞を獲得した。
膠原病は国内に約100万人の患者がいる関節リウマチが有名だが、それ以外にも多くの希少疾患がある。このほとんどが指定難病で、治療薬や検査技術の開発が遅れてきた。人間にはウイルスなど外敵が侵入すると、抗体を作って保護する「免疫」機能がある。ただ、免疫異常が起きると、自分の体を攻撃する自己抗体となり、様々な臓器に炎症を起こす膠原病などを発症する。
歌手の八代亜紀さんが2023年12月に急逝したが、死因は膠原病(皮膚筋炎)による呼吸不全だった。実は国民的歌手の美空ひばりさんが1989年に亡くなった直接的な死因も同じだった。
プロテオブリッジは、経産省所管の産業技術総合研究所発のスタートアップだ。取締役副社長の五島直樹氏は、産総研バイオ分野の研究リーダーを務めて、京都大学の山中伸弥教授によるiPS細胞のがん化を防ぐ遺伝子の発見にも貢献した。「網羅型タンパク質アレイ」はヒトの体にある約1万4000種類のタンパク質をガラス基板に高密度に搭載できる。少量の血液を反応させて検査する。同社の検査サービスA-Cubeは、膠原病でも致死率の高い強皮症と筋炎に関わる自己抗体67種類を1週間かつ高精度で測定できる画期的な技術であり、的確な治療につなげる。

最新のがん免疫治療や再生医療でも自己抗体検査が有効
今後の事業展開ではまず、関節リウマチ、シェーグレン症候群など多くの膠原病の検査サービスを開始する計画だ。東京大学大学院医学系研究科の佐藤伸一教授ら国内の多くの専門家が同社の検査技術の有効性を高く評価している。がん治療や再生医療への応用も期待されている。最新のがん免疫治療では副作用で死に至るケースもある。熊谷代表取締役は「副作用に関連する自己抗体を検査することで、投薬すべきでない患者を発見できる可能性がある」と指摘する。
膠原病の領域では、保険適用されている自己抗体検査は20~30種類とまだ少ない。人間ドックなどでも使われれば、関節リウマチの発症リスクも早期に把握することが可能だという。海外でもニーズが大きく、まず日本での足場固めを急ぎ、世界で患者を救っていきたい考えだ。
唾液で6種類のがんを診断、低価格の簡易キットも実用化へ

「私たちの会社では自由闊達に研究できる社風を何よりも大切にしてきた。若くても使命感を持った研究者がたくさん仲間に加わってくれている」。人間の唾液を使い、がんの診断技術を開発する医療スタートアップ、サリバテック(山形県鶴岡市)の砂村眞琴CEOはこう強調する。
砂村CEOは東北大学医学部で長く、すい臓がんの研究と治療に取り組み、多くの患者やその家族の悲しみを目の当たりにしてきた。これが2013年にサリバテックを起業した理由だ。数多くの受賞歴があり、今回は東北ブロックの「オーディエンス賞」を獲得しており、これまでも数多くの受賞歴がある。世界的なバイオ研究機関である慶應義塾大学先端生命科学研究所(鶴岡市)の曽我朋義教授らとも共同研究し、常にがん検診で革新技術を進化させ続けているからだ。
同社の検査サービス「サリバチェッカー」は人間の唾液に含まれるポリアミンなどの代謝物の濃度などを最先端の人工知能(AI)技術で解析して発症リスクを調べる。これは世界に類のない技術であり、国内では医療機関1900施設で導入され、合計で7万件の検査実績がある。対象となる疾病は胃がんや肺がんなど主要な6つのがんに広がり、検査の精度も向上してきた。低価格の検査キットも近く市場に投入する計画だ。東京医科大学病院など多くの医療研究機関と密接に連携し、世界に論文として発表している。
「科学者の楽園」で患者最優先の研究、夢の超早期発見も視野に
砂村CEOが大切にしてきたのは、「科学者の楽園」のようなアカデミアの社風であり、「農村医療の父」とされる佐久総合病院の故若月俊一名誉総長の理念だ。地域医療で患者一人ひとりと徹底的に向き合う若月氏の姿に憧れ、医師を志した。何よりも患者を最優先する研究に没頭するため、短期的なリターンを期待するベンチャーキャピタルからの出資の打診は断ってきた。日本生命やSOMPOホールディングスなど大口出資企業や顧客の開拓には自ら奔走して経営基盤を強化し、若手有望株を中心に研究者26人にまで増やした。

例えば、24年4月に大阪大学の研究所から転職した杉浦一徳氏だ。以前は、がん細胞が受けるストレスの見える化などの基礎研究を専門として業界が注目する多くの成果を出してきた。砂村CEOの理念に共感して入社し、研究計画の立案も任されている。杉浦氏は「がん細胞はデータ解析の研究対象だった。苦しんでいる患者さんや、必死で治療に取り組んでいる多くの医師の皆さんと出会い、研究への意欲が高まった」と語る。
砂村CEOや杉浦氏らが、「未来の夢」と語るのは超早期のがん発見だ。ステージ1より早く見つけられれば、一段と効果的な治療ができる。砂村CEOは「まず、検査費用を低くして市町村レベルで数多くの人たちに受けてもらえるようにしたい」と強調する。経年で大量に検査できれば、がんと診断された患者について5年~10年前の検体を調べることもできる。超早期での発見技術の確立につなげられる可能性がある。
砂村CEOは米ハーバード大学の研究者とも連携し、海外でもがんの早期発見技術の開発や普及にも取り組もうとしている。
廃プラスチックを触媒で水素に、グローバル企業と連携加速

近畿ブロックでT&D保険グループ賞を獲得したAC Biode(エーシーバイオード、京都市)は混合廃プラスチックや有機廃棄物を水素などに転換する触媒技術が強みだ。ダイキンや京都大学などで触媒などを研究した水沢厚志氏が最高技術責任者(CTO)を務める。京都府精華町にある国内研究拠点では8人の社員のうち、6人はインドやインドネシアなど海外の留学生たちだ。同社の久保直嗣社長は「現在は30社と共同研究や実証実験を進めており、半分は欧州など海外企業だ」と強調する。
同社はEUの政府機関である欧州イノベーション・技術機構(EIT)が2019年にオランダで開催したピッチに、久保社長が登壇して決勝に進んだことで、1億円近い出資を受けた。EITが出資するアジアのスタートアップは非常に少なく、当時から注目されてきた。最大の強みは200度という低温で使える触媒だ。様々なプラスチック、衣料品に多いポリエステルやゴムなどの廃素材を粉砕し、リアクターで触媒を使い化学反応させることで、素材原料のモノマーに戻したり、発電燃料として使える水素やメタノールを製造できたりする。「汎用のリアクターが使え設備投資を低く抑えられるため、小さなリサイクル拠点も展開しやすい」(久保社長)という。
独ボッシュとは欧州でリサイクル規制が厳しくなる自動車の樹脂部品など廃プラスチックを水素にする研究を進めている。インドネシアのジャカルタ市では年内にも実証設備が稼働する計画だ。パーム油製造過程で大量に発生する温暖化ガスのメタンの元になる排水を水素にする。シンガポールの政府系投資ファンドのテマセク・ホールディングスと、インドネシア国営電力公社PLNが進める大型プロジェクトに食い込み、日本のグリーンテックベンチャーとして世界で存在感を高めている。
3月1日に開催される決勝大会に進めなくても、世界を驚かすような新興企業は非常に多かった。それこそが日本のスタートアップが原動力となるイノベーションの底力を示しているといえそうだ。
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