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支援プロジェクト

経済性と社会性の両立を目指す インパクト投資を新たなスタンダードへ

新興国には融資や預金などの金融サービスを利用できず、苦境から脱することが難しい人々がいる。HAKKI AFRICAは、アフリカやケニアで業務用車両の購入を望む人に資金を融資し、タクシー業で収入を得て資産形成の機会を提供する企業だ。そのHAKKI AFRICAにSMBCベンチャーキャピタル(SMBCVC)は2025年に投資。同社への投資はSMBCグループ全体で力を入れている「インパクト投資」の一環として位置付けられている。経済的価値と社会的価値の両立を目指すインパクト投資の意義と未来について、HAKKI AFRICAの小林嶺司氏とSMBCVCの今枝秀彬氏、三井住友フィナンシャルグループの谷津もゑり氏が語り合った。

  • 小林 嶺司氏

    小林 嶺司氏(在インド)

    株式会社HAKKI AFRICA 代表取締役
    1989年茅ヶ崎生まれ、シリアルアントレプレナー。大学在学中にEC事業で起業し黒字化のち売却、シェアハウス事業で起業、3年で湘南・鎌倉地域でNo.1に。2017年に再度起業すべく単身アフリカへ。2020年にグラミン銀行総裁らが主催するピッチイベントで優勝。金融庁ピッチイベントでアワード・Fintech Japan2021優勝・内閣総理大臣SDGsアワード外務大臣賞受賞

  • 今枝 秀彬氏

    今枝 秀彬

    SMBCベンチャーキャピタル株式会社 投資営業第一部 次長
    2010年に三井住友銀行入行。都内の法人営業部にて地場中小企業向けの融資業務に従事した後、ストラクチャードファイナンス営業部にて海外インフラ開発支援業務に携わる。社会課題解決に取り組む起業家に伴走することで、新エネルギーの社会実装やより豊かな生活の実現を目指し、SMBCベンチャーキャピタルに参画、2022年4月から現職。

  • 谷津 もゑり氏

    谷津 もゑり

    株式会社三井住友フィナンシャルグループ/株式会社三井住友銀行 社会的価値創造推進部 事業企画グループ
    2020年に三井住友銀行入行。都内の法人営業部、サステナビリティ企画部を経て2024年4月より現職。インパクト投資・評価、および重点課題である「貧困・格差」における社会的価値創造の事業開発業務に従事。

アフリカ金融包摂に挑むビジネスモデル

  • 今枝累計で2度投資させていただいていますが、小林さんの活動を知ったのは、SMBCグループが主催する起業家支援プログラム「未来X(mirai cross)」での小林さんのプレゼンテーションでした。事業の社会的意義やビジネスモデルの秀逸さに感銘を受けました。
  • 小林2023年の1月ごろから資金調達に向けた議論を始め、2023年11月に1回目、そして今回25年の1月に投資を受けました。
  • 今枝SMBCVCは主に国内でサービスを提供する企業を投資対象としています。HAKKI AFRICAは新興国での金融業であるため、審査などで投資判断まで時間がかかってしまいました。
  • 小林どんなところを評価してもらったのでしょうか。
  • 今枝一つはビジネスの成功の確度の高さです。HAKKI AFRICAは日本で資金を調達し、新興国の低所得者層に融資する「マイクロファイナンス」を主な業務としています。低所得者層への融資は、返済が滞るリスクが高いことが想定されます。通常、金融機関としてはリスクリターンを合わせるため、高金利を設定せざるを得ないものですが、HAKKI AFRICAは競合対比最低金利水準を提示しながら、担保はもちろん、借入人へのサポートなどあらゆる手段を講じて貸し倒れリスクを抑えている。社会的意義の話の前にお金の話から始めて申し訳ないですけど(笑)。
今枝 秀彬氏
  • 小林いえ、事業において経済的観点は大事です。私がSMBCVCから支援を受ける上ではSMBCグループからの融資につながることを期待していました。マイクロファイナンスをビジネスとして成立させるためには、安定した金融機関からの融資が欠かせません。2023年当時は日本の商業銀行からアフリカで事業展開する貸金業へ資金が供給された前例がなかったので、SMBCグループとのつながりは大きな光明となりました。
  • 今枝オペレーションが確立していたことも、投資判断を後押ししました。2023年夏、私はケニアに行ってHAKKI AFRICAの事務所を視察しました。現地で印象に残ったのが、業務フローが確立し、不正防止やコスト管理などのモニタリング体制が整っていたことでした。金融機関での業務経験のない方々がよくぞここまでとびっくりしました。
  • 小林新型コロナウイルスの流行に伴う行動制限がひと段落した直後にケニアまで足を運んでくださった今枝さんの情熱に胸が熱くなりました。
  • 今枝SMBCグループが掲げる5つの重点課題の一つに、「貧困・格差」の解消があります。貧困国の多いアフリカ地域もその対象ですが、私たちが支店を設置するのは難しいでしょう。そんな現状に対し、アフリカの金融包摂に取り組むHAKKI AFRICAとパートナーシップを結びたいと思いました。

