通商リスクとサプライチェーン可視化の現在地
米国は2025年6月、鉄鋼やアルミニウムなどの輸入品に対し関税を引き上げましたが、法廷闘争が続き、関税の行方は依然不透明です。このような変化は、単なるコスト増ではなく、企業の調達・物流・販売にわたるサプライチェーン全体の再設計、構造的な対応を迫る圧力となっています。
ここで問われるのは、「何が起きたか」に反応する力ではなく、「その変化にどう備えてきたか」という準備の質と、その準備に基づいた意思決定ではないでしょうか?
サプライチェーンにおいて、このような意思決定の鍵を握るのがサプライチェーンの可視化です。物流の状態をリアルタイムで可視化することで、関税や制度変更がどの様にコストや納期、つまり生産や販売計画に影響を与えるのか把握し、サプライチェーン変更に伴う意思決定を実行することが可能となります。
その実装を支える事例として挙げたいのが、物流可視化スタートアップ「Project44」が提供しているプラットフォームです。サプライチェーンを可視化し、意思決定を支援しています。この仕組みを導入している企業では、輸送中の荷物が今どこにあり、どのルートを通っているかという動態情報の可視化だけでなく、過去の遅延履歴、通関処理時間、コストインパクト、さらにはCO2排出量などを可視化し、即座に代替ルートやオペレーション変更の意思決定を行うことが可能となります。
準備していた企業、していなかった企業の差
他方、重要なのはツールの有無ではなく、それを「変化に備える武器」として日常的に使いこなしているかという点です。
米紙ウォールストリート・ジャーナルの報道によると、2025年6月、米国が鉄鋼・アルミへの関税を50%に引き上げると発表した直後、Project44の顧客である欧州系メーカーは、48時間以内に代替サプライヤーとルートを特定し、コスト影響を抑える対応を完了しました。一方、可視化体制の整備が遅れていた別の企業では、関税インパクトの把握に数日を要し、社内調整が遅れて納期遅延と調達コストの上昇が発生し、営業・購買部門双方で混乱が広がったと報じられています。
この差を生んだのは、起きた出来事に対する反応速度ではなく、「起きるかもしれない変化に対して、どれだけ準備が整っていたか」という部分です。この視点は、スタートアップとの関係にも通じます。
何か問題が起きてからスタートアップと連携しようとする企業は、たいていその時点で周回遅れになっています。なぜなら、多くの優れたスタートアップは未来の変化に仮説を立て、仕組みをつくり、他社との連携を進めているからです。関係がゼロの状態からでは、スピードも信頼も構築できず、結局「一緒に何ができるか」が見えないまま時間が過ぎてしまうのです。
スタートアップと先行して連携している企業は、変化が現実になる前から準備を始めています。これは、現場レベルで変化を読み、仲間をつくり、新しいアイデアを学び合う文化の優位性ができているということでもあります。
スタートアップとの連携は、そのプロダクトの成熟度によって様々な形がありますが、備えをつくる“共創の場”でもあるべきです。短期的な時間軸の中で採用するかしないかの二択ではなく、長期的な視野で「誰と、どんな問いを共有し、その問いがどこまで組織に組み込んでいるか」が備えとなります。
ベンチャーキャピタル(VC)やコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)が担うべきは、準備された関係性を育てることにあります。スタートアップのポテンシャルが開花するのは、いつも未来です。その未来に備えて今、どういう対話をし、どんな接続をしているかが企業の現場の強さを決めるのだと考えます。
(SOZO VENTURES ベンチャーパートナー 枡田健(Paul T. Masuda)、プリンシパル 野村哲)
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