オホーツクの牧場から世界を驚かす技術革新
地方の強みを生かし、雇用創出の担い手に
日本では地方経済の疲弊が大きな問題です。中小企業のアトツギは地域再生の担い手として期待できるのでしょうか。
地方だからこそイノベーションを起こして地元経済に貢献するアトツギベンチャーもたくさんあります。例えば、北海道北見市の環境大善の窪之内誠社長は、牛の尿を使った消臭剤などを作っています。オホーツクを望む北見市には数多くの牧場がありますが、牛の尿の悪臭が大きな問題でした。ある酪農家の方が牛の尿を微生物で分解して液体にしたところ、悪臭が消え、畑にまくと作物の育成が早まりました。そこで、知り合いでホームセンターに勤務していた誠社長の父親である覚さんに相談しました。覚さんは新たなビジネスにしようと起業しました。この会社を引き継いで、地元の北見工業大学と産学連携などを進めたのが現在、社長である誠さんです。
悪臭が悩みの牛の尿がバイオ燃料に役立つ
地方ならではの強みとはどのようなものでしょうか。
地方の強みはやはり人間関係がしっかりあり、地元の大学との産学連携なども進みやすいということです。環境大善では、本当に近くにある北見工業大学と共同研究の講座をすぐ立ち上げて、社員を派遣しました。この消臭剤の科学的な根拠もしっかり示せるようにしました。こうしたスピード感こそ地方の強みです。北見工業大学の研究者を最高技術責任者(CTO)として迎えています。地元の自治体や金融機関の支援もあり、消臭液「きえ~る」はヒット商品になっています。ただ、地元だけにこだわらず、資金調達や事業計画などを担う最高財務責任者(CFO)は外部から招きました。最近では北見工業大との産学連携により、航空機などのバイオ燃料の原料である微細藻類の栽培促進にも効果がある可能性も出ています。窪之内社長は、「オホーツクの会社でも、ディープテックで成長できる。むしろ地方にあるからチャレンジができる」とも語っています。
「アトツギ3人ムスメ」を生んだ大分モデル
地方では中小企業に雇用創出の役割が期待されていますが、成果が出ているところはありますか。
ある中小企業が大きな成長をして、大量の雇用を生み出すようなことは簡単ではないでしょう。それより、中小企業は地域にたくさんあり、多くのアトツギがビジネスを育てていけば、雇用にも貢献できます。女性も頑張っています。ユニークな事業展開をしているアトツギムスメが多いのは大分県です。
まず、大分県の豊後高田市の村ネットワークの応和春香社長(写真)はカット野菜などを作る会社のアトツギですが、規格外野菜をパウダーにして離乳食などで美味しく食べられるような商品を開発して全国展開しています。もともと応和さんは、臨床心理士であり母親とし働いた経験を生かし、パウダー野菜を使って子供を育てることの良さも発信して注目されています。
中津市で、し尿の汲み取りを主力事業としていた中津清潔社の原彩乃社長(写真右)は東京の大学を卒業し、前職は外資系製薬大手で活躍されていましたが、地元に戻り家業を継ぎました。下水道が整備されていない地域の家庭との長い付き合いがあり、生前整理や遺品整理を中心とした地域密着型の空き家対策事業を展開しておられます。原さんが素晴らしいのは、長く付き合いのあるお客様に対して大切な人を亡くした際の心の整理のお手伝いもしており、そこにやりがいを感じていることです。
同じく中津市の工務店であるM・ZEC(エム・ゼック)のアトツギである中嶋佳奈恵さん(写真左)は星野リゾートで働かれていました。この経験を生かして、過ごしやすさに徹した一棟貸しの宿泊事業に参入されます。12月には最初のホテルが開業します。中津という地元で魅力的で楽しい街づくりに貢献するような仕事を、仲間を増やしながら取り組んでいます。
ここで重要なのは皆さんがいずれも、自分らしさを生かして新規事業に取り組み、以前と違う雇用も生み出しています。
大分ではアトツギベンチャーが増えているのはなぜでしょうか。
大分県の職員の方が、アトツギ支援に熱心だからです。実はこの3人の女性経営者は大分県のアトツギ育成プログラム「GUSH!」に参加されて学ばれました。このプログラムは現在、大分県商工観光労働部の別所宏朗主査(写真右)が始めたことです。同じく30歳代の若いアトツギたちが家業を残そうと奮闘している姿を見て、「地域経済の担い手はアトツギ」と痛感したからでした。育成プログラムの合宿などにも参加されて、アトツギの相談にもよくのっています。県庁の職員と地元企業のアトツギは地域の未来を担う運命共同体だと強調されています。たくさんのアトツギの育成を後押しすることは地域経済の活性化に間違いなくつながります。
地域の金融機関の役割もアトツギ支援でどのような役割を果たすべきでしょうか。
地域の中小企業をしっかり支援するという意味では信用金庫が重要な役割を担っています。今年のアトツギ甲子園でも経済産業大臣賞を受賞したのがマルキ建設という京丹後市の会社です。この会社は公共残土を使い、耕作放棄地で稲作をしようというビジネスを進めようとしています。アトツギである堀貴紀さんには地元の京都北都信用金庫の担当者の方が親身になって支援していました。京都信用金庫も営業担当者に後継者のアトツギとの関係をしっかり築くことを評価しているそうです。金融機関では父親の現社長との付き合いを優先しがちですが、アトツギともしっかり関係を築いて、将来の経営について相談に乗るようなことをしています。すごく重要なことですね。
甲子園のように「おらが町のアトツギ」を
応援することが大切
日本の企業の99%以上を占める中小企業の事業継承はこれからが本番です。事業承継では悪質な仲介業者らによるトラブルも起きていますが。
中小企業のアトツギたちが自らのビジネスプランを競い合う中小企業庁主催のピッチコンテストに「アトツギ甲子園」という名前を付けたのには理由があります。これは私たちの社団法人の協賛をしてくれている野村證券の担当者の方と話し合う中で出てきた言葉です。甲子園というのは、地域の人たちが「おらが町のチーム」を応援します。中小企業の事業承継でも、アトツギ本人が頑張るのは当然として、周りが応援してほしい。今年9月に開かれたアトツギ甲子園のイベントでも、地方の自治体や金融機関の皆さんにそうお願いしました。これから中小企業でたくさんの世代交代が起きます。普通に後を引き継ぐだけではなく、ベンチャーのように少しでも新しいことに挑めるようにする。それを地域で支えていくことができれば、日本経済を確実に強くなれるのではないかと信じています。
