子供の未来つくる家具 「MINORINO」志村氏の挑戦
知育家具ブランド「MINORINO(みのりの)」を手がける志村千奈都氏は新卒スタートアップを経て、フリーランス、起業というキャリアを歩んできた。壁は出産・子育のときに訪れる。子供と過ごす時間がとれずに仕事との両立悩んでいたとき、出会ったのがイタリア発の教育理念だ。子供の主体性を大切にする考え方に共感し、この理念を取り入れた家具づくりに動き出した。子供の未来をつくり、自らのキャリアを切り開く挑戦のストーリーとは。
自分を責めた日々 「それでも仕事を諦めたくない」
――起業のきっかけを教えて下さい
大学卒業後に都内のスタートアップで働いていました。3、4年目に夫が宇都宮市に転勤になり一緒に転居したため、新幹線通勤で仕事を続けることは難しくなりました。スタートアップの環境にいて起業には興味があったので、まずフリーランスとして独立しました。仕事は企業のマーケティング支援やデータ分析などです。ありがたいことに仕事を継続して依頼してくれる企業、新しく仕事を依頼してくれる企業もあって順調でした。ただ、スタートアップにいたときから、いつかは起業したいという気持ちをどこかに持っていました。フリーランスとして何年かやるなかで、自分で事業を立ち上げることへの思いがより強くなっていったのです。
2020年10月に長男を出産しました。フリーランスだったので12月に仕事を再開しました。ベビーシッターに来てもらいながら夜中も仕事をしていて、育児もして疲れ切っていました。何よりも、一番大切な子供と過ごす時間がとれないことに悩んでいました。自分を責めていました。それでも仕事をあきらめる選択はしたくありませんでした。せっかく学校で勉強を頑張って、社会に出てやりたい仕事をしているのに、その努力には男も女もないと思っていたからです。自分より後の世代の女性には仕事を諦めるような社会の空気を残したくなかった。少しでもその力になりたいという思いで踏ん張っていました。自分なりのプライドもありました。
夫のサポート受け起業へ 前職の経験も生かす
――2024年2月に「MINORINO(みのりの)」を立ち上げました
子供向け家具を考えたきっかけは育児中に出会ったイタリア発の「モンテッソーリ教育」です。大人の役割は子供を手取り足取り導くことではなく、子供の主体性を大切にし、環境を重視する考え方です。これに対し、日本の伝統的な母親像は自分を犠牲にして子供のためにやってあげるというものでした。私はモンテッソーリの考え方にひかれ、子供に関わる仕事にしたい、子供の未来をよくするためのビジネスをしたいと思うようになりました。家の中で環境をつくるものといえば家具です。そこで子供向けの家具を事業にしようと決めました。
まず、自宅で息子のために高さ調節ができるデスクとオープン型のシェルフ、収納チェストの3つを探しましたが、思っていたものがみつかりませんでした。ないのであれば作ろうと。幸運なことに、メーカーに勤務する夫が設計をできる人でした。ものづくりが好きで学生時代にギターをつくっていた経験もあります。相談すると私が手書きで書いた図面からデザインを描いてくれ、一緒にDIYでつくりました。そして、完成した自分用のデスクでうれしそうにお絵描きをする子供の姿をみて環境の大切さを実感しました。このときの体験が知育家具ブランド「MINORINO(みのりの)」の誕生へとつながっていきます。
――家具ビジネスは初めてですが、前職での経験が生きています
23年1月に創業しました。メンバーは私と夫の2人です。夫には副業の形で加わってもらいました。起業資金は自己資金と金融機関の融資です。最初から外部資金を調達して人を増やしてというより、小さく始めて徐々に会社を大きくしていこうと考えました。アクセラレーションプログラムに採択してもらったり、ピッチイベントに出たりして事業について説明する機会を活用しました。アクセラプログラムでは先輩起業家がメンターになって細かく事業計画についてアドバイスをもらうことができ、そうした実践の場で学んでいきました。
これまで家具販売のビジネス経験はありません。そのため、「ここにマーケットがある」「ニーズがこれだけある」ということをしっかりアピールしないと融資や補助金は難しいと思っていました。オンラインでアンケート調査をしたり、東京都中小企業新興公社のテストマーケティング事業で実際に試作品を並べてお客様の声を拾ったりしました。そこで浮かび上がった消費者ニーズを示し、これくらいの人が購入意向あるとデータでみせました。事業計画の作成では、スタートアップ時代に培ったデータアナリストやマーケティング支援の経験が生きています。
販売はEC中心 実店舗で体験できる場も
――家具の魅力をどのように伝えていきますか
ブランドの立ち上げにあたっては、モンテッソーリの先生に監修してもらいました。子供のベビーシッターをしてくれていた人がモンテソーリの資格をもっていたので、アドバザーとして入ってもらうことになったのです。製品は日本でデザインし、中国の提携工場で職人が手作業で生産しています。家具の種類はデスク、チェスト、シェルフ、チェアなど9つ。それぞれ単体でも組み合わせても購入できます。個人のお客様が中心ですが、一部ホテルの客室や公共施設にも採用されています。今注力しているのが販売チャネルの拡大です。いまのところはほとんどがECサイトからの購入なので、実店舗で手に取ってみてもらう場を増やしたいです。
子供向け家具ではハイエンドでデザイン性の高い家具の市場は成長可能性があります。MINORINOへの反応を見ていると、十分にニーズがあります。大手家具チェーンと比較しても、MINORINOの家具はハイエンドな価格帯での展開であるからこそ、独自性であるデザインと教育の価値をどう伝えるかがカギとなります。ブランドを立ち上げて1年間マーケティングとプロモーションをしてきたなかで、モンテッソーリの認知度が高いことがわかりました。百貨店の催事やポップアップイベントで机と椅子を置くと、子供が喜んでお絵描きしてくれます。それを見た親が「こんなに集中している姿は初めて」と驚いていました。手応えを感じています。
――仕事と子育ての両立は多くの女性が直面する課題です
会社員時代は子供の体調不良で休むことに申し訳なさを感じたこともありました。起業した今は、すべての決定権が自分にあります。時間の使い方も自分でマネジメントできます。責任も大きいですが、仕事にも育児にも本気で向き合うことができるので満足しています。女性が子育てしながら仕事を続けるうえでは、どうしても負担が大きくなりがちです。両立が難しくて仕事を諦めざるを得ない人もいます。そうしたときには起業も一つの選択肢になるのではないでしょうか。多様な働き方が広がることで新たな未来が開けると信じています。
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