「ネット上には、接客がなかった」。そう語るのは、wevnal代表取締役・磯山博文氏だ。実店舗であれば当たり前にある接客が、なぜオンラインの買い物体験には存在しないのか──。この課題意識を起点に、同社は生成AIを活用したチャットボットや電話AIエージェントを通じて、ユーザー一人ひとりに寄り添う顧客体験の設計に取り組んできた。同社が提供するBOTCHANは、LTV(顧客生涯価値)の最大化を目指し、企業とユーザーをつなぐ接客体験のアップデートを続けている。磯山氏が見据える、AI時代の顧客体験の未来に迫る。
ワンストップのサービス提供「違和感のない顧客体験」を重視
wevnalが手掛ける「BOTCHAN」は、5つのプロダクトラインアップからなる顧客接客プラットフォームだ。商品選択・購入・継続・解約といったオンライン上の顧客の買物体験を一気通貫で支援するサービス提供体制を強みとする。「電話対応だけ、購入フォームだけという形でサービスが点在していると、ユーザーの体験に違和感が生まれる。違和感が生じた瞬間、ユーザーの信頼は揺らいでしまう。だからこそ、接客が始まった瞬間から、購入・アフターフォローを受けるまで、ワンストップでサービスを提供できる環境を構築することにこだわった」と磯山氏は話す。
生成AIを搭載したチャットボット「BOTCHAN AI」では、23年3月よりChatGPTの技術の導入を開始した。ChatGPTのリリース直後に具体的な連携開発に着手し、3カ月という短期間で実装にこぎ着けた。もっとも、同社はそれ以前からAI活用の可能性に着目し、会話データを活用した独自のAIアルゴリズム開発に社内で取り組んでいた。磯山氏は「既にAIの専門チームもあり、開発を加速するための資金調達を終えた矢先だった。当初のシナリオが崩れた部分もあったが、技術そのものを競うことは考えていなかった。当社が目指すのはテクノロジーを活用してユーザーや企業を成功に導くことであり、そのためにスピード感を持ってサービス実装に取り組んだ」と当時を振り返る。
マスメディアからSNSへ。時代の潮目で見出したビジネスチャンス
テクノロジーと人の力を掛け合わせて、世の中に新しい価値を生み出したい――。wevnalの成長の歴史は、磯山氏が抱き続けるこの思いを体現した歴史ともいえるだろう。
磯山氏は、東日本大震災の翌月の11年4月に、当時勤めていた大手インターネット企業の同僚と3人でwevnalを創業した。「創業のきっかけは成り行き。当時は起業したいと思ってはいなかった」と話すが、同氏はウェブマーケティングの仕事に向き合う中で、インターネット業界のトレンドの急速な変化を感じ取っていた。事業より先に決めたのは、変化の激しいインターネット業界の中で、顧客を成功に導く灯台のような会社になるという理念だった。メンバーでワードを出し合い、ウェブ(web)・ウェイブ(wave)・シグナル(signal)の3つの言葉を組み合わせた造語「wevnal」が誕生した。
当時、磯山氏らが注目したトレンドがSNSだった。震災直後、既存のインフラが混乱するなか、Twitter (現X)はダウンすることなく機能し続けた。マスメディアによる「一対N」の情報発信から、SNSによる「N対N」の双方向コミュニケーションへ。その変化にビジネスの可能性を見た磯山氏は、SNSマーケティングを軸とした広告代理店事業を開始し、着実に事業基盤を築いていった。
広告集客の先にあった「接客不在」という本質的課題
広告代理事業の収益が安定してきた18年、自社サービス「BOTCHAN」をローンチした。開発の背景にあったのは、広告運用の現場で感じていた「ウェブ上における接客の不在」の現状だ。「我々が広告で良いユーザーを(サイト上に)連れてきても、商品購入や申込に至らないという声が寄せられていた。実店舗での買い物と同じようなリアルな接客体験がウェブ上で実現できれば、広告効果も高まり、企業の課題解決につながると考えた」
チャットボット市場への参入は後発だった。それでも、広告代理店業で培ったユーザーが興味を持つクリエイティブのノウハウや、接客シナリオ設計の知見をプロダクトの機能に組み込み、カスタマーサクセスの仕組みを整えることで、先行他社と十分に差別化できるという確信があったという。
