NIKKEI THE PITCHスタートアップ/アトツギベンチャー/
ソーシャルビジネス起業家/学生
支援プロジェクト

アトツギベンチャーは日本を変えられるのか(上)

「後継者がいないというより、
子供に社長を譲りたがらない」

中小企業「2025年問題」の真実とは

山野千枝(やまの・ちえ)

山野千枝(やまの・ちえ)

岡山県出身。1991年関西学院大学卒業。ベンチャー企業、コンサルティング会社を経て、大阪市の中小企業支援拠点「大阪産業創造館」でビジネス情報誌の編集長として約3000社の経営者らを取材する。2018年に若手の中小企業後継者(アトツギ)を支援する一般社団法人ベンチャー型事業承継を設立し、代表理事に就任する。日本経済新聞社が全国のスタートアップやアトツギベンチャーを支援するプロジェクト「NIKKEI THE PITCH」(2023年度までスタ★アトピッチJapanとして開催)の審査員も務める。著書は「アトツギベンチャー思考 社長になるまでにやっておく55のこと」(日経BP)

日本経済を支えてきた中小企業で大量の倒産や廃業が続出するとされた「2025年問題」が間近に迫っている。この問題は2017年に政府が示した見通しであり、2025年に中小企業経営者の多くが70歳を超え、後継者不在で経営が危機に陥りかねないことに警鐘を鳴らした。「日本経済の時限爆弾」として長く危惧されてきたが、それと軌を一にするかのように2018年に設立され、中小企業の後継者(アトツギ)が活躍できるように支援してきたのが一般社団法人のベンチャー型事業承継(東京・千代田)だ。同法人の設立者である山野千枝代表理事に、中小企業の事業継承問題の現在地と、アトツギたちが成長の担い手として活躍するために何が必要なのかを聞いてみた。

ジャパネットのアトツギですら、
父親と対立して苦しんだ

中小企業の経営者の高齢化に伴う「2025年問題」を
どのように見ておられますか。

本当にたくさんの中小企業の後継者であるアトツギとお付き合いをさせて頂いてきましたが、強く感じるのは後継者がいないというより、親である現社長がなかなかアトツギに譲りたがらないことが問題ではないかということです。70歳を超えても中小企業の社長は元気です。社員も、取引先の金融機関も現社長の顔色ばかり見て、忖度(そんたく)してしまう。

アトツギイベントに登壇している様子
9月に中小企業庁主催のアトツギイベントに登壇したジャパネットの髙田社長(左)

中小企業の2025年問題

経済産業省と中小企業庁が2017年に公表した試算によれば、2025年には団塊の世代が多い中小企業の経営者で70歳を超えるのは約245万人であり、このうち半数以上の127万人で後継者が未定とされた。25年までに累計で約650万人、国内総生産(GDP)で約22兆円が失われかねないとも指摘した。中小企業の経営者の高齢化は着実に進んでおり、事業継承の行方が日本経済に大きな影響を与えることは確実とされる。

「アトツギ育成は地方にとって
未来への投資」

中小企業のアトツギたちを育てるために何が必要でしょうか。

都道府県で後継者育成プログラムが増えていることは良いです。9月から長崎県でも始まりました。私たちの社団法人が運営を受託していることから、講師として登壇しました。長崎県には経済活性化のために、アトツギに長崎の強みである自然や海洋資源を生かして新事業に挑戦してもらいたいという思いがあります。長崎大学で経済学部教授の西村宣彦氏らが中心となり、地元企業の要望に全面的に対応しようとしています。九州では福岡、大分、鹿児島、熊本もアトツギ育成に注力しており、成果が出ています。例えば、大分県では中小企業庁主催のピッチコンテスト「アトツギ甲子園」でもエントリー数が全国で大阪に次いで2番目に多いです。受賞企業もたくさん出ています。こうした取り組みがもっと広がってほしい。スタートアップも大切ですが、成功すると本拠を東京に移すケースが多いですよね。地域の中小企業は地元に根を張っています。アトツギの育成は地方自治体にとって「未来への投資」です。

