京都の伝統工芸で脱炭素ビジネスを世界展開
廃業寸前から奇跡の復活 外部人材で戦える組織に
「伝説のバンカー」も認めた会社再建への情熱
関西巻取箔工業で3代目の久保昇平氏が32歳で家業に戻った2012年には会社は倒産寸前だった。廃業しか選択肢がないように思えた。主力の賞味期限の印字用インクなどの需要は激減していた。ただ、現在の社長である2代目で、昇平氏の父親である武久氏がたくさん作っていた試作品の一つが自動車の速度メーカーの針向けだった。この顔料箔で針を白く転写すると、メーターのバックライトできれいに浮かび上がらせることができた。実際に2013年から量産が始まり、国内外で年間800万台分の針に使われた。「新規参入が難しい自動車向けに参入できるとは思っていなかった。世の中に役立つ製品なのだから、何とか会社を存続させたくなった。自分が諦めたら、この技術は日本から消えてしまう」。そう痛感した昇平氏はアトツギとなる覚悟を決め、再建に向けて走り出す。
昇平氏がアトツギ経営者として力を入れたのは大きく分けて2つのことだ。「会社の広告塔」として表舞台に立って会社や顔料箔の良さを知ってもらうことと、新たな用途を開拓し事業を飛躍させる会社組織づくりだ。
数多くのビジネスピッチに参戦した。大学在学中から舞台演劇の脚本・演出を手掛けており、得意の演出力と言葉の力で顔料箔の可能性を熱く語り、多くの賞を受けた。
最大の勲章は、経済産業省の「始動 Next Innovator」で2019年に最優秀賞に輝いたことだ。大企業の新規事業担当者を主な対象として選抜して、シリコンバレーに派遣してネットワークを築いてもらうものだ。厳しい審査で選ばれた20人のほとんどは大企業のエリート社員であり、昇平氏は「異色の存在」だったが、会社再建への情熱を強く訴えるプレゼンが評価された。2人の審査員が「久保君が面白い。大企業にいないタイプで、刺激を与えられる存在だ」と強く推薦した。
実は、この2人は日本を代表する大物投資家だ。まず、ベンチャーキャピタルWilの最高経営責任者である(CEO)の伊佐山元氏だ。もう一人はNHKの看板番組「プロフェッショナルの流儀」で「伝説のバンカー」として最近、取り上げられたみずほ銀行の大櫃直人氏だ。メガバンクで常務まで務めた後もスタートアップ育成の最前線を走り続ける。マネーフォワードなどを育てたことでも知られる。
コロナ禍は「千載一遇のチャンス」 即戦人材を活用
ただ、昇平氏はそれ以降、2024年3月に日本経済新聞社が主催するビジネスピッチ「スタ★アトピッチ」でアトツギ部門賞を獲得するまでコンテストへの出場を控えた。会社の認知度はすでに高まってきていたこともあるが、2020年から世界を襲ったコロナ禍の影響も受けかねない状況だった。会社を存続、成長できる組織づくりが急務だった。ただ、結果としてコロナ禍は追い風になった。
それは日本の大企業では働き方が様変わりし、副業やリモート勤務が認められるようになったからだ。昇平氏はこれを「千載一遇のチャンス」とし、2022年から外部人材の採用に動いた。京都・大原の伝統工芸の会社であり働ける機会であり、経産省の始動プロジェクトの優勝者などとしての昇平氏の知名度もあり、応募者は100人を超えた。
昇平氏が最高技術責任者(CTO)として迎え入れたのが大手化学メーカーの研究所で新規素材の開発で長く活躍した。国内外から毎日のように舞い込む顧客から問い合わせなどに対応し、会社では社長頼みだった技術部門で重責を担う。ブランディングとマーケティングではディー・エヌ・エー(DeNA)や大手通信会社などから「現役バリバリの若手を採用できた」という。嘱託として採用した4人はいずれも副業で、月20~25時間程度ながら即戦力として活躍する。人材紹介会社への支払いを含めて1人当たり10万円程度でも働いてもらうことができる。「中小企業は資本力が弱く、社員を数多く抱えられない。副業人材なら40人、50人を仲間として迎えられる」という。
「伝説のバンカー」に示された「2つの未来」
昇平氏に手ごたえを感じても、楽観しているわけではない。顔料箔でも少し前は欧州の大手自動車メーカーから電気自動車(EV)に搭載するエンブレムの塗装用に大型受注が固まっていたが、最終的には実現せず大きな痛手となった。それゆえ、顔料箔の良さを世界にもっと知らせて、幅広い業界で顧客を開拓するしかない。来年初めにも外部人材を活用し、念願のグローバルサイトを開設する。これは「箔々 HAKUHAKU」(サイトURLは、https://haku-haku.jp)であり、オランダを含めた国内外のデザイナーなどと連携して、顔料箔を使った素晴らしいデザイン作品などを紹介していく。
昇平氏はみずほ銀行の大櫃氏からこう言われたことがある。昇平氏の未来には「2つの選択肢がある」ということだった。一つは京都大原で「社員たちが幸せに働ける年商20億くらいのハッピースモールカンパニーを目指す」ことだ。もう一つは、自らスタートアップ起業家として顔料箔を軸にビジネスを大きく広げていくことだ。後者には大きなリスクもある。昇平氏は大櫃氏に「まだ未来はだ決められていないが、両方の可能性に挑んでみたい」とも話している。
コロナ禍は「千載一遇のチャンス」 即戦人材を活用
昇平氏が口癖のように語るのは「京都は最強のローカル」ということだ。京都・大原に会社があるからこそ、国内外の才能ある人材を集めることができ、世界で戦いを挑めるという意味だ。副業人材でも応募者はひっきりなしにある。それは昇平氏が示す会社の未来に魅力があるからでもあるだろう。
もともと、久保家の先祖は平安初期9世紀半ばに「悲運の皇子」とされた惟喬親王の従者を務めたとされる。文徳天皇の第一皇子ながら時の権力闘争により皇位につけず、後に仏門に入って大原に隠棲し、六歌仙の在原業平との親密な交流でも知られる。それだけに昇平氏は「私には1000年を大きくえる大原で血筋があり、ここで何かを成し遂げることが人生のミッションかもしれない」と指摘する。
京都・大原にある正社員が9人だけの小さな工房のような会社が、崖っぷちからは確実に抜け出しつつある。取引先の金融機関からは一時は「ゾンビ企業扱い」されたこともあった。どん底から小さな光を見つけ出せたのは偶然ではなく、アトツギとして覚醒し、悪戦苦闘しながら挑み、新たに迎えた仲間たちとともに輝ける場所に変えつつあるからだ。舞台演出の経験がなくてもピッチで会社のことを熱く語ることはできるし、有能な外部人材も集めることもできる。大切なのはアトツギがどこまで覚悟を決められるかだ。10人のうち10人から先がないと言われたビジネスが本当に輝きを放つことができるのか。そこからは全国のアトツギたちも多くを学ぶことができそうだ。
