
スタートアップ投資において、投資先企業にもっとも近い距離で伴走するのは、ベンチャーキャピタリストとも言われる投資担当者だ。しかし、担当者一人の見識や労働力には限界がある。スタートアップの成長を加速するには、投資担当者と共に投資先をアシストする存在が必要だ。SMBCベンチャーキャピタル(SMBCVC)には、その役割を担う組織「投資戦略部」がある。本連載で投資先から何度も語られた同社による「丁寧な伴走」も、投資戦略部のバックアップあってのものだった。
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山口 俊也氏
投資戦略部 兼 投資営業第三部 副部長
1996年に現三井住友銀行に入行。成長企業支援に従事。エヌ・アイ・エフSMBCベンチャーズ、三井住友銀行/法人営業部を経て2019年SMBCベンチャーキャピタル。現在は投資戦略部と投資営業第三部(ライフサイエンス分野の投資業務)に所属。 -
大津 寛淑氏
投資戦略部 部付部長
1986年現三井住友銀行に入行。1997年にSMBCベンチャーキャピタルに出向、約9年で7件のIPOを実現。その後、2006年三井住友銀行でベンチャー支援。2020年SMBCベンチャーキャピタルに再度着任。 -
荒井 隆志氏
常務取締役
1990年に現三井住友銀行に入行。一貫して法人営業畑を歩み、北関東第二、埼玉、東北法人営業部長を歴任。2022年4月よりSMBCベンチャーキャピタル、同6月より現職。 -
髙橋 照樹氏
投資戦略部長
1994年現三井住友銀行に入行。主に法人取引の新規開拓やインターネット・通信・メディア業界を担当。2021年よりSMBCベンチャーキャピタル。 -
中島 泰生氏
投資戦略部 部付部長
1993年現三井住友銀行に入行。主に法人営業部/コーポレートアドバイザリー本部にてM&A・MBOファイナンスなどの業務に従事。2024年SMBCベンチャーキャピタル着任。 -
倉持 栄一郎氏
投資戦略部 副部長
1997年に現あおぞら銀行に入行。新興企業への融資等を手掛け、2005年に三井住友銀行に。以降、ベンチャー支援業務(融資、大企業とのアライアンス支援等)に従事。その後2018年よりSMBCベンチャーキャピタル。
法人営業経験を生かし投資先をバックアップ
SMBCVCの投資戦略部の役割は、ベンチャーキャピタルにおいて投資以降の後工程だ。 その内容は、販路拡大やビジネス成長のための企業間マッチング、銀行取引先向けのスタートアップ協業提案、銀行協業でのピッチイベント開催、EXIT(投資回収)を控えた投資先との折衝など、多岐にわたる。投資戦略部はなぜ設立され、日々どのような思いで業務に取り組んでいるのか。
- 荒井投資戦略部の設立は2016年のこと。投資先のバリューアップや、EXITに向け様々なサポートをする後工程部隊の必要性から生まれ、現在総勢12名。その中で「バリューアップチーム」4名と、髙橋部長、私まで含めたメンバーで、ビジネスマッチングなど企業価値極大化に向けた支援を行っています。私たちに共通するのは、SMBCグループの三井住友銀行で法人営業を経験していること。銀行でお客さまの課題を解決する過程において、スタートアップから大企業まで多数の事業会社の方と対話してきた知見や人脈を生かし、投資先に最適なパートナーを紹介します。
- 髙橋投資と育成は、ベンチャーキャピタルにとって両輪となる業務です。私たちの一番の強みは、SMBCグループ全体の営業基盤を生かし、スタートアップの成長をサポートできることです。銀行員時代の私たちは、お客さまに当行を選んでもらうため、お客さまを深く理解し、課題解決に向けてSMBCグループの力を活用する提案を徹底的に行ってきました。お客さまに寄り添い、喜んでもらい、成果につなげる。その経験が、投資戦略部の活動に生かされています。



投資先とパートナー企業間で翻訳する役割を担う
SMBCVCの設立は2005年。前身も含めると、同社には30年以上にわたるスタートアップ投資のノウハウがある。バリューアップチームのメンバー個人に目を向けると、スタートアップ支援やM&A(企業の吸収・合併)、顧客の企業価値極大化などに関する長年の経験がある。メンバーは、実際に投資先と向き合うときに何を大事にしているのだろうか。
- 荒井技術力やアイデアに自信があるスタートアップは、自社の商品やサービス、いわゆるプロダクトの強みを語りがちです。しかし、大企業をはじめとした顧客 は、自社の課題を解決してくれるソリューションを求めています。我々はプロダクトをソリューションに結び付ける 「翻訳者」でありたいと考えています。
- 髙橋投資先であるスタートアップを主語の立場で考えることは重要です。プロダクトを理解し、それがどのような業界・用途で求められているかを把握した上で、ユーザーを獲得する方法を考えています。
- 山口徹底的にスタートアップ側に立つ。そのためには、時に商談に待ったをかけることも躊躇しません。例えば、商談に応じる大企業側のニーズがそのスタートアップとの共同開発だったとします。その際、新技術導入による大企業側のメリットが大きくても、スタートアップの成長に繋がらない、またはスタートアップの戦略と齟齬がある場合等には、お断りすることだって提案します。継続的に成長できる最善の選択肢を、投資先の立場で考えています。


