光の反射や影を取り除く照明装置
「谷の時代」乗り越え世界に挑む
女性起業家の存在感が高まっている。独自の視点で革新的な製品やサービスを生み出し、スタートアップの新時代を切り開く。資金調達や仕事と育児の両立などの壁を乗り越え、めざすものは何か。女性起業家の挑戦に焦点を当てた連載企画の1回目は、光の反射や影を取り除く特殊な技術を開発したシンクロア(川崎市)の綾部華織代表取締役のストーリー。もがき続けた「谷の時代」からはい上がり、世界に挑む。
「医療機器村」でエンジニアと出会い起業
――シンクロアは2011年創業です。起業の経緯を教えてください。
当時、私は医療機器メーカーの東芝メディカルシステムズ(現キヤノンメディカルシステムズ)で超音波を担当していましたが、社内で大規模な人員削減があったので独立を考えていました。会社のある東京・文京の本郷三丁目界隈は医療機器メーカーや商社がひしめく、いわゆる「医療機器村」でした。そこで手術灯のトップエンジニアだった小山光広氏(現シンクロア取締役CTO)と知り合ったことがきっかけとなり、一緒に起業したのです。
――起業当初は医療用照明をメインとしていました。それが特殊な偏光技術の開発にどうつながっていったのですか
その頃は、照明の光源として有機ELとLEDが拮抗していたのですが、当社は有機ELを選んで結果的に大失敗しました。LEDはブルーライトの影響が指摘されています。実際に指向性の高い光が網膜に直接届いてしまうので、人間の目によくないのです。これに対して、当社は有機ELの医療用照明をつくって「目に優しい光」を打ち出したのですが、そのメリットがユーザーにうまく届かず、マーケットが広がりませんでした。そうしている間にLEDが市場を席捲してしまったのです。それならばLEDから出る光の反射を全部除去してしまおうと、特殊位相偏向フィルターの開発に乗り出しました。
技術確立までの10年は「谷の時代」
――技術を確立するまでには、どのくらいの期間がかかりましたか
開発に7年、市場開拓に3年、合わせて10年くらいです。この間は経営的にも非常に苦しい、「谷の時代」でした。ベンチャーキャピタル(VC)から資金調達せず、銀行借り入れだけでやりくりしていたので結構厳しかったです。ただ、「エンジェル投資家」のように支援してくれる企業があり、2019年頃から当社の技術を舌癌や口腔(こうくう)底がんの診断に応用しようという話があったのですが、20年2月のコロナ禍発生で白紙になってしまいました。しかも、その企業の経営者は女性が前面に出るのを嫌っていたため、私は2年くらい営業や交渉に加われず、そうした面でも辛い思いをしました。
――「谷の時代」からどのようにはい上がったのでしょうか
世界に展開する計画が白紙になったことで、自分が出て行くしかないと決心しました。川崎市が主催する「起業家オーディション」の誘いを受けて応募したところ、「すごい技術だ」と評価をもらい大賞を受賞することができました。知名度が上がり、川崎市のインキュベーション施設のKBIC(かわさき新産業創造センター)にも入居することができました。そこから24年にかけてマーケットが拡大していって、ギアがかみあってガーンと動き始めたような感覚がありました。
「人を大事にして、人から愛される」
――その後も、さまざまなピッチイベントなどで受賞されています
私は勧められてイベントに出ることが多いのですが、「ディープテック企業の女性社長」という点が珍しく、皆さんに面白がっていただけているのかなと手応えは感じています。もちろん、事業への好影響もあります。例えば、24年12月にEY Japanが主催する「EY Winning Women 2024」のファイナリストに選出されました。次はインドネシアの世界大会に出場するのですが、このことでEY Japanが当社をさまざまにサポートしてくれている、といったかたちです。
――会社の代表として情報を発信する際など、心がけていることはありますか
私は口から生まれたような人間でプレゼンも全く苦にならず、自然体でやっています。ただ、「人を大事にして、人から愛される」ということは常に心がけています。特にスタートアップ企業は、誰かに助けられることが非常に多いですよね。例えば、当社は7人の小さい会社ですから、販路は商社の担当の方に頼っており、日本全国どころか海外にまで交渉に行っていただいています。そうした恩は必ず返さなければなりませんし、言葉や態度や気配りなどで感謝を伝えることも大事だと思っています。
ロボット・ドローン・宇宙産業……あらゆる「産業の目」に
――現状の自社の課題はどこにあるとお考えですか
やはり、人材が足りていません。即戦力になる技術者、CFOやCOOとして動ける人も必要です。ただ、求めるのは立派な経歴ではなく、徹底して人を大事にできる、きちんと人に頭を下げられる人間です。また私たちも、そういう人間を社内で育てていかなければならないと考えています。
――今後の展望を教えてください
画像処理技術が日進月歩で進化する中、当社の技術は、物理的なアプローチで反射を除去する点で、1つ飛びぬけています。画像処理が必要ないためデータも軽く、ダイレクトに飛ばせるメリットがあり、ロボット、ドローン、宇宙関連産業など「あらゆる産業の目」となることができます。昨年はタイの展示会で、工業系企業からたくさんの引き合いがありました。2025年は東南アジア進出の年になると思いますし、将来的には、さらに海外のマーケットを広げていきたいです。
(ライター 会田晶子)
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