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起業家の問いを形に 「余白」が育む対話文化

スタートアップ・エコシステムという言葉も定着して、大学発ベンチャー、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)、起業家育成の制度や支援スキームなど、国内外で様々なプレーヤーが協力し合う体制や制度の整備が各地で着実に進んでいるニュースを見るたびにわくわくしています。

スタートアップ・エコシステム、成長段階で異なる協業のかたち

日々の業務を通じて、多様なプレーヤーが相互に協力している現場に立ち会っている中で私は、スタートアップにとってのエコシステムについて、改めて考えるようになりました。特に「対話の文化」に関心を持ち、そこに光を当てたいと考えています。ベンチャーキャピタルは、成長段階に応じて様々なスタートアップと接する機会があります。

そのスタートアップを囲むように、ベンチャーキャピタルの他にも企業、ビジネスパートナーといったステークホールダーとのつながりがあります。これらは、取引を前提とした関係性ですが、コミュニティーでは関係性の文化が異なり、起業家たちを取り囲むコミュニティーは確実にその質や方向性を決定づけていると考えます。

実際、起業家たちがコミュニティーの中でどのような関係性の中で立ち上がり、対話を重ねていくのかによって、その後の組織やパートナーとの協働のかたちは大きく異なってきます。スタートアップのフェーズには様々な考え方がありますが、どの段階にも共通して存在するのが、「誰と、どのような関係性の中で挑むか」という問いだと思います。

スタートアップ・エコシステムに関わる国内外の投資家、起業家、大企業、大学、行政機関が集い、ネットワーキングと共創の機会を提供するイベントを開催している
スタートアップ・エコシステムに関わる国内外の投資家、起業家、大企業、大学、行政機関が集い、ネットワーキングと共創の機会を提供するイベントを開催している

創業時から信頼と対話をベースに小さく始まり、文化を大切にしながら成長していくスタイルがあれば、スピードやリソース確保を最優先し、より構造化された枠組みや外部とのマッチングを先行させるスタイルもあります。起業家ごとそれぞれですし、スタートアップの事業ステージごとに、「関係性を育てること」と「成果を出すこと」の重みづけは異なります。

こうした多様なアプローチとそれぞれの局面に必要な文化と制度化された構造のバランスがエコシステム内に共存すること自体が、健全なエコシステムの特徴でもあると私は感じています。ただ、起業家が、どのような価値観と同志と呼べる関係を持つ仲間のもとに立ち上がったかは、後の選択の幅やしなやかさに大きく影響していると思います。

相手を理解しようとする姿勢が対話の文化育む

エコシステムというと、制度や設計、資金の話が重要であるので、話の中心になりますし、それが正しいことは言うまでもないですが、そのうえで私は、文化といった“構造にならない部分”に目を向ける必要があると感じています。それは、私自身がこのエコシステムの中で最も強く注目しているテーマでもあります。

これまで出会ってきた起業家たちは、立ち上げ当初から、明確な正解や計画を持っていたというよりも、何年にもわたり、自分の中にある違和感や問いを、コミュニティーやエコシステムの中で信頼できる誰かとの対話を通じて言葉にし、答えを新たな問いにしながら形にしてきた人たちでした。

スタートアップでは価値観や背景が異なる人たちが、共通の問いを持って歩もうとする意志の集まりがコミュニティーをつくる
スタートアップでは価値観や背景が異なる人たちが、共通の問いを持って歩もうとする意志の集まりがコミュニティーをつくる

また、これら起業家の周りのコミュニティーの人から、どのように支えられてきたのか。自由に声を出し、自分の問いを持ったままでいられる余白をもって育てられてきたか、という体験が作用していると感じました。

私がここで言う「余白」とは、お互いに、相手がまだ言語化できていない問いや葛藤をそのまま受け入れて見守ることです。それは、感情的に共感して何もしないということではなく、相手の前提や文脈に目を向け、理解しようと努める姿勢で、時間もエネルギーも消耗する行動です。こうしたあり方が、制度や役割の枠組みでは生まれない、スタートアップにおける「対話の文化」を育んでいくのではないかと感じています。

こうした「余白」や「対話の文化」は、参考となるフレームワークは多くありますが、完全にマニュアル化されたような手順で作り込むものではなく、醸成には時間がかかるものだと思います。

共感する仲間づくり、未来のエコシステムの土台に

スタートアップにとってスピードは非常に重要な要素ですが、エコシステム全体の視点から見れば、時間軸の長いプロセスも同時に大切にすべきだと感じています。このような関係性の中で生まれる知や価値の在り方については、経営学者の野中郁次郎氏と竹内弘高氏が著書『知識創造企業』の中で詳しく論じています。同書では、経験や感覚(暗黙知)が言語化(形式知)されていくプロセスこそが、組織の知を生み出す原動力になるとされています。私自身も現場での経験を通じて、こうした視点に触発されながら、自分の役割について考える機会が増えています。

私が信じるスタートアップにおけるコミュニティーとは、価値観や背景が異なる人たちが、共通の問いを持って歩もうとする意志の集まりです。そのような場において、私は媒介者として、違いと違いをつなぐ翻訳者のような存在でありたいと願っています。

コミュニティーの一人一人が、自分の強みと弱みを知り、そして自分のレンズでは見えていないブラインドスポットがあることを認識しているからこそ、他者の視点に耳を傾けて理解しようと時間をかけて、知識を共有し合うことができるのだと思います。自分ひとりで問いを完結するのではなく、違う立場や背景をもった人たちと問いを持ち寄り、翻訳し合いながら、場をつくっていくことが私の役割であり、エコシステムの中で必要とされる在り方のひとつだと感じています。

日本のスタートアップ・エコシステムでは、制度やスキームによって起業への機会が広がり、国内外の多くの人とコミュニティーが出会う場が育まれていると感じます。そのような場に、まだ言葉にならない問いを持ち寄り、対話を通じて知識を共に育てていくことで、起業という形になり、共感してくれる仲間を見つけられたという成功体験の積み重ねが、未来のエコシステムの土台になるのではないか。私は、まだ言葉にならない問いが大切にされる場をひとつでも増やしていけたらと願い、関わり続けています。

(SOZO VENTURES プリンシパル 野村哲)