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「ビジコンAWARDS」最優秀賞にリコー 事業創出の本気度、社内外へ発信

企業から新規事業が生まれる主要なプラットフォームの一つが、社内ビジコン。そして、その成功の裏には開催を支える事務局の存在がある。「ビジコンAWARDS」は新規事業創出の基盤となるビジコン事務局を評価・表彰し、成功事例を共有するためのアワードだ。その第一回の最優秀賞に、リコーの「TRIBUS(トライバス)」が輝いた。同アワードを運営するフィラメントの角勝社長と、TRIBUS運営事務局の森久泰二郎氏が、ビジコンAWARDSの意義やTRIBUSの取り組み、ビジコンによって新規事業を生み出す勘所を語り合った。

  • 角 勝

    フィラメント 代表取締役CEO

  • 森久 泰二郎

    リコー 未来デザインセンターTRIBUS推進室/TRIBUS運営事務局/TRIBUSスタジオ館長

TRIBUS累計応募数は1000件越え

  • 森久ビジコンAWARDSへの応募は、TRIBUSの意義を見直すきっかけとなりました。社内ビジコンの事務局に焦点を当てたアワードを開催しようと考えた理由を教えてください。
  • 企業が新規事業を創出する際に、事務局が果たす役割が非常に大きいからです。反対する社員による圧力をはねのけ、上層部を含めた社員に対して価値を理解させるために多大な努力が必要です。
  • 森久ビジコンを運営する者として興味深いお話です。具体的に教えていただけますか。
森久 泰二郎氏
  • ビジコン運営に関する情報を分析して明らかになったのは、盛り上がりのピークが初年度になることです。「初めてのこと」に対するお祭り的な高揚感から、多数のアイデアが応募されます。一方、審査にあたる経営陣も初年度を成功させるために、ビジネスモデルが曖昧な事業まで採択してしまう傾向にあります。
     しかし森久さんもご存じのように、新規事業は一筋縄ではいきませんよね。新規事業の成功は時の運にも左右され、不確実性が非常に高く、単年度で軌道に乗せるのはまず不可能です。さらにビジコンの2年目以降になると事業化の厳しさや、人事的な配慮のなさから、採択されても仕事が増すだけの状況が社員の目につき始め応募者が減少。3年も経つと上層部からは「そろそろやめたらどうか」の声が上がり、その頃には異動によって担当者が変わってしまう。テコ入れで持ち直そうとするものの勢いは続かず、名ばかりのビジコンは形骸化へ……。こんな道をたどる企業が少なくありません。
  • 森久そうした苦労話はよく聞きます。TRIBUSの場合は2019年の第1回から6年間で、社内起業家の応募が443件ありました。社内で新規事業に関する情報交換や交流などを行う「TRIBUSコミュニティ」には1700名以上が参加し、リコーグループ内で挑戦を促す雰囲気を醸成できていると自負しています。さらに、社外からも6年間で771件の応募があり、これから本格的な審査が始まる本年度分も含めると累計応募数は1000件を超え、大きな手応えを感じています。
  • 意義あるビジコンは、社員教育や社内文化の変革にも役立ちます。ビジコンAWARDSは、TRIBUSのようにビジコンを持続的に成長させられる事務局を生み出すことを目的としています。一方で、成功の知見は社外に発信されにくく、多くの事務局が孤軍奮闘しています。そこで、横のつながりをつくりノウハウを共有することで、運営の課題解決につなげたいと考えたのです。
角勝氏

