東大との共同研究で、いつか花咲く技術に挑む
町工場のモノづくり力でディープテックに勝機
日本の中小企業はモノづくりの力が強みとされてきました。こうした町工場の経営を受け継ぐアトツギたちがイノベーションを起こせるのでしょうか。
まず、強調しておきたいのは、アトツギたちの強みは残された時間が長いことです。モノづくりの中小企業ではアトツギの方が大学の技術系学部を卒業し、他社で経験を積み、30歳ぐらいで家業に戻ることが多いです。それでも、10年先、20年先を見据えて「いつか花咲くような技術」の開発に取り組めます。スタートアップの起業家なら、短期間での結果が求められます。ネットビジネスなら可能でも、大学などが基礎研究している「ディープテック」分野では簡単に成果は出ません。中小企業には長く磨き上げた現場の技術力があり、優れた人材もたくさんいます。アトツギは長い時間軸で自らの強みである経営資源を生かしてイノベーションを起こせるのです。
山形のメッキ工場が世界で評価される研究開発型企業に
モノづくりの中小企業のアトツギたちで参考になるような経営者はどのような方でしょうか。
例えば、山形市にスズキハイテックの鈴木一徳社長でしょうか。スズキハイテックは金属の表面処理をするメッキの会社です。家業に戻ってからも長く、父親の社長さんから開発費もあまり出してもらえず、社内外の仲間を集めて、メッキの技術をじっくり地道に開発しました。外国人の留学生らも採用して技術開発型企業に転換していきました。日本経済新聞社が主催するピッチコンテストでは私も審査員を務めさせてもらっています。鈴木社長のプレゼンでは開発を始めてからの売上推移のグラフが紹介されていました。何年もの間、地道に開発を続けた技術がある時を境に右肩上がりで売り上げに貢献していった経緯がよくわかるものでした。売上に繋がらない開発期に、アトツギとして先代や社内からもプレッシャーを感じることもあったと想像します。それでも長年積み重ねてきたメッキ技術があるからこそスズキハイテックにしかできない技術だと信じて、鈴木さんが開発を続けた結果、世界でも高く評価される大きな技術革新を実現したのだと思います。
スズキハイテック
創業100年を超える老舗めっき会社として知られる。鈴木社長は東京理科大学卒業後、別のめっき会社を経て、1997年に入社した。防錆など一般的ではなく、電気自動車(EV)などで使う高度なめっき技術に注力し、「スズキハイテックにしかできない技術が多い」とされる開発型企業として評価され、成長している。日本経済新聞社のピッチコンテスト「スタ★アトピッチ Japan」の第3回大会(2022年度)で準グランプリを受賞している。
東大との共同研究で耐震性高める塗料を実用化
中小企業のアトツギがディープテック分野で成果を出すために大学との共同研究はできるのでしょうか。
敷居が高そうにみえる東京大学のような研究機関でも、技術力のある中小企業のアトツギには期待しているのではないでしょうか。例えば、東京大学生産技術研究所と、建物の耐震性を高める塗料を共同開発したAster(アスター、東京・中央)はモデルケースですね。アスターは2019年に最高経営責任者(CEO)である鈴木正臣さんが創業しました。静岡の家業では建物の外壁修理などを手掛けていたそうですが、鈴木さんは米国での留学後にコンクリートの亀裂を防ぐ塗料などを開発されていました。この塗料が東大の研究者にも注目され、レンガやブロックなどで造られた建物の耐震性を高める塗料として実用化されました。海外ではこうしたレンガ造りの建物が多いだけに、事業の潜在力も、地震での犠牲者を減らすという社会的な意義からも素晴らしい技術です。
インタビュー連載2回目では、山野代表理事が注目する大学との連携により、有望なディープテック分野でイノベーションをけん引するアトツギたちの挑戦についてお聞きします。
家業から切り離した「出島」で勝負する
アスターは東京に本社を置くスタートアップ企業ですよね。