- 倉持営業や協業を持ちかけるときにポイントとなるのが、相手先企業内の適切な部署にターゲットを定め、そのキーパーソンに接触することです。そこに、SMBCグループであるSMBCVCの強みが発揮されます。三井住友銀行の法人担当者は企業の様々な部署と接点を持ち、企業が抱える課題を理解しています。その担当者に仲介を依頼することで、適切な相手とのつながりを築くことができます。もちろん、その前に慎重に協業可能性を吟味した上で、の話です。
- 中島大企業から、「時流に乗ったスタートアップを紹介してほしい」と依頼が来ることもあります。ところが、当の大企業側が「自社に必要なスタートアップ」を明確にイメージできていないこともあります。そのような場合には、我々が中長期経営計画やIR(投資家向け情報)資料などから紐解いて、潜在的なニーズに適応する投資先を紹介しています。銀行員時代にM&Aに携わり、相乗効果をもたらしそうな企業同士を結びつけてきた経験が役立っています。



コミュニケーションを重ね丁寧に地道に成果を出す
SMBCVCの最大の特徴は、SMBCグループが持つ人材や顧客基盤、グループ会社などのネットワーク力である。しかし、その価値を本当の意味で生かすためには、金融パーソンとしてのノウハウや経験はもちろん、投資先を導きたいという強い信念が必要になる。
- 大津私たちが投資先とそのパートナー企業候補を引き合わせるとき、単に両社の商談の場を設けるだけではありません。事前に両者と個別にミーティングして、意識を擦り合わせた上でお引き合わせしています。
- 荒井本連載の5回目で掲載したアイリスオーヤマとHacobuの協業も、大津さんがつながりを作ったのですよね。
- 大津はい。アイリスさんから物流に関する課題認識を伺ったときに、Hacobuのプロダクトが解決に役立つのではと思い当たりました。その後、両者とミーティングを数回重ねて協業が実現しました。成果を得られた理由の一つが、大企業とスタートアップの双方の事情を理解する私が、両者と丁寧に「作戦会議」を重ねたことにあると自負しています。


- 荒井2023年は年間で300件以上のマッチングを実施しました。事前の初期提案まで含めると、約2000件のお声がけを私たち6人で行っています。資料の作成や作戦会議、アポ取りなど、非常に手間がかかる作業です。しかし、その甲斐あってマッチング件数の8割強で前向き検討、内2割で半年以内の商談の成立や実証実験の開始などの成果を得ることができています。
- 髙橋「この企業とこの企業を結びつけたらおもしろいことが起こりそうだな」という妄想リストを常に作っています。実際に提供したマッチングの機会が社会的なインパクト創出につながった瞬間には大きな喜びを感じますね。
- 荒井スタートアップとの出会いが顧客企業にとって大きな価値になる。そうした成功体験が、仲介役になる銀行側の担当者にもモチベーションになります。


投資戦略部は、そうした丁寧なマッチングだけでなく、投資先スタートアップのメンバーとともに、汗をかきながら現場で業務にあたる「泥臭い行動力も併せ持つ」と山口氏は言う。
- 山口TV-CMの視聴データの分析を行うスタートアップでは、現場に伴走しながら営業支援をしています。商材は専門的で、銀行ネットワークによる営業先の探索は難しい分野です。そこで、マッチングを通じて事業理解を深め、関係者に事業内容や強みをしっかりと理解してもらえるよう、説明資料の構成やプレゼン方法をスタートアップの営業部隊と議論して改善していきました。その結果、約1年半で10件のマッチングを実施することができ、うち2件を成約することができました。相互理解を大事にし、コミュニケーションを重ねた成果であると考えています。
- 倉持再生可能エネルギー販売事業者を担当したことがありました。同社の支援の際には、SMBCグループのネットワークを活用。取引先の紹介を行いながら、企業価値向上を目指した戦略についてディスカッションを行いました。協議を重ねながら、単なる電力小売会社ではなく、社会の持続性に寄与するサービスの展開を提案し、大きな成長の後押しをできたと考えています。


SMBCグループ全体でスタートアップの成長をサポート
「私たちの仕事は、投資先にギブをし続けることです」と笑顔で話す髙橋氏。もちろん、投資会社としていずれ来る株式売却のために、投資先の企業価値を高める目的があるだろう。その先には、SMBCVCが育てたスタートアップを、SMBCグループ全体で支援する循環を作りたいという思いがある。
- 髙橋スタートアップが成長して登ったステージによって、必要な支援は異なります。例えば、大きな成長を目指すため事業に投資するのであれば、銀行からの借り入れが必要になるでしょう。IPO(新規株式公開)する段階になれば、コンサルティング会社や上場を担当する証券会社の支援も必要です。そうした機能のすべてが、SMBCグループの中にあることが私たちの強みといえるでしょう。黒子としてスタートアップを支援し、上場後にはSMBCグループの企業にその支援をバトンタッチできれば、これほどうれしいことはありません。
- 荒井今後、コンサルティングやマーケティング、人材紹介などの外部企業とのさらなる連携強化が必要となるでしょう。銀行の担当者とのコミュニケーションなどを通じ、SMBCグループ全体としてスタートアップ育成の機運を高めることも私たちの役割です。投資戦略部は、投資担当者とともにSMBCグループ全体の知見とネットワークを活用し、スタートアップの可能性を最大限に引き出す挑戦を続けていきます。