経営トップの強い関与がビジコン成功の要因

  • 森久TRIBUSがアワードの最優秀賞をいただいたことを光栄に思っています。
  • 審査員はチャレンジングな姿勢を高く評価しました。仕組みづくりや運営において、大事にしていることをあらためて教えてください。
  • 森久TRIBUSがユニークである点は、社内から新規事業創出を目指すイノベーターを生むだけでなく、スタートアップの成長支援および協業を同時に行う「統合型」であることです。リコーグループが提案する11の特定テーマと、リコーのアセットを活用した自由なテーマを選択し、社内起業家とスタートアップからビジネスアイデアを募集します。
  • 社内起業家とスタートアップを同時に支援する試みは、前例がありません。
森久 泰二郎氏
  • 森久長い歴史の中で技術を培った大企業と、事業に情熱を傾けるスタートアップが、同じ舞台で事業創出を目指すことで大きな相乗効果が生まれます。リコーグループは内向きになりがちな新規事業の発想を外向きへと転換でき、社員はスタートアップのスピード感や熱量を間近で感じることで刺激をもらえます。一方のスタートアップにとっては、リコーの知見や技術、国内外で展開する事業を通じて蓄積したデータなど、当社のアセットを活用できるのがメリットです。実際に採択されなかったとしても、その過程で出会った当社の社員とビジネスを開始する事例もあります。
  • リコーグループとスタートアップの両者にとって利点のある仕組みですね。しかし、仕組みだけで成功できるほど、ビジコンの事務局は簡単ではありません。順調である理由をどのように分析しますか。
  • 森久経営トップが強くコミットしていることです。19年にTRIBUSが始動した際のプログラム責任者は、社長(現会長)の山下良則でした。毎年のTRIBUSの募集にあたっては、山下がメッセージを発信し、事業創出への本気度を社内外に発信しています。そうした姿勢を示すことで、全社的な事業であるという位置づけが再認識され、リコーグループのアセットを活用しやすくなる効果もあります。
  • ビジコンの成功には、トップの関与が欠かせません。採択が決まった後に、上層部がアラを探して事業化にストップをかける例もあると聞いています。経営者自らが目的を明確にし、目標を明らかにしたうえでビジコンを開催することが成功のポイントです。
  • 森久社員の当事者意識を育むため、柔軟な選択肢を用意していることも特徴の一つです。事業責任者は、リコーグループ社内で事業を成長させるか、「出向起業」の制度を利用してカーブアウト(分社化)するかを選択できます。目的は、事業の成長を最優先し最適な環境を選べるようにすることです。分社後にリコーグループに戻った社員は、大企業には珍しい「社長」経験者になります。事業全体をマネジメントした経験は、グループ内での新たな挑戦において大きな財産です。
  • とはいえ、成功した優秀な人材が戻ってこなかったら惜しくなりませんか(笑)。
  • 森久そうですね(笑)。ただ、人材の流動性が高まりつつある時代ですから、チャレンジ精神のある社員を引き留めておくのは難しいでしょう。それならば、分社化からの独立という形で縁をつなぐことで、将来的なシナジーが期待できると考えています。

新たな事業による新陳代謝が企業文化を変革する

  • 社内ビジコンが失敗に終わる典型的な原因は、事務局が仕組みだけをつくり、社員から応募を待つ受け身の姿勢でいることです。一方でTRIBUSは、常に挑戦を続けています。応募が増えても「これがベストプラクティスだ」と慢心せず、絶え間なくプログラムを変革し続けています。事務局自身がチャレンジャーとして事業創出の最前線を走り続けているからこそ、ビジコンの真の目的である「文化変革」ができるのだと思います。
  • 森久20年、前述の山下はリコーをOAメーカーから「デジタルサービス」の会社へと変革させることを表明しました。この変革は社員の共通認識です。トップ自らが危機感を持ち、リコーグループを変革する姿勢を示したことも、TRIBUSが参加者を増やし続ける要因です。
角 勝氏
  • 組織が大きくなるほど、組織文化を変えることは難しくなります。その理由には、明文化されていないプロトコル(決まりごと)があるからです。例えば、「社長の任期は2期4年である」「男性育休の制度はあるが取得は控える」など……。不自由な慣習も多いのですが、こうした裏のプロトコルに従うことが、企業の中で働く人にとって生存戦略となっているのです。
  • 森久そうした状況を変えるためには、どうすればいいのでしょうか。
  • 事業を変えることです。プロトコルのコアは事業であり、そこが変わらなければ文化も変わりません。事業を変えるには新規事業を創出し、組織の新陳代謝を活性化させることです。新規事業で社内の流動性を高めることで、プロトコルそのものが変わっていきます。ビジコンは、ボトムアップで事業を生み出し、企業の文化を変革する基盤になると考えています。
  • 森久あらためてビジコンの意義を確認できました。一時期、リコーグループに新規事業創出の基盤を構築できたら、TRIBUSの使命は終わりだと考えたこともありました。しかし、現在はTRIBUSの役割をビジコン開催から拡張し、外部のパートナーとの接点として既存の事業を推進する「ハブ」となることを目指しています。今後、他社と合同でプログラムを開催するなど、よりオープンなプラットフォームへと進化させていきたいです。
  • 今回の対談で、TRIBUSが最優秀賞に選ばれた理由を再確認できました。今後もビジコンAWARDSに参加した企業の知見を共有しながら、ビジコンを日本企業の変革のエンジンとするための取り組みを進めていきます。
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