鈴木さんは耐震性を高める塗料を、別法人のアスターとして家業から切り出して経営しています。これはアトツギベンチャーでも「出島」という戦略です。家業本体で進めようとすると先代や社内の合意形成が難しかったり、業界内での慣習やしがらみが障壁になったりして、推進力が弱まるケースが多くあります。経営の意志判断を早めたり、若くて優秀な人材を採用したり資金調達をしたりするにはスタートアップのように新法人を立ち上げることは有効です。鈴木さんは、アスターを立ち上げた当初から、勝負する市場は海外に照準を定めていたこともあり、別会社を設立されました。スタートアップとはアプローチは違っても、ディープテックのプレイヤーとして鈴木さんのようなアトツギは大いに期待できる存在と考えています。
Aster(アスター)
静岡県沼津市の建物改修会社エスジーのアトツギだった鈴木氏が設立した。米国で航空工学を学んでいたときに父親が病気になり、家業に戻った。コンクリート用の補強塗料を独自に開発。レンガやブロックを積み上げた建物の耐震性を高める塗料として世界からも注目されている。2016年に大きな犠牲者を出したイタリア中部地震の現地も視察し、「地震犠牲者ゼロ」を掲げて国内外で事業展開を進めている。日経のスタ★アトピッチでは2022年にグランプリを受賞した。 Japan」の第3回大会(2022年度)で準グランプリを受賞している。
「斜陽の繊維」でも、東大と夢の技術を共同研究
東大のような研究機関との産学連携は中小企業では難しくないですか。
日本には「斜陽」とか「衰退」とかと言われるような産業に中小企業がたくさんあるのですが、どこにでもイノベーションの芽があります。それは東大など有力大学の研究者も理解してくれています。私たちの社団法人で働いている墨俊希さんは岐阜県大垣市にある老舗繊維染色会社、艶金の5代目です。2023年秋から、東大農学部の研究室と共同で、「夢の染料」を開発しています。石油由来の化学染料という普及品ではなく、微生物のバイオ技術を使った、環境にやさしい染料です。艶金は130年を超える史があり、染色技術において豊富なノウハウがあります。こうした強みを生かせるから、東大の研究者も一緒にやってくれるのです。墨さんもまだ28歳と若いのです。大学の研究者にとって長く付き合えるアトツギは魅力的です。いつか花が咲きそうな革新的な技術に、じっくり腰を落ち着けて取り組める。それもたくさん将来へのタネをまいて育てることができるのも強みです。
艶金
艶金は創業130年を超える繊維会社。草木染めや食物残さを使った環境に優しい染色はだけでなく、抗菌・撥水・消臭などの機能性加工や、起毛、減量などの風合い加工の技術が評価される。5代目の墨俊希氏は自動車工場などで使う塗装用ロボットを覆って塗料の跳ね返りを抑える「ロボットカバー」など新製品の拡大のほか、東大農学部との共同開発なども進めている。微生物がつくりだす赤、緑、青の色素は、天然の染料として世界的にもニーズがあり、艶金の技術も活用できるために共同開発が進むことになった。 Japan」の第3回大会(2022年度)で準グランプリを受賞している。
日本の有力大学も、スタートアップ育成に力を入れていますね。
有力大学のスタートアップでは、総合商社や金融機関のOBが経営トップに就任し、大学の研究者がCTO(最高技術責任者)を務めていることが多いです。それもよいのですが、必ずしも成功しているとはいえないのではないでしょうか。大学発のスタートアップで、ディープテック分野で事業化するには長い時間がかかるためです。それなら、技術力のある中小企業のアトツギに経営にも入ってもらうことがよいのではないでしょうか。現在は大学とアトツギのマッチング事業も進めようとしています。特に地方の国立大学では有効なのではないでしょうか。モノづくりでスタートアップとして成功するには社会実装の前に、実証が必要です。それには日本の中小企業のアトツギたちと協力することが重要です。
最終回となるインタビュー連載3回目では、疲弊した地方経済の再生の担い手として存在感を発揮するアトツギたちの挑戦についてお聞きします。