現在は、健康食品や化粧品などのD2C(消費者直販型)の領域にとどまらず、フィットネス・美容サロン・教育・金融・保険といった、コト消費の領域での導入が進んでいる。累計導入社数は800社を超えるまでに成長したが、「社数を追うのではなく、企業のニーズに応じて適切なプロダクトを提案するようにしている。ウェブ上の顧客体験の向上という当社の思いに共鳴いただける企業と共に、成長していきたい」と磯山氏は語る。
希少な日本語の会話データ 競争優位の源泉に
同社が保有するチャットボットや電話音声の会話データは、グローバルな視点で見ても希少性が高い。磯山氏は「ユーザーが購買に至るまでのプロセスにおける顧客体験にひも付く会話データを持つ企業は、国内でも少ないと思う。毎月数万件に上る購買・申し込み対応の現場から得られる生の日本語データや、日本特有の購買行動に関するノウハウは、海外のチャットボット・AI企業が一朝一夕に得られるものではない」と自信をのぞかせる。
磯山氏によれば、他国と比較して、日本人は「自分の意思決定が間違っていないか」を世間の評判や他者の評価で確かめようとする傾向が強いという。だからこそウェブ上の接客においても、他商品との丁寧な比較や、個人の興味関心に基づいた深いレコメンドが求められる。この「丁寧で徹底的に個別最適化された接客」の実現こそが、wevnalが目指す「AI接客革命」の本質だ。
目指すは「パーソナライズ」された接客体験 AIネイティブな基盤構築へ
同社は現在、フォームや電話といった異なるチャネルからの問い合わせデータを「BOTCHAN」上で一元管理し、引き継ぐ基盤の整備を進めている。しかし、磯山氏が見据える「AI接客革命」の実現には、もう一歩進んだデータ統合が不可欠だ。
wevnalが持つ接客データを、購入前後の行動データや、企業側が持つ顧客の属性・興味関心データ、さらにはSNSプラットフォームが持つデータなどと掛け合わせる。これにより、AIはこれまで以上に深く、多面的にユーザーを理解することができるようになる。その結果、一人ひとりのユーザーに対して「どのようなキャンペーンが響くのか」「どのようなウェブ接客が最適か」をAI自らが判断し、リアルタイムに実行できるようになる。
このAIネイティブな基盤を活用して、ユーザーごとにパーソナライズされた接客を提供することで、LTVや企業のブランド価値を高めていくこと。それこそが同社が目指す世界だ。
磯山氏は、「3年後には、データ統合が進み、一人ひとりに専用の『AIコンシェルジュ』がつくようなウェブ上の接客体験が当たり前になっていると思う。この思いに共感いただける企業の方々と連携し、実証を進めていきたい」と話した。
代理店業・チャットボット・AI導入。そのすべてが地層のように積み上がり、現在の事業が形作れてきた。業界に入る前から「人と一緒に、新しいことを仕掛けるのが好きだった」と言う。AIがもたらす影響は良い面だけではない。それでも、「この大きな社会変革の波に乗りながら、自分たちに何ができるかを常に考え、人とテクノロジーの新たな可能性を模索していきたい」と同氏は前を向く。
顧客を成功に導く灯台であり続けること――。創業から変わらないその軸を持ちながら、「AI接客革命」の実現に向けて着実に歩みを進めている。
ながら日経 NIKKEI THE PITCH 会議室 特別版「ネットに接客を取り戻す wevnal15年目のAI接客革命」(2026年7月13日放送)はこちらからお聞きいただけます。
磯山博文(いそやま・ひろふみ)| wevnal 代表取締役
1985年生まれ、茨城県出身。2008年に大手インターネット企業へ新卒入社後、2011年にwevnalを創業。当初はSNS広告を中心とした広告代理店としてスタートし、その後Web接客ツール「BOTCHAN」を開発・提供するSaaS企業へと転換。累計800社以上への導入実績を持ち、現在はAI電話エージェントの領域にも事業を広げている
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