アトツギ育成プログラムの様子
9月に長崎県のアトツギ育成プログラムに講師として参加した山野代表理事(中央左)

政府による育成支援も重要です。日本では中小企業の支援策が非常に手厚いです。技術の開発や海外事業展開までたくさんメニューがあります。例えば、会社の代表者ではなくても、アトツギが申請する場合は採択されやすくなるなど、既存の公的支援策の対象を緩和するだけでアトツギの活動範囲が広がります。実績を積み重ねることで、社内外の関係者に認めてもらえる機会になります。

防虫業界でも
イノベーションを起こせる

アトツギの皆さんに紹介するロールモデルの経営者はどのような方でしょうか。

たくさんおられるのですが、よく紹介するのは、大阪府高槻市にある防虫資材商社、環境機器の片山淳一郎社長です。環境機器はシロアリ駆除業者などに殺虫剤を入れた噴霧器を製造、販売してきました。アトツギとなった片山さんは強みである顧客基盤に着目し、防虫駆除業者向けに自社以外の様々な製品を提供したり、顧客の要望を受けて自社で開発したりする商社となり、会社を大きく成長させています。害虫に詳しい博士号取得者らを積極採用し、コンサルティング機能を強みとしたのです。片山さんは外交官志望であり、防虫資材という事業に強い思い入れがあったわけではないでしょう。従来のやり方にこだわらず、新鮮な視点で成長できるビジネスを見つけ出したのです。害虫を駆除する資材を販売するというレガシー的なビジネスでも、イノベーションを起こし、社会に大きく貢献できる。アトツギが会社を大きく変えたモデルケースです。

米国の展示会で独自開発のAI防虫システムを紹介する環境機器の片山社長

環境機器

片山社長が2000年の就任当時に年間売上高が5億~6億円程度だった会社を、40億円を超える大手に成長させた。外交官を志して京都大学法学部で学び、金融大手に就職し、英ケンブリッジ大学にも留学した。創業者である父親が亡くなり、最終的に家業を継ぐ決断をした。経営者として高く評価されているのは、途上国でマラリアなど昆虫を媒介する感染症を減らす活動にも参画し、世界に貢献する外交官のような仕事もしているからだ。日本経済新聞社が主催するピッチコンテスト「スタ★アトピッチJapan」の第2回大会(2021年)の決勝大会にも進出している。

アトツギに大切なのは
アンテナを張ること

アトツギの育成をどのように進めておられますか。

これまで関わったアトツギは2500人。先輩としてリモートの勉強会などの講師やメンタリングになってくれるアトツギベンチャー経営者が120人ほどいらっしゃいます。私たちのアトツギ支援のモットーは「自走」です。会員たちは自ら様々なイベントを企画し、学びあい、助け合う関係を作っています。定期的に会員のアトツギ達が企画している視察ツアーもあります。9月には会員たちが岡山でアトツギが活躍する4社を訪問しました。衣料品や服飾雑貨などを販売するドゥフォワイエ(岡山市)のアトツギである高田健太さん(写真左中央)は、商店街にある洋品店ですが、最新鋭のニットの編み機を導入してオーダーメードの高級セーターをヒットさせています。創業100年を超える地下足袋メーカーの丸五(岡山県倉敷市)のアトツギである岡本幸太郎さん(写真右中央)もファッショナブルで、機能性の高いフットウエアとして魅力的な新商品を次々に開発されています。野心的なアトツギに共通するのはアンテナをしっかり張っていることです。常に外に出て多くを学ぼうとする姿勢があるから、事業を成長させるヒントを自らのアンテナで感知できるようになります。中小企業のアトツギたちはよく「ボンボン」とか「親の七光り」とか揶揄(やゆ)されたりしますが、会社を背負う重圧もあり、孤独です。私たちの活動の中で、仲間たちを見つけて会社を良くするための感性を身に付けてもらうようにしています。

インタビュー連載2回目では、山野代表理事が注目する大学との連携により、有望なディープテック分野でイノベーションをけん引するアトツギたちの挑戦についてお聞きします。