SMBCグループとして開始したインパクト投資

  • 今枝一度目の投資後、順調な事業進捗に伴い、更なる資金調達のフェーズを迎えました。SMBCVCとしてHAKKI AFRICAへの更なる支援を睨み、SMBCグループ全体でも支援をすべく社内で調整に取りかかりました。大きく前進したきっかけが、スタートアップを対象とする「インパクト投資」の開始です。その調整役が谷津の所属する社会的価値創造推進部です。
  • 谷津インパクト投資は、投資において経済的なリターンを求めるだけではなく、事業活動を通じて社会や環境にポジティブな「インパクト」の創出を目指す投資です。SMBCグループは2023年度からの3年間を計画期間とする中期経営計画より、「社会的価値の創造」を基本方針に据えており、インパクト投資は経済的価値も同時に追求できる投資行動として、当社グループの方針と親和性が高い事業と捉えて推進してきました。しかしながら、実際に会社の事業として実装していくことは容易ではありませんでした。
    社会的意義は理解できても、当初は経済的リターンとインパクト創出の相反といった認識をはじめ、インパクト評価のためのデータ収集や情報開示における負荷の増大、統一されたインパクトの評価指標が確立されていない中で推進することに対する懸念等、多くの疑問の声が上がりました。しかし、当社グループには「インパクト」という言葉を使われる以前から、投資や融資を実行する過程の中で、お客様の本質的な課題と向き合い、ビジネスを通じて課題解決を推進してきた現場の従業員がいます。すなわちインパクト評価は、特別なものではなく、既にある取組を可視化し言語化することで、多くの人に共有可能にするためのツールに過ぎません。
  • 今枝私も当初は懐疑的でしたが、「インパクト投資」を意識した起業家とのコミュニケーションは、実はこれまで普通に行ってきた起業家や事業を理解する取り組みと変わらないんですよね。事業が内包する社会的意義を「インパクト」として定義し、モニタリングやリリースを継続していくことで、これまで以上に多くの人に知ってもらい、通常の案件よりも大きな額を調達できる可能性が高まると思います。それは、HAKKI AFRICAの成長と、新興国の金融包摂を加速させるでしょう。
    そんな思いで、HAKKI AFRICAへの投資を「初のインパクト投資」と位置づけることを、小林さんに提案したのです。快諾いただき、2025年1月にソーシャルインパクト創出と測定を目的とした覚書を締結したことを発表しました。
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インパクト投資を通じて見えてくる価値

  • 谷津インパクト投資の取組は始まったばかりです。急務となっているのが、インパクトを定量的・定性的に評価するモデルの策定です。第一号案件のHAKKI AFRICAの場合、低所得者層にいる人の所得向上へのきっかけとなる自動車購入費用が、どうインパクトを与えているか、定義しなければいけません。そのためケニアに渡り、ドライバーに直接話を聞きました。
  • 小林特に印象的だったことは何でしょうか。
  • 谷津ドライバーが口を揃えて、夢を語っていたことです。「完済したら2台目を持ちたい」「車を貸し出して収益を増やしたい」など形はそれぞれですが、将来のことを考えられることがすなわち、低所得状態から1歩抜け出していることです。そこに大きな社会的意義を感じました。
  • 小林インパクト投資への採択は私たちにとってもプラスになりました。私たちのビジネスは「自動車購入のために、お金を貸すこと」と非常にシンプルです。それまでわき目も振らず事業を推進してきましたが、インパクトの指標策定のために調査に協力することで、立ち止まって自分たちの事業を見直すきっかけとなりました。例えば、与信判断は適切だったのか、未返済者に対して差押えを行使していいのか、そもそも低所得者層にお金を貸すという行為が正しいことなのか――。客観的な視点でビジネスを俯瞰(ふかん)できたことは、今後の事業拡大に向けた足がかりとなるはずです。
谷津 もゑり氏
  • 谷津インパクト投資の影響力は、SMBCグループに限らず拡大しています。その中でインパクト評価の後方支援を行う私たちの役割は、スタートアップのビジネスモデルの根底にある社会的意義を可視化し、モニタリングしながら成長段階にあわせて問い直すことだと考えています。そうして創出された社会的価値が事業の成果に結びつき、経済的価値として可視化されていくと考えています。
  • 今枝HAKKI AFRICAは、ケニアで得た知見をもとに、多国展開を進めることを先日発表されましたね。
  • 小林インドと南アフリカでも、タクシードライバー向けの融資事業を始めています。その際もSMBCグループからは力強く支援いただきました。特にインドでは、独特の複雑な金融システムに悩まされましたが、手厚いサポートのおかげでビジネスを立ち上げられました。
  • 谷津海外での事業展開を広げるいっぽう、日本で上場を目指すのはなぜですか。
  • 小林最大の理由は、世界の金融包摂実現のために「問いを共有する仲間」を増やしたいからです。インパクト投資の第一号案件の名に恥じないよう、社会的価値と経済的価値を高めていきます。
  • 今枝「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」。二宮尊徳の言葉が重みを増しています。事業活動は社会にインパクトを与えるべきであり、それを社会に定着させるためには経済的価値が伴わなければなりません。「インパクト」が当たり前となり、その言葉自体が消えるような社会を目指して、小林さんをはじめとする起業家を支援していきます。
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