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AI時代のスタートアップはどう戦うべきか

スタートアップの従業員数が半減

 人工知能(AI)の進化は、スタートアップ資金の使い方に影響を与えています。これまで大人数が必要だった業務が、AIによって効率化、自動化が進み、少人数でもスタートアップの事業拡大が可能になっているからです。

 産業によってばらつきはありますが、最近、シードから順調に成長し、シリーズAステージの資金調達をしたスタートアップの社員数が比較的少ないケースを見るようになりました。シリーズAは、スタートアップにとって製品を市場にローンチして、最速で顧客や売り上げを増やして事業を大きくしていくフェーズです。従来であれば、多くの優秀なセールス、エンジニアを世界中から高いコストを掛けてでも集めていたところですが、今では調達した資金は人員よりもAIや自動化の開発基盤、ツールへ投資する傾向が強まっています。
 そして、このような需要にこたえるための新たなAIソリューションも日々生まれています。

 起業時の人数にも変化が現れています。米国のスタートアップ向けに株式管理を提供している大手プラットフォームのCartaのデータによれば、消費者向け(BtoC)スタートアップのシードラウンド時の平均従業員数は、2022年の 6.4人 から2024年には 約3.5人 に半減しています。これは、AIを前提にした「少人数経営」が広がっていると言えます。これを裏づけるように、英紙フィナンシャル・タイムズの記事「Tiny Teams, Big Dreams(小さなチーム、大きな夢)」(25年9月3日付)では、わずか数名のチームが数億ドル規模のビジネスを展開する事例も紹介されていました。

 一見すると「労働市場の縮小」への変化ですが、私は大きな可能性を含んでいると感じます。AIの活用によって、自分の能力を拡張し、一人ひとりに時間の余裕が生まれる環境が整っている。それは、AIは単なる効率化の技術ではなく、私たちに自分の時間や能力、情熱の使い方に新しい選択肢を与えてくれるものだと思います。

スタートアップの従業員数が半減

少数精鋭という戦い方

 スタートアップは競合より先に製品を世に出し、市場の課題を試行錯誤で探り当てなければなりません。そのため、常に「時間との戦い」を強く意識することになります。
 この時間という観点では、小規模なチームには「機動力」という大きなメリットがあります。Airbnbがまだ社員数名の会社だったころの話です。あるユーザーから「サイトに掲載されている物件の写真が粗くて魅力的に見えない」と、フィードバックを受けたそうです。彼らは至急、高性能カメラを借り、ニューヨークにある物件オーナーの部屋を自分たちで撮影し直してサイトを作り直したそうです。これは、ユーザーからAirbnbが広く受け入れられるきっかけの一つになったと言われています。創業者自らが顧客の声を聞き、即座に行動して改善した姿勢は、Airbnbの成功要因の一つとして広く紹介されています。

 ハーバード・ビジネスレビューの記事 「How Ambitious Entrepreneurs Can Use AI to Scale Their Startups」(2025年8月7日)では、Anysphereというスタートアップが少人数チームによる開発でAIコードエディタ「Cursor」を生み出し、創業からわずか数年で企業価値評価額約が90億ドルに達し、年間経常収益(ARR)も2億ドルを突破するほどのビジネスを構築した事例が紹介されています。これは、AIによって少数精鋭でこれほどまでの大きな成果を出せる時代が到来したことを示しています。

AIが個人の考えを拡張する

 スタートアップが少人数でも成長できるようになったのは、AIの活用で個人の力が拡張されているのは誰もが認めることだと思います。個人の力の拡張はスタートアップに限らず、企業、組織、団体、教育など様々なシーンでも同様だと思います。一つの例として、個人で新しいアイデアが浮かんだとしても、なかなかうまく周りに伝えられず、他の人に理解されないことで孤立感を覚えていたことはないでしょうか。
 このような場合でも、AIの力は、個人の考えを押し広げ、伝える力を強めることで、多くの人と考えを共有し、共感してくれた仲間との協働を通じて事業化へつなげられる環境を生み出しています。

 成果を生むために必要なのは個の競争力だけではありません。誰と協力し合いながら、市場の課題やニーズにどのように挑むのか。その関わり合いの中で対話を通じて新しい視点を互いに学び合い、意思決定の力を高めていくことが、これまで以上に欠かせないと痛感しています。なぜなら、私自身、SOZO VENTURESの業務を通じた議論の中で、理解を深めれば深めるほど「自分ひとりでは見えていなかったこと」に気づかされる瞬間を何度も経験しているからです。これはSOZOに限った話ではありません。背景が異なる人であれば、同じテーマを議論していても、それぞれの視点から異なるアイデアや問いが出てきます。

 そうした違いに触れるたびに、自分の考えを再認識し、時には修正するなど、新しい可能性を見いだすきっかけになるのだと思います。
 そして、そこにはAIのサポートも大きく関わっています。情報収集や整理にかかっていた時間を減らし、その分を自分の考えを深めることや、相手をより理解することにあてられるようになった。結果として、情熱を込めて取り組むべき議論や対話に、より多くの時間を割けるようになったからです。

 だからこそ「自分の問いを深め、テーマを見つけたら伝える努力をすること」「仲間との対話で理解を深め、多様な選択肢を広げること」「これまで諦めていたり、考えてもいなかった選択肢や行動ができるようになったりすること」。こうした営みを、これまで以上に少ない人数と資本で実現できるようになっています。

 スタートアップは少人数からでも大きな挑戦ができるようになりました。私たちは今、競争を糧にしながら、選択肢が広がった未来を形づくる挑戦の入り口に立っています。

(SOZO VENTURES  プリンシパル  野村哲)